「中東のシリコンバレー」イスラエルに世界中の投資が集まる理由
2016/8/8
「20年後の日本のケーパビリティとは何か」。大企業内のイノベーターと、気鋭のスタートアップ起業家による鼎談シリーズ。今回はマツダで営業領域の総括を務める青山裕大執行役員と、日本のみならずイスラエルの起業家支援を行っているサムライインキュベートの榊原健太郎・ヨニーゴランの両氏、そして日本IBMの的場大輔氏による、日本とイスラエルのオープンイノベーションの可能性を探る鼎談をお届けする【全3回】。
“現場力”と“発想力”の融合
的場:先日、イギリスの国民投票でEU離脱派が勝利したことを受けて、選挙翌日のフィナンシャルタイムズは、「グローバル化が機能していない(Globalization is not working)」と報じました。世界は1つになりつつあるようで、道のりはまだまだ遠い。世界経済はむしろ局地化するなかで、日本の産業界はより固有の強みを持ち、独自の産業モデルを形成する必要があります。
米国とアジアの成功企業事例を研究するスタンフォード大学のリチャード・ダッシャー教授は、技術革新に必要な3要素を「資本、アイデア、人」だと定義しています。
これを違う角度から見ると、日本には日本企業の基礎体力の強さと、これまで日本企業が強みとしてきた“現場力”とがある。さらにゼロからイチを生み出す“発想力”を強化すると、イノベーションの3要素をカバーでき、技術革新の可能性が最大化するのではないか、という仮説を立てました。
日本の“現場力”を語る上で、自動車メーカーとして全社を挙げた「モノ造り革新」に取り組み、奇跡のV字回復といわれる業績向上を達成したマツダは、極めて重要なモデルケースだと私は考えています。
海外におけるマツダ車人気は高く、2016年には「マツダ・ロードスター(海外名:MAZDA MX-5)」がワールドカーオブザイヤーとワールドカーデザインオブザイヤーの史上初ダブル受賞を果たすなど、目覚ましい成果を上げています。
それを成し遂げた力の源泉のひとつはマツダの“現場力”。その本質について、世界130カ国以上の国や地域に浸透するマツダブランドの営業領域総括と、ブランド推進、グローバルマーケティング、カスタマーサービスを担当しておられる青山執行役員にお話を伺います。
そして、もう一方の“発想力”については、日本企業は限界に達しつつある。日本企業が学ぶべき対象のひとつとして、世界的にまれな発想力を持つことで知られる国、イスラエルに着眼し、この国で活動しているサムライインキュベートの榊原さん、ヨニーのお二人に登場をお願いしました。
今回の鼎談では、日本の“現場力”とイスラエルの“発想力”を掛け合わせることで生み出される真の実力者によるイノベーションの可能性について考えたいと思います。
イスラエルは「中東のシリコンバレー」
的場:イスラエルは人口833万人、四国ほどの面積の国にもかかわらず、世界中のベンチャーキャピタルからの総投資額は5300億円にもなる。2010〜13年のアメリカの企業買収総額の、なんと20%がイスラエルに集中しています。
しかし、ほとんどの日本人にはなじみがない国です。榊原さんがイスラエルに注目した理由とは?
榊原:私は「日本発の新しいグローバル企業を作りたい」と考えて、2008年にサムライインキュベートを立ち上げました。しかし、日本国内でスタートアップ支援をいくらやっても、世界が見えてくる感じがしなかった。起業家の目がそもそも海外に向いていなかったんです。
ヒントを探るために、世界中を巡りながら投資家や成功者たちから話を聞きました。すると、成功企業の創業者の多くがユダヤ人だということがわかった。ノーベル賞受賞者は20%以上がユダヤ人。ビジネスの根幹となる世界の金融事業を作り上げたのもユダヤ人です。
やはり、日本人にはない“何か”を彼らは持っている。それを学びたくて、ユダヤ人発祥の地であるイスラエルを訪ねたのが、最初のきっかけでした。
的場:実際に行ってみて、イスラエルに何を見いだしたのでしょうか。
榊原:少なくとも70年前の日本人が持っていた、「ゼロからイチを生み出す発想力」を、イスラエル人はいまも持っているということです。
日本とイスラエルは同じ技術立国ですが、日本はハードウェア、イスラエルはソフトウェアが得意という違いがある。また、現在の日本はイチを生み出す力が弱くなっていますが、逆にイチを100や1000に育てていく力があります。
これをうまく橋渡しできれば、双方に大きなビジネスチャンスが生まれる。そう確信してイスラエル支社を開設したのが2014年です。
当初は日本の起業家にイスラエル人のノウハウや人脈の橋渡しを行おうと考えていたのですが、現在は日本の大企業と、イスラエルのスタートアップ企業の橋渡しがメインになっています。
ヨニー:補足すると、イスラエルは親日国です。イスラエルは、それほど治安が悪い国ではありませんが政情は不安定です。戦後70年で、日常では戦争があったことを忘れてしまうぐらい平和な国を作り上げた、日本に対するあこがれと尊敬の念を持っています。
榊原:第2次世界大戦中にリトアニアで行き場を失ったユダヤ人のために、ビザを発行し続けた杉原千畝さんの功績も大きい。彼が救ったユダヤ人6000人の子孫は、現在、約10万人、ユダヤ人の1%を占めているそうです。国と国の相性は、かなりいいと思います。
イスラエルは国自体がスタートアップ
的場:イスラエル人が、ゼロからイチを生み出せる原動力は何なのでしょうか?
