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ネットとメディア、そして、都政の透明化について

猪瀬直樹が語る「次の一手」

2016/8/1
小池百合子氏の圧勝で終わった東京都知事選挙。今回の選挙をどう総括すべきか。メディアと政治の関係をどう見るべきか。そして、小池都政がまず取り組むべきテーマは何か。元東京都知事の猪瀬直樹氏に聞いた(聞き手:佐々木紀彦NewsPicks編集長)。

すべてはネットから始まった

──今回の都知事選をどう総括しますか。

小池さん自身も認めていますが、ネットの影響力が極めて大きかった。ネットが起点でこれだけ世論が変わったのは、日本で初めてではないでしょうか。

とにかく、告示日前日に公開したNewsPicksのロングインタビュー(「猪瀬直樹が語る『東京のガン』)からすべてが始まったことは間違いない。この記事のPick数は6600を超えました。

その後、Twitterで、自殺した樺山卓司さん(元東京都議)の遺書の写真を公開したところ、合計のリツイートが1.3万を超えました。

さらに、自民党都連が出した「非推薦の議員を応援したら、親族含めて除名」という命令書をTwitterに掲載したら、こちらもリツイートが1.2万超に達しました。写真を掲載したのが効果てきめんでした。

わたしのTwitterのフォロワー数も、7月に入ってから3週間で4万人も増えました。こんなに早いペースでフォロワーが増えたのは初めてです。

さらに、ロングインタビューに、「日刊ゲンダイ」「夕刊フジ」がすぐに反応して記事を掲載し、「週刊文春」の記者も、ロングインタビューを読んですぐに会いに来ました。その後、「週刊文春」は徹底取材を行って、8月4日号の「都議会のドン、内田茂(77)『黒歴史』」という記事につながったのです。

NewsPicksから始まった流れが、ネットや夕刊紙や週刊誌を通じて、世論を変えたのです。

ネットはやはりスピードと波及力が違います。スマホというインフラができた意味は大きい。小池さんも、「演説で応援してくれる人が湧いてくるように増えてきたが、それはネットの力が大きい」と言っていました。

ネット選挙が、首都東京という大選挙で成り立ち、雌雄を決する力をもった。これは、メディア史上に残ると言ってもいい出来事だと思います。

都会では、組織票ではなく、浮動票、個人票が選挙を決めるという、新たな都市型選挙のかたちが見えたのではないでしょうか。

事件が起きてからでは遅い

──なぜこれまで猪瀬さんが話した内容は表に出なかったのですか。

これまでも、内田氏の話を何度もしてきましたが、小物感があって、週刊誌でも新聞でも記事になりませんでした。掲載されたとしても、せいぜいベタ記事程度になってしまう。

結局、事件というのは起きてから報道されるわけですが、起きる前に報道することも大事です。

たとえば、樺山さんの自殺についても、新聞は、死んだという事実を書くだけで、死んだ背景を書かない。その背景に何があるかを探る調査報道がないのです。遺書が見つかったのが1年後だったとしても、「なぜ樺山さんが自殺したのか」を追いかける新聞があってほしかった。

今の新聞は警察と似ています。警察も殺された後に、捜査に本腰を入れます。殺人を犯しそうな人がいても、「人権問題があるから」「民事不介入だから」といった理由でなかなか動きません。

しかし、起きたことを報じるだけがジャーナリズムではありません。火事が起きる前にメディアは動かないといけないのです。

たとえば、道路公団民営化は何だったかというと、私が問題提起しなければ、何も変わらないままでした。私が道路公団を一方的に攻撃したのは、それだけ当時の道路公団の現状がひどかったからです。

道路公団に問題意識を持ったきっかけは、1人のドライバーとしての体験です。

厚木のインターチェンジの出口のところまで、御殿場のアウトレットモールからずっと渋滞ができていました。それを見て、高速道路のサービスエリア、パーキングエリア自体をアウトレットモールに変えれば、渋滞がなくなると考えたのです。

ただ、ファミリー企業を抱えた今のままでは無理なので、民営化すればいいと提案しました。こういうふうに、具体的に問題を提示して、改善案を提案していかないといけません。

