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「SAP Forum Tokyo 2016」リポート

山井太、鳩山玲人の「変革論」。逆境を覆したイノベーション創出の秘訣

2016/8/25
オートキャンプの市場で確固たる地位を築き、昨年には東証一部上場を果たしたスノーピークの山井太社長と、「ハローキティ」を世界的ブランドに押し上げ、今夏にサンフランシスコで起業した鳩山玲人氏。手がけているビジネス領域は違うものの、新たな風を吹き込む変革者であることが二人の共通点だ。SAPジャパンが開いたイベント「SAP Forum Tokyo 2016」でSAPジャパンのチーフ・イノベーション・オフィサー、馬場渉氏の司会のもと、二人が変革の起こし方について語った。

生粋のイノベーターとキャンプ業界の雄

馬場:本日は、私の尊敬するお二人のイノベーターをお招きしました。山井太さんはアウトドア用品を扱うスノーピークの代表取締役社長で、鳩山玲人さんはサンリオの元常務取締役、わかりやすくお伝えすれば「ハローキティを世界に広めた人」。

お二人のビジネス領域は異なりますが、ともに「変革者」であることが共通点だと思います。鳩山さんを元サンリオの役員と紹介しましたが、先日、独立されましたね。どんなチャレンジをされていますか。

馬場渉(ばば・わたる) SAPジャパン チームイノベーションオフィサー 大企業組織におけるイノベーションとそれを可能にするリーダーの開発とテクノロジーの採用を専門とし、SAPアジアで初のチーフイノベーションオフィサーを務める。デザインシンキングの方法論とSAPの最新クラウドサービスを組み合わせ、大規模組織にイノベーション文化を経営戦略として取り込む提案活動に従事する

馬場渉(ばば・わたる)
SAPジャパン チーフイノベーションオフィサー
大企業組織におけるイノベーションとそれを可能にするリーダーの開発とテクノロジーの採用を専門とし、SAPアジアで初のチーフイノベーションオフィサーを務める。デザインシンキングの方法論とSAPの最新クラウドサービスを組み合わせ、大規模組織にイノベーション文化を経営戦略として取り込む提案活動に従事する

鳩山:サンフランシスコに本拠地を置いて「鳩山総研」という研究所をつくりました。コーポレート・ガバナンスや企業のグローバル化を研究し、イノベーションを生むためのアドバイザーを務めたり、コンサルティングサービスを提供したりしています。

その傍ら、LINEやベビー用品のピジョンなど、複数の会社の社外取締役やシリコンバレーのベンチャーキャピタルのパートナーなどを務めている状況です。

馬場:山井さんは、アウトドアビジネスの急成長企業で昨年には東証一部に株式上場しました。新潟県三条市に本社を構え、地方の優良企業としても注目度が高まっています。

山井:「人生に野遊びを」がスノーピークのコーポレートメッセージで、登山やキャンプに利用するアウトドア用品の製造販売をメインビジネスに据えています。最近は、アパレル事業やマンションのフロアの一部をアウトドア空間に変えるアーバンアウトドア事業も始めていて、それらすべてを総称して「野遊び」と呼んでいます。

馬場さんに紹介してもらった通り、本社は三条市にあって社屋は5万坪のキャンプ場の中。東京ドーム4つ分くらいの広さの中にありますから、社地内で開発した新製品を試したり、ユーザーに来てもらってキャンプをしてもらったりしています。

「釘」にみるイノベーションのヒント

馬場:本日の議題は「イノベーションを生む経営戦略」。鳩山さんは複数の企業のイノベーション創出をお手伝いしていますので、さまざまなイノベーションの事例に触れているはず。最近感じたイノベーションは何ですか。

鳩山:「釘」ですね。

釘って、1本1本バラバラのものが箱に敷き詰められて売られているイメージですよね。それを1本ずつ取ってトンカチでたたくのが一般的だと思います。そのやり方を変えようなんて思う人は現れず、何十年、いや何百年も受け継がれていた方法だと思います。

