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制服は、1886年に文部省通達によって高等師範学校における制服制定が決定され、東京帝大で着用されたものが今日の一般的な学生服として認識されるようになりました。その際の目的は、「風紀向上」。

それから100年以上経った今、そもそも制服の意義とは何でしょうか?
学校としては自校の生徒が認知しやすく、また生徒自身の連帯感や愛校心を養うのに一役買っています。地域社会にとっては、どこの学校の生徒かいち早く分かり、生徒の保護に役立っています(一方で制服だと目立つため、事件に巻き込まれやすいとの議論もあります)。

但し、意義を感じずに自由な服装での通学を可能にしている学校もあり、教育現場においても制服に対する意見はそれぞれだと認識しています。

ただ、もし、義務教育の公立学校で制服が「必須」なのであれば、それは保護者にとって経済的に重いものであってはならないはずです。

以前、ある通信制高校の卒業式に参列させて頂きました。式が始まる前、同校の校長先生から、「中学時代、経済的事情で入学式までに制服を買えず、欠席したという子もいる。そのような子が、こうやって自由な服装で通学し、卒業式に参加できることは、気持ち的にも楽なのではないか。」というお話を伺いました。

他の方もコメントされていますが、制服だけではないですね。修学旅行も部活も。また中学校ではないですが、小学校のランドセルも大きな出費です。

「画一的なもの」が今後どのくらい必要なのか、必要なら、誰が負担すべきなのか。真剣に議論する時期が来ているのではないでしょうか。
教育に競争メカニズムを持ち込むことにアレルギーがある人は多くても、制服をはじめとする学校用品の市場には競争メカニズムをきちんと機能させることに反対する人はいないのではないだろうか。公正取引委員会の出番。
私立中だと異様に高い所ありますよね。
この前、家庭教師してる都内私立中学生に聞いたら体操服が高過ぎて驚きました。ノートもオリジナルで割高。ほんとなに考えてるんですかね。
御用聞き利権ですよこれ
公立中学校は義務教育であり、様々な経済的事情を抱えた生徒が通う。ただ、現状では中学生は部活や修学旅行など、学業以外に多くのカネがかかっている。経済的に恵まれない世帯にとって、それらの出費は重い。制服代は、決して軽くない負担の最たるものだろう。
同じ公立中学なのである程度の範囲で収めて欲しいものですね。価格競争が発生しない寡占状態をどうにかしないといけない。販売するところもほぼ独占的なものがあるので、そこも大きな問題。学校と販売店の昔からの癒着と言っても過言ではない。
高価な上、成長期の買い替えも大変です。公立中のブレザー化以前は、全国的標準服とジョニーケイなどの変形学ラン時代。価格もピンキリでした。あれはあれで問題があったのだと思いますが、今考えればよくできた生態系だったと思います。
確かに貧富の差が私服で出るのは辛い気もするので、ユニクロとかにこの分野に参入してもらって、官民連携をとって安価でそれなりのクオリティーで提供してもらうのは?

ユニクロも自社の社会貢献イメージの向上と思えば首を横には触れないでしょう。

あと以外だったのは朝日新聞が以下のような方法でアンケートをとって記事にしていること。
"今春以降にツイッターやフェイスブックで保護者らに情報提供を呼びかけた。"
私は都立高で、当時制服を「標準服」といってましたね。着ても着なくてもいい。ただし、制服を着ていれば私服で悩むこともないので制服の方がいい、と言う声もあるのです。ビジネスの世界でもありますよね。女性の制服廃止で反対の声が女性から上がったりしますから。私服で毎日変えようと思ったりするとお金かかるんですよね。
制服の変更は、どの程度頻繁に行われているのでしょうか。
ブレザーやチェックが制服として流行ったのは、バブルの頃だと思います。
もし、その当時の価格設定のままだとすると、見直しも必要でしょう。

「貧困の格差が制服には出にくい利点もある」とありますが、負担になっているのであれば本末転倒。逆に、子供の貧困は見えにくいです。私服にすることで周りが早期に気づき、子供と家庭に支援の手を差し伸べられます。

私服=全部自由でなくてもいいのです。色(黒・グレー系)、形(スカート膝丈など)少しルールを決めれば、学校、親、子供それぞれに負担が減るのではないかと思います。