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都知事選の論点

【江川紹子】“困った選挙”と、メディアの根深い問題

2016/7/29
今回の都知事選を通じて見えてきた、政治とメディアの問題点は何か。ジャーナリストの江川紹子氏が考察する。

五輪より、五輪後

今回の都知事選挙は、争点や論点だけで選ぶのは難しいと思います。

現時点では、ほとんどの候補者が、少子化、高齢者の介護といった重要な問題についてひととおり言及しています。一部候補者の思いつきのような政策はともかく、やるべき事柄は誰が考えてもさほど変わらないので、政策で選べと言われても困るところがあります。

強いて言えば、私は「オリンピックをきちんとやること」よりも、「オリンピックの後のことを考えてくれること」が大事だと思います。

もちろん、オリンピックをできるだけ安いコストで、東京都民の生活に悪い影響がないようにすることも大事です。東京から遠いところで開催された伊勢志摩サミットでも、都内であれほど警備が厳しくなりましたので、オリンピックのときはどうなるのかと思いやられます。

とはいえ、オリンピックは、1カ月程度のお祭りです。都知事は、都民の仕事と生活について考えるのが仕事ですので、その後に東京に住むわれわれの生活をどうするかがいちばんのテーマです。

オリンピック後まで視野に入れるためにも、新しい都知事は2期はやれる人を選びたい、という思いはあります。そのほうがロングスパンでモノを考えられるはずですから。

背景に誰がいるのか

結局、人間的な肌合いや、日頃の基本的な発想や、バックに誰がいるか、といったところで考えることになりそうです。

とくに、各候補者の背景事情を、メディアはもっとしっかり報道してもらいたい。

たとえば、小池さんは日本会議のメンバーであり、バックには日本会議が控えているように思われ、かなりのタカ派ですよね。安倍首相も日本会議のメンバーですから、むしろ官邸に近いのは、増田さんより小池さんではないかと思えるぐらいです。

彼女が都知事になったら、都立高校の教育などは、相当に影響を受けるのではないでしょうか。都知事には、教育委員会の委員を任命する権限がありますので、石原慎太郎さん以上にタカ派的なメンバーになる可能性もあります。あるいは、人権問題とかはどうでしょう。

私自身が外国人記者クラブの小池さんの会見で質問しましたが、小池さんは、2010年にヘイトスピーチで知られる在特会関連の講演をした記録があります。小池氏は「在特会の講演をしたという認識はない」と否定していますが、講演会の案内には在特会の「女性部」が協賛とはっきり書いてありました。

小池さんは、アイデア豊富で、行動力もやる気もあるところが魅力ですが、こうした背景にいる人たちとの関係を考えると評価を迷ってしまいます。

増田さんは人柄もいいし、能力もあると思います。

元々リベラルなところがありますし、むしろ、民進党が相乗りしてもいいと思ったくらいです。なのに国政での与野党がここでも対決する形になって増田さんは自民党にがっつり守られるということになりました。

挙げ句、応援にやってきた石原慎太郎氏が、小池さんについて「大年増の厚化粧」などとひどい暴言を吐いても何も言わない。これにはがっかりしました。

鳥越さんは、ジャーナリストとしてのお仕事ぶりは尊敬してきました。

ただ、今回の出馬にあたっては、国政選挙のリベンジを都知事選でやろうという感じで、争点にすることが違うのではないかと思うこともあります。都知事は、地方公共団体のトップですので、何よりも都民の生活を守ることが本分です。

今回の都知事選を見ていても、民進党は何を考えているんだろうと思います。

私は当初、民進党が(元鳥取県知事の)片山善博さんを候補者として検討していると報じられた時に、とてもいいと思いました。考え方も柔軟で、人権意識も高く、総務大臣も務めた実務家でもありますから。

最終的には断られたそうですが、それであれば、増田さんを推薦する手もあったのでは?そうすれば、都知事になった際に、多少は民進党の言うことも聞いてくれるようになったのではないでしょうか。

相乗りが望ましいとは思わないけれど、一番大事なのは、都政がちゃんと行われること。国政の政党の対立にこだわるあまり、「VS自民」が最優先事項になってしまった。

参議院選の直後ということで、頭が熱くなっているうえ、時間をかけて人選する余裕がなかったためなのでしょうか。

そんなこんなで考えていくと、消去法でやってみても誰も残らず、私は、いったいどうしたらいいでしょう、という感じです。こんなに困る選挙はしばらくなかったですね。

情報リテラシーの二極化

今回の選挙が典型ですが、メディア側も「VS」で二元化するのはいい加減にやめてほしい。

対立の構図をつくったほうが、面白いし、報道の量も増えるのでそうしているのでしょうが、今の世の中はVSで表現できるほど単純ではありません。ものすごく複雑になっています。

