低迷していた観客動員改善。千葉ロッテのターゲティング戦略

2016/9/27
マーケットと人的リソースが限られているなかで、売り上げを伸ばすためには何が必要だろうか。
ターゲットの絞り込みが重要なキーワードになるが、問題はその根拠を持てるかどうかである。その点、最近の千葉ロッテマリーンズの取り組みは参考になる。
ロッテのマーケットについて、事業本部企画部部長の原田卓也氏はこう語る。
「私たちの球団が置かれている市場環境を分析すると、マリーンズファンの数は約100万人で読売ジャイアンツの14%程度です。マスメディアとの資本関係もなく、大きな露出機会も十分には確保できません。また、スタジアムへのアクセスも首都圏の他球団と比較すると最寄り駅からの時間が長くかかります。この3つは動かしがたいファクトだと認識しています」
さらに、セ・リーグ球団は巨人、阪神、広島のファンがビジターの試合にも多く足を運び、その数は来場者全体の50%に達することがある一方、パ・リーグではビジターファンの来場は球場全体の10%台にとどまるという。
つまり、同じリーグの人気球団にあやかる戦術もとれないのだ。さらに、ロッテの球団職員は約30人程度とプロ野球界の中では小所帯である。

ターゲットはファンクラブ会員

「こうした環境下にあるので、コアファンを育てて、来場や購買の頻度を高めていくしかわれわれの生き残る道はないと考えています。そもそもプロ野球ビジネスは1年のうち半年しか商売ができません。限られた期間の中でピンポイントにマーケティングを行うには、ファンのことをよく理解しなくてはいけません」
「また、非常にエモーショナルなビジネスでもあるので、ファンの心理をしっかり把握する必要もあります。そのため、2006年から旧来のファンクラブの仕組みにCRM(顧客関係管理)の概念を組み合わせ、顧客データの収集をしてきました」(原田氏)
千葉ロッテの公式ファンクラブ「TEAM26」には現在24万人の会員がおり、そのうち有料会員は5万5000人である。男女比は7対3で、30代から40代が一番のボリューム層だ。
会費以外でもTEAM26の球団ビジネスへの貢献度は高く、チケットと飲食売り上げの4割、グッズ売り上げの5割が会員からのものである。有料会員の平均継続年数は5年で、1人あたりのライフタイムバリュー(LTV=顧客生涯価値)は粗利ベースで約8万円にのぼる。
このように、有料会員は貴重な顧客資産である。そこにターゲットを絞り、データと向き合うことで「手を打つべきポイント」を可視化している。

無料化防御策としてのプレゼント

その1つ目が、有料会員から無料会員への移行防止策だ。
原田氏によれば毎年約20%の有料会員が無料会員に移行するが、シーズン中の来場が0回であった有料会員の無料化率は30%と極めて高くなる。
一方で、来場回数が3回を超えると無料会員への移行率は10%以下に低下し、来場5回以上の移行率は5%以下となる。
つまり、1度でも有料会員を来場させ、あわよくば数回スタジアムに足を運ばせることが、無料会員化を防ぐために最も効果的なのである。
そのための策が来場促進の強化だ。
今季ロッテは、プロ野球界ではすでにおなじみとなった特別ユニホームの無料配布をリーグ最多となる8試合で実施。その種類も他を圧倒する4パターンにおよんだ。
さらにファンクラブデーを実施し、会員には選手等身大ブランケット、ヘルメット、中折れハットのプレゼントも行った。
特筆すべきは、こうした来場特典情報が前年度のうちに公開され、有料会員継続のインセンティブに用いられた点である。
それにより、2015年に20%だった有料会員の無料会員化率は今年13%に低下。有料会員の来場者のうち、前年度の来場回数が0回であった人数は2015年より4800人増加し、来場回数が1から3回までの会員数は1万9000人増えた。
特別イベントとファンクラブデー実施日に前年度来場回数0回だった有料会員の来場が集中していることからも、無料会員化率が高い層に対し、この施策が響いたことが理解できる。
これに引っ張られるかたちで、2014年に1試合平均1万6999人だった平均観客数も今年は2万1469人(9月4日終了時点)まで増加。実数発表以降、最高を記録した2008年の2万2245人に届きそうな水準まで回復しているのだ。

