パタゴニアが食糧問題に本気で乗り出している。2012年、同社は食品会社パタゴニアプロビジョンズを創立。親会社の最高経営責任者(CEO)ローズ・マーカリオと、プロビジョンズを率いるビアギット・キャメロンが注目しているのが、炭素を吸収するスポンジのような働きをする「ケルンザ」という野生の穀物だ。10月3日には、ケルンザを原料としたロング・ルート・エールを発売。後半では引き続き、アウトドアのカリスマが食糧問題にいかに取り組もうとしているのかを追う。

ビールで気候変動を防ぐ、パタゴニアの挑戦(前編)

野生穀物「ケルンザ」への期待

われわれは、ケルンザが整然と並ぶ区画を古いピックアップトラックで走った。公式には秋の始まりの日だったが、猛烈に熱く、温度計は36度をさし、暑さに驚いていないのはトウワタにいるモナーク蝶ぐらいのものだった。
ケルンザは砂丘の植物に似ている。乾いた短い茎と、尖った葉をもつ高さ60センチほどの草だ。土地研究所ではソルガムやひまわり、コムギも研究しており、それぞれ単作、あるいは豆類との混作、輪作などを試している。食用作物の収穫を増やすだけでなく、豊かな土壌を作る方法を探すためだ。
「われわれは目覚ましく前進したが、まだ先は長い」と、同研究所のケルンザ栽培責任者リー・デハーンは、所内に戻った後で口を開いた。デハーンは敷地内に自分で家を作り、太陽光発電と薪を使って暮らしている。
ケルンザの種は細長く、従来の小麦の種に比べるとかなり小さいが、デハーンは人為選択による改良で種のサイズを3倍にした。
「栄養学的な分析結果はかなりいい。通常の小麦よりもタンパク質が多く、グルテン強度は弱い」と、彼は言う。
だが、問題はケルンザの種が小さいことと、円筒形をしていることだ。そのため、たとえば、現在使われているコンバインではうまく収穫できない。ロング・ルート・エールを製造する機械でうまく処理できるかどうかも心配された。
「ふるいが詰まるんじゃないかなど、たくさんの疑問があった」と、醸造を担当したホップワークスの創業者クリスチャン・エッチンガーは振り返る。「大麦は粒状だし、小麦はペレットのような楕円形だ。ケルンザは野生米に似ている」
ロング・ルート・エールにとって幸いなことに、ケルンザはすりつぶした大麦にうまく包みこまれ、エールにナッツのような風味を与えた。
ロング・ルート・エールに使われるケルンザの大半は第2の栽培地、セントポールにあるミネソタ大学のキャンパスで作られる。パタゴニアブロビジョンズは2014年に、54エーカー分の作付け代金を支払った。現在、栽培面積は125エーカーに達した。

多様性こそが変化への対抗手段

ケルンザがロング・ルート・エールやより多くの製品の新しい添加物になるかどうかは、ミネソタのデハーンと彼の研究仲間にかかっている。
ゼネラルミルズ社もケルンザの実験を始めている。ケルンザに懐疑的な人々でさえ、その可能性には興味をもっている。
「もちろん、私は歓迎している」と話すのは、環境防衛基金のミリアム・ホーン。最近、著書の『牧場主、農家、漁師:アメリカ中部地域の自然保護の英雄たち』が刊行された。ただし「こうした小さな、実験的な取り組みが唯一の道だと思ったら、それは誤解」と、ホーンは注意する。
ホーンが著書のなかで取り上げた農家のジャスティン・クノッフは、土地研究所からそれほど遠くないところで、再生可能な無耕起農法を実行している。だが、彼は小規模農家ではない。4500エーカーの畑で、大量の硬質赤冬小麦を量産している。「持続可能な農業は大規模化できる」と、ホーンは言う。
「何をするべきか指図されたい人はいない。それが唯一の正しい道でないことも確かだ」と、遺伝学者でワシントン州立大学のブレッド・ラボの責任者スティーブン・ジョーンズは語る。彼はこの研究室で、パタゴニアプロビジョンズのスープに使われるソバの栽培を監督した。
「いろいろな意味で、われわれは土地研究所と逆の順番でここに至った」と、彼は話す。 「土地研究所では野生の小麦を栽培化しているが、われわれは作物を非栽培化しようとしている」
だが、その根底ではゴールは同じだと彼は言う。「多様性を拡大することだ。変化に対する最高の防御は変化することだ。栽培者にとって最もいいのは、より多くの選択肢があることだ」