ヨニー:大きく考えると、地政学的背景と、文化的背景とがあります。地政学から見ると、イスラエルはやはり政情が不安定な国です。徴兵制があり、2014年に起きたガザ地区の紛争の際は、私もイスラエル軍に招集されました。
当時、私はイスラエル国内で第2位の規模を持つレオミ銀行で、総額2億ドル以上のポートフォリオ管理を行っていましたが、そんなことは関係なく徴兵されます。
イスラエルは国自体が建国から約70年と、まだ歴史が浅い。国自体がスタートアップなんです。今日と同じ明日が来るかどうかは分からない。いつ、国がなくなるか分からない。そんな状況だと、「いま、目の前にある問題」の解決に全力を尽くします。軍事的に緊張状態にあれば、なおさらです。
イスラエル人の、ゼロからイチを生み出す発想力は、そんな「目の前にある問題を解決しよう」というマインドによるところは大きいと感じます。
榊原:イスラエルでは、街中の壁に“Enjoy your problem”と落書きされているのをよく目にします。いつどんな問題が目の前に起きるか分からない。であれば、むしろ問題を楽しもうと考える。そういう感覚が本当に染み付いていると感じます。
イスラエルに初めて行ったとき、あまり雨が降らない国だと聞いていたのに、飲み水が豊富ですごくおいしいことに驚きました。しかも、日本ではコスト的に難しいとされている海水の淡水化技術でまかなっている。
目の前にある深刻な水不足があったからこそ発展してきた技術です。それが今後、安全な飲み水を手にすることができない世界10億人以上の人々に対しての救いになるかもしれない。
過去にさかのぼると、イスラエルは約20年前に、LINEのようなチャットができるインスタントメッセンジャーの「ICQ」や、運転補助システムの「モービルアイ」を開発しています。どちらも開発当初はまったく市場がなかったものが、ICQは約300億円でAOLに買収され、モービルアイは株式上場後、時価総額1兆円を超える企業に成長しています。
現在も、イスラエルでは視覚障害者のための新たなセンサー技術や、吃音症を治すための新しい技術など、目の前にある問題解決に向けた新しい技術開発にとりくんでいます。その技術が、いつか数百億円、数千億円の市場になる可能性も十分にあるわけです。
的場:現在、特に先端テクノロジー開発の領域で、イスラエルの存在感が大きくなっています。シリコンバレーで注目されているスタートアップの技術のフタを開けると、中身はほとんどイスラエルがオリジンであるというケースも増えている。
ヨニー:イスラエル人がソフト開発に強いのは、義務教育にIT教育が組み込まれて、プログラミングをしっかり勉強するからです。その背景には、サイバーセキュリティ産業を強化する目的があります。
榊原:イスラエルのサイバーセキュリティ技術は、世界的に見ても非常に高い水準を誇っています。サイバーセキュリティとは、突き詰めると「人の動きを予測する技術」なんです。ネット上にある膨大なビッグデータのすべてを分析し、人の動きを認知するコグニティブ技術を活用する。
つまり、あらゆる最先端の技術が集約されたハイテクノロジー産業です。
それゆえ、イスラエルのサイバーセキュリティ企業を1社買収すれば、それがソフトウェアのあらゆる産業の研究開発につながる。イスラエルが、「中東のシリコンバレー」と呼ばれ、これだけの投資が集まっているのは、こういった背景からなんです。
日本人と大きく違う価値観
的場:もうひとつの文化的背景とはどんなものでしょう?
ヨニー:宗教的な要素だと思いますが、イスラエル人の人生観、そしてディベートに対する考え方は、日本とは大きく違います。
イスラエル人は、何よりも家族を大切にします。完全な男女平等社会なので、仕事も家事も子育ても夫婦で協力してやる。家族の時間を大切にする分、仕事は限られた時間で成果を出すことが当然という感覚です。
榊原:イスラエルですごく驚いたのが、成功者の方々に「あなたの人生で最も成功したことはなんですか?」と聞くと、男性はその回答がほとんど同じ、「私が人生で最も成功したことは、すてきな奥さんに出会ったことだ」という。
同じ質問を日本人に聞くと、ほとんど正反対の答えが返ってきます。「仕事で成功すること」こそが成功だと。
イスラエルでは、朝、会社に行くと、昨日も会っているのに、「ケン、おはよう! 今日も会えてうれしいよ!」って、ものすごくハイテンションで挨拶してくる。すごく心が温かい、明るい人間が多いんです。日本人のように、暗い顔で、うつむいて出社するようなこともなければ、もちろん自殺率もはるかに低い。
彼らとやり取りをしていると、「何のために働くのか」「何のために生きるのか」を改めて考えさせられます。
ビジネス、文化、風習。日本とイスラエルは、あらゆる面でお互いの良いところ、足りないところを補い合える、いいパートナーになれる可能性は大きいはずです。
※明日掲載の#2-2 「“奇跡のV字回復”を遂げたマツダの『現場力』はどう生まれたか」に続く。
(編集:呉 琢磨、構成:玉寄麻衣、撮影:岡村大輔)