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LA”コンフィデンシャル”Part24

ストリーミング戦国時代 Spotifyは米国でどう戦っているのか?

2016/7/24

Spotifyを待ち受けていた2つの壁

ローンチから3年、ヨーロッパで勢力を広げたSpotifyは、世界最大の音楽市場である米国に、満を持して上陸しました。無料でも使えて、月額9.99ドル(約1200円)を払えばより快適に音楽を楽しめる、フリーミアムモデルが彼らの強みです(そうなった経緯は前編をご参照ください)。

米国でサービスを普及させるにあたって、Spotifyは2つの壁に向かっていかねばなりませんでした。
 
①先行するサービスとの競争

ヨーロッパでは先行逃げ切りで、シェアを広げてきたSpotifyですが、米国進出した2011年、すでに数多くの国産ストリーミングサービスが存在していました。

ストリーミング、とひとくくりに呼ばれているサービスも、大きく2つに分かれています。

Spotifyをはじめ、聴きたい曲を指定できるものを「オンデマンド」と呼び、米国ではRdio、Rhapsody、MOGなどがありました。

もうひとつが「インターネットラジオ」と呼ばれるタイプで、Pandora RadioやiHeartRadioなどが先行しています。

特にPandora Radioは今でも米国でシェア1位を誇り、全ストリーミング利用者の半数以上が使っている、という調査結果もあるほど。

その強みは視聴の手軽さで、アーティスト名や楽曲タイトルを入力すると、そのキーワードをもとに好みの楽曲を推測して連続再生してくれます。

米国で最も利用者数を集めているPandora Radioのスマホアプリ画面。アーティスト名や楽曲名を入力すると、独自の音楽解析システム「Music Genome」に基づき、関連する曲を連続再生してくれる。ちなみに、レーベルとの契約上、好みではない曲がかかっても、1時間に6回までしかスキップできない。

米国で最も利用者数を集めているPandora Radioのスマホアプリ画面。アーティスト名や楽曲名を入力すると、独自の音楽解析システム「Music Genome」に基づき、関連する曲を連続再生してくれる。ちなみに、レーベルとの契約上、好みではない曲がかかっても、1時間に6回までしかスキップできない。

さらにいえば、米国での競合はストリーミングサービスだけではありません。

車社会の米国では、音楽を通勤時に楽しむ人が多いため、AM/FMラジオへの支持も根強く、衛生ラジオもリスナーが多いのです。月に15ドル払う有料視聴者を2100万人も抱えるシリウスXMラジオは、ニュースやスポーツ中継、そして超毒舌DJハワード・スターンのトーク番組を独占配信しています。

こうした競合から、いかにユーザーを奪うかという課題が、後発のSpotifyにはありました。

Edison Researchの調査によると「運転中に使ったことがある」サービスの筆頭がAM/FMラジオ(84%)だった。また、ストリーミングサービス(オンラインラジオ)と同じぐらい使われているのが衛生ラジオ(サテライトラジオ)。運転する車種が新しい人ほど、これらの新興サービスを利用していることも分かった(グラフ:Edison Research発表のデータをもとにStatistaが作成)

Edison Researchの調査によると「運転中に使ったことがある」サービスの筆頭がAM/FMラジオ(84%)だった。また、ストリーミングサービス(オンラインラジオ)と同じぐらい使われているのが衛生ラジオ(サテライトラジオ)。運転する車種が新しい人ほど、これらの新興サービスを利用していることも分かった(グラフ:Edison Research発表のデータをもとにStatistaが作成)

②レーベルに巨額の「前払い金」

前回の記事でもふれたとおり、Spotifyはサービスを開始した時から、レーベルと良好な関係を築いてきました。4大メジャーレーベルとインディースレーベル団体Merlinは、Spotifyの株式も保有しています。

ヨーロッパ同様、配信楽曲の豊富さを売りにしていくには、彼らから米国でのライセンスを得なくてはなりません。のちに流出した、ソニーミュージックとの2011年のストリーミング契約書によると、Spotifyは前払金だけで4250万ドル(約51億円)も支払っており、他のレーベルからも同等の額を求められていたのではないか、とみられています。

オンラインメディア「The Verge」は、Spotifyが2011年にソニーミュージックと交わした契約書を入手、全ページを掲載してその内容を報じた(のちに、ソニーミュージックから削除を命じられた)。

オンラインメディア「The Verge」は、Spotifyが2011年にソニーミュージックと交わした契約書を入手、全ページを掲載してその内容を報じた(のちに、ソニーミュージックから削除を命じられた)。

「若年×ライト層」の囲い込みを目指せ!