食品部門を支える2人の女性

パタゴニアブロビジョンズのオフィスは、サンフランシスコから金門橋を渡った向こう岸の観光の町サウサリートの湾沿いのデュープレックスのなかにある。創設以来、パタゴニアの拠点であるベンチュラはサーフィンには最適だが、何をするにも少々遠い。
パタゴニアの最高経営責任者(CEO)ローズ・マーカリオとパタゴニアブロビジョンズを率いるビアギット・キャメロンは、食に興味を持つ人が多いベイエリアの近くに会社を置くことが重要だと感じた。
カリスマ的ベーカリー、タルティンの創業者チャド・ロバートソンはケルンザを使ってパンを焼いた。サンフランシスコのプレニアル・レストランを経営するカレン・レーボヴィッツとアンソニー・ミントは、アイスクリームはもちろん、人気メニューにケルンザを使っている。
最近のとある水曜日、プロビジョンズのオフィスに12人ほどが集まった。
テーブルの上には新鮮なベリーやギリシア・ヨーグルト、ナッツ、種とアーモンドと一緒にプロビジョンズの朝食用シリアルが並んでいる。人々は若々しく、二日酔いや、近くのタマルパイス山の急な山道を駆け上がることができないようには見えなかった。
キャメロンの話を聞くことは、グリーンマーケットのちらしと細々した出来事をつづる主婦ブログの記事を一緒に読んでいるような感じかもしれない。自分の子どものために健康的なスナックを探した経験から、プロビジョンズの製品には余分な砂糖や塩は入れたくないと彼女は主張する。
「本当に?」と、瞬間的に憤慨したシュイナードを思わせる口調で彼女は問いかける。「自分ではちみつや砂糖をほんの少し足すことがそんなに難しいの?」
コーヒー輸入会社を所有していたキャメロンの祖父は旅をすることが多く、子どものころのキャメロンは祖父の旅の物語に魅了された。父親はトロントで世界的な食品の輸出入事業を始め、現在は彼女のきょうだいが継いでいる。
彼女は当初、食品の世界から逃げて、建築家として勉強し、長いあいだデザイナーとして働いていた。だが今、家族の夕食の席で聞いた話から食品事業についてとても多くのことを学んだことに気づき、感謝している。

オーガニック食品市場の成長性

キャメロンは、異なる分野に手を出そうとする企業の試みの大半が、失敗に終わることを知っている。そのことではあまり悩むことはない。プロビジョンズは別の会社として設立されたが、親ブランドとそれが象徴するものは確実に強みになっていると彼女は言う。
デイモン・ワールドワイドのグローバル消費者戦略担当カール・ヨーゲンセンも同じ意見だ。「ニッチかもしれないが、信用がある」と、食料雑貨と自然食品会社の情勢を追う彼は言う。「エナジーバーとクラフトビールは、非常に競争の激しい部門だ。だがそれこそブランドが助けになるべきところでもある」
自然食品とオーガニック食品の年間売り上げは一般の食品市場より20%も成長が速く、高級家具のレストレーション・ハードウエアなども食品への参入を検討している。
どちらのパタゴニアも非公開会社なので、うるさく監視し、注文をつける投資家はいない。「その手の圧力に対処する必要はない」と、キャメロンは言う。「私たちは忍耐強く待つ余裕がある」
さらに、非公開であることからパタゴニアプロビジョズは財務データを公表しない。売上は予想通りだとキャメロンは言い、親会社のCEOであるマーカリオもそれを追認している。
この夏、プロビジョンズは日本支社を立ち上げた。日本は初の国外市場となるが、売れ行きが好調すぎて、予想以上の速さで商品を補充しなければならなかったほどだという。

