ポケモンGO!が見せた、ゲームの未来

2016/8/15

「ポケモンGO」の別の姿

これが、モバイル時代におけるゲームの「新しい形」なのか──。
2016年7月6日、スマホ向けゲームアプリ「ポケモンGO」が満を持してアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの3カ国で同時配信された。
ポケモンGOをプレーするために公園に集まる人々。世界中で一種の社会現象を巻き起こした。
その後、ドイツやイギリス、イタリア、スペイン等に配信国を順次拡大。日本でも同年7月22日にリリースされた。
東京都内では、なぜか一見何もない場所で人だかりができている光景を何度も目にした。ポケモンGOのアプリを開くと、何の事はない、そこにモンスターが出現していた、というオチはもはや「ポケモンあるある」だろう。
世界中でポケモンを捕まえたいがために立ち入り禁止エリアに入ったり、あるいは車の運転中にポケモンGOをプレーして違反切符を切られたりする事例も少なからず発生。日本では配信前に政府が注意事項を公表するなど、もはや一種の社会現象と化している。
もっとも、こうした快進撃については既に多くのメディアが報じているところなので、多くは語らないことにしよう。その代わり、ここではポケモンGOが見せたゲームとしての顔ではなく、もうひとつの“顔”に注目したい。
ポケモンGOの何が革命的だったのか。それは、位置情報サービスの普及に風穴を開け、新たな広告ビジネスのプラットフォームとしての“顔”を見せたことだろう。
というのもポケモンGOが面白いのは、ゲームの舞台が現実世界の地図そのものであるということだ。例えば実在する店舗などの各所が、「ポケストップ」と呼ばれるアイテム入手スポットとして登録されている。
つまりゲームを楽しむには、ユーザーがこれらの場所に実際に足を運ぶ必要がある。
これは店舗側にしてみれば、ゲーム内で重要なスポットとして登録されると、集客効果を得られる可能性があることを意味している。それだけに、ポケモンGOは店舗を運営する企業からのスポンサー広告収入が期待できるわけだ。
このゲームを開発したのは、ナイアンティック(Niantic)というアメリカのスタートアップ企業だ。
この企業、すでに同様の位置情報を使ったゲームアプリ「イングレス(Ingress)」を2012年から運用して広告収入を得ている。日本ではこれまでにローソンや伊藤園、三菱東京UFJ銀行など、そうそうたる大企業がイングレスにスポンサー広告を出している。
イングレスのスポンサーとなった伊藤園の自動販売機。
同社の源流をたどると、創業者のジョン・ハンケ氏が2001年に設立した、キーホール社(Keyhole)というソフトウェア企業に行き当たる。
キーホール社は地図データの視覚化に特化したテクノロジー企業で、2004年に米グーグルの目にとまり買収されている。これを機にキーホール社の主力製品が名前を変えたのが、バーチャル地球儀ソフト「グーグルアース」だ。
その後、ハンケ氏はグーグルにおいて地球規模の地理情報をデジタルデータ化する「グーグルマップ」や「グーグルストリートビュー」プロジェクトに携わり、2015年にグーグルからスピンオフしてナイアンティックは独立する。そんなナイアンティックがグーグルマップそのものをゲームの舞台にした最初のリアルワールドゲームが、イングレスというわけだ。
パソコン時代の広告プラットフォームといえば、インターネット上の膨大なトラフィックを支配し、ユーザー1人ひとりに最適なウェブ広告を打つことで収益を上げてきたグーグルだった。
今度はそのグーグルからスピンオフしたナイアンティックが、ポケモンGOを使って現実世界の膨大なトラフィックを解析し、精度の高い位置情報に基づく広告ターゲティングに応用していくことを考えているとしても、違和感はない。
グーグルマップやグーグルストリートビューの開発に携わったポケモンGOの生みの親、ジョン・ハンケ氏(写真:AP/アフロ)。
つまりポケモンGOという新たなゲームは、「米グーグル、ひいてはナイアンティックの位置情報技術(GPS)」、「世界的人気を誇るポケモンという日本が生んだキャラクター」、そして誰もが持つスマートフォンという、「米アップルが開発したハードウェアとソフトウェア技術」の3つが掛け合わさったことで産声を上げた、巨大広告プラットフォームでもあったと言える。

テクノロジーの実験場、ゲーム産業

ポケモンGOがそうだったように、ゲーム産業はこれまで各時代の最先端テクノロジーを吸収することで発展してきた。いわば、テクノロジーの実験場として機能してきた側面を持つ。
これが自動車業界なら、位置情報技術や人工知能(AI)技術の精度が低ければ人が死ぬこともありうるが、極端に言えばゲームなら、精度がある程度粗くても許容される。
必然的に、世界のトップクリエイターたちがテクノロジーを駆使し、常に新たな表現手法を試みる場となっている。世界のゲーム産業は今、究極のリアリティを追い求めることに奔走し、米国ではハリウッド映画の市場規模をも上回る一大エンターテインメント産業となっているほどだ。
マーケティング業界もまた、ゲーム産業のそうした側面に着目し、新たなビジネスモデルをここで模索している。単なる暇つぶしとしてゲームを侮るなかれ。ゲーム産業は、時代の最先端テクノロジーやカルチャー、あるいはビジネスモデルの“総合見本市”と言えるのだ。
そこで本特集では、そんな総合見本市としてのゲーム産業を俯瞰していく。
特集前半では、これまでのゲーム産業のテクノロジー史や世界の最新市場動向、および日本勢の正確なポジションの分析を試みる。ここでは、2000年代以降、海外と日本のゲームエンジニアの質や量が逆転し、技術格差が広がっていったことも紹介する。
また、今回のポケモンGOの立役者の1人、任天堂にも注目する。家庭用ゲーム機「Wii」の成功によって一時的に世界で存在感を取り戻したものの、スマホ向けビジネスに乗り遅れた同社の誤算と、ソーシャルゲームなどを手掛けるDeNAとの提携後の復活の可能性を、彼らの人気キャラの知的財産(IP)や財務分析を通じてお送りする。
特集後半では、今回のポケモンGOで使われている位置情報技術やAR(拡張現実)技術にとどまらず、VR(仮想現実)やAI(人口知能)技術など、医療や軍事、脳科学などの分野で研究される最先端テクノロジーが最初に商業化される、いわばテクノロジーの実験場としてのゲーム産業に注目したい。
それでは、かくも奥深きゲームの世界を案内しよう。