【Jリーグ村井チェアマン】放映権料2100億円の使い道(第1回)

2016/9/5
Jリーグは7月、イギリスの動画配信サービス「DAZN(ダ・ゾーン)」を運営するパフォームグループと10年約2100億円で放映権契約を結んだ。巨額の資金を手にし、今後どういう展開や投資に打って出ようと考えているのか。また、賛否両論の2ステージ制やリーグの人気アップ、選手の強化、裾野拡大にはどんな影響が出てくるのか。村井チェアマンのインタビューを、4日連続でお届けする。

放映権料は成果次第で増額

――Jリーグがダ・ゾーンと結んだ10年2100億円という契約は大きなインパクトを与えましたが、この契約金が安いという声もあります。村井チェアマンは、今回の契約金は高いか、適切か、安いか、どう思いますか。
村井:Jリーグの現在価値を算定するのはなかなか難しいため、顕在化している市場という見方でお話しします。
現在、Jリーグのライツホルダーとなっている放送局からいただいている放映権と、放送局がかけている制作コストをJリーグの価値と換算できるかもしれません。
あるいはスカパーさんの場合、Jリーグを見るための視聴料が月額3000円くらいとして、年間では3万円前後。この契約者が20万人とすると、3万円×20万人で概算するとだいたい60億円です。
サッカーの放映権を大きく分けると2つのカテゴリーがあり、有料放送と無料放送があります。今回、パフォーム社と締結したのは有料インターネット配信の部分となり、10年約2100億円。
これまでの放映権料で年間100億円に到達したことがないことを考えると、現在価値からすれば、年間平均210億円という金額はこれまでの倍以上となります。
――過去と比べて、価値が上がっているわけですね。また、海外リーグと比較して見ることもできます。
過去からの比較で評価いただいている部分も当然あると思いますが、私は将来のJリーグの成長を見込んで投資いただいたと捉えています。
ただ、中国スーパーリーグやプレミアリーグと比較すると決して高いとはいえません。それに将来、たとえば10年後の状況から見て年間210億円の価値はどうかと考えると、試算しようがありません。そうしたさまざまな見方ができますので、金額の評価は正直難しいところです。
ただ、パフォーム社とJリーグの双方で合意している試算値より上めに数字が増えた場合、レベニューシェアということで一定の割合で利益をシェアします。だから、Jリーグが価値を創出すればするほど、金額は年間210億円よりもアップサイドに転じる可能性があります。
――ちなみに安いといっていたのは堀江貴文さんです(こちらの記事を参照)。その根拠としてJリーグの魅力と、中国の放映権料。アジアの市場を考えたら、Jリーグの価値はもっと高いと話していました。
海外放映権の新しい契約がスタートするのは2019年以降です。それまでにアジアにおけるJリーグの認知度をさらに高めることによって、海外から入る放映権料をもっと上めに狙っていくこともできます。地上波の放送交渉もありますし、10年2100億円で固定されているわけではありません。
いずれにしろ、もっと頑張らないといけないですよね。
村井満(むらい・みつる)
1959年埼玉県生まれ。早稲田大学卒業後、日本リクルートセンター(現在のリクルート)に入社。2004年にリクルートエイブリック(のちのリクルートエージェント)代表取締役社長に就任。2011年にリクルートの香港法人の社長を任され、2013年まで務めて同社会長に昇格。一方、2008年からJリーグの社外理事を務め、2014年1月、5代目のJリーグチェアマンに就任した

