スタンフォード大学が誇る、世界最先端のスポーツ医療

2016/9/25
前回に引き続き、スポーツメディカルの話である。まずは最も身近であり、私が責任を持って説明できる「Stanford Sports Medicine」について、詳しく紹介させていただきたい。
われわれは、以下の3つの組織を総称して「Stanford Sports Medicine」と呼んでいる。
・スタンフォード大学病院内のスポーツメディカル
・大学から強化指定されたクラブをサポートする(メディカル)トレーナールーム
・スチューデント・アスリート専門のリハビリセンター
この組織は、Athletic Department (日本の場合、体育会とでもいうのだろうか)内の一つの組織と思われがちであるが、実は、大学に付属する病院の一組織でもある。
予算や活動スペース、人事関連のマネジメントなどはAthletic Department で行うが、指揮命令などを司る上層部と組織のトップは、医師、つまりスタンフォード大学病院・スポーツメディカルのドクターである。
その事実を知ると、スタンフォード大学がスチューデント・アスリート専門のリハビリセンターを擁することも、そこにドクターが常駐していることも納得できる。
選手と病院のWIN-WINの関係
病院にしてみれば、オリンピックで多くのメダルを獲得するような、世界のトップアスリートをケアできると同時に、彼らを研究のサンプル、モデルケースにできる。
アスリートや指導者からすると、世界最先端のスポーツメディカル・ドクターをはじめとする「スポーツメディカル・チーム」にケアしてもらうことができる。これ以上の“WIN-WIN”の関係が存在するのであろうか。
前回のコラムで、「ドクターが常駐している、スチューデント・アスリート専用のリハビリ施設」の話をさせていただいた。私はこの施設の素晴らしさについて言葉で表現する能力を持ち合わせていないので、写真でご紹介したい。
リハビリに必要なさまざまな器具や、ワークアウト後のトリートメント(治療)をするベッドなどがところ狭しと並んでいる
少しわかりにくいかもしれないが、天井につるされたカメラとセンサーを駆使して、モーションキャプチャー動画を作成し、リハビリ中のアスリートの動き方の確認を行う
詳細のデータが取得可能なトレッドミル(屋内でランニングやウォーキングを行うための器具)
腰から下にビニールのようなカバーをかぶせて、中の圧力をコントロールして、自重より軽い重さで故障箇所の負担を軽減して走れるように設定できるトレッドミル。これは日本にも流通しているようだ
世界トップクラスの治療例
世界でもトップクラスである「スポーツメディカル・チーム」が上記のような施設を使用し、ケガをしたスチューデント・アスリートを“よって・たかって、ケアする”さまの具体例をここで紹介したい。
注目すべきは、そのスピード感である。
【仮定】あるフットボール選手が、9月3日(土)13時キックオフのゲーム前半に、足首に軽度の骨折をしたとする
【Phase 1】9月3日(土)
受傷後、すぐに足首専門のドクターの診察をフィールドで受ける。スタジアム内に設置されているレントゲンにて、骨折箇所等の詳細を診断
※スタジアム内にレントゲン施設を設置するルールがある
【Phase 2】9月4日(日)
午前中にトレーナールームで腫れの具合などをチェック後、スタンフォード病院にてMRI検査。骨折箇所周辺の詳細チェック
【Phase 3】9月5日(月)
8時より手術開始。14時には帰宅
【Phase 4】9月6日(火)
スチューデント・アスリート専門のリハビリ施設にて、リハビリ開始
【Phase 5】9月13日(火)
1週間前後で松葉杖からブーツへ
【Phase 6】9月26日(月)
手術から約3週間前後でランニング開始。その後フットボールの実戦的なリハビリ
【Phase 7】10月1日(土) or 次週8日(土)
復帰

以上のように、アメリカでは一般的にマイナーな(=軽度の)足首の骨折であれば、4〜6週間での競技復帰が見込まれる。
競技特性があること、そしてケガの数だけ、人の数だけケースが存在することを考えると、一事が万事とは言い難いが、私が知っている日本のスポーツ医療と比較すると、そのスピード感には比較対象とするのを躊躇するくらいの差が存在する。