今回も、NewsPicksのロングインタビューが出るまでは、「都議会のドンがひとりで決定している世界があること」が表に出ていませんでした。

だからこそ、その実態を、具体的なファクトとともに、樺山さんという自殺した人もいることを示して、問題提起したわけです。こうして、闇にいるものに光を照射していけば、闇は力を失うのです。

猪瀬直樹(いのせ・なおき) 1946年長野県生まれ。1987年『ミカドの肖像』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『日本国の研究』で1996年度文藝春秋読者賞受賞。以降、特殊法人等の廃止・民営化に取り組み、2002年、小泉純一郎首相から道路公団民営化推進委員に任命される。東京大学客員教授、東京工業大学特任教授などを歴任。2007年東京都副知事。2012年から2013年、東京都知事。2015年から日本文明研究所所長、大阪府市特別顧問。最新刊に『正義について考えよう』(東浩紀との共著・扶桑社)と『民警』(扶桑社)がある

猪瀬直樹(いのせ・なおき)
1946年長野県生まれ。1987年『ミカドの肖像』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『日本国の研究』で1996年度文藝春秋読者賞受賞。以降、特殊法人等の廃止・民営化に取り組み、2002年、小泉純一郎首相から道路公団民営化推進委員に任命される。東京大学客員教授、東京工業大学特任教授などを歴任。2007年東京都副知事。2012年から2013年、東京都知事。2015年から日本文明研究所所長、大阪府市特別顧問。最新刊に『正義について考えよう』(東浩紀との共著・扶桑社)と『民警』(扶桑社)がある

真の中立とは何か

──今回の都知事選を通して見えた、メディアの問題点はほかにありますか。

メディアの中立性とは何かという問題です。今のメディアの中立性は、安全保障理事会の拒否権と同じようなものになっています。

たとえば、今回も、鳥越俊太郎さんが、テレビ出演を拒否したため、討論会が流れるということがありました。主要候補者が一人でも出演を拒否すれば、地上波は企画を中止してしまう。そのため、候補者同士の論争が十分に行われませんでした。

テレビの場合、公共財で放送法の縛りがあることはわかりますが、新聞などあらゆるメディアが中立の意味を履き違えていると思います。

真の意味での中立とは、人々が中立に考えられるための材料を出すことだと思います。人々が中立に考えられる状況をつくることこそがジャーナリズムの役割でしょう。

それなのに今のメディアは、個別最適で、自社メディアの中で両論併記により“中立らしきもの”をつくることばかりを大事にしています。

しかし、メディアが個別最適ばかりだと、大事な情報が世の中にぜんぜん出てこなくなります。主要候補者が全員出演しないと、報じられないのであれば、ほかの候補者の言葉も報じられなくなってしまう。

出演のオファーをしたうえで、相手が断ったのであれば、一部の候補者だけで放送すればいい。別にみなが並列に出なくてもいいでしょう。

中立とは、フェアであることとイコールでないといけないのに、過度に中立にこだわることによって、フェアネスが失われているということです。

──平等という名の中立にこだわりすぎている面があると。

中立というのは、現状肯定ということになりかねません。単にリスクをとらないことになりかねないのです。そして中立だと、一方の側 、とくに権力側が有利になりえます。

たとえば、与党なり政府は、毎日、記者クラブで発表できる立場にあるわけで、情報発信力がそもそも強い。情報発信をするのはつねに権力側ですし、記者クラブも権力寄りになる。野党や無所属の人とは立場が違います。

ひとつの例として、2人の人がいて、1人は穴に落ちてしまっている状態があるとします。

そのときに、2人を平等に扱うのが中立なのか。それとも、1人を穴から地面に引き上げた上で、同じ場所に立たせるのが中立なのか。わたしは、まずは1人を穴から引き出すことから中立が生まれるし、それこそがフェアなのではないかと思います。

──みなが両論併記や中立にこだわるのではなく、両論併記の記事があっていいし、ファクトを提示する記事があってもいい。多様な記事があることが大事だということですね。

そう。私のロングインタビューも事実を並べたわけで、形容詞は使っていません。記事には、極力、形容詞は使わないようにしています。「こんな悪いやつ」という表現ではなく、ファクトを書いていく形です。

こうして、いろいろなファクトや情報を出していくことで論争が生まれるのです。

内田氏の兼業は許されるか

──小池都知事がまず取り組むべき課題は何ですか。

都政の透明化です。

今の都政の問題は、都議会のドンと役人が、知事に話をする前に物事を決めてしまっているということです。都議会が個別に意見を表明して議論をするのではなく、一人のドンが仕切っているのです。