Jリーグは2つの“自由度”獲得

――2100億円の契約料をどう使っていきますか。
今回、長期にわたる一定規模の収益が入ることが確定した時点で、われわれは2つの自由を獲得したと思っています。1つは、ある種金銭的な投資余資が確定したので、対価が発生する科目の何にどう投資していくか、選択の自由度が獲得できたこと。
もう1つは、いままで金銭的な制約条件があったがために実現できなかったものの、今回の契約によってそれらの制約が減ることで、さまざまな経営判断の自由度が増しています。たとえば、大会方式の議論が挙げられます。
――2リーグ制ですね。
そうです。今回の放映権契約によって財政基盤の安定がある程度見込めたうえで、カレンダーや大会方式の議論が進められます。
たとえばフットボール面での強化やエンターテインメント性の追求のための議論がこれまで以上に可能になるわけです。そうした意味で、経営判断における自由度が拡大したといえます。
さらに金銭的な投資のバリエーションの自由度でいえば、クラブへの配分金を増額することによって、各クラブがこれまで以上にそれぞれの経営判断に基づいてさまざまな成長戦略を描いていくことができます。
あるクラブは、育成にもっと力を入れていく。あるクラブは、女子のチームを持つことによってファン層をもっと拡大していく。あるクラブは、クラブハウスや練習場といった環境面に投資することによって、長期的な成長を担保する。
あるクラブは、力量のある監督を海外から招へいする。有力な選手が「来たい」と思えるようなビッグネームの監督が来ることによって、クラブとして長期的な変貌を遂げていく。もしくは、即戦力となり得る有名選手を獲得してくる。
均一に配るのではなく、各クラブそれぞれが、成長ステージに合わせた投資が可能となるような配分の仕方になるように、これから議論していきたいです。
さらに金銭面の直接的なインパクトが強いところでいうと、2014年から2年間かけてリーグによる配分金を均等配分から傾斜配分へと少しずつシフトさせてきました。経営努力に応じて、獲得できる配分金が変わるようになったのです。
スカパーへの加入度合いや競技成績などによって少しずつ金額に差を設けたり、クラブがリーグオフィシャルパートナーのセールスサポートをすることにより、その還元で差をつけたりしています。今後は、その傾斜の割合をもう少し拡大することも可能になります。
たとえば、優勝賞金を思い切って厚くする。あるいはドイツのブンデスリーガのように、競技成績に応じた配分金が複数年にわたって還元されるようにする。つまり、高みを目指すことによって経営基盤が安定して、持続的にいい選手や強化費に充当できるという考え方です。
また、ACL(アジアチャンピオンズリーグ)に出ていく4クラブは世界との戦いになってくるので、上位入賞したクラブに傾斜配分を厚くするという考え方もあります。いますぐには難しいかもしれませんが、将来的には、競技成績の先行指標となる育成の評価に応じて傾斜するという考え方もあるかもしれません。
一方、経営努力によって傾斜する裏側では、リスクが伴いますよね? 仮にJ1とJ2の間で少し傾斜を拡大して、J1により多くの資金を配分すると、降格したときのダメージが非常に大きくなります。
そこでパラシュートペイメントという考え方があって、降格時にある程度補てんするような仕組みを導入しているリーグもあります。
――イングランドのプレミアリーグが導入していますね。
はい。パラシュートペイメントが導入されれば、安心して投資に張っていくことができるようになります。リスクに対する保全と経営努力に対する傾斜のバランスといった議論もできるようになります。
※2リーグ制については7日公開予定の第3回で詳しく語っている

裾野を広げ、第2フェーズへ

――日本ではJ3など各地にクラブができてサッカー文化が広がる一方、プレミアリーグ化を要望する声があるように、Jリーグのトップレベルを高めて多くのファンを引き寄せるべきという意見もあります。両方やらなければいけないのでしょうが、その辺のバランスをどう考えていますか。
明確に順番は決まっていて、高い山をつくろうと思ったら、裾野が広くないと高くなりません。
たとえば長友佑都選手はJのクラブに入れずに大学に入って、しかも1年生のときにはベンチにいながら、いまではイタリアのトップクラブで堂々たる活躍をしています。本田圭佑選手もガンバ大阪のユースに昇格できませんでしたが、いまはACミランの10番をつけています。
サッカーは非常に複雑系の競技で、心身の成長がどこでどう変化するかわからず、選手として突然変貌を遂げることがあります。高体連(全国高等学校体育連盟)からプロに入ることもあれば、大学からプロになった選手もいる。もちろん、Jリーグのユースから昇格する選手もいます。こうして裾野を広げて複数の門戸を開くことが、サッカーの発展には不可欠なのです。
いま申し上げた順番でいうと、これまでJリーグはどちらかといえば、裾野の拡大に投資してきました。一時期はJ1の配分金比率を減らしてJ2の基盤整備を進めたこともありますし、J3の創設もその一手です。
過去、いくつかのクラブが経営破綻して迷走した時期がありましたが、Jクラブは税金を投入してスタジアムを整備してもらったり、公共交通を整備してもらったり、公共財と同じなのです。
Jクラブの経営が安定しなければ、地域や経済界や行政もクラブを支えられなくなりますよね。そのためクラブライセンス制度などをベースにしっかりクラブの財政基盤を整えながら、裾野を拡大する戦略をとってきたのがいままでです。結果、38都道府県53クラブにまで裾野が広がりました。
私は「集中と選択」とよくいうのですが、こうして築いてきた裾野をベースにどう高みを狙うかが次のフェーズです。これからは、トップをいかにとらせるかを狙った一手を打っていくと思います。