「食品はいつか、衣料品より大きな部門になる」

マーカリオのサポートがあることは、おそらくキャメロンの最も大きな点だ。伝説的な1990年代の伝説的なシリコン・バレー企業ジェネラル・マジックの役員で、仏教徒でもあるマーカリオには、講演や討論会への要請が相次いでいる。だが、CEOとしての仕事をするほうが好きだという。
彼女は会社のカルチャーに溶け込み、ベンチュラの間仕切りのない重役室では、サンダルを履いて仕事をしている。パタゴニア社内では、財政規律の厳しさで有名だ。そもそも2008年に入社した時点では、最高財務責任者(CFO)だった。
「CFOの役職にある時は、一歩下がってすべてを見渡す立場にある」と、マーカリオは話す。
彼女が驚いたのは、これほど愛されるブランドであるパタゴニアの規模がそれほど大きくなかったことだ。シュイナードと当時CEOだったケーシー・シーハンに向かって「あなたの会社はとても小さいようですね」と言ったことを覚えている。
今はそれほど小さくはない。マーカリオと最高執行責任者(COO)のダグ・フリーマンは提携先や業務の手順、在庫システムの合理化を行い、17カ国で150のパートナーを80に削減した。
シュイナードは地球に悪影響を与えるとして成長を非難するが、会社の収益は2010年以降倍増し、8億ドルに達した。このままうまくいけば、パタゴニアはマーカリオの監督下で10億ドル企業になるだろう。
「食品はいつか、衣料品よりも大きな部門になると私は思っている」と、彼女は語る。

かつて存在したインフラの復活へ

キャメロンにはよく頭に浮かぶ疑問がある。パタゴニアプロビジョンズは誰のための会社か。パタゴニアの衣類を買う人々、パーカーに299ドルを払う余裕がある人々のための健康な食品を作っているだけなのか。
「そのことについて、私たちはすごく考えている」と、キャメロンは言う。自分たちが世界を養うという幻想を抱いているわけではない。「でも、私たちの目的は、地域の経済を刺激し、他の人々が同調できる行動を強調することだ。パンノキの実のように」
パンノキの実とは、ハワイ原産の主食だったが、輸出用換金作物であるパイナップルとさとうきびの作付けのために刈り取られた。
ハワイが突然、孤立したりしたら、2日から2週間分の食物しかない、とキャメロンは言う。彼女はパンノキの市場を作るプロジェクトに取り組んでいる。
「だから、かつて存在したインフラの復活を手伝う」と彼女は話す。「自給自足を促進し、若い農民に生計を立てる手段を与えることをめざしたい」
パタゴニアの主要ブランドが環境運動を追求し、支援してきたように、キャメロンは食糧不安を解決する活動への資金援助をしたいと思っている。彼女は持続可能な食料システムをめざす「フェア・フード・ネットワーク」のオラン・ヘスターマンの仕事を称賛する。
ヘスターマンは「ダブル・アップ・フード・バックス」というプログラムを作った人物でもある。低所得者が受給した食糧配給券の購買力を、ファーマーズマーケットで農産物を買う場合に額面の2倍にするというもので、いくつかの州で実施されている。

「現在の表土は30年しかもたない」

パタゴニアが製作した映画『Unbroken Ground(未開の領域)』の上映に続く質疑応答のあいだ、シュイナードは大きな社会・政治的大変動でもなければ、地球は居住可能になるとは思わないと観客に語りかけた。
「それには革命が必要だ」と、彼は言う。「そして、私はうちの鍛冶場に行って、ギロチンの刃を研ぎたい」
翌朝、朝食をともにしたときのキャメロンはそれほど大げさではなかったが、シュイナードは相変わらず強烈だった。
「最初に不足するのは水。次は表土だ」と言い、彼は現在の表土は30年ほどしかもたないというジョン・ジーボンス(エコロジーアクションの共同創設者)の警告を引き合いに出した。「君がそれを信じないなら、倍の60年としよう。それでも恐ろしい事実だ」
私たちはジャクソンの中心部にある古い西部風のホテル、ザ・ウォートのシルバーダラーバーに陣取った。バーは8時間前に閉店し、テーブルの上は片づけられていた。
コンシェルジュがダイニングルームから離れたこの場所に案内してくれたので、会話を録音することができた。このバーはいつも人でいっぱいなので、この静けさは不思議なほどだ。
世界の終わりについて考えるには、それほど悪い場所ではない。ロビーに飾られたバッファローの頭部もまた、プロビジョンズが提案するものの大半が、すでにここに存在していた自然の恵みを奪い返すことだと思い起こさせる。
キャメロンは、ジャーキーの原料を供給する(オブライアン)バッファロー牧場で行った二酸化炭素隔離の調査について話した。牧場ではフェンスを作り、片方にはバイソン、もう片方で牛を育てている。

