NYで新鮮な魚を食す。日本人が営む魚屋「OSAKANA」

2016/9/18

米国「魚離れ」にストップ

食欲の秋——。日本人としては、脂ののった秋刀魚や鯛を食べたいところですが、食の先端をいくNYでも、新鮮な魚を入手するのは難しい……。
大西洋に面し、川に囲まれたNYで、なぜ新鮮な魚が入手困難なのでしょうか。
ブロンクスにあるニューフルトン魚市場の施設面積は 40万平方フィートに及び、東京築地市場に次ぐ世界2位の大きさを誇ります。近所のイーストリバーでは、魚釣りを楽しむ人も多く、NYで魚が取れないことはないようです。
しかし、通常のスーパーマーケットの魚介売り場は貧弱で、切り身の魚、海老、貝が数種類程度。ホールフーズでは少し種類が増えるものの、刺し身で食べられる魚の取り扱いはありません。
米労働統計局の消費支出調査をみると、家庭での食料品購入のうち、魚介類に充てる支出はわずか3%に過ぎません。対して、肉類(牛肉・豚肉・鶏肉・その他食肉)は17%と差があり、需要の少ない魚介類に、スーパーマーケットの売り場を割いていないのにも納得です。
しかしながら、魚介類のもつ優れた栄養素は米国でも認知されてきており、「魚離れ」に歯止めをかける動きがあります。
米大手穀物商社カーギル社の調査では、90%の米国民は、魚介類を食べることで健康上のメリットを享受できると理解している、と指摘。利点として挙げられた上位3つは、心臓の健康( 60% ) 、低脂肪( 49% )と脳の健康( 41% )です。さらに、米国民の33%は、魚油サプリメントを摂取しているといいます。
また、米国保健福祉省(HHS)と米国農務省(USDA)が5年ごとに公表している「米国人の食生活指針」でも、2010年から魚介類の摂取量を増やすようにと、推奨値を明記し始めました。同書では、「たんぱく質食品のうち、約20%に当たる227グラム以上(週)を、様々な種類の魚介類で摂取することを推奨します」と指示。現在の摂取量は、約100グラム(週)なので、2倍以上の摂取を促していることになります。
こうした動きもあってか、米国海洋大気庁海洋漁業局(NOAA NMFS)の漁業調査リポートによると、米国民1人当たりの食用魚介類の消費量は、2006年の7.5キログラムをピークに減少傾向でしたが、近年は横ばい、わずかに微増しています。

全て米国産の魚屋

確かに、日本食レストランやテイクアウト寿司も増え、魚食への関心は高まっていると感じますが、スーパーマーケットには数種類の魚介類しかないことから、まだまだ日本のように家で気軽に食べる環境ではありません。
NOAAの同リポートによると、魚市場では年間300-500種類の魚介類が売買されているそうですが、売上の半分以上が海老、缶詰のツナ、サーモンの3つで占められています。さらに、米国で食べられている魚介類の91%(金額ベース)は輸入だと言います。
やはりNYでも、新鮮な地魚は食べられないのでしょうか。
そんな魚好きの願いがかなったのか、ここブルックリンに、全てアメリカで取れた地魚を提供する魚屋「OSAKANA(オサカナ)」が先月オープンしました。
ブルックリンに8月末にオープンした魚屋「OSAKANA」。一見、カフェのようなおしゃれな外観
オーナーの原口雄次さんは、前職の魚の卸売業者で培った経験を生かし、2012年に魚介出汁を使ったラーメン「YUJI RAMEN」をホールフーズで販売し、NYで瞬く間に人気となった料理人です。また、2014年開業した焼き魚を中心に一汁三菜のメニューを日替わりで提供するレストラン「OKONOMI(オコノミ)」は、NYだけではなく各国から観光客が訪れる人気のお店となっています。
その原口さんの魚屋は、店舗の雰囲気も、魚の展示や提供の仕方も斬新です。
店内に入ると、ケーキショップでよく見るガラスケースの中に、お皿の上に並べられた魚が、「刺し身用(Sashimi)」と「焼き用(Cooking)」に分けられ、陳列されています。日によって仕入れが変わるそうですが、この日は全部で13種類。全て地元(アメリカ産)だと言います。
どのようにして新鮮な地魚を提供しているのか、また魚屋を始めた理由を聞いてみました。
イタリア製のスイーツショップで使われる湿度調節が可能なガラスケースの中に、刺し身用と料理用に分けられて魚が陳列されている
「OKONOMI」「OSAKANA」オーナー兼シェフの原口雄次さん

