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「日本の現場力」×「イスラエルの発想力」から生まれる可能性

2016/8/10
「20年後の日本のケーパビリティとは何か」。大企業内のイノベーターと、気鋭のスタートアップ起業家による鼎談シリーズ。今回はマツダで営業領域の総括を務める青山裕大執行役員と、日本のみならずイスラエルの起業家支援を行っているサムライインキュベートの榊原健太郎・ヨニーゴランの両氏、そして日本IBMの的場大輔氏による、日本とイスラエルのオープンイノベーションの可能性を探る鼎談をお届けする【全3回】。
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走行性能だけではない未来の「人馬一体」

的場:前々回ではイスラエルの“発想力”、前回はマツダの“現場力”について、詳しくお話を伺いました。いよいよ、その二つを融合させることで生まれる可能性について考えていきたいと思います。

その答えの1つが、次の動画の世界観にあるのではないかと感じました。マツダでは、“走る歓び”を表すコンセプトとして「人馬一体」を重要なキーワードとされています。
 

青山:コンセプトムービーで表現している次世代のカーコネクティビティシステム「マツダコネクト」では、人と車が一体となった走りの実現を目指しています。「人馬一体」、すなわち「意のままに走る車」です。

「ステアリングをどれだけ俊敏に対応できるようにするか」といった優れたスペックや走行性能のことではなく、人と車が完全に一体となって、人の意思や感情まで読み取り、意のままに動いてくれる車を目指しています。

そうすると、われわれが得意とする「質量のある世界」の知見だけではなくて、知覚センサーやAIといった「質量のない世界」との融合が必要になってきます。

コンセプトムービーの冒頭に出てくる、人の感情を読み取るマシーンが、まさにその理想です。あの動画にある技術が、具体的に開発されているわけではないのですが、「こんな世界を追求していきたい」という決意表明のような動画です。
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自動車とブレインテックが融合すると

榊原:印象的だったのは、初めてのデートに行った場所や、子供が喜びそうな場所を、車が記憶していて教えてくれるシーンですね。人生を通じて、車がどういう役割を果たしてくれたら理想的なのか。このムービーはその逆算から作られているなと感じます。

青山:そうですね。「理想」を最初に設定して、どんなテクノロジーがあれば、それを実現できるか、逆算で考えています。

的場:イスラエルで生まれている新技術の中で、このムービーの世界観に生かせそうな技術はありますか?

ヨニー:いま、まさに力を入れている“感情認識”のテクノロジーは、すごく相性がよさそうです。もともと感情認識の技術は、イスラエル発祥です。Facebookの顔認証や、リアクションボタンの技術もイスラエルで生まれています。

車が感情認知をしてくれるなら、例えば、助手席に奥さんを乗せたときに、もし落ち込んでいたら、何か気分を慰めてくれるような曲を流してくれたりするといいですね。私は、奥さんの感情になかなか気がつけないから(笑)。

榊原:日本ではまだメジャーではありませんが、いまイスラエルではブレインテック(脳技術)が注目されています。人の脳の仕組みを解明し、それをテクノロジーと組み合わせ、新たなビジネスを作り出そうとする領域です。

「人の脳は5%しか使われていない」と言われる中、残りの95%をどう生かすか。ブレインテックでは、人の記憶を外部記憶装置に移すとか、その記憶を誰かに移すとか、いわゆるテレパシーも実現できるかもしれないとか、そんなことが研究されています。

その観点から見ると、車が自分の脳の一部として、自分の情感に訴える記憶を思い起こしてくれるというコンセプトはすごく面白い。車自体が記憶装置になり、人生のパートナーになる可能性を感じます。

的場:音楽にしても、場所にしても、人の心を浮き立たせるものは、過去の経験の蓄積と深い関係があります。これはAIを中心とするコグニティブの得意領域ですね。

青山:これまでの自動車開発は、「事故ゼロ、環境負荷ゼロ」といったマイナス面をなくす方向に力を注いできました。その努力は今後も重要ですが、同時に「クルマが人の人生をどう豊かにできるか」という、もっとポジティブな観点の自動車開発があってもいいと思うのです。

「マツダの車に乗れば乗るほど笑顔になれた、元気になれた」「出かける機会が増えた」など、走る歓びを広げていきたいと考えています。
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本音のディベートが連携を生む

的場:現実問題として、日本企業とイスラエルのスタートアップの協業を考えたとき、やはりお互いのカルチャーの違いなどが壁になってくるはずです。スムーズな連携には、何が必要になると思いますか?

