新着Pick
411Picks
Pick に失敗しました

人気 Picker
「日本は政府に頼りすぎる」とのことですが、どちらかというと政府がコントロールしたがるという印象です。民泊でもタクシー料金でも、自由にはできない。それは必ずしも政府に頼りたいという気持ちとは異なると思います。

大学においても、変化に時間がかかるのはその点があります。仮に補助金を機関補助(組織への補助)でなく、個人補助に切り替えて学生数に応じた補助にすると、9月入学も含めた多様な取り組みが生まれるはずです。一方でそうすると政府のコントロールは弱まり、上手くいかなかった大学は今以上に潰れますし、日本が維持してきた分厚い中間層を作る安定的な教育の質の高さは失われるかもしれません。自分が入学した大学が途中で潰れることも起こりうる。ただそれを社会が受け入れられれば良いですし、そうした転換点にさしかかっているのではないでしょうか。

実は2000年代初頭に、高等教育は一度自由度を高める方向に舵きりをしようとしました。しかし諸々あり上手くいかず、逆戻りしてしまった。その差が今の世界との開きにつながっていると感じています。
タイトルがミスリーディング。本質はエリートとリーダーの違いという点だと思いました。どちらかと言うとアメリカ的リーダーにはリバタリアンがやはり多く、結局は政府に対する期待も良い意味で薄いのでは、と。「エリートというのは、均質の能力の高い集団の中で能力を発揮する存在。一方、リーダーは、均質ではない集団をまとめてあげて、集団としのての力を最大にする存在です」そして山口さん綺麗だ。朝からありがとうございます。
日本は「お上」意識や「官尊民卑」の思想が根強く残っています。
フランスなどはどうなのでしょう?
日本などより遥かに峻烈なエリート教育を行っています。

米国は民主主義が貫徹され、第二次大戦中でも下士官が指揮官に対して「日本の本土を攻めるべきではない」というような意見が自由に言えたそうです。
そういう意味では、常に政府や経営者の言動にチェックが入る風土があります。

映画や知人の意見を聞くと、ハーバードは自意識過剰な新入生が多いそうな(笑)
「自分こそがリーダーになる」という強い自負心があるようです。
まあ、ロースクールだと三流のロー出身の数倍の初任給があるので、それも当然なのかもしれません。
評価は状態や属性でなくその人の実世界での仕事の成果でするのが基本にして原理原則だと思う。エリート論やリーダー論は学歴や職種といった状態・属性に傾く嫌いがある。
筆者の人はハーバードでトップクラスになりたい日本人が沢山いると思ってるんだろうか?

あと、

「だからこそ、エリート層は、在野にいる限りは、みんなに代わって権力を監視する、権力に批判的であることが、ひとつの義務だという認識なのだと思います。それが、政府と在野のバランスを保つひとつの大事な方法なのです。」

エリートって権力を監視する人もいるだろうけど、権力や利権の側に入っていく人が大多数だと思います。

(追記)
そして日本のエリートの課題を英語教育など国の仕組みでの解決を考えるところがいかにも日本のエリートっぽいなあと感じました。
今まさにハーバード大で仕事をしていますが、ここは油断すると独特の自意識が芽生える(えてしまう)環境だと思う。でも、それって勘違いも招きやすい。リーダーシップは結構だが、謙虚さを忘れるとかなり痛い。楠木先生のコメントにあるように、結局は実社会の仕事で何を成したかで評価すべきだし、それに無自覚な(謙虚さを忘れてバランスが悪い)学生が多いのもどうかと思う。
記事と関係ないが、この方がスーパーエリート、スーパー天才なのはわかるが、何をしている人で何をしたい人なのかがまったく分からん(笑)。経歴にはほぼ試験の結果と成績しか書いていない。

