アルビレックス新潟に学ぶ、資金力のないJクラブにできる動員策

2016/8/23
ITに頼らないCRM──。
クラブの支援団体であるアルビレックス新潟後援会における近年の会員増加を評するならば、この言葉が適切かもしれない。
まずはクラブと後援会の状況を比較してみよう。

新潟の奇跡と厳しい現実

「サッカー不毛の地」といわれた日本海側の地方都市で、J1 昇格初年度の2004年に当時のJリーグ観客動員記録を塗り替え、2005年にクラブ史上最高の平均観客数4万1114人を記録したアルビレックス新潟は、「新潟の奇跡」と称された。
4万2300人収容のデン力ビッグスワンスタジアムの集客率が年間平均96.7%に達し、「満員のスタジアム」は新潟が誇るクラブの代名詞ともなっていた。
しかし、残念なことにこれはもう「今は昔」の話である。あれから10年以上が経過した現在、奇跡を起こしたはずのクラブは残酷な現実に直面しているのだ。
2016年8月10日時点で平均観客数は1万9519人、集客率は46.1%と、全盛期の半分以下に。
無料招待券を使った観客動員を2015年から戦略転換したこともあいまって、この傾向は現在も続いている(チケット収入の面では2015年は前年よりも約6000万円増加し、一定の効果が認められている)。

後援会がクラブに毎年1億円寄付

そうした中、唯一会員数を3年連続で伸ばしているのが、クラブの財政支援を目的に1994年に創設されたアルビレックス新潟後援会だ。
毎年約1億円をクラブに寄付するこの団体は、観客数同様、2005年から会員数の減少に苦しんだものの2012年に8年ぶりの会員増加に転換。以降、3年連続で会員数前年超えを達成したのである。
昨年度の支援金は1億1836万円に達し、過去最高だった2005年に次ぐ金額を記録した。
アルビレックス新潟後援会事務局の吉留広大氏は振り返る。
「クラブの資金が潤沢ではない中で、私たちは他のクラブのように大掛かりなシステムに投資する余裕はありません。そこで産学協同で後援会の活性化に取り組んできました。まずは2011年に後援会のクラブへの貢献を数値化して以降、『継続率の向上』と『支援の実感づくり』に的を絞った運営を行ってきました」
実は、ほぼすべてのJクラブにファンクラブや後援会といった公式ファン組織が設置されているものの、入会者数や会費収入、観戦回数などを除いて会員の行動や心理が数値化されていることはほぼないのが現状だ。
熱心なファンとクラブをつなぐための組織であるにもかかわらず、その効果や機能が横浜F・マリノスのように十分に検証されているところがほとんどないのだ。

後援会員=熱心なサポーター

そこで筆者はアルビ後援会との共同研究を通じて、後援会員の行動・心理特性を非会員との比較から数値化した。
結果の詳細な報告はこれらの論文を読んでいただくとして、一連の研究からアルビ後援会員のほうが非会員よりも観戦歴が長く、観戦回数が多く、有償チケットやグッズ・ユニフォームを買い、試合時は応援歌を歌い、スポンサーへの仲間意識、スポンサー会社に対する社会的評価、スポンサー商品の意識的選択度合いが高いことが明らかになった。
また、こうした傾向はアルビ後援会との一体感が強い会員ほど強く、その一体感の源泉が「クラブ関係者への愛着」であることも判明した。
「感覚的になんとなく感じていたことが数字で証明され、後援会員を増やすことがクラブ経営を支えることに直結するんだという確信が持てるようになりました。また、会員増加に関しては、新規会員の獲得にあわせて継続を重視するようにしました。どんなに新たな会員を集めたとしても、それ以上に退会者が増えれば後援会は縮小していきますので」と吉留氏は振り返る。
90%程度だった継続率を少しでも高めることができれば、その分、新規会員を集められなくても全体の会員数は増えるはずである。
「俺の会費がアルビの支えになっている」という会員一人ひとりのクラブに対する支援の実感を高められれば、きっと来年も後援会を続けようという想いが強くなるはずだ──。

