ゲームとソーシャル機能で差別化

ワン・イーは、同じセリフを何度となく聞かされてきた。「どうして中国の英会話教室はあんなに高価なのか」「どうしてなかなか上達しないのか」という疑問だ。
グーグルでプロダクトマネージャーを務めたことのあるワンは、この問題に取り組もうと決めて「リウリシュオ(流利説)」という名のアプリを作り始めた。これは標準中国語で「流暢に話す」を意味している。
いまやユーザー数3000万人以上というこのアプリは、中国の時代遅れな外国語学校に引導を渡そうとする、数多くの英語学習新事業のひとつだ。
バイドゥやテンセントのようなインターネット界の大企業が始めた同種の製品と差別化するため、リウリシュオはこのジャンルにゲームとソーシャルメディアの機能を取り入れた。
ユーザーは次のレベルへ進むとポイントを獲得し、テキストメッセージで互いに励まし合ったり、コツを教えあったりできる。また、生徒の学習に関する傾向を分析し、そのニーズに合わせて指導プログラムを調整する人工知能(AI)を使っていることも、ワンが強調するセールスポイントだ。
上海に本拠を置き、中国以外ではほとんど無名の新興企業リウリシュオは、昨年の資金調達ラウンドの時点で2億ドルの価値があると評価され、これまでに4200万ドルを調達している。
出資者にはエアビーアンドビー、スラック、バイドゥ、アリババ、テンセント、キフー360などを支援してきたIDGキャピタル・パートナーズ、GGVキャピタル、トラストブリッジ・パートナーズが名を連ねる。

言語学習をパーソナライズする

ワンはプリンストン大学でコンピュータ科学を学び、グーグルで2年間働いた後、2013年にこのアプリを発売した。いずれは標準中国語を含む他の言語版も作りたいと考えている。
「リウリシュオを世界中であらゆる言語を学ぶ人々に人気のアプリにしたい」と、同氏は話す。「言語学習の未来はパーソナライズにある」
とくに伝統的な教育の世界では、こうしたアプリに懐疑的な人もいる。
外国語を習得するには経験豊富な教師、ネイティブに混じっての集中学習、習慣的に英語の新聞や書籍を読むことが必要だと、中国の元教師で現在はコンサルタントの肩書を持つシャン・シュエチンは言う。
「たとえば、サービス業界で働く人々の英語力を高めたいのであれば、これは理想的なアプリだ」と、同氏は語る。「だが、自分の力でものごとを考える学生を訓練しようというのであれば、このアプリは役に立たない」
とはいえ、中国の親たちが英語の家庭教師に数千元の時給を払いながら、その子どもたちが日常会話レベルの英語すら話せないのに気づいて愕然としていることは、シャンも認めざるをえないだろう。

フットマッサージ師との出会い

36歳のワンがリウリシュオを始めたきっかけは、あるフットマッサージ師との出会いだった。
2012年の夏、ワンは共通の友人を通じて、アマゾンの元チーフサイエンティスト、アンドレアス・ウェイジェンドを紹介された。ふたりが顔を合わせたのは、上海にあるフットマッサージ店だった。
世間話を交わすなかで、ウェイジェンドを担当したマッサージ師は、この仕事をやめてもっと良い職につくために英語を習いたいと考えていることがわかった。
この人物の計画は、1960年代に書かれた教科書を使って勉強するというものだった。
ワンは、マッサージ師がコピー品のアンドロイド・スマートフォンを持っていることに気づいた。そして、毎日新しいコンテンツをプッシュ送信して、英語を教えてくれるアプリがあったら、それに月額100元(約15ドル)を払うかとたずねると、マッサージ師は、そのアプリが役に立つのならもちろん払うと答えた。
フットマッサージを終えた後、ワンとウェイジェンドは夜遅くまで話し込み、やがてリウリシュオになるものの大まかな草案をまとめたという。

