日本のAI話は間違いだらけ

2016/8/15
独自の視点と卓越した才能を持ち、さまざまな分野の最前線で活躍するトップランナーたち。彼らは今、何に着目し、何に挑もうとしているのか。連載「イノベーターズ・トーク」では、毎週注目すべきイノベーターたちが、時代を切り取るテーマについて見解を述べる。
イノベーターズ・トーク第39回には、東京大学特任准教授の松尾豊氏と、筑波大学助教でメディアアーティストの落合陽一氏が登場する。
テーマは「間違いだらけのAI論議」だ。
「人工知能が人間の仕事を奪う」「むしろ人工知能が働くことで、人間は労働から解放される」──。いまの日本には、人工知能に関するさまざまな「俗説」が溢れている。
そんな俗説を一つひとつ検証し、人工知能について「今、本当に語るべきこと」を考えるのが本対談の趣旨だ。
人工知能がいまになって注目される理由は、「ディープラーニング」と呼ばれる新しい機械学習の手法が確立されたからだ。これによって、あたかも人間がするような現実世界のモデル化や高度な予測が、機械によっても可能になった。
松尾氏はディープラーニングの研究を続け、日本の競争力アップにつなげるための提言を行っている。
「今、日本は3度目の人工知能ブームを経験している」と語りながらも、熱気の高まりをブームで終わらせてはならないと警鐘を鳴らす。
一方の落合陽一氏は、人工知能をはじめとする、数々の最先端技術を応用したメディア表現を研究している。
「映像と物質の境界線を越える」をテーマとしたアート作品「Fairy Lights in Femtoseconds」などで知られ、2015年には、最先端研究者に贈られる「ワールド・テクノロジー・アワード」を、ノーベル賞受賞者の中村修二氏に続き日本人で2人目に受賞した。
そんなテクノロジーの最先端にいる2人に、人工知能の現在位置と未来像を語り尽くしてもらった。
対談の冒頭では、「人工知能が人間の仕事が奪う」論に対する2人の見解が語られる。
人工知能によって置き換えられるのは、国外に流出した単純作業であり、「工場が再び日本国内に戻ってくる可能性もある」と語る松尾氏。一方の落合氏は、「役所では暇な公務員が増える」と指摘する。
また話題は、特集「英語シンギュラリティ」でも注目された、自動翻訳の是非へと向かう。
松尾氏が「ドラえもんの“翻訳こんにゃく”のようなツールは実現可能」と断言する、その真意とは。
人工知能によって言語の壁が取り払われるとどうなるのか。
そこで起きるのは、教育、法律、文化などさまざまな分野における「健全な競争」だと落合氏は述べる。
松尾氏もそれに同意し、「世界的に見ても優秀な日本人が、正当に評価される時代が来る」と期待を寄せる。
「英語シンギュラリティ」が実現した未来、われわれは何を強みにして生きていけばいいのか。
「人工知能は日本にとってチャンス」と述べる松尾氏。しかし、あいかわらず日本企業の動きは遅いと、2人は歯噛みする。
人工知能分野はアメリカのメーカーの独壇場になっており、日本のメーカーは今になって「ディープラーニングについて教えてほしい」と言ってくる始末。「3年前に来てほしかった」と松尾氏は無念そうに語る。
しかし実際には、すぐに動けば、まだキャッチアップできる分野も多いという。そのなかの一つが建設・農業機械の分野だ。
それでも腰が重いのは、意思決定層に「技術嫌い」が多いから。「テクノフォビアを取り込むのは難しい」という落合氏の言葉が重く響く。
議論の矛先は、産業界から学界へ。日本は基礎研究に予算をかけ、その成果を産業界に還元するサイクルだが、人工知能ではそうしたスピード感では間に合わない。
その際に大事なのは、研究開発の過程で、企業の現場からのフィードバックを受けることだと2人はいう。
その上で松尾氏は、「どの企業も、とにかくすぐに着手すべきだ。応用可能な分野はあまりに多い」と語り、一つのリストを示した。「さっさとやるべき」リストの驚くべき中身とは。
「現在の環境は、Webが登場した時と似ている。年輩の人が否定的で、若い人が盛り上げている」と語る松尾氏。
落合氏も「業界団体のトップは頭が固い。もし、トップの息子がAIベンチャーを起こそうものなら、即座に普及する」と苦笑する。
その上で、「AIが人間の雇用を奪うという懸念は、“石油が湧いてきたらどうやって暮らそうか”と相談している状態に近い。そんなことを考える前に、湧き出ている石油を取りにいかなければならない」と一刀両断する。
とはいえ、石油を掘り出そうとしている日本企業もあるという。その企業はどこで、これから何をすべきなのか。
(予告編構成:野村高文、本編構成:友清哲、撮影:竹井俊晴、デザイン:名和田まるめ)