【新】アジア首位転落。東大は世界で巻き返せるか?

2016/10/24

アジア7位の衝撃

今年6月。アジアの大学界に衝撃が走った。
6月20日、香港科技大学でアジアユニバーシティサミットが開かれた。主催者は、大学ランキングで有名な、英国のタイムズ・ハイアー・エデュケーション(THE)。世界16ヶ国から30以上の大学の学長が集まる、大学界の一大イベントだ。
その目玉は、今年で4回目となるアジア大学ランキングの発表である。
会場でトップ10のアナウンスが始まり、「10位は韓国科学技術院(KAIST)」「9位はソウル大学」「8位は浦項工科大学校(POSTECH)」と続いた後、会場が突如沸き立った。
「7位は東京大学」と発表されたからだ。
それはまさかの出来事だった。
過去3回に渡り、“絶対王者”としてトップに君臨していた東大。アジアの大学にとって目の上のたんこぶだった東大が7位に滑り落ちたのだ。
東大をライバル視してきたアジアの大学にとって、悲願が叶った瞬間だった。
代わって、アジアトップに輝いたのは、シンガポール国立大学。2位の南洋理工大学ともどもシンガポールの大学がワンツーフィニッシュを飾った。
1905年に創設されたシンガポール国立大学。世界ランキングでもアジアトップの24位に躍進した。
同時に、2位〜6位も中国・香港勢が独占するなど、中国の躍進も鮮明となった。
アジアの大学界において、日本から中国・シンガポールへと覇権が移ったのだ。

「たかがランキング」ではない

東大がトップから転落したインパクトは大きい。
たかがランキング、されどランキング。今やTHEのランキングは、世界のデファクトスタンダードになっている。
THEがランキングを発表し始めたのは13年前のこと。今では、オックスフォード大学のルイス・リチャードソン学長が「もっとも尊敬されるグローバルランキング」と評価するように、世界中の大学が意志決定を行う際のベンチマークになっている。
いわばTHEランキングは、大学の“グローバルな成績表”とも言える。
とくにこのランキングが効いてくるのが、留学生の獲得においてだ。
THEを運営するTES Global社のトレバー・バラット・マネージング・ディレクターは「現在、世界の海外留学生は450万人ほどだが、今後は毎年50〜100万人ペースで増えていくだろう。そうした学生が留学先を選ぶ際に参考にするのが、THEのランキングだ」と話す。
さらに、大学が、政府や企業といった商業的なパートナー探すときにもランキングは重要になる。
「政府や民間企業は、ランキングを参考にしながら、自らの目的に合致する大学を提携先として選ぶ」(バラット氏)
そして東大の首位転落は、東大だけに影響を及ぼすわけではない。
ベネッセコーポレーション・学校カンパニーの藤井雅徳・英語・グローバル事業開発部長は「東大の順位が下がると、日本の大学のステータスが一緒に下がる。シンガポール国立大学の順位が東大より上であると、シンガポールの大学教育は日本の大学教育より上だという認識になってしまう」と語る。
現在、同社はTHEと提携し「日本版ランキング」を準備している(来年3月発表予定)。その背景には、このままでは日本の大学が世界から置いていかれるという危機感がある。
事実、今回のランキングで順位を下げたのは東大だけではない。
以下に記したように、前年と比べると、各大学は軒並み順位を落としている。トップの東大を筆頭に、全体が地盤沈下しているのだ。
・京大 9位→11位
・東工大 15位→24位
・大阪大 18位→30位
・東北大 19位→23位
・名古屋大 32位→34位
・首都大学東京 33位→52位
・東京医科歯科大学 40位→59位

東大が順位を落とす理由

では、なぜ東大を筆頭に日本の大学のランキングは落ちてしまったのか。
ひとことで言うと、お金がないからだ。
THE世界ランキングのフィル・ベイティ編集長は「今の状況が生まれたのは、東大に投じられる予算がカットされているからだ」と分析する。
さらに「北京大学や清華大学の躍進は、政府が資金の拠出にコミットしたことが功を奏している。香港の大学も中国政府からの潤沢な研究資金を利用し、グローバルな人材をひきつけている」と付け加える。
東大などの国立大学は、収入の大半を国の補助金から得ている。たとえば、東大の場合、運営交付金を中心とする補助金が収入の5割に上る。
だが近年、国立大学に対する運営交付金は右肩下がりだ。
東大の場合、2015年度の運営交付金は782億円と5年前と同額であり、競争的資金も重点的に配分されている。日本の大学の中では恵まれているほうだ。
しかし、それでもトップ大学への投資を拡大するアジア勢の背中は遠くなるばかり。東大も努力しているが、それ以上のスピードで世界の大学は進化しているのだ。

世論という難関

では、日本もトップ大学への投資を増やせばいいのではないか。
しかし、それは政治的に極めて難しい。
それはなぜか。文部科学大臣補佐官として大学改革に取り組む鈴木寛・東京大学教授(クロスアポイントメントで慶応大学教授も務める)はこう語る。
「東京の大学進学率は7割弱に達している。しかし、日本には47度道府県中、大学進学率が30%台の道県が17あり、そうした地域ほど議席数が多い。東京にいると、東大の予算を増やせばいいと思うかもしれないが、全国で、高等教育への予算を増やすことについて世論の支持を得るのはとても難しい」
こうした状況に、大学関係者からは「とにかくお金がない」「世界で戦いようがない」という諦めにも似た声が聞こえてくる。
しかし、もう本当にお手上げ状態なのだろうか?
補助金が増えない限り、大学を活性化することはできないのだろうか?
大学にお金を稼ぐだけの経営力がないだけではないのだろうか?
本特集では、東大を題材にして日本の大学が抱える問題点を整理。
そのうえで、シンガポール国立大、清華大、ハーバード大、スタンフォード大といった世界のライバルを参考にしながら、東大が世界で巻き返すための「改革」について考えていく。
第1回目は、THEのランキングを詳細に分析しながら、東大が世界で勝つための「7つの宿題」について考えたい。
(バナー写真:YMZK-photo/istock.com)
第1話 公開中
【3分読解】東大が世界で勝つための「7つの宿題」