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楠木建が導く、「ブルー・オーシャン戦略」のその先へ

2016/8/25
激戦市場「レッド・オーシャン」を避け、未開拓なマーケット「ブルー・オーシャン」を創出せよと説く「ブルー・オーシャン戦略」。「COMPANY Forum 2016」に登壇予定のW・チャン・キム氏が示した2005年発行の著書は大ヒットし、昨年には10年ぶりに新版が発表された。競争戦略に新たな視点を提供したこの戦略を、一橋大学の楠木建教授はどうみているか。

優れたブルー・オーシャンほどレッド・オーシャン化する?

「ブルー・オーシャン戦略」は実に秀逸なアイデアで示唆に富む本です。出版以来これだけ多くの人に読まれ続けたという事実が、この本の影響力の強さを物語っています。「ブルー・オーシャン戦略」の功績は明らかなのですが、僕には一つの疑問が残ります。

それは「なぜブルーはブルーのままであり続けられるのか」です。ある企業がブルー・オーシャン戦略で成功したとする。それを競合他社は目の当たりにしているわけです。

成功しているやり口をライバルが真似しようと思っても不思議ではありません。競争戦略の本質は競合他社との違いをつくることにあります。そっくり真似されてしまえば、違いは喪失されます。こうした競争の圧力がかかっているにもかかわらず、「ブルー・オーシャン戦略」が模倣されず、競争優位を持続できるとしたら、そこにはどういう論理があるのでしょうか。

競争優位は獲得するよりも持続するほうがよっぽど難しい。差別化された競争ポジションを獲得するには大なり小なりの投資が必要になります。その投資を回収し、長期利益をものにできるかどうかは競争優位の持続性にかかっています。どうやって違いを長持ちさせるか。そこに優れた戦略の本領があります。

もちろん「ブルー・オーシャン戦略」の本の中でもブルーがブルーであり続けるための手立ては語られています。そこで出てくるのは規模の経済、ブランド、特許、法規制、ネットワーク外部性などなど、伝統的な「模倣障壁」のロジックです。こうした模倣障壁が競争優位の持続に有効だというのはその通りです。ただし、市場を再定義し、競争のないブルー・オーシャンを創造するところまでの鮮烈な論理展開に比べると、やや論理のキレやコクが落ちるように思います。

競争は甘いものではありません。競合他社も必死です。とりわけライバルに豊かな資源がある場合、いずれは模倣障壁を乗り越えてくるかもしれない。ブルー・オーシャン戦略の成功の度合いが大きいほど、それを真似しようという企業も多くなります。優れたブルー・オーシャンほどレッド・オーシャン化するリスクを抱えているといってもよいのです。

 ブルー・オーシャン戦略.145

「日向対日陰」という補助線を引いてみる

こうした事態を回避し、競争優位を持続するにはどうすればいいのか。従来の「模倣障壁」に代わる持続的な差別化の論理として、「日向対日陰」という戦略の対比が面白いと僕は考えています。

いつの時代もそのときどきで技術革新や法規制の変化などが「旬の事業機会」をもたらします(最近だと、「フィンテック」とか「AI」とか「IoT」)。これが「陽射し」です。陽が射すとそこには「日向」と同時に「日陰」が生まれます。

その時点で脚光を浴びている日向の市場をストレートに攻めるよりも、陽射しがつくる日陰の方が商売の妙味がある。つまり、ブルー・オーシャン戦略ならぬ「日陰戦略」というのが僕のアイデアです。

19世紀のゴールドラッシュ時代の「金鉱掘るよりジーンズ売れ」は日陰戦略の古典的な例です。一獲千金を夢見た人々が金鉱掘りという日向の商売に殺到しました。ところが、やがて金は掘り尽くされてしまいます。

ごく一部の金鉱掘り業者は一時的に巨大な利益を得たのですが、ほとんどの人はまったく儲からずに終わりました。安定的に利益を獲得したのは、押し寄せる金鉱掘りに生活必需品(ジーンズなど)を売った商人です。

この例では、「陽射し」となる機会がゴールドラッシュ、「日向」が金鉱採掘、その背後にある「日陰」がジーンズ商売ということになります。

日陰戦略の美点は競合に対する「障壁」や「防御」を必要としないことにあります。敵が「やりたいけれどできない」のではありません。そもそも「やる気がない」。ライバルによる直接競争の「忌避」、ここに持続的な競争優位のカギがあります。他社が同じような商売を「やる気にならない」「やりたくない」「(合理的に考えて)やってもいいことがないと思っている」、これが長期利益にとっては最良なのです。

成熟化でめぼしい事業機会が少なくなるほど日向の誘引力もまた強くなります。多くのプレーヤーが日向に殺到し、競争は激化する。一方の日陰には資源投入に積極的なプレーヤーが少なく、競争は緩い。

したがって、差別化への資源投入に対するリターンもまた大きくなります。しかも、日陰は時間を稼ぎやすい。ライバルが参入を忌避する中で、じっくりと先行者優位を固められます。

裏を返せば、その時点で誰も手をつけてない「ブルー・オーシャン」を見出したとしても、それが陽射しが燦々と降り注ぐ日向であれば、多くのライバルが真似をしてきます。実際に業績をあげて成功していれば、なおさらです。それまでに模倣障壁を築き、先行者優位を固められれば長期利益を確保できますが、競争はそのための時間的猶予をなかなか与えてくれません。

楠木建(くすのき・けん) 一橋大学教授 専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書に『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件』(2010年、東洋経済新報社)や『好きなようにしてください』(2016年、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と才能』(2016年、東洋経済新報社)など

楠木建(くすのき・けん)
一橋大学教授
専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書に『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件』(2010年、東洋経済新報社)や『好きなようにしてください』(2016年、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と才能』(2016年、東洋経済新報社)など(写真:風間仁一郎)

