【日本交通会長・川鍋一朗】これから、タクシーの時代が到来する

2016/10/8
TBWA\HAKUHODOが「Disruptor Series」と題したトークイベントをスタートし、第1回目としてNewsPicksのプロピッカーでもある日本交通会長・川鍋一朗氏が登壇した。
本シリーズは、様々な業界で既成概念に縛られることなく改革(ディスラプション)を成功させているゲストを招くイベントで、今後も定期的な開催を予定しているという。
本記事では、川鍋氏による講演の模様をお伝えする。

そろそろ攻めていいんだ

――川鍋さんは、おじいさんが創業した日本交通株式会社の三代目ですね。
日本交通は東京を拠点にしたタクシー、ハイヤーの会社です。祖父が昭和3年に創業し、私は三代目にあたります。小さいころから「お前は三代目だ」と言われて育ってきました。
私は慶應義塾大学、アメリカ留学を経てマッキンゼー日本支社に入社し、3年勤めたのち2000年、家業である日本交通に入社しました。
父の代ではバブル期に乗ってゴルフ場やリゾートなど経営を広げたのですが、私が入社した頃にはその負債が1,900億円ありました。入社してはじめの数年は負債の削減、組織の立て直しばかりしていました。
例えば営業所の蛍光灯一つひとつに紐をつけ、使わないときはこまめに消すように言ったりして、少しでも無駄を減らそうとしていましたね。
同時期にマッキンゼーを卒業した仲間には、起業したり華やかな世界に羽ばたいたりする人もいた。一方でこちらは家業のタクシー業で負債を抱えている。彼らがうらやましいと思うこともありました。
よく自己啓発の本などで「朝起きて、君は仕事にワクワクしているか」などと書いていますが、「ふざけんな」って感じでしたね。仕事場に行くのが毎日おっくうで。当時は「なんでうちはタクシーなんだよ」という思いがありました。
結果的に、タクシー、ハイヤーに関する事業以外はほとんど切り離し、約5年でほぼ負債を整理することができました。
2009年ごろ、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)社長の増田(宗昭)さんに言われました。「川鍋さんは、会社の再建を本当によく頑張ったと思う。そろそろ前向きな動きをしたらいいんじゃないか」。
そう言われてハッとしました。ここまでの10年、ほとんど後ろ向きなフォローばかりで前向きな投資をしていませんでした。増田さんのひと言で「そろそろ攻めていいんだ」と気づくことができたのです。
そうして、タクシー配車アプリ「全国タクシー」を2011年にリリースしました。Uber(ウーバー)を参考にしたと思われがちですが、宅配ピザの注文アプリから発想を得ました。
川鍋一朗(かわなべ・いちろう)
日本交通会長
1970年、東京生まれ。慶応義塾大学卒業後、米国ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院でMBAを取得。その後、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパンを経て、2000年、日本交通に入社。2005年、当時業界最年少の34歳で3代目代表取締役社長に就任する。2015年10月より現職。さっそうとした風貌から「タクシー王子」の異名もある。

