ホークスと学会がタッグ。プロスポーツビジネスが向かう先

2016/10/1
先日、日本のプロスポーツ界は新たな一歩を踏み出した。
プロバスケットボール「Bリーグ」が9月、新たに誕生した。バレーボールにもプロリーグ化に向けた動きがあると報じられている。
かつての日本のスポーツ界は、企業による、いわゆる「社会人チーム」で成り立ってきた側面が大きい。
しかし、長引く景気の停滞で真っ先にテコ入れの対象となったのはスポーツだった。スポーツは生活必需品ではない。極端にいえば、なくても、生きていくことはできる。
だが、スポーツは人々の心を豊かにする。熱を持たせ、会話を生み、心をつなげる。
1993年のJリーグ誕生以降、スポーツ界の風向きが変わった。
プロ化。そして地域密着。
プロ野球にしてもオーナー企業は存在するが、チームを支えるのはあまたのファンであり、多くのスポンサーだ。また、近年では地方都市にフランチャイズを置く球団の活気が目立っている。
スポーツが一企業のものではなく、地域の文化財として重宝される時代へ。
そしてプロ化によって、スポーツがビジネスとなる時代になりつつあるのだ。

手探りのスポーツビジネス現場

その一方で、プロスポーツビジネスの現場はその急速な変化に対応し切れていないようにも感じる。
過去の実例が少ないものをつくり上げていくわけだから、選手育成も地域連携もエンターテインメントも、まだ手探りの部分が実は多いのだ。
実際のところ、チームに従事する職員のマンパワーに頼っている部分は少なくない。運営母体がしっかりしていれば多くのチャレンジもできるが、失敗が許されない環境のチームはどうしても後れをとってしまう。
グラウンド上だけでなく、ビジネスも競争だ。よって格差は生まれる。
その前提を否定するつもりはないが、一方でスポーツビジネスが今後大きく発展していくためには底上げが必須ではなかろうか。

エンタメ界で一番の成功例

すっかり前置きが長くなったが、今回は興味深い取り組みを取材することができた。
9月21日と22日、福岡で日本スポーツマネジメント学会(JASM)が主催する「プロスポーツビジネスセミナー」が行われた。
ここに福岡ソフトバンクホークスおよびホークスファーム本拠地のある筑後市が全面協力するかたちで実施された。
JASM運営委員の一人、福田拓哉・新潟経営大学准教授(NewsPicks内で連載「プロ・スポーツビジネス」を執筆)が、以前に福岡ソフトバンクホークスマーケティング株式会社の職員だったことによる縁だ。
さらにホークス球団の宣伝広報を担当する市川圭之介氏(マーケティングコミュニケーション部マネージャー)が新潟県三条市出身ということでうまくつながり、今回の「コラボ」がスムーズに実現した。
JASMにとっては「これほどプロスポーツビジネスの現場に近いところでセミナーを実施できたのは初めて」(福田氏)だったという。
福田氏とともに、今回のセミナーのコーディネーターを務めた藤本淳也・大阪体育大学教授も語る。
「ホークスではプロ野球界で巨人をしのぐ事業展開がなされており、九州を中心にたくさんの魅力を発信しています。エンターテインメントビジネスという観点でも日本で一番の成功例ではないでしょうか」
「選手育成でも3軍制を導入し、ファームの筑後移転によって地域とのつながりも、より密になっています。日本最高峰といってもいい。そこに触れられるのは、これ以上なくありがたいです」

