【密着取材】私が見た「経営者 本田圭佑」

2016/8/29
羽田空港を飛び立ち、ウィーンに向かって乗り換え地のフランクフルト空港のラウンジで一息ついているときのことだ。数時間後にはSVホルンの試合会場で堀江貴文氏との対談が控えている。
エスプレッソを一息で飲み干した本田圭佑は、「ノート、あります?」と言っておもむろにペンを握った。
「シリコンバレーにおける投資の仕組みにずっと関心があったんですが、このオフにいろんな人に会って、ようやくその構造がわかってきました」
左手でペンを走らせると、生態系のような図ができあがった。全体像を理解したことで、自分がここ数年で何をすべきかがはっきりと見えたようだ。
本で勉強するのではなく、当事者に会って自らカラクリを理解しようとするのが、非エリートから這い上がってきた本田らしい。
これまで本田は、メディアに対して「努力」の人であることを強調してきた。高い目標を定めて、そこから逆算して日々の行動に落とし込み、地道な作業をひたすら続ける。
中3のとき、ガンバ大阪のジュニアユースからユースへ昇格できなかったが、屈辱を乗り越えて大化けし、ACミランで10番をつけるにいたった。
ただし、努力は本田の一面にすぎない。
同時にサッカーというスポーツを徹底的に研究し、持っている力を最大限に発揮するための「合理性」も追求してきた。いくら泥臭く進むとしても、最短距離で行けるのにこしたことはない。
「人が10年かかることを1年でやりたい」
それをモットーに、戦術論、運動生理学、栄養学を自分の体を実験台にして独学した。
一言で表せば、根性と要領の良さの両立。一見矛盾する2つの能力こそが、下克上の本質にある。
今度はそれ以上の下克上を、ビジネスでやろうとしている。
日本国内でサッカースクールを65校、オーストリアでSVホルンを経営し、さらにアメリカのサンディエゴと中国の上海でもスクールが立ち上がったものの、まだ経営者としては本人いわく「小学生レベル」だ。
だが、自分の弱点をわかっているからこそ、短期の課題を設定できる。今必要なのは未来に向けた種まきだ。
2016年6月、カンボジアを訪れたときには同国サッカー協会の会長とランチとディナーをともにして政財官の人脈を一気に広げた。そこである重要なプロジェクトを即決したのだが、その内容はまた別の機会に譲ろう。
アメリカでは各地で投資家の豪邸を訪れ、「今、あなたは何に投資しているのか」「何に興味を持っているのか」と質問をぶつけた。
2016年夏のオフ、本田に密着取材してわかったのは、とにかく人に会う、会う、会う。
たとえば、自らがホストになって投資家限定のパーティーをボストンとロサンゼルスで開き、将来のビジョンを語ってネットワークを広げる。もちろん会話は英語だ。参加者を気遣ってテーブルをまわる姿を見ると、とてもピッチでDFを吹っ飛ばしているのと同じ人物とは思えない。
対象は実に多彩だ。新しいスポーツ商品を開発するベンチャー企業の経営者と会ったかと思えば、MITメディアラボでは伊藤穣一所長から最新のテクノロジーについてレクチャーを受ける。ニューヨークにあるメジャーリーグサッカーの本部も訪れた。
「1億人ではなく、70億人を相手にしたい」
これもモットーのひとつだ。
興味深いのは、ビジネスというマネーゲームでのし上がろうとする一方で、アフリカの貧困といった社会問題に本気でアプローチしようとしていることだ。6月、国連財団の「青少年のための国際的な支援者」に就任し、ワシントンDCでスピーチを行った。
経営者として大成功した後なら珍しくないが、駆け出しのときから社会問題に本気で取り組む経営者は限られているだろう。
それならNPO法人の方がふさわしいように思われるが、本田はいい意味で子供心を失っておらず、「自分のやりたいことはすべてやりたい」と考えている。企業活動と社会活動、これを両立するつもりだ。
「だからサッカースクールも入会金を設けていません。誰でも通えるスクールにしたいから。もちろん矛盾して、苦しくなるときもありますよ。でも、ただ稼ぐだけでは意味がない。負けず嫌いなのでマネーゲームでも一番になりたいし、社会問題も解決したいんです」
ただし、現役中にビジネスに打ち込むことを批判する声もある。アスリートは体が資本であり、疲労の蓄積や練習量の減少によってパフォーマンスに影響する可能性があるからだ。
本田はそういう批判を、的外れだと感じている。
「ビジネスを始めてやるべきことが増えてから、時間の尊さに気がつき、逆に練習時間が以前より長くなった。以前はなんて無駄に過ごしていたのだろうと。仕事のメールは朝に集中して終わらせて、しっかりトレーニングの時間をつくる。睡眠も必ず8時間取る。練習場への行き帰りも無駄にしたくないから、英語の教師に乗ってもらい勉強に当てた。ほとんどのサッカー選手に、今すぐビジネスを始めた方がいい、と推奨したい(笑)。生き方が変わるから」
約2年前、NewsPicksにおいて「サッカーは人生のウォーミングアップだ」という彼の言葉を伝えた。その意味を、今ならより深く理解できる。
本田のインスタグラムを見ると、経歴にサッカー選手、起業家、教育者と書いてある。この先、さらにいろいろな肩書きを増やし、世間にサプライズを与え続けて行くに違いない。
(撮影:龍フェルケル)