スタジアムの4割以上が空席のJリーグ。構造的原因を探る
2016/8/2
集客率──。
プロスポーツビジネスでかねてから注目されている数字の1つだ。稼働率と表現する人も多い。
端的にいえば、スタジアムの満員度合いであり、観客数とあわせてクラブの人気度合いを示すバロメーターにもなっている。
満員のスタジアムが醸し出す雰囲気はファンの感情を高めるだけでなく、スポンサーにも好印象を与えるし、テレビ放送時の見栄えも良くなる。
それがクラブのビジネスをさらに推進させる力へと変わっていくことは容易に想像がつくだろう。
集客率はビジネス、プレーに影響
海外では、この満員状態を意図的につくり出すためにさまざまな手法が採用されている。
たとえば、試合開始72時間前までに一般チケットが85〜100%売れていないとスタジアムから半径75マイル(約120キロ)圏内のテレビ放送を中止するNFLのブラックアウトルール(2015年から停止)や、新スタジアムをあえて小さめにつくったブンデスリーガのバイヤー・レバークーゼン、大きすぎるアメフトスタジアムの借用をやめ、自前の適正規模スタジアムの建設を推し進めるアメリカサッカーリーグ・MLSなどが代表的だ。
2015−16シーズンにおけるこれらの集客率を確かめると、レバークーゼンは96.3%(ブンデスリーガ全体で91.6%)、MLSで92.4%、NFLで96.7%に至っている。
こうした良き影響は何もビジネスサイドに限ったことではない。
「やっぱり満員のほうが選手としても燃えますよ。人数的にはたくさん入っているけど、スタジアムが大きくてガラガラよりも、小さくても満員であるほうが燃えますね」
筆者が勤める新潟経営大学の卒業生であり、ガンバ大阪GKで日本代表でもある東口順昭選手が7月のインタビューで筆者に語った内容である。
これまで彼と同様の発言を残した選手は非常に多いことから、満員のスタジアムはクラブのビジネスはもちろん、競技レベルの向上にも大きな影響を与えると私は感じている。
J2は約7割が空席
この集客率に改めて注目すると、Jリーグは非常に苦戦している。
2015シーズンの集客率はJ1 全体で約60%、J2で約33%である。つまり、J1で毎試合約40%、J2 に至っては70%近くが空席という状況だ。
下の図をみると、Jリーグは平均観客数でアメリカ・MLS、オランダ・エールディビジと同等にあるものの、集客率でフランス・リーグアン、イタリア・セリエAとともに1段下のグループにとどまっている。
Jリーグの場合、使用するスタジアムもそのほとんどが公共施設だ。そしてクラブの資金不足もあり、満員感を醸成できる「適正規模」にスタジアムを改築することは極めて難しい。
従って、現状はありものの器を埋める努力をしなければならないのだ。
平均で1万7800人ほどの観客数を考えると、本拠地スタジアムの収容人数が大きければ大きいほど、集客率を上げる苦労も高まるのである。
そのことを端的に示しているのが下の図である。
J1リーグにおける2015年の平均観客数と集客率との関係をプロットしたものであるが、川崎と浦和を除き、平均観客数がリーグ平均の1万7803人を超えているクラブは集客率が平均値60.1%以下の象限に位置する。
浦和ですら集客率はほぼ平均と一緒であり、4割が空席という状況だ。
(上のグラフを見ると、2012年からリーグ2連覇を果たした広島が新スタジアムを求める意味がよく理解できる。つまり、強いだけでは集客率は上がらないのだ)
10年前からJの観客動員減少
さらに、2005年からの観客数の推移をNPB(日本野球機構=プロ野球)と比較してみると、違う角度からJリーグの苦戦ぶりがよく理解できる。
2015年の観客動員数を2005年と比較した場合、NPB(日本野球機構=プロ野球)ではセ・リーグが118%(集客率平均84.0% ) 、パ・リーグが124%(集客率平均71.1%)と2割ほど増加しているのに対し、JリーグはJ1で95%、J2で91%と減少している。
つまり、Jリーグにおける観客数および集客数の減少は慢性的で根深い問題なのだ。
