エリートvs.中間層。新たな闘争が始まった

2016/8/1
崩れ去る信頼  
ブレグジット、トランプ人気、パナマ文書──世界を揺るがした一連の出来事には共通のメッセージがある。
それは、エリートへの不信だ。
ブレグジットでは、EU離脱派の急先鋒、ボリス・ジョンソン氏(現外務大臣)が「ブリュッセルのエリート官僚により、英国が虐げられている」というレトリックを盛んに使った。
ドナルド・トランプ氏も、ウォール街、ワシントンの既存エリートを徹底的に糾弾。リベラルなエリートがタブーとしている、女性蔑視、人種差別的な発言も連発した。
そして、パナマ文書は、海外で節税に励むエリートたちに対する強烈な一撃となった。地域社会のためでも、国のためでもなく、自分の利益を最優先するエリートたちへの不満が燃え上がった。
エリートと中間層の間にあった信頼関係が崩れ去り、「エリートvs.中間層」の闘争が始まりつつある。
7割の家計の収入が低迷
なぜ中間層に代表される国民はこれほど怒っているのか。
その背景には、もちろん、移民やエリートの倫理の問題がある。しかし、その根本にあるのは、先進国における“中間層の没落”だ。
過去10年以上に渡り、リーマンショックはあったものの、世界経済は成長を遂げた。だが、その恩恵が中間層に行き渡ったわけではない。
今年7月、マッキンゼー・グローバル・インスティチュートは「親よりも貧しくなる?先進国で停滞・低下する所得」と題したレポートを発表した。
同レポートによると、先進25カ国において、2005〜2014年の間に、収入が停滞・低下した家計の割合(加重平均値)は65〜70%に到達。とくにイタリアに至っては97%に達し、米国も81%、英国も70%に上る。
さらに、今後10年も成長率が低いまま推移すれば、70〜80%の家計の収入は横ばいか低下すると予測されている。
中間層が苦しむ一方で、所得の上位5%の層が全体に占めるシェア(米国)は右肩上がりで、35%にまで上昇。1920年代と同じ水準にまで高まっている(詳細は【第1回:スライドストーリーで見る「世界と日本の格差」】を参照)。
コスモポリタンvs.ナショナリスト
米国と同様、英国でもトップ層への富の集中と、中間層の没落が進んでいる。
7月13日、新たな首相に就任したテリーザ・メイ氏のスピーチには、現在の経済システムに対する危機感が滲んでいた。
(写真:ロイター/アフロ)
メイ首相は「私の率いる政府は、一部の特権階級の利益のためでなく、国民の利益のためにある」と宣言。
「貧しい環境に生まれたら、9年寿命が短くなる」「黒人は白人よりも厳しく刑事司法制度で裁かれる」「白人の労働者階級に生まれれば、大学に行く確率が下がる」「女性は男性より収入が低くなる」といった“不公正”を例に挙げ、そうした「燃え上がる不公正に立ち向かう」と誓った。
今回のブレグジットは、英国に巣食う格差、不公正が無視できないものであることを示した。ただ、ブレグジットにより表面化した「亀裂」はそれだけではない。
カナダの自由民主党の元党首で、ハーバード大学ケネディー行政大学院教授のマイケル・イグナティエフ氏は「21世紀を特徴づけるのは、コスモポリタンとナショナリストの対立だ」と語る(詳細は【第2回:21世紀の対立軸は「コスモポリタニズムvs.ナショナリズム」】を参照。)
一般的に、国境を超えるコスモポリタンは、国に拘る(もしくは拘らざるをえない)ナショナリストを見下す傾向がある。
しかし、全国民のうち、コスモポリタン的な生き方ができるのはせいぜい1%程度だ。コスモポリンタン的な思想を押し付けるだけでは、ナショナリストとの亀裂は深まるばかりだろう。
「オープン派vs.クローズ派」とも置き換えられる両者の違いは、今後ますます先鋭化するおそれがある。
(写真:ロイター/アフロ)
「エリートvs.中間層」「コスモポリタンvs.ナショナリスト」。この2つの亀裂の根本にあるのが、「資本主義と民主主義」の相克だ。
資本主義は、富を拡大するための、優れたシステムだ。そして、資本主義は、財と才能と運のあるものに力を集中させがちな“不平等”なシステムでもある。