日米で異なるスポーツ医療
前回もお話ししたが、歴史的背景も手伝ってか、日本には無駄に選択肢が多い。
親の勧める接骨院、指導者の勧める整体院、街で評判のスポーツドクター、チームメイトがお世話になっている鍼灸治療院、チームが契約しているマッサージ治療院……。
どれが良いわけでも悪いわけでもないし、それぞれに優秀な治療のスペシャリストが存在することもわかっている。
しかし日本のアスリートがケガをすると、その選手、そのケガにとって何が最短であり、最善なのかがすぐに判断できず、見えない状態が多いのである。
生き方、学業、スポーツの選び方、働き方、すべてにおいて日本よりもはるかに多い選択肢が存在する、ここアメリカ。
だがスポーツ医療においては、担当のドクターとトレーナー、フィジカルセラピストが提案する治療方針以外の選択肢は、ほぼ存在しない。
もちろん選手の状態や選手生命を鑑みると、アメリカのスポーツ医療が最善であると一概に言えないことは承知のうえであるが、このようなシステムが、選手やチームの競技力向上、ひいてはこの国全体のスポーツの競技力やオリンピックでの獲得メダル数を向上させていることは明らかである。
故障から復帰したダルビッシュ
先日、ロサンゼルスで野球を観戦する機会に恵まれた。地元であるエンゼルスの対戦相手は、テキサス・レンジャース。偶然にもダルビッシュ有選手の登板する試合を観戦することができた。
エンゼルスの本拠地エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム
ゲームは6回まで両チーム無得点の投手戦、結果も2対1とロースコアのゲームでレンジャースが勝利した。特に目を引いたのは、両先発投手であった。
以下は友人であるスコットとの会話である。
Scott(以下S) この試合はトミー・ジョン対決だ!
TK(筆者の愛称) なにそれ? トミー・ジョン? なんかどっかで聞いたことがあるなぁ〜。
S フットボールコーチでは、わからないか。野球、特にピッチャーがする、有名な肘の手術だよ。
TK あー、それね。ダルビッシュは、それから復帰したばかりだよな。相手の先発ピッチャー、スカッグスもそうなの?
S ヤツもダルビッシュと一緒で、昨シーズンはほとんど投げてないはずだよ。この投手戦を見たら、フランクも喜ぶと思うよ。
TK フランクって誰?
S もう亡くなってしまったけど、俺の大切な友人であり、そのトミー・ジョン手術を始めた人だ。ドクター、フランク・ジョーブだよ。
TK ああ、ドクター・ジョーブね。日本でも有名だよ。でも、なんでジョーブさんが始めた手術がトミー・ジョンなんだ?
S トミー・ジョンは、その手術を初めて受けたピッチャーだよ。
オリンピック後、また、前回のコラムを書いた後、日本のスポーツ医療を憂う気持ちがより一層強くなった私にとって、この試合観戦は複雑なものであった。
選手生命を賭けて手術を行った2人の投手が、大舞台で、日本では見たことのないような“キレ”のボールを投げ合っている。そのうち1人は、日本で生まれ育った選手だ。
多くの選択肢の存在や、スポーツ医療とそのオペレーションシステム、スポーツ医療にまつわる予算及び理解、アメリカに比べさまざまなスポーツ医療に関する問題を抱える我が国のどこかの球場で、将来このように、スポーツに従事する人間にとって“感慨深い”対決を見られる日が来るのであろうか。
2020年までにスポーツ医療発展を
「東京オリンピックでのメダル獲得数向上」という、大きな、“建設予定の建物”があるのだとすれば、スポーツ医療の発展は間違いなくいくつかある大きな柱の一つになるであろう。いや、なるべきである。
私には柱を建設することはできないが、設計図を書くことや、その柱の素材を選定するお手伝いくらいは、いくらでもできる。
柱ができあがる工程の1%、いや0.1%でも構わない。なんらかのお手伝いができるなら本望である。
そして、この4年後にできあがる建物が10年後、20年後に限りなく大きな増築が可能な、頑丈な土台となることを望む今日この頃である。
(撮影:河田剛)