日本最大の競技場を満員に。マリノス、ビッグクラブへの命題

2016/8/9
日産スタジアムを満員にする──。  
日本最大の競技場を本拠地とする横浜F・マリノスの命題の一つである。 
2015年は平均観客動員数こそリーグ3位の2万4221人を記録したが、集客率は36.9%と18クラブ中17位に甘んじた。
日産スタジアムのメイン使用が始まった1998年以降に注目すると、平均観客数はリーグ全体の5位以上を維持しているにもかかわらず、集客率が40%を超えたのは4回しかない。
つまり、F・マリノスにとって7万2327人収容の日産スタジアムは大きすぎなのだが、1万5454人収容のニッパツ三ツ沢球技場だと小さすぎるという状況なのだ。
その中で経営やクラブライセンス制度を考慮すると、F・マリノスは大きすぎる器を埋める努力を積み重ねるしかない。
こうした中でF・マリノスは顧客データと組織的に向き合うための改革を3年前から実行している。
2014年11月に筆者がJリーグ事務局の協力を得て実施した22クラブへのヒアリング調査で、第一事業部(当時)の永井紘氏はこう語った。
「今年からファンクラブ会員のデータを軸としたマーケティングに切り替えました。たとえば年間チケットを持っていないファンクラブ会員を抽出してご案内を差し上げるような施策を実施しています。そのために2013年にデータベースを一つにまとめて、2014年から本格稼働させました」
この連載で紹介したオリックス・バファローズのように、F・マリノスもファンクラブのデータベースと、チケット販売、グッズ販売、来場履歴、電話での問い合わせ履歴といったデータベースを3年前に統合していた。
あれから約2年半。その後、F・マリノスのデータに基づくクラブ運営の進捗(しんちょく)はどうなっただろうか。
ちなみに、平均観客数は2014年2万3088人、2015年2万4221と1133人増加しているが……。
7月初旬、新横浜のオフィスに永井氏を訪ねた。
ライト層を取り込めていない
「2014年と2015年の来場者の主な属性を見ると、男女の比率や平均年齢に大きな違いは出ていません。その中で特徴的だったのは、家族で来場される方の割合が2015年は非常に増えている点です。われわれはもともとファミリー層を狙ってホームゲームの運営をやってきたので、ここは手応えを感じています」
「もう一つ、年間シートをお持ちの方の着券率や、ファンクラブ会員の平均来場者数を2014年と2015年で比較すると、2015年は非常にポジティブな数値が出ているんです」
「しかし、平均来場者数を見ると2015年は前年より増えているのですが、実は当然の結果ともいえます。というのは、三ツ沢球技場の使用回数が2015年のほうが少ないんです。ですので、ここの数字は周りの方がポジティブに捉えているより、われわれは割とシビアに見ています」
つまり、ファミリー層や年間チケット会員、そしてファンクラブ会員へのアプローチは奏効し、来場割合や頻度を高めることができたものの、平均観客数に大きな変化は生まれなかったということだ。
この点に関して永井氏は次のように振り返っている。
「F・マリノスに関心があるけど、お金を払ってまでファンクラブ会員になるつもりはないよ、というライト層の人たちをどうも取り込めていないのではないか。それが2015シーズンを終えて出した仮説です」
永井紘氏
横浜マリノス(株)事業統括本部 FRM事業部 FRM&デジタルマーケティング課主担、Jリーグ運営担当(副)
ファンクラブ会員の一本化
こうした「ライト層」に対する課題を克服するため、今年から会員組織の改変が行われた。
具体的には、年会費・入会費不要のチケット会員とグッズ会員(両者ともオンライン購入に際し個人情報を登録した人)を「無料会員」として新たに設定した。
これによって、ライト層にも属性や購買行動に基づきEメールでの販売促進が行なえるようになった。
選手グッズのプレゼントなどもフックにしながら、無料会員登録者は順調に数を伸ばしているという。
また、会員の声をもとに「ミドル層」以上に対するアプローチも切り替えを行った。
その1つ目が年間チケット会員とファンクラブ会員の一本化である。
昨年まで両者は別々の組織として管理・運営されていたため、両方に属する会員から「カードを2枚持つのが嫌だ」「それぞれにIDとパスワードを設定するのが面倒」という意見が多数寄せられていた。
データベースを統合するまでは名寄せができていなかったため、正月にはクラブから年賀状が何枚も届く会員もいたという。
そこで2016年から両者を「トリコロールメンバーズ」として一本化した。これによってトリコロールメンバーズ会員は1枚のカード、1つのIDとパスワードでサービスが受けられるようになった。