スポーツを学問的に解析

今回のセミナーには学会員のほかに、一般参加も含め22人が受講した。その多くが現役大学生か大学院生という若い世代だ。
東京、大阪、新潟などから身銭を切って福岡にやって来た彼ら(女性の姿も目立った)にとって、プロ野球の常勝チームであり、スポーツビジネス界トップ級の売上高を誇るホークスの現場に触れられるメリットは、説明するまでもない。
一方でホークス側のメリットとは……? 市川氏はいう。
「まだはっきりとわかっていないのが現状です(苦笑)。しかし、われわれも今年からファーム本拠地を筑後に移すなど新たな事業を展開していくなかで、それらを学問的に解析や研究をしたらどのような成果が出るのか、興味深く思っているところです」
「球団としてもこのようなお話はこれまでもたくさんいただいていたのですが、なかなか実現できずにいました。しかし、今年になって社内の受け入れ態勢が整い、今回の取り組みとなったのです」
経験や感覚に頼りがちだったスポーツビジネスを、学問というフィルターを通して分析する。数値を出してエビデンス(根拠・証明)をとるのが学問である。
ホークスにとってデメリットを挙げれば、オリジナルの経験や感覚が他のプロスポーツチームに漏れてしまう点。市川氏は「そうなんですよね」と苦笑いしていたが、業界の未来のためにその部分については涙をのんでもらいたいところだ。

現場を見せ、化学反応を誘発

今回のセミナーの大枠のテーマは、プロスポーツチームにおける「選手育成×地域活性化」の実態を学び、「プロ野球×エンタメ」といった演出などに実際に触れること。
筑後市では同市ホークスファーム連携推進室の江崎紹泰室長による「筑後市におけるホークスをフックとした地域活性化戦略」の講演を聞き、HAWKSベースボールパーク筑後でも球団職員の説明を受けながら施設を見学した(リンクはテーマについての参照記事、以下同)。
その後はヤフオクドームに移動して、ホークスの三笠杉彦取締役・球団統括本部副本部長から、球界で先進的に3軍制を導入した「ファームを中心とした選手育成システム」について説明を受けた。
その中身はかなり具体的で、ホークスを長く取材する筆者も思わずうなずく内容だった。
さらに新井仁マーケティング本部副本部長から「1軍公式戦におけるエンターテインメントサービス」の講話を聞き、その直後に「ホークス対ファイターズ」のパ・リーグ天王山を生観戦した。
2日目は学会員の学生たちによるディスカッション。若者たちの目は輝いていた。福田氏も「若い人たちに化学反応が起きることを期待しています」と目じりを下げていた。

2020年の先を目指す人材輩出

参加学生の声もいくつか紹介したい。
●吉松憲吾さん(順天堂大学大学院)
「硬式テニスをしていたのですが、前十字靭帯(じんたい)を切って断念。しかし、もともと野球ファンで見るスポーツも好きでした。ベイスターズのインターンとして働いた経験もあります。ホークスはお客様を楽しませるための施策がすごく明確と感じました」
●木村海七未さん(大阪体育大学大学院)
「地元にはバスケのチームがあったのですが、経営がうまくいかずにつぶれてしまいました。スポーツで地域を元気にできる仕事に就きたいと思っています」
●増山渚さん(大阪体育大学大学院)
「もともと『プロ』と聞くとお金儲けに走るイメージがあったのですが、対人のお仕事で、人に喜んでもらう何かをすることだと気づきました」
●北川純也さん(順天堂大学大学院)
「もともと野球をやっていました。なので球場に観戦に行くとどうしても野球の本質であるプレーのすごさなどに目が行きがちだし、それを周りにも伝えたくなる。だけど女友だちはそんなことに興味を持ってくれないんです。野球そのものに興味はなくてもプロ野球の魅力を伝えたり感じてもらえたりしたい。ホークスの取り組みを目の当たりにして、その思いがより鮮明になったと思います」
●吉本大祐さん(神戸大学)
「ホークスの取り組みに圧倒された。その一言に尽きます。スポーツにもともと興味があり、熊本出身なので小さなころからドームにホークス戦を見に行っていました。卒業後はスポーツメーカーへ就職します」
これからの日本のスポーツ界は、プロ化やビジネス化へ前進していくだろう。今回の取り組みがきっかけとなり、スポーツ業界がまた一つ成熟するのではと期待している。
また、日本では「2020年」に向けてスポーツへの関心や機運が高まっていくことが考えられるが、大事なのは「ピーク」を越えた先だ。その未来を担う若い世代のあの目の輝きに接することができた。
ライターとしてスポーツを生業とする筆者にとっても非常にうれしい出来事だった。
(撮影:田尻耕太郎)