でも、そこに電動ハンマーというものが登場した。ボタンを押せば、プシュンと釘が自動的に打ち込まれる。電気の力でとても便利になって大工さんの効率を劇的に上げ、正確性も増したわけです。

この電動ハンマーもイノベーションといえばイノベーションだと思いますが、私が驚いたのはこの電動ハンマーではありません。電動ハンマーが登場したことで、釘をつくっているメーカーが何十本もの釘をつなげてロール状にした釘を発明したことに感動しました。

釘の長さや形状を変えるのなら、その業界に長くいる人なら思いつくかもしれません。でも、釘をつなぎ合わせるなんてなかなか思いつかないはず。1本1本電動ハンマーに釘を入れるのが面倒という素朴なユーザーの不満に着目し、イノベーションが起きたわけです。

この事例で感じたのは、イノベーションって、新しいテクノロジーを使う分野にしか起こらないように思われるのですが、そんなことはないということ。イノベーションはあらゆるところで起こる可能性があるのです。

鳩山玲人(はとやま・れひと) 元サンリオ常務取締役 1974年生まれ。青山学院大学を卒業後、三菱商事に入社。2008年にハーバード・ビジネススクールでMBAを取得。同年、サンリオに入社。常務取締役として海外事業拡大や新規事業の創出に貢献したほか、LINE、ディー・エヌ・エー(DeNA)、ピジョン、トランス・コスモスなどの社外取締役を歴任。スタンフォード大学客員研究員。サンフランシスコ在住

鳩山玲人(はとやま・れひと)
鳩山総合研究所 代表取締役
1974年生まれ。青山学院大学を卒業後、三菱商事に入社。2008年にハーバード・ビジネススクールでMBAを取得。同年、サンリオに入社。常務取締役として海外事業拡大や新規事業の創出に貢献したほか、LINE、ディー・エヌ・エー(DeNA)、ピジョン、トランス・コスモスなどの社外取締役やUUUMアドバイザーを歴任。現在、サンフランシスコ在住で、スタンフォード大学客員研究員及びSOZO VENTURESのベンチャーパートナーを務める

キティを世界に広めたきっかけ

馬場:鳩山さんは、複数の企業の経営に携わり、その時々で自らがイノベーションを起こしてきました。どのように実践してきたのですか。

鳩山:私は三菱商事やローソン、サンリオなどで働いてきましたが、正直にいって変革を起こすのは、相当大変です。

会社というのは、時間の経過とともに、だんだん1つの見方しかできないようになってしまい、新たな風を拒むようになってしまう。

そんな中で、新しい考え方を提案すると「そんなことできるわけがない!」とまずは言われます。イノベーションは常に逆風からのスタート。そこから、反対意見を振り切り、仲間を集めて、自分の仮説が正しいことを証明していきます。

大切なのは、みんなと違うものの見方や考え方を大切にすること。

サンリオの例をお話します。私が入社した時に、レディー・ガガやパリス・ヒルトンといった世界的に知名度のある人が、ハローキティのついたバッグを持つ現象が起きていました。でも、ハローキティを求めるマジョリティは、地域でいえば日本もしくはアジア、年齢層でいえば子どもだろうと、社内では決めつけていたのですね。成功体験をもとにした固定観念を壊せていなかった。

でも、私は多くの大人の女性に愛されるキャラクターで欧米でもヒットするはずだという仮説を立てました。そこでキャラクターグッズを扱うのではなく、ファッションブランドを取り扱うような感覚で、ファッション系イベントでモデルさんにキティの商品を持ってもらうなど、ファッションアイテムとしてのブランディングをしたらうまくいきました。今までと違うものの見方をして新たな顧客を獲得したケースです。

釘の例もそうですが、変化は新しいニーズを生みます。その変化を見逃さないこと、異なる視点でものを見ること。そのエクササイズを怠らないことが、イノベーションを生むきっかけになると思います。

