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僕の大学の同期は多くが霞ヶ関の官僚になった。彼らは優秀で正義感に溢れ、僕から見るとまぶしい存在だった。ただ、時間が経過すると、彼らがどんどん夢を見なくなり現実的になっていくのがよくわかった。現実を知ったからなのか、大人になったからなのか、諦めからなのかはわからない。そして安い給料の中から数千円で晩酌をするのが楽しみという感じのとてもいい奴らである。何とか彼らの昔の夢を実現させてやれないものだろうか。本当はそれを引き出すのが政治なのだろう。
「霞ヶ関はバカばっかり」みたいなことを言って官僚をこき下ろす政治家がたまにいますが、キャリア官僚の多くは東大法学部を筆頭とする超一流大学の卒業生で、彼らが外資系企業に行けば、国家公務員の何倍もの給料がもらえるような人材。彼らの肩を持つわけじゃないですが、それでも官僚を目指す学生は、収入以外の高い志を持って霞ヶ関を目指します。

官僚主導ではなく政治主導、といったって、政治家だけでは100兆円の予算を組み、1億2,000万人強の民を統べることはできません。官僚がいるからこそ国家が運営できるのであり、彼らをうまく使って初めて政治家は「政治主導」を唱える資格がある、と思っています。

ゴジラが出た、自衛隊を出したいがゴジラ対応が防衛出動になるか、治安出動になるのか。「武器使用ができるかどうか」に関わるだけに、まさに今の自衛隊の論点そのままでしょうね。
シン・ゴジラが大好きな官僚たち。

取材に当たって、しばらくぶりに霞が関に通い詰めました。

2年には1回異動を続ける彼らは、知り合った人がいつの間にか、官邸勤務になってたりして面白いです。

中央省庁とはいいますが、「省庁でも所詮は田舎侍、官邸にいくと、初めて国の権力が見える」とも。実際、「官僚的」とは言いますが、彼らには意思と頭脳があり、民間の大企業の方がよっぽどお堅いなとはよく感じます。

と、個人としての官僚は面白い人が多いのですが、やっぱり組織となると、テクノロジーの進化、日本の構造変化に比べて、国の改革が遅いし、ダメダメな決断となるのも事実。

安倍政権が、うまく官僚を操れているのあれば、それこそ今のうちに嫌なことに手をつけていってほしい。それは官僚たちも皆分かってるはずです。
みんな最初は国のために強い意志と希望をもって仕事に取り組むが、10年以上経つと慣れてきて、また諦観も出てきて、そして自分の生活も大事になってきて、規則や法律がないと悪いコトする人が出てくる。それを防止するために裁量ではなく合議にするから判断が遅くなる。だとすると、官僚は専門職を除いて基本10年有期制にして、燃えている間だけやってもらうのでいいのではないか。その代わり役職に対して相応の裁量権を与える。後任は後輩ではなく外部からやってくるとなると悪いことも後で露見するからできないし。そもそも官民問わず21世紀にもなって「新卒一括採用・年功序列・終身雇用」を続けていることが悪いサイクルを生み出していると思う。
はるか昔のことですが、霞ヶ関で、私、働いておりました。当時は、縦割り行政そのもので、新米の私の仕事は、とにかく所属していた外務省の意見を、大蔵、通産に負けずに通すこと。「有識者」か「学識者」か、あるいは「コンピューター」か「コンピュータ」かの言葉の違いだけで、数日間もやりとりするのが日常業務。

しかし数ヶ月前、経産省の星野政務官に教えていただいたのですが ーー 今は、各省には大臣直結の政務官がいて、プロジェクトごとに連携して、解決策を話し合うというスタイルに変わっています。つまり政務官は、省庁をまたいで、方針決定を促す「ファシリテーター」になりはじめています。

外からみると、変わらない霞ヶ関ですが、
実際には、変わらないのは、現実ではなく、
私たちの頭の中に棲みついた、古い概念なのかもしれません。
すごい映画だ。官僚経験に照らしてみると、かなりリアルだった。官僚の淡々冷静な表情、縦割り意識、政治家の言葉の繰り出し方(ときに軽さ)、対策本部の建付けとレイアウト、コピー機の置き方等々、相当にdetailの正確さに驚いた。

そして官僚の秘めた情熱と、無限の滅私奉公感。

蛇足だが、私も、東日本大震災の当時に、医療政策担当部局の総括をしていて、シンゴジラの展開と極めて似た経験をしたことを思い出した。

震災2日後の日曜日夜9時半、「明朝6時半からの計画停電を行う」との突然のFAX。
早朝の突如の計画停電で何が起こるか…在宅で熟睡している人工呼吸器に繋がれた数百人の人々の命が、その瞬間にどうなってしまうのか、想像は容易だ。