AIが学習内容を自動的に調整

中国では、人間の教師に払う額よりもずっと手頃な費用で、すぐに外国語を話せるようにしてみせると主張するテクノロジー系新興企業が、これまでに何百社も立ち上げられてきた。
近年ではバイドゥ、アリババ、テンセントといった中国の大手インターネット企業や同国の主要なオンラインメディアやゲーム会社が、オンライン言語学習の市場に積極的に投資している。
だが、それらの多くは中国の外国語学校特有の機械的な丸暗記を焼き直して、ウェブサイトやモバイルアプリに移し替えたものでしかない。
もっと優れたものを作ろうと決心したワンは、グーグル出身の言語認識と機械学習の研究者と手を組み、チーフサイエンティストとして迎え、アリババでオーディオビジュアルの専門家だった人物をチーフプロダクトオフィサーとして雇い入れた。
そして、発話のさまざまな側面、つまり発音、文法、流暢さなどを数値化するアルゴリズムを作り上げた。
このアプリの3000万人ものユーザーは、膨大な量のデータを生み出す。そのデータがあれば、AIアルゴリズムは、生徒たちがある練習課題をどうこなしていくかを予想できる。
つまりリウリシュオは、生徒たちにとって質問と課題がちょうどよい程度に難しく、しかもやる気を削がれるほど難しくはないように、学習コースを自動的に調整しているのだ。

米国TVドラマの吹き替えで練習

アプリのコアコースを開発するために、ワンはカリフォルニア州メンロパークに住む言語学者ランス・ノールスに会いに行った。同氏は何十年という年月を費やして、個々の単語(たとえば「本」)よりもフレーズ(たとえば「青い本を開きなさい」)を重視する学習ツールを考え出していた。
その裏づけとなる理論は、ある程度大きな情報の「チャンク(塊)」のほうが小さなチャンクよりも記憶に残りやすく、結果として流暢に話せるようになるというものだ。
ノールスによると、リウリシュオのAIアルゴリズムは記憶の詰め込みで脳を疲弊させずに、無意識的なパターン認識を活性化させるように考えられているという。
一方、生徒たちがほぼ一日中このアプリを開いておきたがるのは、互いにダイレクトメッセージを送り合ったり、掲示板に投稿したりできるからだ。それぞれの成績をウェイボーやウィチャットで友人と共有すると、授業計画に関連したポイントも獲得できる。
また、最も人気のある練習方法のひとつとして、アメリカの人気テレビ番組、たとえばHBO(ケーブルテレビ局)の『シリコンバレー』や『ロード・オブ・ザ・リング』といったドラマや映画に、ユーザーが自分の声で吹き替えをしながら、発音やイントネーションを学べるというものもある。
ワンによると、ユーザーは1日にのべ25万本以上のビデオクリップを再生し、大量のコメントを残しているという。
どうやらリウリシュオは、インスタグラム、ピンタレスト、ツイッターといったソーシャルネットワークよりも、ずっと「病みつき」になりやすいようだ。
いまでは3000万人以上のユーザーが、このアプリの無料版を1日平均30分以上利用していると同氏は言う。有料版で1日に平均45分以上利用している人々は、まだ数万人規模でしかないものの、同社の発表では有料版の利用者は四半期ごとに2倍以上の勢いで増えている。

CEFR準拠で言語学習効率は2倍

リウリシュオの有料コースは、言語教育の国際標準規格のひとつである「ヨーロッパ言語共通参照枠」(CEFR)に準拠して作られており、これを利用する生徒の言語学習効率を約2倍に高めるという。
同社は100人の被験者を募集して、2カ月間にわたってこのアプリだけを使わせ、その学習の前と後に日常的な英語能力を測定する標準テストを受けさせた。
その結果、60%以上の被験者が学習後のテストで少なくとも1段階上の成績を取ったという。そして、CEFRが1段階上へ進むまでに90~100時間の学習を推奨しているのに対し、リウリシュオの被験者グループの平均学習時間は36.5時間だった。
上海の復旦大学で学ぶ22歳のルー・カーサは、リウリシュオの効果に満足しているユーザーのひとりだ。
ルーは、英語の授業と標準テストに備える勉強として、友人に勧められたこのアプリを使い始めた。コアコースの料金は月額99元だが、ルーはすでにこのコースを4カ月間利用している。
有料版のユーザーは、アプリを利用するだけでなく、アドバイザーがいるウィチャットのグループにも参加でき、毎日さまざまな話題について英語で話し合えるのだという。
「私の英語はずいぶん進歩したと思う」と、ルーは言う。「まさにゲームと同じで、あるパートのテストを受けて星を獲得すると、次のレベルへ進める。そして、ソーシャルメディアと同じように、人と会話したり、チャットしたり、いろいろと興味深いものを発見したりできる」
原文はこちら(英語)。
(原文筆者:Selina Wang、翻訳:水書健司/ガリレオ、写真:imtmphoto/iStock)
©2016 Bloomberg News
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