著作権を握り、露出拡大へ

――今回の契約で、Jリーグが映像を制作するようになるのも大きな変更点ですね。
そうです。今回、最も投資を振り向けるものの1つに中継制作費があります。
あまり語られることはなかったんですが、たとえばヨーロッパのサッカー中継に注目すると、ゴールシーンがあると選手たちがワーっとコーナーフラッグのところに走っていって、フラッグをつかんでゴールパフォーマンスをしていますよね。それを至近距離で撮って、ゴール直後の映像として配信しています。遠くから引いた画像だと、サッカーの臨場感が伝わりにくいですよね。
これからのJリーグでも、たとえばカメラ台数を一気に増やして中継を行っていくことを検討しています。またゴールラインテクノロジーやビデオ判定も、日本サッカー協会と導入について検証していきます。
昨年からトラッキングシステムを導入しましたが、さまざまなプレースタッツといったデータのボリュームを増やすことによって中継の迫力を高めるなど、いままでのJリーグにはできなかったさまざまなテクノロジーを使用することに巨額な投資をしていきます。
今回われわれが映像制作権を保有したかった背景には、マルチデバイスの世界に入っていくことも大きな要因です。スマートフォンでもタブレット端末でもパソコンでも、接続機材をつければ(それらの機材を通じて)テレビでも見られるという世界に入っていくとき、それぞれのデバイスに合わせて最適化された映像を撮っておく必要があります。
そうしたとき、高いクオリティーを担保するための撮影技術は巨額の投資が必要です。それらの映像が各クラブのホームページでも同時配信されるように、デジタルインフラにも投資していかなければいけません。
いま、Jリーグの全53クラブ共通プラットフォームでさまざまな情報が配信されていくような仕組みを整えているところです。それを介してわれわれのつくった動画が各クラブのホームページ、SNS、テレビで同時に流れていきます。クラブのホームタウンに流れるローカル放送局にも配信していけば、地上波放送での露出が増え、ニュースとしても流れやすくなります。
こうした映像の制作やデリバリーは、われわれにとって最も重要な投資項目の1つになってくると思います。
――そうなれば、課題とされるライト層へのタッチポイントを増やせますね。
そうですね。でも、ライト層だけではありません。ダ・ゾーンのJリーグ中継では試合のタイムラインが画面に流れます。特定のシーンにドットが打ってあって、そこに合わせるとゴールシーンだけが見られる、などという仕組みが追加される予定です。
見たいシーンに自在に飛んで振り返ることができれば、忙しい方やコアファンの方々のニーズにも応えることができます。他にもお気に入りのクラブを登録しておくと、その結果が自動で飛んできたり、ゴールから30秒巻き戻したところからストリーミングで見られたり、さまざまな情報の付加価値を提供できるようになると期待されます。
そういう意味では、ライト層、コア層などそれぞれの興味に応じ、画一的ではない見方を提供できるのがマルチデバイスやIPネットワークの良さですよね。インターネットを使った共有配信ができることは、私はライト層、コア層の両方にとって拡張性が高いと見ています。
(撮影:福田俊介)
*第2回「スタジアム問題=Jの可能性」は明日掲載します。