【楠木建×横山由依】仕事の場面でこそ「好き嫌い」を聞くべき

2016/9/25
AKB48グループの2代目総監督を務める横山由依さんがNewsPicksのプロピッカーと対談する新連載「教えて!プロピッカー」。政治・経済からカルチャーまで、第一線で活躍しているキーパーソンと対談し、基礎から学んでいく企画だ。
今回のゲストは一橋大学の楠木建教授。 前編では、なぜ、楠木教授が『好き嫌い』に注目しているのかについて話が展開した。
「好き嫌い」とは何か
──楠木教授は、NewsPicksにおいて、ピッカーからの人生相談に答える「楠木建のキャリア相談」が人気を博し、書籍化もされています。
また、多くの優れた経営者やリーダーを見てきた中で、成果を出している人は「自分が好きでやっている」「良し悪しよりも好き嫌いを優先している人が多い」と指摘しています。今日はそんな「好き嫌い」が対談テーマです。
はじめに、横山さんはアイドルとして、好きな色や食べ物などを聞かれることが多いと思うのですが、横山さんの好きな色について教えて下さい。
楠木 いきなり昭和の芸能雑誌みたいな質問ですね(笑)。
横山 私は、昔から紫色が好きです。幼稚園の時に「絵を描くために1本、クレヨンを選んでいい」って言われたことがあるのですが、その時から、毎回紫色を選ぶぐらい好きでした。
それに、紫色だけは絶対に「色」をつけて呼ばないと嫌なんです。他の色は黒や赤でいいんですけれど。敬いの意味を込めてというか(笑)。
楠木 じゃあ、さらに敬称を強めて「紫様」って言うのはいかがでしょうか。
横山 それは……世間から浮くのは嫌なので(笑)。
横山由依(よこやま・ゆい)
1992年12月生まれ。京都府木津川市出身。2009年9月、AKB48第9期研究生として加入。2010年10月に正規メンバーとなり、2015年12月、AKB48グループ2代目総監督に
楠木 冗談はさておき、「好き嫌い」とは何かというと、要するに個人の価値基準を言っているわけです。
横山さんは紫色が好きですが、それはまったく一般化できない、横山さんという個人に局所化された「良し悪し」ですよね。世の中にはいろんな人がいて、みんなそれぞれ好き嫌いが違う。例えば、僕は紫色はあまり好きではありません。ですから平気で「色」をつけずに「紫」と呼び捨てたりします。
でも、それで何の問題もない。一人ひとりの好き嫌いですから、横山さんと僕との間には紛争は生じない。
その一方で、好みが違う人たちが共存して社会という共同体を成り立たせるためには、個人の好き嫌いを超えたところに、ある程度普遍的な「良し悪し」の基準がどうしても必要になってきます。
例えば、「人を殺してはいけません」とか「知らない人の家に勝手に入ってはいけません」とか。これらは現代社会で共有されている良し悪しの基準からして、あからさまに「悪いこと」です。こうしたことは、日本でも外国でも、ほとんどの場合、刑法で禁止されている。つまり、共同体のコンセンサスとして定着している「良し悪し」です。
社会が社会として成り立つためには、一定の良し悪しの基準をみんなが足並みそろえて受け入れることが欠かせませんが、そうした普遍的な価値基準はそれほど多くない。他の多くのことについては、一人ひとりが個人の好き嫌いの基準で判断したり行動したりしているのが良い社会だというのが僕の立場です。
要するに「自由主義」ですね。「自由」というのは、個人の好き嫌いで判断したり行動したりできるということ。ざっくりいって、世の中の90%は個人の好き嫌いを基準に動いていて、残りの10%ぐらいが普遍的な良し悪しベース、というのが理想的なミックスだと僕は感じています。
ところが、世の中の公的な場面、例えば経営者が投資家に向けて話す場合や、僕のような大学教授が学生に対して何か教える場合などは、わりと「良し悪し」を前提にした発言を求められることが多いんですね。
仕事の文脈では、個人の好き嫌いを前面に出すことはあまりない。その分、一人ひとりの好き嫌いが隠れてしまう。「良し悪し優先・好き嫌い劣後」というのが仕事の世界でありまして、だから「個人的な好き嫌いを仕事に持ち込むな。仕事は良し悪し、好き嫌いは家に帰ってから趣味でやれ」というような話になる。
横山 そこでは、みんなルールに合わせて答えていますもんね。好き嫌いと違って、無理しているところもあるというか。
楠木 そうです。ビジネスというやたらに「良し悪し」が求められる世界では、一人ひとりのキャラクターがよく分からないことが多いんですね。
例えば、仕事の場面では、「この人、いったい何が好きで何が嫌いなんだろう……」とまったく分からないまま1時間のミーティングが終わることがあります。
仕事では、人々が口々に良し悪しについて語ります。こっちのほうがコストが安くなるとか、こうしたほうが意思決定のスピードが速くなるとか……。ただ、それだけでは肝心のその人がよく分からない。好き嫌いに立ち入って初めて、その人の本当のところが分かるんです。
楠木建(くすのき・けん)
一橋大学教授、専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書に『「好き嫌い」と経営』(2014年、東洋経済新報社)、『経営センスの論理』(2013年、新潮新書)など。NewsPicksでは、対談シリーズ「稼ぐ力のその中身、戦略ストーリーの達人たち」を連載中
マネジメントの2つのやり方
横山 すごい! 納得しました!