透明化という点で、真っ先にやるべきは、オリンピックの施設建設に関する案件です。ドンが仕切る構造が、オリンピックの案件にも波及している可能性があるからです。

8月4日号の「週刊文春」で詳しく報じられていますが、内田茂氏は落選中の2010年から地元の千代田区に本社を置く東光電気工事の監査役を務めています。

そして同社のジョイント・ベンチャー(JV)が、バレーボール会場の「有明アリーナ」(落札額・約360億円)、水泳の「オリンピックアクアティクスセンター」(落札額・約470億円)の施設工事を落札しています。

有明アリーナの2015年7月時点の完成イメージ(提供:東京都)

有明アリーナの2015年7月時点の完成イメージ(提供:東京都)

オリンピックアクアティクスセンターの2015年7月時点のイメージ(提供・東京都)

オリンピックアクアティクスセンターの2015年7月時点のイメージ(提供・東京都)

有明アリーナの入札において、東光電気工事側(竹中工務店・東光電気工事・朝日工業社・高砂熱学工業異業種JV)が示した入札額(約360億円)は、ライバル陣営(鹿島・日本電設工業・須賀工業・大気社)の入札額(約351億円)よりも高かったのにもかかわらず、大逆転で落札しています。

その決め手になったのは、技術点の高さですが、採点が満点(160点)になっているのです。

 開札結果
出所)東京都公式ホームページ

この採点の数字や、採点を担当した技術審査委員の名前は公表されていますが、なぜ満点となったのかを、詳しく情報公開していく必要があるでしょう。

──そもそも、議員の兼職はどこまで許容されますか。

条例では、地方議員が都発注の工事を受注する企業の監査役になってはいけないという決まりはありません。

しかし、地方自治法の「第92条の2」では、地方議員の兼職について以下のように記されています。

普通地方公共団体の議会の議員は、当該普通地方公共団体に対し請負をする者及びその支配人又は主として同一の行為をする法人の無限責任社員、取締役、執行役若しくは監査役若しくはこれらに準ずべき者、支配人及び清算人たることができない。

そして、地方自治法の第127条では、「第92条の2」に当てはまるときの罰則が記されています。

普通地方公共団体の議会の議員が被選挙権を有しない者であるとき又は第九十二条の二(第二百八十七条の二第七項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に該当するときは、その職を失う。
 

議論すべき2つの論点

つまり、この「第92条の2」が適用されれば、内田氏は失職する可能性があります。

ただし、話は単純ではなく、主に2つの論点があります。

ひとつは、「主として同一の行為をする法人」という定義です。

過去の判例を見ると、ひとつの基準は、「議員が監査役として就任していた期間の当該会社の収入決算額における請負額の割合が50%に達しているかどうか」です。兼職があっても、この50%基準に達しないため、失職しないケースもあります。

ただし、その一方で、最高裁の判例では、「半分を超えない場合であっても、当該請負が業務の主要部分を占め、その重要度が長の職務執行の公正、適正を損なうおそれが類型的に高いと認められる場合は、『主として同一の行為をする法人』に当たる」(昭和62年10月20日最高裁判例)と記されています。

今回の内田氏の兼職が、「第92条の2」に抵触していないかどうかは、今後、しっかりと精査していくべきでしょう。

そして、もうひとつの論点は、最終的に、「主として同一の行為をする法人」の業務に従事していたかどうかを判断する主体は、議会だということです。つまり、内田氏の兼業が許されるかを判断するのは、内田氏がドンである都議会自身だということです。

具体的には、議会で出席議員の3分の2以上の賛成多数により「第92条の2に該当する」と決定した場合は、内田氏は失職することになります。

議会がドンを守るために、内輪の論理で、疑惑の追及を避けるのか。それとも、都民の利益を最優先して、公正な判断を行うのか。その動向に、メディアと都民はしっかりと注目していくべきでしょう。

そして、議員が失職するかどうかの最終判断を、議会に委ねている今の法律がほんとうに正当なのかについても、しっかり議論していくべきでしょう。

(撮影:後藤麻由香)

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小池百合子氏インタビュー(上)
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小池百合子氏インタビュー(下)
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