キーパーソンに聞く「福岡は日本の“西海岸”になるか」(前編)
2016/9/10
テクノロジーを活用した地方創生の新たな試みとして、日本IBMが今年5月にスタートした「イノベート・ハブ 九州」。首都圏にはない文化や産業、人材による新たな価値創出を支援するプロジェクトの舞台に選ばれた“九州”のユニークネスとは一体何か? 地方で胎動するイノベーションの潮流について、キーパーソンたちに聞いた。
九州経済の中心地である福岡市は、高島宗一郎・現市長が2010年に就任して以来、一貫して「スタートアップ支援」を政策の柱に打ち出してきた。2014年には「グローバル創業・雇用創出特区」にも指定され、地方都市によるスタートアップ支援のロールモデル的存在として、全国から注目を集めている。
市長のリーダーシップの下、福岡市はアグレッシブな支援施策を次々と実行している。現在では市内・県内の地場企業や研究機関を巻き込み、地域全体でのスタートアップ支援のムーブメントが生まれているという。
そうした福岡市の動きを行政側から推進しているのが、福岡市総務企画局国家戦略特区グローバルスタートアップ課長の的野浩一氏だ。
これまでの行政の「創業支援」との違い
──福岡市の盛り上がりは全国的に知られるほどになっています。これまでの行政のスタートアップ支援と何が違うのでしょうか?
的野:福岡市のスタートアップ支援施策は、高島市長が2011年にシアトルの街づくりを視察し、『街の“住みやすさ”は地方都市の経済戦略に活かせる』という発想を打ち出したことに始まります。
一般的に、行政による創業支援といえば、まず融資制度のようなものを作り、資金面をサポートすることが定番でした。しかし、高島が最初にやったのは、まず市として大々的に「スタートアップ都市ふくおか宣言」を提唱することでした。
その上で、市政の最も基本的な方針である政策推進プランの柱に「スタートアップ支援」を据え、日本最大規模のスタートアップイベントを福岡に誘致しました。
これによって市の職員をはじめ、民間企業や関連団体などにも、『福岡市はスタートアップを応援する街なんだ』という意識が徐々に広まっていきました。
まず方向性やルール、体制といったインフラを作り、仲間を増やしてムーブメントを起こすことを第一とし、その後に受け皿となる制度を段階的に作っていった。そこが従来の行政の施策と大きく異なる部分です。
開業率全国1位、税収伸び率1位を達成
──福岡市の主なスタートアップ支援をまとめてみると、わずか5年間の施策とは思えないほどスピード感があります。
的野:いくつかの理由がありますが、東京や大阪のような大都市と比べると、地方都市は圧倒的にスピード感をもって動けるというメリットがあります。市長から現場が近く、動きがよく見える。例えば制度を作るのも、イベントを行うのも、非常に短期間で判断や調整ができるんです。
そのほかの面でも、政令市という街の規模はとてもバランスがよく、行政が“なんでもできる”という部分があります。そこに高島市長のスピード感と実行力がうまくマッチした形です。
実際にスタートアップがどんどん誕生して結果が出てくると、地場にある色々な老舗企業や、大学のような研究機関からも注目されやすいので、九州大学をはじめ、地元の経済団体などとも、さまざまな連携が生まれています。
──福岡市の税収も伸びているようです。市の経済が上向いていることにも影響しているのでしょうか。
的野:おかげさまで、税収は3年連続で過去最高を更新し、2010年から2014年までの4年間の伸び率も全国の政令市のなかでトップになっています。スタートアップ支援への投資が市内の経済を活性化させ、税収が伸び、それにより地域のケアや福祉などの施策にも回せるという、行政全体としての戦略がうまくいっている手応えがあります。
福岡市総務企画局 国家戦略特区グローバルスタートアップ課長 的野浩一氏。
──「開業率の高い都市」の全国調査でも、福岡市は3年連続で1位を達成しています。
的野:すでに起業している人だけでなく、起業に興味はあるけれど自分には難しいと考えていた学生や社会人の「起業家予備軍」にどんどんアピールして、裾野を広げていったことが大きいと思います。
その拠点となっているのが、市の中心地である天神エリアのTSUTAYA内に設立した「福岡市スタートアップカフェ」です。