コスト構造が自動運転で変わる

――「攻め」の姿勢に転じた川鍋さんですが、これからのタクシーをどのようにとらえていますか。
意外に思われるかもしれませんが、これからは、まさにタクシーの時代です。自動運転が現実になりつつある今、国土交通省の20年後のトップアジェンダはタクシーになっているでしょう。
なぜかというと、タクシーは究極のプライベートトランスポーテーションだからです。基本的に、人は移動するのが面倒くさい。どこでもドアがあったらいいなと思いますよね。今は乗客が乗務員に「次の角を曲がって」と道を教えることもありますが、今後IT技術の導入でタクシーが行き先をすべて把握できるようになる。行き先がわかって揺れずに行ける。その間、利用者は自分の時間を過ごすことができる。これはもう、ほとんど「どこでもドア」です。
タクシーは労働力への依存度が高い産業で、コストの7割を乗務員人件費が占めます。日本でタクシーが始まって今年で105年ですが、コスト構造はずっと変わっていません。
しかし自動運転技術の発達により、この構造がこれからの20年で変わります。すると初乗り運賃が200円程度に下がると見込んでいます。
この運賃でプライベート空間が確保できる「ほぼどこでもドア」なタクシー。これなら乗りたいと思う人も多いのではないでしょうか。
実は、その世界観はすでに実現しています。それはハイヤーです。企業の社長や役員などが使う黒塗りの車です。
私も会長なので自分付のハイヤーがあります。当然、ハイヤーは行き先をすべてわかっています。車に乗れば飲みかけのドリンクや読みかけの新聞がある。パソコンを開いて仕事をすることもあるし、運動不足になりがちなので車内で簡単な筋トレをしたり、たまに車を降りて自分だけ歩いて「ついて来て」と言ったりすることもあります。
つまり車に乗った瞬間、私の頭は移動から離れます。自分の時間なのです。物理的には移動しているけれど、脳は移動していない。いわば「動くオフィス」です。ハイヤーを使えば、利用者の時間を10~15%増やすことができるのです。
ただこのハイヤーを契約するには、1ヶ月に結構な費用がかかります。ハイヤーで時間が増えることの価値をご利用者の方々にはお分かり頂いていると思うので、概ね納得してご利用頂いています。
だからこそ、乗務員は道を聞いてはいけないし、事前に秘書ときちんと打ち合わせをしておかなくてはいけない。満足してもらえるように「クライアントの時間を増やす」をモットーにサービスを提供しています。
今は少々敷居の高いハイヤーですが、自動運転技術が進歩してタクシー運賃が3分の1程度に下がれば、これに近いサービスが多くの方が受けられるようになるでしょう。
自動運転の完全導入にも時間はかかるでしょうが、東京オリンピックまでにアシスト部分の技術はかなり進むはずです。

自動運転が普及してほしい理由

――2020年はひとつのターミナルイヤーだと思います。東京オリンピック・パラリンピックでは大きなインバウンドが見込めますが、それまでに達成しておきたいことはありますか。
その時点で最新の自動運転技術を搭載した車を使ったタクシーを走らせ、「日本の技術はここまできているんだ」と見せたいですね。
例えば、選手や観客が羽田空港に到着してタクシーに乗る。乗務員は少しだけ運転して高速道路に乗る。高速道路を走るあいだはほとんど自動運転。そこでおしぼりを出して「あれが東京の○○です」と説明をしたり、日本の歴史・文化を紹介したりする。そして高速を降りたらまた少し運転して、あっという間に会場に着く、という具合です。
自動運転のあいだのおもてなしは、何かデバイスを使ってエンタメ的なものを見せてもいいし、「人」が案内をしてもいい。ただ人だと一定のスキルが必要なので、ロボットにプログラムを記憶させるやり方も考えられる。2020年なら、これぐらいの段階までできるようになるでしょう。
でも私が、自動運転が普及してほしいと思う本当の理由は、サーフィンをやりたいからなんです(笑)。
鴨川の海でサーフィンをし、現地でマンションを借りて生ビールを飲む、これは私の理想です。週末、月に2回ほど行きたいのですが例えば今ハイヤーを利用すれば往復でそれなりの金額がかかり、土日で宿泊すれば往復2回分の料金がかかってしまいます。さすがに現実的ではありません。
これが自動運転になれば……。おそらく一般道より高速道路が先に自動運転可能になりますから、自宅から高速に乗るまで乗務員が運転し、高速に乗るところで降りて「いってらっしゃーい」と車を見送る。そして高速を降りたら現地の乗務員が運転する。これで人の手はだいぶ省け、今よりも安く行けるようになると思います。
こうすれば週末、青い海でエンジョイできますし、東京ライフがより充実しますよね(笑)。