今のお話を自分に置き換えてみると、マネージャーさんとの関係が頭に浮かびました。
私の所属しているAKB48は、グループとして一個の大きな会社に入っているんですね。それとはまた別に、私は個人としては太田プロダクションという芸能事務所に所属しています。
AKB48のメンバーは、2つの会社に所属しているので、少し複雑なんです。
例えばAKB48に出演依頼が来る歌番組などは、AKB48の会社で受け持ちます。一方で、私個人の仕事は太田プロダクションが担当しています。
なので、やはり個人対個人として接する時間が長い太田プロダクションのマネージャーさんとは昔から深い話もできていたのですが、AKB48のマネージャーさんとは仕事の現場でしか会わないので、なかなかできずにいました。
ただ、自分が総監督になってからは、人を理解するうえでその人のキャラクターを知ることが大事だと思うようになりました。そこで、新しく入ってきたマネージャーさんには「休日は何をしているんですか」といった質問をして、お仕事以外の話や内面についても聞くようにしています。
そう考えると、私も人の好き嫌いについて聞くのが好きかもしれないです。
楠木 なるほど。横山さんは総監督として組織の中を束ねていかなきゃいけない立場ですよね。ステージに立つプレーヤーであると同時に、マネジメントの役割も担っている。マネジメントには、大別して2つのやり方があります。
ひとつは良し悪しだけで組織をリードするやり方。
つまり「あなた、これをやりなさい」「こっちの方が、いま、視聴者が良いと言っているから」といったやり方です。ただ、このように良し悪し基準だけに立脚しているマネジメントはどうにも浅くなる。組織として凝集力や持続性に欠ける。
もうひとつが、一人ひとりの好き嫌いにまで踏み込んでいくマネジメント。本来はここまで行かないと、本当のチームはできないと思います。
なぜなら、良し悪しだけを基準にしたマネジメントだと、頭では分かっていても、体がついていかないということが多々あるからです。しょせん人間の組織ですからね。
横山 確かにそうですね。正しいかもしれないけど「やろう!」と動きだしにくいというか。
「意識高い系」は考えが浅い
楠木 良し悪しだけの浅いマネジメントをしている組織だと、そこでの良し悪しと自分がフィットしないと、いつまでも自分の中でストレスを溜め込むか、もしくは「ダメだこりゃ、次いってみよう」ということで組織を離れるしかない。モチベーションは下がるし、離職率は上がる。
それとは逆に、一人ひとりの好き嫌いまで踏み込んで、「◯◯さんは、これが好きではなくて、どうも力を発揮できない。この仕事を強制するのはやめて、彼女が好きで取り組めるこっちの方向でやってもらおう」といった深いマネジメントをしている会社の方が組織として強いし、持続力がある。
僕の偏見かもしれませんが、NewsPicksっていうのは、読んでいる人に若干の偏りがあって……。
楠木 そう。「意識高い」っていうのは、言い換えれば「頭が悪い」って言っているのと、ほとんど同じなんですけどね。
横山 読者批判になっちゃいますけど大丈夫ですか(笑)。
楠木 頭が悪いじゃないですね、失礼。より正確に言えば、「考えが浅い」(笑)。
例えば、「意識が高い」人たちには「今の時代、バンバン転職していくのがプロっぽい」「ひとつの会社でずっと仕事をしているのは時代遅れ」という価値観を持っている人が多い。
これは個人的な好みとしては理解できますが、「意識高い系」の人たちの中には、個人的な好き嫌いを世の中全体の良し悪しの問題にすり替えて、ああだのこうだの自説を押しつけたり、自分と考えが合わない人を批判したりする人がいる。どうにも幼稚な話でありまして、その辺を「考えが浅い」と思うわけです。
もちろん転職自体は悪いことではありません。自分にフィットする仕事を求めるのは当然のことですし、その過程で転職もあるかもしれない。しかし、だからといって転職することそれ自体に価値があるわけではありません。
同じ組織にずっといることを強制はしないけれども、「多くの人が組織の良し悪しと自分の好き嫌いの折り合いをつけることができて、その結果として、長期にわたって所属し続けることができる」、これが組織として健全な状態だと僕は思います。
昔の日本の大きな会社はみんな同じ会社で定年まで働くのが当たり前とされていました。その時代は「最後まで同じ会社で勤め上げるのが当然であり、良いことだ」という暗黙のルールがありました。これはこれで不自然ですよね。
でも、給料や目先のインセンティブだけでコロコロ転職する人ばかりになってしまうと、組織としてはいかにも底が浅い。もっと深いマネジメントが必要です。
ですから、組織のリーダーとして、一人ひとりの好き嫌いに踏み込み、みんなのキャラクターを分かろうとするという横山さんの姿勢は、総監督としてとても大切だと思います。
「対ひと」として話せてきた