常駐しているコンシェルジェが創業に関するあらゆる相談を受け付けるほか、ほぼ毎日スタートアップ関連のイベントを実施しているので、ふらりと立ち寄ってイベントを見学できるんです。
スターバックスを併設するしゃれた書店内に作られたオープンスペースが「福岡市スタートアップカフェ」。福岡市が委託し、TSUTAYA九州と、地場VCのドーガンが連携し、運営している。
的野:元々は商工会議所のなかに創業支援の窓口があったのですが、相談件数は年間300件ほどと非常に少ないものでした。福岡市スターアップカフェの設立から3年が経った現在では、相談件数は月間200件近くにまで跳ね上がっています。
ファイナンス面から人材支援、企業とのマッチングなども含めて、福岡市スタートアップカフェで包括的にサポートしています。福岡市内だけでなく九州全体から色々な人たちが集まってきて、起業家とそれを支援する人の“ハブ”として、スタートアップの盛り上がりを底支えする中心地になっています。
“コンシェルジェ”が常駐し、起業に関するあらゆる相談に対応する。左から藤氏、阿南氏、藤見氏、佐藤氏。
最先端なものをどんどん福岡へ
──スタートアップ支援の今後の展望について教えて下さい。
的野:次の展開としては、数多く誕生したスタートアップを成長させることが必要です。東京のVCからの引き合いも増えていますので、市内の関係団体で有望なスタートアップをVCに紹介するイベントや、大企業とのマッチングイベントなども始めています。
また、これからはスタートアップであっても、前提として海外と取引することを抜きにしては競争力を持ち得ない状況ですから、グローバルとの連携は非常に重視しています。
昨年6月、サンフランシスコの拠点と福岡市スタートアップカフェが連携し、市内のスタートアップがアメリカでのビジネスに拠点を活用できるサービスを始めました。
また、今年度、スタートアップ向けの訪米研修制度を立ち上げて参加者を募集したところ、150名以上もの応募者がありました。潜在的なニーズがあったということです。
ビジネスは双方向なので、逆に日本で起業したい外国人の方を呼びこむという面では、国家戦略特区である強みを活かして在留資格の申請要件を緩和する「スタートアップビザ」を支給し、外国人による起業を促進するなどの施策を打っています。
これまでの福岡には、テクノロジーであったり、カルチャーであったりと、“先端的なもの”に触れる機会がどうしても少なかった。一方で、全国の企業が実証実験を行うエリアが無く苦慮しているという話を聞いていましたので、さまざまなテクノロジーなどの実証実験を誘致することも進めています。
今回の「イノベート・ハブ 九州」にも協力させて頂いていますが、IBMのようなグローバル企業が九州で、福岡市と協働して大きなイベントを打つということ自体、数年前だったら考えられないことです。今後も、こういったチャンスをどんどん活かして、福岡だけでなく、九州全体を大きく発展させていきたいと思っています。
日本版SXSW「明星和楽」の発展
福岡のスタートアップの盛り上がりは行政だけでなく、民間の動きからも見えるようになってきている。福岡のIT起業家たちが発起人となり、孫泰蔵氏をスーパーバイザーに迎えて
2011年に立ち上げられた「明星和楽」は、スタートアップ関係者やクリエイターを中心に知る人ぞ知るイベントだ。
“テクノロジーとアートの祭典”とも、“日本版SXSW”とも呼ばれるこの祭りは、音楽・動画・ゲームなど、あらゆるジャンルから「クリエイティブ」をキーワードとして人が集まり、「掛け合わさることにより新しい価値を生む」を目的に開催されている。
特徴的なのは、まず福岡、次にロンドン、さらに台北、再び福岡と、開催地となる都市を移しながら展開していった点だ。また昨年の「明星和楽2015」には、ピッチコンテストに登壇するスタートアップを目当てに、海外から多くのベンチャーキャピタリストが来場しているなど、参加者もグローバルだ。
このようなイベントが、なぜ福岡のベンチャーから生まれたのか。九州を代表するITベンチャー、ヌーラボの創業者であり、「明星和楽」の発起人でもある橋本正徳氏に聞いた。
福岡の、ではなく “開かれた祭り”
──今年で6回目となる「明星和楽」は再び福岡での開催となりますが、ロンドンや台北など、海外の都市との“持ち回り”式に開催しているのはなぜでしょうか?