6年連続減収、救ったのは「たき火」

馬場:山井さんのイノベーション経験をお聞かせください。

山井:スノーピークは1988年に、オートキャンプを日本に根付かせた企業です。日本でアウトドアといえば登山しかなかった頃に、自然を気軽に楽しむ趣味としてオートキャンプを提案し、団塊の世代が子どもを連れてキャンプに行くのがトレンドになって、一大ブームを起こしました。数十万人だったオートキャンプ人口は2000万人規模まで膨れ上がったと思います。

しかし、ブームは長くは続かず、6年間連続で売り上げが落ちてスノーピークは危機的状況に陥りました。

この時、ユーザーの立場を徹底的に知ることを最優先に考えました。実をいうと、全盛期の時はメーカー側の都合といいますか、自分たちの都合だけで商品を販売している感じがありました。ブームの時はそれで売れていたから、誰も問題視しませんでした。6年連続で減収したことをきっかけに原点に戻ろうと思ったのです。

1998年、この時、ユーザーを知る取り組みとしてスタートしたのが、キャンプイベントの「snow peak way」です。ユーザーとたき火を囲んで話し、素直な意見をいただく場をつくったのです。

たき火って、不思議なことに人間を素直にしてくれて(笑)、「値段が高い」とか「買いたくても店に在庫がない」とか不満や要望をその場でどんどん教えてくれました。それを流通方法の改善や価格改定などといったストレートに戦略に反映させたのです。

商品に魂が入ったのもこの時です。貴重なお金を払ってスノーピークの商品を買ってくれた人たちを幸せにしたい、ユーザーがに心から欲しいと思ってもらえるものをしっかりとつくりたいと一緒にたき火を囲んで思ったのです。このイベントは今でも大事にしていて毎年数回必ず開催し、今でも私自身も参加しています。

イノベーションをどのように起こすか。それは企業や人それぞれだと思いますが、スノーピークのやり方でいえば、常にユーザーを見ること。イノベーションと呼べるような大それたものはないかもしれませんが、少なくともスノーピークが生み出す新しい商品やサービス、事業はユーザーが起点になっています。

山井太(やまい・とおる) スノーピーク 社長 1982年、リーベルマン、ウェルシュリー&Co. SA入社。1986年、ヤマコウ(現スノーピーク)入社。1989年に取締役事業部長、1992年に常務取締役、代表取締役副社長就任を経て、同年12月に代表取締役社長就任。2008年にSnow Peak Korea代表理事、2012年からはスノーピークウェルの代表取締役を兼務する

山井太(やまい・とおる)
スノーピーク 代表取締役社長
1982年、リーベルマン、ウェルシュリー&Co. SA入社。1986年、ヤマコウ(現スノーピーク)入社。1989年に取締役事業部長、1992年に常務取締役、代表取締役副社長就任を経て、同年12月に代表取締役社長就任。2008年にSnow Peak Korea代表理事、2012年からはスノーピークウェルの代表取締役を兼務する

デジタル化がリアルな体験の価値を高める

馬場:スノーピークは過去最高の売上高を毎年更新していて絶好調。都市化やデジタル化が進むと、キャンプ需要は減る気がしますが、どのような戦略があるのですか。

山井:キャンプをすると、人間性を回復できるのです。

馬場:どういうことですか。

山井:馬場さんには娘さんがいますよね。普段は仕事が忙しいから、同じ場所で同じ時間を過ごすことができないでしょう。朝ごはんのときだけとか、場合によっては平日顔を合わせないこともあるかもしれません。現代の人は、昔よりも家族と一緒に過ごす時間が少ないのです。

キャンプに行くと、家族全員が助けあって自分たちの生活のベースをつくるところから始めなければならない。お父さんがメインになってテントなどを張り、お母さんがそれを助ける。すると、助けあって生きるという経験をするから、家族のありがたさがわかり、互いを尊重するようになるのです。