川鍋氏のアイデアの源泉

――川鍋さんの頭の中で未来のイメージが広がっていますが、新しいことを考えるうえで、どのようにアイデアを得ているのですか。
会社の無線センターに座って、オペレーターが話すのを聞くとヒントが得られることが多いですね。そこからニーズをくくり出すのです。
妊婦さんが陣痛でタクシーを呼ぶ件数が1日に20~30件もあると知ったときは驚きました。陣痛と聞くと乗務員は焦ってしまい、知っているはずの病院も、頭が真っ白になって行き方がわからなくなってしまうことがあります。
そこで考えたのが陣痛タクシーです。事前に自宅や病院、予定日を登録してもらうことでこちらも準備をしてスムーズに配車することができます。
陣痛のように必要に迫られていないお客様にも、タクシー車内空間の何かしらを提供したい思いはありますね。
意外に受けがよかったのは、携帯電話の充電サービスです。実際に乗車時間だけで十分な充電はできないのですが、心理的に嬉しさを感じるものです。
また、タクシーの平均乗車時間は18分間です。18分あれば、ブランドメッセージは十分に伝えられる。そこで、映像や音楽、これからはVR(仮想現実)などもありかもしれません。何か入り込めるもの、体験してみないとわからないものを体験する時間を、私たちは提供できる可能性を持っているのです。
その実験的な取り組みとして、P&Gと提携した「ファブリーズタクシー」を期間限定で導入しました。
自分が乗ったタクシーが臭かったらいやですよね。朝の乗車時、乗務員は必ず身だしなみや匂いをチェックしているのですが、一日ずっと乗っていたら、どうしても匂いがこもってしまう。
そこで匂いがこもってきたら自動的にファブリーズが消臭し、乗客は車内で快適に過ごせるというわけです。
テレビCMや広告でPRすることも大切ですが、実際に体験してもらわないことには商品の良さをわかってもらえない。メーカーにとってもタクシーは恰好のお試し空間なのです。
少し未来の話をすれば、先ほど、自動運転が発達すればタクシーの初乗り運賃が200円になるだろうと言いました。そこまで下がれば、企業から広告料を頂いて無料タクシーができるのではないかと考えています。
例えば旅行会社から広告料を頂き、車内にはハワイ旅行の映像を流す。車に乗ったら足元にビーチの砂が敷きつめてあって、裸足になることができて気持ちいい。
こういった方向性のことは、これから深掘りできるのではないかと思います。

口に言ふのみにあらず

――アイデアを考えついても実際に形にするのは容易ではないと思います。「形にする」ことで得られたこと、見えてきたものはありますか。
私が卒業した慶應義塾では、福沢諭吉が提唱した「慶應義塾の目的」があります。そのなかに「之を口に言ふのみにあらず躬行実践(きゅうこうじっせん)以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり」という一節があります。
私がこれをすごいなと思うのは、実践するのはもちろんのこと、わざわざ「口に出して言うのみならず」と書いてあるところです。
私も、以前はコンサルと称して口だけであれこれ言っていた時代がありましたが、やはりそれだけでは何も変わりません。かといって、実践するだけでもいけないのです。口に出して言うことの大切さも説いているのです。
何か新しいことを導入するとき、乗務員は基本的に面倒くさいと感じます。上から「あれやって」「これやって」と言われても、それが自分たちの未来につながっているとすぐには思えない。
配車アプリを導入したときには「社長、アプリを使ってタクシー呼ぶ人なんていませんよ」「アプリを使う人が、呼んだタクシーが来るまで待ってくれるか分かりませんよ」などと言われました。
でも実際に導入してお客様から「アプリを導入したなんてすごいね」「先進的だね」と言われると、「自分たちの会社がやっていることは、社会の役に立っているのかな」と少しずつ思えるようになります。
ファブリーズタクシーもそうです。最初は「導入したところで」と懐疑的でも、お客様から「いいね」「清潔だね」と言われると嬉しいし自信がもてる。
長い時間をかけてやっていると、お客様など外部からポジティブなフィードバックがあり、自分がやっていることの価値を認識することができる。だからそれまで何度も言い続けなければいけないし、やり続けなければいけない。
この「口に言ふのみにあらず……」の一節は、私自身のテーマにもしています。
※続きは、明日掲載します。
(聞き手:TBWA\HAKUHODO シニアプラニングディレクター・岡咲マサ、構成:合楽仁美、撮影:大隅智洋)