ファストファッションの日陰を疾走するユニクロ

あらゆる顧客価値の本質は問題解決にあります。日向戦略は新しい技術や市場の機会をとらえて顧客の問題を解決しようとする。しかし、問題解決は常に新しい問題を生み出します。これほど長い間、ありとあらゆる商売が顧客ニーズを満たそうとし続けてきたにもかかわらず、いつまでたってもすべての問題が解決されず、絶えず「新しいニーズ」が出てくる理由もここにあります。

「問題解決が生み出す問題の解決」に軸足を置くのが日陰戦略です。日陰戦略にはユニークな価値を創造する可能性があります。陽射しが強いほど日向と日陰のコントラストも鮮明になり、日陰の商売に固有の価値も増大します。

日陰というとニッチを連想させるかもしれません。しかし、日陰戦略とニッチ戦略は似て非なるものです。ファーストリテイリングのユニクロ事業は日陰戦略で巨大な市場と事業を創造した好例です。

「ファッションの民主化」という世界的なトレンドはファッションアパレル業界に降り注いだ強烈な陽射しでした。経済的に余裕がある人しか楽しめなかったファッションは、ここ数十年で幅広い層に広まりました。この日向に着眼し、事業を拡張してきたのが、ZARAやH&Mです。

ZARAやH&Mの成功は多くの企業を惹きつけました。ライバルがファストファッションという日向に傾斜する中で、ユニクロは日陰に立ち位置を定めたといえます。機能性に優れた「部品としての服」「生活実用品としての服」、すなわち「ライフウェア」というコンセプトです。

よく知られているように、ユニクロの競争優位は、大量生産をテコに品質や機能を継続的に進化させていくところにあります。その典型的な成功例が「ヒートテック」や「エアリズム」です。なぜこうした商品がロングセラーとして成功したのか。ファストファッションが取り組んだ「短サイクルの多品種少量生産で変化していく流行に素早く対応する」という問題解決が、結果的に品質や機能の問題を生み出したことが背景にあります。

ファストファッションの会社がやっているように、短サイクルでサプライチェーンを回していこうとすると、必然的に長期的な素材の開発や、一つのアイテムを大量に作り続けることは不可能になります。

新しいカテゴリや機能をじっくり開発している暇なんてありません。ファストファッションにしてみれば、そういうことは「やってはいけないこと」なのです。素材のつくり込みや機能の完成度とのトレードオフで、変化するファッションへの迅速な対応を可能にしたのがファストファッションです。

ユニクロの商品開発力もたいしたものなのですが、それと同時に、ユニクロがファストファッションの裏側にある日陰で商売をしているということが、競争の中で独自のポジションを維持し続けている理由として大きいのです。
 

郊外店から始まったユニクロは、今は主要な国内商圏や海外にも広がった

郊外店から始まったユニクロは、今は主要な国内商圏や海外にも広がった(写真:iStock/ winhorse)

「逆張り」よりも「裏張り」

日向のビジネスは、一見してキラキラしています。多くの人の耳目を集めます。それが証拠に、NewsPicksのビジネス関連の記事ネタの90%は日向の商売に集中しています。やれフィンテックだ、ロボットだ、ドローンだ、人工知能だ、AIだ(おっと、これは人工知能と同じですね)、こうした日向を目指した商売は、毎日世界中でスタートアップが100社ぐらい生まれているかもしれません。

そのほとんどが先行者優位を目指して前のめりでリソースを投入しています。確かに日向にはそれくらいの魅力と可能性がある。しかし、みんなが同じようなことを考えているのでレッド・オーシャンになりやすい。競争は冷徹なものです。

かといって、日陰は「真っ暗闇」ではありません。日陰戦略は単純な「逆張り」ではないということです。単純に事業機会の逆を行くだけなら、日陰どころか「真っ暗闇」となり商売にならない可能性が高い。

真っ暗闇には顧客も需要もありません。ビジネスとして成り立たない。僕が子どものころは「和文タイプライター」というのがありました。この市場はいまでは真っ暗闇です。パソコンもスマートフォンもある時代に、今さら和文タイプやワープロを売っても、誰も買いません。

日陰戦略は、あえて熟していない言葉を使えば「裏張り」です。日向と日陰は裏腹の関係にあります。日向があるからこそ日陰ができる。日向での問題解決が生み出した問題を見つけることが大切です。つまり、キラキラしている商売の裏に目を向けることです。

成熟した競争市場にあって、目の前にある旬の事業機会を追いかけるだけでは長期利益はおぼつかない。真の商機と勝機はそのすぐ裏側に広がる日陰にある、というのが僕の考えです。

「ブルー対レッド」というこれまでの議論に重ねて、「日向対日陰」という補助線を引いてみると持続的な競争優位の正体が見えてきます。(談)

*楠木教授の「日陰戦略」を念頭に、「ブルーオーシャン戦略」に触れてみると、より自社のビジネスの優位性をどこに置くのか、競争戦略について理解が深まります。「ブルーオーシャン戦略」提唱者のW・チャン・キム氏は「COMPANY Forum」において、9月29日(木)17:30-18:30に登壇します。参加費無料・事前登録制のイベントです。こちらでお申し込みください(応募者多数の場合は、抽選とさせていただきます)。
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本講演はワークスアプリケーションズが主催するイベント「COMPANY Forum 2016」のセッションのひとつです。「COMPANY Forum 2016」では楠木氏のほか、人工知能(AI)の世界最高権威者であり発明家のレイ・カーツワイル氏やアップルの元CEOジョン・スカリー氏、元大阪府知事の橋下徹氏などが登壇します。イベントの概要や見どころは、こちらをご覧ください。