たとえ一泊でも自然の中で過ごすだけで、都市生活で失われた家族との時間が人間性を回復させる。都市化、デジタルが進むこんな時代だからこそ、われわれは必要とされていると思います。

鳩山:ほかにもそういう「逆張り」で成長する業界はありますよね。たとえば音楽業界。低価格のオンライン配信サービスの台頭で、CDの売り上げが減り音楽業界は低迷したといわれます。

しかし、幅広い層が音楽に触れる機会が増えたことで、アーティストの演奏や歌声を生で聞いてみたいという人も増え、ライブが以前よりも人気を集めている。デジタルの普及で、リアルな体験の価値が高まっているマーケットはたくさんあります。

パネルディスカッションはキャンプ場のような特設セットの中で行われた

パネルディスカッションはキャンプ場のような特設セットの中で行われた

デジタルがもたらす新たな価値

馬場:SAPはテクノロジーでユーザーがイノベーションを起こすお手伝いをしています。イノベーションを生むためにテクノロジーは必須だと思いますが、お二人はどのようにお考えですか。

鳩山:テクノロジーは、それまで見えなかったものを可視化しますよね。

最近の健康診断ってすごいな、と思います。歯を全部スキャンして、虫歯や歯槽膿漏の進行具合なども全部データ化している。内臓や脳の血管の状況も見えます。今までは、血圧など表面的な数字しか身体を知る手がかりがなかったけれど、いまや体内のあらゆる部分を見える化できるようになっています。

そうなることで、喫煙者には真っ黒になった肺を見せると「禁煙しよう」と思いますよね。血管が細くなっているのを見ると「コレステロールに気をつけよう」と真剣に思う。

企業も同じで、売り上げや利益といった表面的な数値を見ていると、なんとなくわかったつもりにはなるけれど、デジタル化によって結果に至るまでのプロセスが以前よりもくっきり見えるようになってきた。それを活用することで今とはまったく違った経営ができるようになると感じています。

馬場:僕はJリーグの役員を務めているのですが、役員は全部で20人ほどいて、メンバーは多種多様。野球出身者もいれば、陸上出身者や法律家もいる。

私はたまたまデジタルに明るくて、それを求められて役員になったのですが、「もし私がここにいなかったら、この会話はどうなるのだろう」と危機感を感じることはすごく多いですね。

鳩山:そうですね。従来の方法だと1年かかることが、デジタルを使えば5秒でできる、みたいなことがたくさんある。でも5秒でできることを知らないと、1年かけてやってしまう。テクノロジーがもたらすインパクトは大きくて、これからはデジタルやITの知識がないと、経営の意思決定を間違えることが多いと思います。

先ほどお話した「ものを見る角度を変え、わずかな変化をキャッチする」ということに加えて、デジタルの使い方をどう工夫するかもイノベーションの創出を大きく左右すると思います。

山井:情報の流通力というものに大きな可能性を感じています。これまでは大手企業など資本力がある一部の人たちしか、自分たちの商品の価値を幅広い層に届けることができませんでした。

でも、今はSNSなどを活用すれば工夫次第で少ない投資、場合にとっては無料でたくさんの人たちに自分たちの価値を伝えられます。ユーザーを幸せにできるものを真摯につくり提供することができれば、多くのユーザーに認められる。テクノロジーはそんなチャンスを、イノベーションを広められる機会をもたらしてくれます。

馬場:鳩山さんの言う些細な変化への気づきと多様な視点でものを見ること、そして山井さんに話してもらった顧客視点は、ともに誰でも実践できるイノベーション創出の方法だと思います。そしてお二人が共通して話されたテクノロジーを有効活用することもイノベーションへの近道ですね。

閉塞感あるマーケットでは、新たな価値を生むためのチャレンジは必要不可欠です。私たちもチャレンジする企業や人を、引き続き積極的にサポートしていきたいと思います。

(構成:木村剛士、文:長山清子、写真:風間仁一郎)