資本主義だけが大手を振ると、格差が広がり、社会が分断されかねない。であるがゆえに、そのカウンターパワーとして、民主主義が求められる。
富裕層も貧困層も同じ1票を持つ民主主義は、より“平等”なシステムだ。ブレグジット、トランプ人気は、民主主義を通した、中間層や貧困層たちの「資本主義への逆襲」とも言える。
もちろん、格差そのものが悪というわけではない。ただし、格差が過度に拡大し、固定化してしまえば、社会のダイナミズムが失われて、資本主義そのものの活力が損なわれてしまう。資本主義と民主主義の最適なバランスが問われているのだ。
日本で進む“世襲格差”
日本の場合、米英ほどの“中間層の没落”は起きていないし、移民の問題も抱えていない。
しかし日本でも、格差は確実に広がっている。とくに問題と言えるのが、エリート層の世襲の高まりと、貧困層の拡大だ。
格差研究で有名な橘木俊詔・京都女子大学教授は、“世襲格差”を調査。その結果わかったのは、2005年以降、親と同じ職業を選んだ人と選ばなかった人の間には、統計的に有意な、収入の差が生まれていることだ。
具体的には、世襲により、平均的に年間53〜71万円の収入差が生じているという。
また、不平等の引き継がれやすさの指標となる「グレート・ギャッツビー・カーブ」を見ても、日本は、相対的に、親世代から子世代へと格差が受け継がれやすい国であることがわかる。
橘木教授は「医者、経営者、政治家という社会のエリート層の世襲が強まっているのは問題ではないか」と警鐘を鳴らす(詳細は【第4回:日本のピケティが解明する、日本の“世襲格差”】)。
第3のガラガラポン
今、世界と日本は、3つの亀裂の中で、新たな経済モデル、社会モデルをつくる知恵と行動力が試されている。
とくに日本の場合、キーワードとなるのが、“下克上”と“教育の機会平等”だ。
日本の近代には、2つのガラガラポン革命(=下克上)があったと指摘するのは、社会学者で関西大学東京センター長の竹内洋氏だ。
最初に、江戸時代に固定化した格差を打ち壊したのが、明治維新だった。
関所の廃止で移動の自由が認められるとともに、勉学で名を上げれば、下級武士でも要職に就けるようになった。福沢諭吉の「学問のすすめ」はそうした時代精神を表したものだ。
明治維新から約70年後には、戦争によって、また大移動が起きた。戦時中の疎開により、東京人のおよそ半分が地方に疎開するとともに、終戦に伴い、外地から600万人もの人々が帰国した。そして、幹部の追放によって、政府も企業も幹部が一気に若返った。
そして終戦から70年が経った今、竹内氏は、第3のガラガラポン革命の到来を予測する。「最終的な下克上、いわば、最終戦争が起きようとしているのではないか」と竹内氏は言う(詳細は【第6回:第3のガラガラポン革命の全貌】を参照)。
教育、教育、教育
努力すればチャンスがある、親よりも偉くなれる──そんなジャパニーズ・ドリームをどうすれば取り戻すことができるのか。
そのために重要なのが、教育の機会平等だ。とくに、投資効率が高い幼児教育、知的労働のカギを握る高等教育の充実は焦眉の急である。
しかし今の日本は、教育は各家庭に任せるという文化が色濃い。言い換えれば、社会全体で子どもを育てる、子どもの教育のために公的なお金を使う、という発想が弱い。事実、教育機関への公共投資(対GDP比)は、主要先進国で最低レベルだ。
高等教育に目を向ければ、奨学金の返済に苦しむ学生も急増している。待機児童など、子育てに関する環境づくりも含めて、福祉を充実させなければ、機会の平等がますます失われてしまう。
日本は今、古い時代と新しい時代の間にある。今ほど、新しい思想と知恵と行動が試されているときはない。
日本はどのように資本主義と民主主義の幸せな結合ができるのか。日本型の民主主義とはどのような形なのか。これから求められるエリート像とは何か。
特集の最終回では、そうした新しい日本像を、思想家の東浩紀氏と、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の西田亮介准教授とともに考えたい(詳細は【第7回:東浩紀×西田亮介「日本型民主主義の未来」】を参照)。
(バナー写真:ロイター/アフロ)