横山 ありがとうございます。私はAKB48の活動を続ける中で、メンバーそれぞれとわけ隔てなく「対ひと」として話せてきたなとは強く感じます。どのメンバーと2人きりになっても、全然苦じゃないんです。
だから、初対面の人とも「好きな食べ物は何ですか?」から話すことができますし、むしろそういう好き嫌いから話す方が、親しくなれるなと感じます。
楠木 本当にその通りです。要するに、良し悪しよりも好き嫌いの方がコミュニケーションがしやすいということ。
なぜかというと理由の説明がいらないから。
良し悪しのマネジメントであれば、
「これをやりなさい」
「なぜですか?」
「これは良いことだからです」
「なぜそれが良いんですか?」
「このやり方よりも、スピードが速くなって、コストが落ちるから良いんです。だからやりなさい」
というように、「それがなぜ良いのか」という説明が必要になります。
それに対して好き嫌いは、「何色が好きですか?」「紫色です」となった時に、「このデジタルでグローバルな時代に何を言っているんですか? 青でしょ!」っていう人はいませんよね。
横山 いないですね(笑)。
楠木 いたら相当にヤバイ人(笑)。本来は個人の好き嫌いのほうがコミュニケーションしやすいのです。誰に対してもオープンになれる。相互に理解も深まる。さらに、争いがない。
好き嫌いについてのコミュニケーションが飛び交っていて、お互いに各人の好き嫌いを尊重している。社会にしても組織にしても、これが成熟した健全な姿だと思います。
総監督を務める横山さんにとっても、好き嫌いはとても良い切り口だと思います。AKB48には最近入って来た若手の方もきっといらっしゃるんでしょう?
横山 はい、います。
楠木 そういう人から見ると、「横山さん、総監督だしキャリアも長いし、こんな立派な人がいる」と、下から先輩を仰ぎ見るわけですよね。
そんな状態で、上の人が良し悪しを基準にして命令したら、ますます距離を感じて萎縮してしまうかもしれません。
だけど、「あなた、何色が好きなの?」って言われたら、自然にコミュニケーションができる。距離も縮まります。
だからなぜ、みんながもっと仕事の局面でそれぞれの好き嫌いについて話さないのかなと思うわけです。ところが、いざ会社での仕事となると、好き嫌いの話は無駄話をしているように思われるんですよ。もったいないと思いますね。
握手会とサイン会の共通点
横山 確かにそうですね。私は普通の会社がどういうものか分からないですけど、確かにそういったイメージがあります。会社は仕事をするところ、ご飯はプライベートな友達と行くといったように区別している印象があります。
ただ、AKB48では、メンバーとは休みの日も遊びますし、ご飯もよく一緒に行きます。仕事仲間であり、友達でもあります。これは誰に強制されているわけでもなく、結果としてそうなんです。
楠木 それはイイですね。
横山 あと、仕事の好き嫌いで言うと、私は握手会が苦手でした。いろいろネガティブなことも言われることもあったので。でも、自分の立場や考え方が変わって、「ファンの方々に喜んでもらうために握手会があるんだ」と思えてからは、楽しめるようになりました。それがAKB48の成長にもつながりますから。好き嫌いも、変わることがあるんですよね。
楠木 仕事は手段と目的の連鎖でできています。結局、どんな仕事でも、その先に目的はあります。その目的が好きなことであれば、そのための手段それ自体が好きでなくても、目的と紐付ければ苦にならないということは普通にありますよね。
横山 そうですよね! よくわかります。
楠木 ちなみに、握手会って、どんなもので、どういう目的でやっているんですか。
横山 握手会には、いくつかのパターンがあるのですが、AKB48のCDについている券と引き換えに、メンバーと握手したりお話ができたりするものです。
楠木 つまり、握手会はAKB48を好きになっているファンの方々との関係を強化する場ですよね。
しかも、そこに芸能界でのAKB48の独自性があるそうですね。「ファンを喜ばせる」という目的は自然とメンバー全体で共有している。しかも、ファンの喜びは、AKB48の仕事の成果のど真ん中にある。
だから、握手会の仕事が嫌だと思っていても、横山さんのように目的ときちんと結び付けられれば、また違ったものに見えますよね。
僕の場合は、本を書いて出すということに仕事の軸足のひとつがあるので、著書にサインをすることがあります。
書店などで、読者を目の前にして、相手の顔を見てサインをするのは嫌いではありません。自分の名前を何十冊にも書くという作業自体はもちろん好きではありませんが、読者へのサインはこちらから直接お礼の気持ちを表す手段でもあるし、「本のここが良かった」とか、「ここが、あんまり好きじゃない」と、感想を直接聞くこともできる。「こういう人が読んでくれているんだ」というのも分かりますしね。
横山 その点は一緒だなと思います。そして、それが全国規模で行えていることが、私たちの強みだなと実感しています。
(構成:上田裕、撮影:遠藤素子)
※後編は、来週掲載します。