事態を知った大臣に激怒され、「死者を1人も出すな」との使命を帯びて、制限時間9時間のミッションが始まった。

停電区域内にいる人工呼吸器につながれた在宅患者を1人たりとも残さず、蓄電池のある大病院へ搬送するという手を考案した。

全力でリストを作成し、深夜2時に局内の職員を急遽全員登庁させ、200人体制で、停電区域のすべての訪問看護ステーションに電話した。至急、患者を病院に搬送してほしい、と懇願した。
受話器を持って、ひたすら頭を下げる職員たちを見て、涙がこぼれそうになった。
深夜2時に呼び出された職員に、1人も不平不満を口にする者はいなかった。神々しい姿にさえ感じた。

官邸も目一杯、東電と交渉してくれ、停電時間を1分1秒でも延ばすことに奔走してくれた。

そして、…1人の死者も出さず、「無事すべての在宅患者が病院に搬送されました」との報告を受けたときは、心の底から、同僚たち、公務員たちの気概と結束力に涙が滲んだ。

『この国はまだまだ捨てたもんじゃない』映画中のこのセリフは、当時の経験の最中に、まさに私が思った言葉だった。
シン・ゴジラ、巨大不明生物特設災害対策本部のモデルになった「被災者生活支援チーム」の様子は、内閣府の次のページにまとめられています。

http://www.cao.go.jp/shien/1-gaiyo.html

また、被災者支援チームを官僚側のトップとして率いて、後に復興庁事務次官になった岡本全勝さんの当時の手記が、ご自身のウェブサイトにまとめられています。マニアックな関心がある方は参考まで。まだご本人はシン・ゴジラは観ていないと思いますが・・。

http://homepage3.nifty.com/zenshow/gyousei/syoubou/syoubou7.html
縦割り行政はなかなか崩せませんねー。
そのあたりもリアルに描いているのでしょうね。
ちなみに、総理秘書官になるのも、財務、経産、外務、警察などの有力官庁がポストを占めているようです。

政治主導という建前でありながら、ボスの大臣に無断で他の国会議員たちに「ご説明」と称して根回しをする習慣も残っています。
特別会計という埋蔵金も温存されており、そろそろ本格的な改革が必要でしょう。

役所の残業を少なくし、定年まで勤められるようにして、不要な天下り先を統廃合すべきでしょう。
関連天下り先だけで膨大な血税が無駄遣いされています。
官房副長官にスポットライトが当たったことの意味は大きい。霞ヶ関を知っていれば、官房副長官(衆院)の重要が分かる。官房副長官(衆院)のもう一つ重要な仕事は、総理の外遊への動向。そのため、外交案件は官房副長官との調整の重要性が高い。

官房副長官は、衆参両院から一名ずつ、事務(どこかの省の事務次官経験者で総理秘書官を派遣していない役所の場合が多い)から一名という3人体制。

世間に知られていない官邸ポストで、ユニークなのは、通称「付」と呼ばれる行政官ポスト。いわゆるキャリア官僚ポストではない(外務省の場合)。普段の事務的なやりとりは、この「付」との円滑なコミュニケーションも必要。そうでないと、総理秘書官にしっかり案件があがらない。

追記:他方、Furuyamaさんの指摘を読んだら、確かに、官邸の構造が一般的には知られていないことも浮き彫りになったとも言える。社会科とかにいれても良い内容だと思う。この官邸の決断で国民の運命が左右されることを考えると。
この映画をみた一番の感想は、霞が関の縦割り行政を、とてもコミカルにうまく表現しているな、ということでした。わたしの知るかぎりでも、官僚の方々が「うまい!」と苦笑いしていましたが、今回の記事はシン・ゴジラのシーンと実際をシンクロさせることで「官邸」「霞ヶ関」の権力中枢をスッと理解させてくれます。個人的には仮眠室の二段ベッドとドアの鈴というディテールに痺れました(笑)。
この連載について
興行収入が53億円を超え、大ヒット中の映画「シン・ゴジラ」。人気の理由には、ゴジラ映画としての完成度はもちろん、政権中枢を担う政治家や官僚の組織と人間模様を描いた徹底的なリアリティにもある。日本に「ゴジラ級」の災難が訪れたら、この国は本当に対応できるのか。北朝鮮に中国、原発、サイバーテロ、財政破綻……。ゴジラを日本が対峙する「危機」の象徴として捉え、日本の危機対応を徹底的に問う。