もちろん、無料会員・トリコロールメンバーズは同じデータベース上で管理されている。そのため、クラブ側はランクアップが期待できる会員の発見や、そうした人たちに行うアプローチの効率性が高められる。
自動更新で継続率90%に
2つ目がトリコロールメンバーズの自動更新制度である。
これまでの会員組織は年度ごとに入会申し込みが必要だったこともあり、常連会員からは「毎年の手続きが面倒」という声が多数寄せられていた。
そのため、他クラブの方法も参考にしながら、一定期間内に会員が退会意思を示さない限り翌年も自動でメンバーシップを継続できる方式に切り替えた。
これによって、それまで約70%であった継続率が約90%にまで上昇したという。
これで毎年会員の30%が辞め、新たに大量の新規入会者を獲得しても全体の数が大きく増えなかった2015年までの状況から抜け出せるようになったのだ。
決して新しいとはいえないが、会員にとっての利便性と、クラブにとってのマーケティング効率の両方を高められる手法であろう。
以上のように、F・マリノスでは統一されたデータベースのもとで2016年から会員組織の改変を行いながら着実に顧客データの蓄積を進めている。「ミドル層」以上へのサービス改善を図りながら、「ライト層」の基盤を厚くできた点に今後の可能性を感じる。
マンチェスター・Cをモデルに
社内でもファンクラブ会員に関するデータは毎週社内会議に出されていることもあり、最近はスポンサーセールスチームや、ホームタウン・ふれあい事業部も地区ごとの会員数を気にかけながら活動しているそうだ。
つまり、データを軸としたクラブ内連携が進みつつある。
その中心を担う第一事業部は、今年からFRM(Fan Relationship Management)事業部へと名称が変更された。
ここにはF・マリノスがファンとの関係性を重視しながら、データに基づくマーケティング活動を重視する組織への脱皮を内外に示す意図が感じられる。
こうした一連の取り組みは2014年にF・マリノスもメンバーとなったシティ・フットボール・グループのマンチェスター・シティの会員組織をモデルとしているという。
新しい挑戦をしづらい現状
一方で、課題もある。顧客データベース関連のクロスファンクショナルチームの立ち上げに携わった広報室長の吉久潤氏はこう語る。
「データ分析のプロがクラブにいない中で担当の永井は相当やってくれていますが、他の業務も抱えているので、これだけに集中できるわけではないのです。物理的にみんな時間がないので、目の前の仕事をこなすだけで新しいことにチャレンジしづらいのが現状です。目の前の仕事を抱えながらプラスアルファでやっていく業界なので、それが難しさの一つかなと」
また、データの全社的な利活用も発展途上だ。
「そういう素地のある人たちが質問や意見をプロジェクトサイドに投げかけてくることはありますが、全社的なところまでは行っていません。いまだとクロスファンクショナルに使えているかというと、そうでもないので。ただ、いろんな会議体の中で各部門とディスカッションするような場はあるので、そういうところで毎回指標を共有し合いながら数字をもとにした仕事の仕方を広められると思います」
満員のスタジアムに向けた一体感
担当スタッフが抱える業務量と、顧客データの利活用に関する組織的な感度の問題は多くのJクラブで共通する悩みであるが、その分、F・マリノスがこの課題をクリアすれば、Jリーグ全体のブレークスルーにつながる可能性が高い。
幸いにもF・マリノスには「満員のスタジアム」に向けたクラブの強い一体感がある。
ビジネスサイドは当然ながら、トップチームの選手たちもチケット販売数を確認できるよう、日々数字がロッカールームに書き出されているという。
また、観戦者増加に向けた企画が選手サイドから提案されることもあり、6月11日の神奈川ダービー(川崎フロンターレ戦)で実施された4万枚の「レプリカユニフォーム付きチケット」企画(ほぼ完売、来場者数4万6413人)は、選手会長の中町公祐選手が福岡ソフトバンクホークスの「鷹の祭典」をヒントに発案し、事業部がかたちにしたものだという。
ここにチームの成績と顧客データを基とするマーケティングの力が加われば、2013年のホーム最終戦で記録した6万2632人を常時超える空間をつくり上げられるかもしれない。
そうなれば、日本を代表するチームとなるばかりか、世界にも通じるクラブにF・マリノスはなれるのではないだろうか。
顧客データベースが整備され、シティ・フットボール・グループのノウハウとブランド力も活用可能となったいま、それは決して夢物語ではないだろう。
真のビッグクラブ誕生に向けて、F・マリノスの航海は続く。
(撮影:福田拓哉)