片やミシェルオバマはその経歴から、何をしようとしていた人なのかがわかる。

実はこれが日米のエリートの違いだったりして。
エリートとリーダーの違いは面白い。ただ、本文中に示されてるテーゼに幾つか疑問もあり、

http://toyokeizai.net/articles/-/58596

まず定量的に見ると、日本人の政府への信頼度は主要国最低で、米国人は中の低。期待が高すぎるから信頼が低いとも解釈できるが、普通に考えれば、期待と信頼はある程度一致するものだろう。なので、世に溢れる政府に批判的な論調は、政府に期待も信頼もしていないので為されていると考えるべきで、政府に頼っているかは疑問だ。むしろ、教育機会がより均等なだけに自己責任原則がより強く規範として存在している様に思われる。なお、日本の公務員比率は世界最低水準で、公共投資のGDP比は真ん中くらいでほぼ米国と同じなので、実際に政府に頼っている国とは言えない。

また、エリートに投資をとあるが、日本の中間層の多さは、本来エリートの存在を必要とせず、参加者の合議で決める方式で、それなりの精度が出る国民構成のはず。むしろ合議では育ちにくいリーダーを育成する方が、補完的で良いのでは無いだろうか。

最後に、リベラルなエリートをというメッセージは、リベラルなエリートへの信頼度が明らかに低下している米国の大統領選の状況からして、現実から乖離している。今の高齢化した先進国においては、成長から負担の分配に政府の役割が移っており、困難な負担の分配を実現できるのは、人間を啓蒙する様なリベラルなリーダーでなく、人間の性に根付いた共同体意識をくすぐる保守派のリーダーではないかと僕は思っている。リベラルにはこれが人間の退歩に見えるだろうが、一つ極端な事例を挙げるなら、右派リクードのベギンと、第四次中東戦争を仕掛けた極右サッダートの2人だったから出来たエジプト・イスラエル平和条約の様に、国民をまとめられる保守派のリーダーだから出来る困難な仕事はあるものだ。
論点が多く、面白い記事。①米国のエリート・リーダー、②中間層・移民・メンタリティあたりに分けてコメントしたい。
①の米国のエリート・リーダーについて。「米国内でのエリート」の定義・一般的解釈が知りたかった。山口さん個人としての定義は『私の中では、エリートというのは、均質の能力の高い集団の中で能力を発揮する存在。一方、リーダーは、均質ではない集団をまとめてあげて、集団としのての力を最大にする存在です。』とある。ただ、米国でエリートへの反発が多いという見解に対して、実質的にはボーディングスクールもあれば、大学もかなりの選抜。また特定のポジションは特定大学の特定コースをえり好みするといった実態もある。またブッシュが親子で大統領になっていたりと、エリートというか名家への反発がある中で、実態としてはそれらが「みんなが決めるプロセスで選ばれた」事例もある。
②の中間層・移民・メンタリティについて。個人的には中間層の比率が薄いが、人口が多く、かつ移民による人口流入が大きいことはポイントだと思う。記事ではアメリカンドリームは実際にはほぼ起こらないと指摘されているが、元々ドリームで発生確率が低いもの。発生しているかという点ではあり、それは人口が多く、移民も多いので、そこから這い上がろうというメンタリティを持った人が一定いて、そういった人が機会を掴める方法があるということだと思う。一方で、自分でそのメンタリティを持つのは大変で、そのメンタリティを持てるように教育をしていく、教育の機会をしていくということが、本質的には重要だとも思う。そこまでできないからこそ、格差が拡大しているのが現実。
最後に、日本においては、エリートに投資をするというよりはリーダーシップに投資をすることが、格差が広がっているからこそ必要なのではないかと個人的には思う。全員に投資できるわけではないので、選抜が必要というのは同意するが、あえてリーダーシップに投資をすべきと思うのは、均質でない集団で力を発揮する能力が一層求められていると思うため。
幼少より裕福な者へのノブレスオブリージュの考え方か、もしくはよっぽどのハングリー精神か、世界を引っ張る人の力の源はこの2つが大きいと思いますが、今の30-50代にかけての日本のリーダーになる層は時代背景もありこの思想が薄いのだと思います。

個人的には、「日本が」という主語を止めて「人類が」とか「世界が」ということを語るリーダーになっていただきたいですが。。。