この状況から脱すべく、Jリーグ事務局は2009年に導入した「全試合対象観戦記録システム(通称:ワンタッチパス)」を数年前に改良。来場ポイントの付与、招待券の電子化、単券販売時の電子チケット機能などを追加して、来場者の利便性を高めながら顧客データを収集・分析できる範囲を広げている。
今後は、Jリーグが各クラブとデータ収集・分析の方法を議論したり、それを活用した集客策の共同立案などを行ったりと、リーグとクラブが膝を突き合わせて観客数増加に向けて汗を流す時間を増やしていくことが期待される。
では、肝心のクラブ内部の集客に向けたマーケティング体制はどのようになっているのだろうか。
前回のオリックスの事例でお伝えしたとおり、観客数増加の背景には顧客データに基づく組織的なマーケティングが存在する。Jリーグではどうなっているのだろうか。
顧客管理が機能しないJリーグ
こうした疑問のもと、私は2014年にJリーグ事務局の支援を受け、各クラブの公式ファン組織担当責任者にヒアリング調査を実施させていただいた。
その結果、調査にご協力頂いたJ22クラブの顧客データ活用に関して主に以下の3点が明らかになった。
(1)顧客データの有効活用(CRMに対するトップのコミットメント、全社的に統一されたデータベースの設置、データ分析を担当する専門人材、部署横断的なデータ利用体制の4つがそろっている)が行われているクラブは1つだけであったこと
(2)顧客データが有効活用されない主な理由は、「組織能力」「インフラ」「担当者」の3つであること(下の図を参照のこと)
(3)(2)に伴い、顧客データは蓄積されているものの、その分析はもちろん、クラブ全体はおろか当該部署ですら積極的な利活用が行われていないこと
この状況を責めるつもりは一切ない。
なぜならJクラブでお世話になった人間として、その苦しさを理解できるからだ。
ホームゲームが年間約20試合という限られた中で、そもそも黒字を出すのが難しいという構造もある。
また、「失われた20年」と呼ばれるバブル崩壊後の厳しい経済状況による売上の低迷と、その中で3年連続赤字を出してしまえばJリーグから退会させられてしまうクラブライセンス制度のプレッシャーもあり、未来に向けた積極的な投資よりも、目先の確実な売上確保と経費削減に経営者の意識が向くのも仕方がない側面もある。
それは「身の丈経営」という概念が強く浸透していることからも理解できよう。
さらにいえば、1人のスタッフが抱える業務量も深く関係している。
2つ以上の仕事を常に抱える中で、じっくりデータを向き合う時間がなければ、データと向き合うために専門知識や技術を修得する時間もとれないのが現状なのだ。
熱気あるJリーグにするために
しかし、多くの関係者やサポーターが望むように、やはりこの状況から早く脱しなければならない。
そして、あまり知られていないが、いくつかのクラブでは特徴的な変革が実施されている。
そこで、次回以降はこうした厳しい状況から脱しようと大きく舵(かじ)を切ったクラブの取り組みをご紹介したい。
まずはファンクラブを中心とするクラブ運営に切り替え、顧客データに基づく全社的なマーケティング体制を整えつつある横浜F・マリノスの事例を取り上げる。
その次は、観客減少に歯止めが利かない中で、過去3年連続で会員数増加を成し遂げ、毎年1億円以上の寄付金をクラブにもたらすことに成功したアルビレックス新潟後援会のアナログ的な活動を取り上げる。
これらの事例から、スタジアムが満員で熱気あふれるJリーグを再び取り戻すためのヒントを探りたい。
(写真:Kenzaburo Matsuoka/AFLO)
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京都パーブルサンガ、福岡ソフトバンクホークスマーケティングなどでの勤務を経て、九州産業大学でスポーツマネジメントを専門とする福田拓哉准教授が世界、日本のスポーツ組織を活性化させるビジネスの取り組みについて深堀していく。
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