魚屋は“仕事”が大切

――魚屋を開業した理由を教えてください。
一番の理由は、お客様からのリクエストにお応えするためですかね。
「YUJI RAMEN」や「OKONOMI」で魚料理を提供していて、お客様から「これ(魚)はどこで買ったらいいの?」と聞かれることが多くて。でも、自分の考えているスタンダード、魚を綺麗に準備して、綺麗に提供する、そういうスタンダードな魚屋はNYにはないので、お客様にお薦めできないでいたんです。
だから、自分だったらやれると思い、魚屋を始めました。
――NYは海と川に囲まれているのに、新鮮な魚介類や生で食べられる魚が入手できないのでしょうか?
NYの魚も基本的に生で食べられますよ。でもアメリカでは、生食を前提とした取り扱いをしていないんです。
お刺し身で提供するためには、鮮度以上に、環境とさばき方が重要です。生食の仕込みには手間が掛かります。温度の調整も重要ですし、内臓とえらを取り除いて水洗いして、まな板は常に清潔にする必要があります。
生食を考えていないと、内臓をつけたままで切るので、まな板に内臓の汚れがついてしまいます。でも、またその上に魚を置いてまたさばく。
まな板をその都度水洗いする、そういう掃除の徹底が、魚屋で出来ているかが重要なんです。日本でも魚が切り身になって売られているので、家庭で、魚の正しい取り扱いを意識していないかもしれませんね。
また、日本では禁止されていますが、アメリカではハマチやマグロなどに、着色料をつけて刺し身と書かれて売られていることもあります。正しい情報や日本食の文化が継承されず、そういうものが刺し身として販売されている現状は危険だと感じています。
だからこそ、魚の生食について正しい情報を、ちゃんとした環境で正しく伝える場所が必要だとも思っていました。
――「OSAKANA」では新鮮な魚を提供できるのはなぜですか?
鮮度の良い魚は市場にあるんです。そこで、鮮度の分かる目利きができるか。刺し身に向いている魚か、そうではない魚か、しっかり理解していないといけない。OSAKANAでは、信頼のおける前職の同僚で、日本人の方に買い付けをお願いしています。
そしてやはり大切なのは、お店(魚屋)で何をするのかです。
魚の状態によって、刺し身に使えなかったら、漬けこんだり、“仕事”をするんです。仕事をすることで、アメリカのブレる魚のコンディションを一定のクオリティーにする。それがアメリカで魚を提供する難しいところだと思います。刺し身用しか販売しないとすると、何も生まれない、取引ができないんです。だから、ここでは刺し身用と焼き用に分けて提供しています。
こうした“仕事”をする魚屋は日本にもないと思います。私は“料理人が運営する魚屋”という感覚でやっています。
焼き用(Cooking)と刺し身用(Sashimi)、持ち帰り用の丼に分けられたこの日のメニュー。刺し身用の熟成マグロは、マグロからでる余分な水を毎日丁寧に紙で取りながら、旨味だけを凝縮したという原口さんの自信作。どれもひと手間“仕事”が施されている
――アメリカでは9割以上が輸入魚を食しています。もっと地元の魚を食べて欲しいと思いますか?
輸入魚でもいいと思います。まずは魚を食べる土壌を広げること。そうすればもっと違う魚、こういった地元の魚を食べたいと思うようになると思います。食に関して先端のニューヨークでも、まだまだこの魚屋が一般的になるのは先のことだと思います。
魚を調理して食べるという習慣がないアメリカでは、魚の切り身を置いておくだけでは伝わらない。だから、料理教室も開いています(週4回程度)。
和食というと、外食が一般的で、みんな高いお金を払って食べている。でも、塩があれば、塩焼きの魚ができる。和食って、もっとシンプルだと思うんです。簡単で、楽しい。そういう和食の良さやライフスタイルをOSAKANAで伝えていきたいと思います。