だからこそ、その複雑さを受け止めながら、すぐに結論が出ない問題をどう考えていくか、が問われます。なかなかすっきりしないことに耐えないといけない。

それなのに、報道がものすごくシンプル化していて、その結果、人の頭の中もシンプル化することになってしまう。今の経済状況では、「この政策を実施すれば、こんなに世の中がよくなる」という即効性のある特効薬のようなものは絶対にありません。

そもそも、今の世の中には、テレビも視ない、新聞も読まない、ネットのニュースサイトもほとんどみないという人たちがたくさんいます。

私がショックだったのは、参議院選挙の争点が「改憲派が3分の2以上の議席をとるかどうか」であることを知らない人が多かったことです。新聞では1面で報じているのに、多くの人々に伝わっていない。

今は、考える力が二極化している面があります。

中学生から、新聞を読んだり、NHKの日曜討論を視たりしている子供もいれば、新聞もネットのニュースもぜんぜん読まない大人もいます。真ん中の層がやせほそっている気がするのです。

やはり、オタクにまでならなくていいので、そこそこ読んだり、聞いたり、考えたりする層を増やさないといけません。すぐに結論を出さないで、自分でもわからないから、ほかの人の意見を聞こうという思考パターンを育てるのが大事だと思います。

左右からのバッシング

テレビにしろ、新聞にしろ、ネットにしろ、ニュースに関わる人は、今の状況をもっと真剣に受け止めないといけません。

数十年かけて今の状態があるので、地道に工夫していくしかありません。池上彰さんのような番組もいいですし、バラエティ番組でも報道に近い取り組みを行うのはいいと思います。

たとえば、フジテレビの昼の「バイキング」の都知事選候補者対談はよくできていました。

報道番組とは違う角度で、柔らかい質問をなげかけることによって、候補者の人間性をうまく浮かび上がらせていました。政策論争が少なかったという批判もありますが、それは報道番組ががんばればいい。

とにかく今の報道は、放送法の関連もあって、タブーが多すぎます。

以前は、ひとつの番組の中で公平性を担保できなくても、選挙期間中に全体として偏ってなければいいという、おおらかさがもっとあったように思います。しかし今は、ひとつの番組の中で、公平性を担保しないといけないという恐怖心がかなり強いように見えます。

なぜそうなったかと言うと、偏ると自民党が文句を言ってくるということはあるのでしょうが、それだけではないと思います。

もうひとつの問題は視聴者です。モノ言う視聴者が増えたのはいいのですが、自分の考えと少しでも違うと許せない人たちが、ものすごい勢いで批判を寄せてくるようなのです。そういう批判は左右両方から飛んでくるらしく、わたし自身も、右からも左からも罵倒されたりしますので、状況は察することができます。

私の場合、ツイッターでの批判ですので無視すればいいのですが、テレビ局の場合はそうはいきません。上司に説明が求められることもあるし、スポンサーに視聴者から批判がいく場合もあります。

そのため、できるだけ文句を言われにくい無難な線で行こうということになってしまい、結局、国民からするとほしい情報が得られないということになってしまう。非常に息苦しい状況です。

ですから、マスコミを批判するだけではだめです。

これだけネットで発信できるといっても、取材して、発信するという分野には、プロフェッショナルが必要です。それにはお金もかかるし、組織力も必要になります。だから、マスゴミと簡単に言いますが、マスコミはやはり大切です。ちゃんと育てなくてはいけません。

今の状況は、何かひとつが悪いわけではないので、難しい面がありますが、まずは「自分たちの行動が、自分たちの情報を小さくしているかもしれない。自分たちに問題があるかもしれない」ということを視聴者とメディア側が自覚することが大切だと思います。

そうした自覚を持ちながら、自分でしっかり考えられる人が育つような教育、メディア環境を地道につくっていくしかないのではないでしょうか。

【プロフィール】
江川紹子(えがわ・しょうこ)
1958年東京都生まれ。早稲田大学政経学部卒業。神奈川新聞社会部の記者を経て、フリーランスに。オウム真理教の報道で菊池寛賞を受賞。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など幅広い分野をカバーする。

(写真:つのだよしお/アフロ)

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