橋本:そもそも明星和楽を立ち上げたきっかけは、僕がSXSWに行ってみたいけど、なかなか行けない。だったら地元で同じようなことをやろうというのが発想の根幹です。
かといって福岡のイベントとも思っていなくて、日本の、アジアのそういったイベントが、たまたま福岡で行われているという位置づけにしたい。アジアを中心とした海外の人たちにとって“開かれた祭り”であることが、明星和楽のコンセプトであり、特異な点だと思っています。
福岡、福岡と言い過ぎると逆に福岡のためにもならないというか、海外の人をどんどん巻き込んでいった方が、遠回りだけど福岡のためになるはずというのもあって。
台北で開催された「明星和楽2014 IN TAIPEI」の様子。台湾と日本のスタートアップのピッチ大会をはじめ、国内外のミュージシャンやDJ、クリエイター、編集者、アイドルなど多様な領域から登壇者が集まった。
──スタートアップだけでなく国内外の音楽や映像などのクリエイターも集まる混沌としたイベントですね。言語化することが難しい。
橋本:「日本版のSXSWです」というと、みんな納得したような感じになるんですが、じゃあSXSWって何か? それもきれいには説明できないですよね。クリエイティブには“言語化できない圧倒的な何か”が必要だと思うんですよ。
それともうひとつ、日本のスタートアップイベントにありがちな「知っている人たちが知っている人たちに向けて話をする」という状況を壊したかったという思いもあります。音楽イベントでいえば、DJが流している音楽を聴いている客はみんなDJみたいな、そういう状況がスタートアップの世界にもあるので。
前回の「明星和楽2015」では、福岡市の街中を会場にして、天神の路上でトークセッションをしたり、小学校でドローンを飛ばしたりといったことをしました。すると、普通の通行人の人たち、別にクリエイティブな世界に接点のない街の人たちが、足を止めてくれるんです。
国とか地方とか都市とかいった境目をなくして、新しいモノを作って提供する側と、それを使って遊んだり体験したりする人たちをつなげる役目として、「明星和楽」というイベントがあればいいなと思っています。
ヌーラボの代表取締役であり、『明星和楽』発起人でもある橋本正徳氏。
「グローバルありき」で発展する福岡
──「明星和楽」も回数を重ねてきましたが、海外の人たちからの反響はいかがですか?
橋本:あくまでも、僕が海外の知人たちと話すなかで個人的に感じることですが、福岡という土地が、日本の中でも特にスタートアップがホットな都市だということは、海外のVCやスタートアップ関係者に大分知られてきています。
そのブランディングが効いていることもあって、昨年の明星和楽には、海外のVCを5社ほど呼ぶことができました。日本のVCは来ていないのに、海外のVCは来てくれる(笑)。スーパーバイザーの孫泰蔵さんが声をかけて下さったことも大きいですけどね。
IoT関連のサービスを作っているベンチャーの「ソラコム」さんが今年シンガポールに進出しましたが、実はパートナーのVCと「明星和楽」で出会ったのもキッカケのひとつなんです。そういう実績が生まれているのも、ひとつの成果ですね。
──東京とは関係なく、福岡が独自にグローバル化していっている勢いを感じます。
橋本:われわれヌーラボが提供している「Cacoo」も、すでにユーザーは海外の方が多いですから、開発も海外ファーストというか、グローバルありき。そういう感覚でやっています。
中世の頃の福岡は、多数の外国人商人が行き交う貿易都市という土地柄でしたし、行政が宣言しているように、福岡が「アジアの玄関口」になればいいと思っています。
海外の人には、玄関を通って日本の中に入っていってもらえればいいし、逆に日本の人たちは、玄関から出て行くような感じで、海外に出ていければいい。玄関としての福岡市から、色々な人たちがつながっていけば面白いですね。
(取材・文:呉 琢磨、撮影:松山タカヨシ)