“この魚屋は私の夢”

「OSAKANA」の店長、ルークさんにもお話を伺いました。ピッツバーグ出身のルークさんは、漁業関係の仕事に就いていた父の影響で、小さな頃から魚が好きだったそうです。NYで料理学校に通っている際、魚のさばき方を指導する原口さんに出会いました。
その後、原口さんの作る「YUJI RAMEN」の味に惚れ、一緒に仕事をしたいと申し入れたといいます。そこからは二人三脚で、現在の日本食レストラン「OKONOMI」、そして魚屋「OSAKANA」の出店を共に手掛けました。
そんなルークさんに、「OSAKANA」をどんなお店にしたいか聞いてみました。
「日本には、ソーセージって言ったら、ホットドッグのソーセージしかないでしょ?
私が以前大阪で数年暮らした時に、日本食は好きだけど、たまに豚ひき肉の、こしょうとかが入ったソーセージが無性に恋しくなることがありました。
だから、豚のひき肉を買って自分で作ってみたけど、一本作るのにもすごく大変だった。
NYに住む日本人もきっと、(お店じゃなくて)家でお刺し身が食べたいって思っているはずですよね。刺し身のさくとご飯があれば、とても簡単に美味しい夕食になる。そういう人たちに、新鮮なお魚を提供したいと思います。
「OKONOMI」には、空港から直接来店されるようなお客様もいるけど、「OSAKANA」は地元の人に愛されるお魚屋になりたいですね」
お客様からオーダーが入り、マグロを刺し身用に切り分けている「OSAKANA」店長のルークさん
取材中にも、来客が後を絶えず、日本人だけではなく、アメリカ人も多く刺し身や焼き魚を買いにきていました。ルークさんは、アメリカ人にはなじみのない魚を、海老や鶏肉の食感などに例えながら説明し、焼き方なども丁寧に教えていました。
週3回はお店に通っているというネイサンさんは、「OKONOMI」にも足繁く通う常連客の一人。
「良質で新鮮な魚を扱うこの店は、まさに私の夢がかなったという感じだよ。特に寿司や刺し身を家で食べるのはこれまで難しかったからね。家で料理をするのが好きだから、ここで魚のことを色々学べるのも嬉しいよ」
ネイサンさんは、今日買ったお魚を、これから港町で有名なハンプトンに住む友人にプレゼントしに行くそうです。
「アメリカでは『Bringing sand to beach(砂をビーチに持っていく=必要のないことをすること)』っていう言葉があるけど、私はこれから魚をハンプトンに持っていくんだよ(笑)。だって(この魚は)素晴らしいプレゼントになるからね」
私もオープンからすでに3回目の来店。この日は、キングサーモンの筋子とマグロの酒麹漬けを購入しました。久しぶりに食べる筋子は、大粒でプチプチとした食感がたまりません。程よく味付けされているので、豪快におにぎりにしていただきました。シンプルながら、原口さんの丁寧な“仕事”が光る一品でした。
この魚屋を通じて、アメリカでも魚食がもっと身近になり、家庭で和食を楽しむライフスタイルが広がるのではないでしょうか。少なくともネイサンさんのように、ブルックリンに住むニューヨーカーの食卓は、以前よりも和食で彩られているようです。
ショーケースに並ぶ魚を、興味深げにじっくり選ぶ、常連客のネイサンさん。「このお店は、まさに私の夢がかなったという感じ」と嬉しそうに話してくれました