行政との連携で課題解決

「手を打つべきポイント」の2つ目は、小学生会員の開拓である。
TEAM26のジュニア会員を2013年と2006年で比較したところ、中学生会員は103%と微増したものの、小学生会員は62%まで減少していた。
同期間の千葉県における小学生の人数はほぼ同じだったことから、人口減少の影響を受けたわけではなく、ロッテの小学生会員が顕著に減ったことが明らかになった。
このデータに着目したのが事業本部振興部部長代理兼ファンサービスプロジェクトマネージャーの高坂俊介氏だった。
球団の地域振興を担う部署の責任者を務める高坂氏は、仕事がら行政と話し合う機会が多くなり、2014年に行われた千葉県教育委員会との会合でこんな相談を持ちかけられたという。
「私たちが定めているスポーツ推進計画の中にプロスポーツとの連携が掲げられているのですが、なかなか効果的な取り組みを実施できていない状態です。マリーンズさん、なにか良いアイデアはないでしょうか」
小学生会員の減少に悩むロッテと、プロスポーツとの連携に悩む千葉県教育委員会——。
高坂氏はこの2つを組み合わせることで、双方の課題が解決できると感じたという。
千葉ロッテ事業本部の高坂俊介氏(左)と千葉県教育庁の角田淳氏
そこで生まれたのが、「ちば夢チャレンジ☆パスポート・プロジェクト」だ。
2014年から始められたこの企画は千葉県教育委員会主催で、県内の小学生とその保護者2万組合計4万人を対象とした、10試合のイベント体験付き招待事業だ。
マリーンズが協力企業として各種プログラムを提供し、地元企業が協賛企業として招待用のチケット代を中心とする費用を負担するかたちになっている。
千葉県教育委員会が主催となることで、県内全小学校を通じた告知や募集活動が可能になるだけでなく、協賛企業にとってもCSR(企業の社会的責任)の機会が確保できたり、協賛金を損金算入できたりするメリットもある。
参加者数も年々伸びており、今年の申し込みは定員を大きく上回る2万8661組、合計5万7322人におよんだ。
「今年は昨年(2015年)に比べて申し込み数が1.5倍になりました。過去2年間に参加された方が喜んでくれたことで、口コミで広がったのだと思います。保護者の関心・意欲が高いと子どものスポーツ実施率が高まりますので、親子招待というこのやり方に手応えを感じています」
県教委側の責任者で、千葉県教育庁教育振興部体育課スポーツ推進室生涯スポーツ班指導主事の角田淳氏がこう振り返るように、行政側の評価と今後の期待も高い。
一方、千葉ロッテは懸案だった小学生会員の獲得において大きな成果が得られた。今年のTEAM26ジュニア会員数は5418人となり、2015年の4861人から12%増加したのである。

1球団でできる現実的取り組み

今回紹介した2つの方法以外でも、ファンや売り上げを増やす方法はもちろんある。
たとえば、リーグや協会が中心となって「新しい波」を巻き起こすことも重要だ。日本のバスケットボール界やJリーグが進める一連の改革がこれに当てはまるだろう。
しかし、それは1球団やクラブの力ではいかんともし難いことが多い。
日々の独自の活動のなかでは、今回紹介したロッテのようにターゲットを絞り込み、手を打つべきポイントを明らかにしながら改善を進めていくことが、より現実的な取り組みといえるだろう。
大きな改革ももちろん必要であるが、目の前の小さな改善を積み重ねることの重要性も忘れてはならないのだ。
(撮影:福田拓哉)