事故死した盟友と分かち合った理想

バイソンの区画では、牛の区画よりも隔離する炭素が2.5エーカーにつき9トンも多いことがわかった。この違いは、放牧方法にあるとシュイナードは言う。「牛はいつも同じ場所にいる。地面を蹴って踏みつけるので、軟らかい表土層の下の硬い粘土層はさらに固くなり、雨が降ると雨水はそのまま流れる」
「バッファローやヘラジカには鋭い蹄がなく、足跡は小さなくぼみになる。雨が降るたびに水はくぼみに溜まり、草もくぼみにはまりこんでいい堆肥になる」
「それに農民はこうした動物にはかかわらない。冬の間、外に連れて行き餌を食べさせる必要もないし、出産にも立ち会わなくていい、腕を子宮につっこんで赤ん坊を引っ張り出す必要がない。そういうことはまったくしなくていい」
シュイナードは再生可能な農業と放牧に対する情熱を、親友のダグ・トムキンズと分かち合っていた。トムキンズは2015年12月8日、チリ領パタゴニアのラゴ・ヘネラル・カレラを襲った台風によるカヤックの事故で死亡した。シュイナードとリック・リッジウェイも水上にいたが、難を逃れて生き残った。
彼は、トムキンズのことをまだ生きているかのように話す。ノースフェイスの創業者であるトムキンズは1990年に株を彼のもうひとつの会社エスプリ・ホールディングスに売り、南米で野生保護の活動に専念した。シュイナードも一緒にやろうと説得していた。
トムキンズの未亡人クリス・マクディビット・トムキンズは9月25日、アルゼンチンの新しい国立公園に220万エーカーを寄付した。
「ダグは私が事業に関わり続けていることをさんざんからかった。事業を売って彼がやっていることを一緒にやろうと言い続けた。私はこう切り返した」
「『私がやろうとしているのは、人々のビジネスのやり方を変えることなんだ。それを実際にやって見せることで、もっと効果をあげられる』。もちろん、それは私が理想主義者だったときの話だが」

貝類が食料不足と環境を救う

シュイナードは一時、同社の持続性チームがウォルマートのような会社と取り組んだ仕事を誇りに思っていた。だが今、彼は言う。
「彼らは、容易に解決できる問題を選んだ。プラスチックをリサイクルし、社用車を天然ガス車にする。そんなふうなことだ。結局、連中がやったことは、結果的により多くの金をもたらすことばかりだった。でも、難しいこと、長い目で見ないと引き合わないこととなると手を引いた」
それはウォルマートだけではない、と彼は強調する。「ダノンだろうが、ユニリーバだろうが、こうした企業はどれもグリーンウォッシング(環境への配慮を装うごまかし)をしているんだ」
「彼らは何かを仰々しく始め、そして撤退する。ほんの少し、1%とかのオーガニックコットンに着手したナイキのようなものだ。今もやっているかどうか、私は知らない。ファッション産業も同じだ」
それでもなお、彼にはプロビジョンズに大きな望みを託している。現在、検討しているのは冷凍のサケの出荷だ。麻の実も研究している。シュイナードはキャメロンに魚の缶詰、とくに貝類の缶詰を検討するよう促している。「それが次の課題だ」と、彼は言う。
「ツナステーキよりも貝を食べるべきだ。魚を飼料にして豚や鶏を育てるより、巻貝やイカ、イワシ、アンチョビそのものを食料にしたほうがいい」
「貝類は動物性たんぱく質の最も責任ある形態といえる。カラスガイやハマグリは海水を濾過して餌をとるからだ。チェサピーク湾で養殖すればいい。貝類は湾を掃除し、タンパク質を提供してくれる」。貝類で世界を養うことが可能になる、と彼は話す。
ザ・ウォートでの食事を終える前にシュイナードは口を開いた。ロング・ルート・エールは自分向きじゃないという。「ホップが多すぎる」。ロング・ルート・エールはホップ特有の苦みで人気のある「インディア・ペールエール(IPA)」という種類のビールだが、シュイナードにとっては、最悪のビールらしい。
彼が望んでいるのは、ケルンザの割合を増やして醸造したヘフェヴァイツェン(濾過していない白ビール)だ。シュイナードは待つしかない。人類を救うとなれば、ときには一般人の好みを優先することも必要になる。
原文は こちら(英語)。
(執筆:Bradford Wieners記者、翻訳:栗原紀子、写真:5PH/iStock)
©2016 Bloomberg Businessweek
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