興味関心を高める特典

そんな吉留氏の仮説をもとに、後援会事務局は会員とのコミュニケーションを少しずつ変えていった。
「集められた支援金の金額や、それをもとに購入されたトレーニング機器、選手の感想などを継続案内の中身に盛り込むようにしました。発送のタイミングが年末なので、他の郵便物と紛れないように、封筒を白ベースからクラブカラーのオレンジに変え、表面に選手の集合写真やサインを入れて開封率を高める工夫もしました」
封筒デザインの変更(右側の写真は2013年のもの)。
継続案内文面の変更:具体的な活動内容、選手からのコメント、会員数の増加などの成果が盛り込まれるようになった。
試合日のハーフタイムと試合終了直後にも、「後援会PRバナー」を手に会員たちがスタジアムを周回する取り組みも始められた。
2016年6月25日、PRバナーのスタジアム周回が行われた。(福田拓哉/アルビレックス新潟)
後援会への興味関心を高める狙いがあるのはもちろん、会員にとってスタンドをピッチから見上げる経験は特別のものであり、この活動自体が会員特典の一部になっている。

「クラブを支える楽しさ」共有

新規会員に向けても2011年から試合前にイベントを実施している。
クラブの前身である新潟イレブン時代に選手として活躍していた田村貢社長による講話や選手サイン会、練習見学会などがセットになっており、後援会がクラブを支えてきた歴史や、選手と触れ合える喜び、ピッチの臨場感を味わえる内容だ。
6月25日のサガン鳥栖戦で実施された西蒲原地区後援会イベントに参加した大塚淳也さん(43)一家は、「選手と同じ目線に立つことができて非常に楽しかった。運営本部や選手の室内アップゾーンも外から眺められて興奮した」と喜んだ。
2016年6月25日に行われた、アルビレックス新潟の田村貢社長による会員向け講話(福田拓哉/アルビレックス新潟)。
2016年6月25日には会員向けにピッチサイドでの練習見学も実施された(福田拓哉/アルビレックス新潟)。
こうした「クラブを支える楽しさ」をより広く社会と共有するため、2012年からは筆者の研究室と共同で動画作成にも取り組んでいる。
サポーターのクラブ愛にフォーカスした「みんなでつなぐ『アイシテルニイガタ』作戦!」、支援金をもとに拡充されたトレーニング施設の紹介と選手の使用感を伝える「支援の形〜クラブハウス拡充バーション〜」など、これまでに12作品がウェブ上に公開されている。

地道な活動で過去最高の継続率

クラブと後援会員との「心理的一体感」を高める施策を継続する一方で、継続手続きが行われていない会員への電話営業も欠かさない。
吉留氏を含めた4人の後援会事務局スタッフが年間400件くらいの該当者の一人ひとりと語り合い、意見に耳を傾けながら粘り強く説得するという。
「さまざまな理由で継続を躊躇(ちゅうちょ)される方も、クラブを想う気持ちは一緒だとお話を通じてひしひしと伝わってきます。ここ数年は『今年は後援会をやめようと思ったけど、吉留さんの顔が思い浮かんできて継続することに決めました』といわれたり、お手紙をもらったりすることが増えました。非常にうれしいですね」
このように、極めて地道な活動を積み上げてきた結果、昨年度から今年度にかけての継続率は過去最高の96%を記録。
観戦者が減少し、クラブ経営も2008年以来の赤字を計上したアルビレックス新潟にとって、後援会は名実ともに重要度を増している。
大掛かりなシステム投資を必要としない、この「新潟モデル」は他の地方クラブにとっても十分参考になるはずだ。

満員のスタジアムへの2つの課題

今後は次に挙げる2点の課題を克服することがポイントになるだろう。
1つ目は、後援会の充実を観戦者の増加に結びつけることである。
熱心にクラブを支えるコアファンを通じて、いかにして新規ファンを開拓するか。そして、足が遠のいているオールドファンをいかにしてスタジアムに呼び戻すかが鍵になる。
そのためには、クラブ全体のマーケティング戦略やチケッティング戦略の中に、どう後援会を位置づけるかがポイントになるだろう。
2点目は、トップチームの成績である。
選手年俸総額がつねに下位のアルビレックス新潟が、2005年のJ1昇格から1度もJ2に降格していない点は極めて高く評価されるべきだが、多くのサポーターや会員からはタイトルを望む声が多く聞こえるようになってきた。
スポーツである以上、選手だけでなくサポーターも勝利を求めるのは当然のことだ。
そのための「クラブの成長戦略」に、後援会をどう位置づけ、会員からの理解と共感をどう引き出すのか。そんな道筋を明確に示すことが求められているといえよう。
11年前の満員のビッグスワンを取り返すだけでなく、そこで繰り広げられる優勝争いを味わいたい──。
後援会が充実しつつあるいま、アルビレックス新潟は次のステージに向けて羽ばたけるだろうか。
(バナー写真:アフロスポーツ)