ヨニー:何よりもコミュニケーションですね。前々回で触れましたが、イスラエル人が持つ“発想力”の原動力に「ディベートを重んじる習慣」があります。家庭でも職場でも、イスラエル人は本当によくディベートをします。

日本人が見たらケンカしているように見えるぐらい、先輩上司も関係なく、お互い率直に議論を交わし合う。それによって問題点はクリアになるし、新しいアイデアも出てくる。だからみんなディベート好きです。

感情論にならず、お互いに本音で議論する。これは、「家族を守る」「国を守る」といった、一番大事なことが国民みんなに共有されているからできることだと思います。ディベートでどんなに議論を戦わせても、終われば誰も後にしこりを残さない。

マツダさんが、会社存続の危機を回避するために、本部長同士で行った話し合いも同じですね。「大切なこと」をベースに本音を共有したからこそ、できたことだと思います。

榊原:形だけ「オープンディスカッション」をやろうとしても、ハートがオープンになっていないとうまく行きません。せっかく外部を巻き込んで、社内に新規ビジネスコンテストを立ち上げても、優勝チームのメンバーが社内で必要な稟議を通せなかったりする。

大企業が社内のセクショナリズムや縄張り意識を打破するためには、まずそこの意識や常識を変える必要があると感じます。

青山:マツダが比較的、横の連携を取りやすかったのは、開発部門から他の部門に移っている人間が多いことも理由のひとつです。私自身も開発の出身ですし、広報や営業、カスタマーサポートにも開発上がりの人間が多い。ですので、「現場」をベースとしてお互いの苦労や悩みを理解しやすい背景があるかもしれません。
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スピードは必要だが、理想の一致が前提

ヨニー:もうひとつ日本企業に求めたいのは、スピード感です。ソフトに比べるとハードの開発はどうしても時間がかかりますが、やはりスピード感の差を感じますね。

榊原:スタートアップと大企業のスピード感が違うのは当たり前ですが、それを考慮しても、イスラエル人のビジネステンポは本当に速い。原点に「いつ国がなくなるか分からない」という危機感があるから、なんでもすぐにやろうとする。

打ち合わせが必要になれば、今日の午後か、遅くとも明日の午前中には、顔を合わせて話します。「来週ミーティングをしましょう」という感覚ではないんです。

ただ、規模が大きい会社では、決定に時間がかかっても仕方がないとも思います。そのバランスがうまく取れたら、大企業とスタートアップの協業はやりやすくなるはず。

的場:お互いをよく理解するためには、それこそある程度時間をかけることが必要だと思います。その点でいうと、最近は大企業とスタートアップが一緒になったアクセラレータプログラムのような取り組みが増えていますね。

榊原:そうですね。ただ、“形だけ”の協業になっては意味がない。前提としてお互いが目指す理想が一致していることが必要です。それこそマツダさんのように、じっくり時間を掛けて徹底的にオープンな議論をすることで、結果的に動き出してからのスピードも上がるはず。それでこそ実効性を持った協業が可能になるでしょう。
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イノベーション復興に必須なのは“危機感”

的場:最後に、日本が再びイノベーションの中心地になるためには、何が必要か。何を大切にしていくべきかを教えて下さい。

ヨニー:日本人はゼロからイチを生み出す発想力がないというけど、海外から見ればものすごくイノベーティブですよ。イスラエル人も含めて、世界中に日本にあこがれている外国人が大勢います。

榊原:ヨニーが言う通り、日本はもともとイノベーティブな能力を備えています。国際的に見ても、特許取得数も多いですし、ポテンシャルは十二分に高い。必要なのは、アイデアを本気でビジネスに生かそうとする“危機感”だけだと感じます。

青山:私も今日のお話を通じてイスラエルの方々とコラボレートしていくことに、大きなチャンスがあるのでは、と感じました。

的場:日本企業が秘めているポテンシャルを発揮するためには、狭量なセクショナリズムや自前主義から解放され、足りないものをオープンに求めていく意識改革が重要。イスラエルという異文化との接点が広がることで、新たなイノベーション創出が始まることを望みます。(了)

(編集:呉 琢磨、構成:玉寄麻衣、撮影:岡村大輔)

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