レーベルへの巨額の支払いは、Spotifyにとって“仕入コスト”が膨らむことを意味します。ヨーロッパで展開してきたのと同水準の利益率を保つだけでも、より幅広い層から有料ユーザーを獲得せねばなりません。

コアな音楽ファンはもちろん、ライト層をも引きつけるにはどうしたらいいか?

Spotifyが注力したのは、ミレニアルズ世代(10代後半〜30代前半)の心をとらえることでした。
 
・フェイスブックと協力、ソーシャル機能を強化

2011年7月の米国上陸の直後、あるイベントをきっかけに、一気に340万ユーザーを獲得しました。同年9月に開催された、Facebookの開発者向けカンファレンス「f8」です。

毎年全世界にライブ中継されるこのイベントで、マーク・ザッカーバーグとともにSpotifyのエックCEOも登壇。Spotifyとの連携により、フェイスブックの友人間で楽曲をシェアしたり、タイムライン上で再生もできるようになるとを発表すると、ユーザー数が112万人から440万人に急増したのです。
 
・割引キャンペーン

Pandora Radioなど、原則的に無料で使えるラジオ型ストリーミングに対抗するために、Spotifyはそれまで行わなかった割引キャンペーンも実施します。

大学生向けの学割「Spotify Student Discount」を使えば、学生である間は、9.99ドル(約1200円)の月会費が半額になります。さらにアカウントを最大6つまで、月額14.99ドル(約1600円)で利用できる、家族割引も登場しました。

Spotifyの家族割引キャンペーンの告知サイト。こうした割引は確かに有料会員獲得を促進したが、会員あたりのLTV(顧客生涯価値)を下げる要因になっている、と指摘する専門家も。

Spotifyの家族割引キャンペーンの告知サイト。こうした割引は確かに有料会員獲得を促進したが、会員あたりのLTV(顧客生涯価値)を下げる要因になっている、と指摘する専門家も。

レコメンデーションの高性能化

もともとSpotifyは「曲を探し、指定して、再生できる」オンデマンドであることが売りです。しかしながら、米国のライトなユーザーには、聴きたい曲をわざわざ選ぶより、好みの曲が次々と再生されるラジオ型が人気でした。

そこでSpotifyは、音楽解析サービス大手の「Echo Nest」を買収。彼らが開発したレコメンデーションツールを活用し、「Discover Weekly」を導入します。これは、ユーザーの最近の視聴履歴から好みや気分を分析し、おすすめの曲を30曲紹介してくれるもの。おすすめの精度が他のサービスよりも良い、と高評価を集めています。

また、スマホでの利用シーンを増やすために「Running」という機能も加わえました。その名のとおりランニング時に使うもので、走行スピードをアプリが計測し、そのペースに合ったテンポの曲を自動再生してくれます。

こうした機能により、Spotifyは無料で使い始めた会員の約30%から会費を徴収できています。つまりSpotifyは、日常のあらゆる場面で、ぴったりな楽曲が聴ける状態を作り上げ、ユーザーに「音楽がない」ストレスを感じさせることに成功しているのです。

アーティストとファンをつなぐ

さらにSpotifyは、楽曲を視聴するプレイヤーとしてだけではない、アーティストとのファンの出会いの場に変わろうとしています。

グッズや限定盤のCD・LPなどの物販もSpotify上でできるようになり、ライブの告知情報も掲載されるようになりました。さらにはチケット予約も導入予定で、ファンとの交流が可能な場を目指しています。

また、レーベル側が注目している機能としては、Google Analyticsのようなユーザー行動のデータ解析ツールも用意。各曲の再生回数のみならず、どのプレイリスト経由で視聴されたかに加えて、ユーザーの地域別の視聴傾向なども分かるようになりました。

いずれの機能もSpotifyは無償提供しており、手数料も取らない方針です。

プラットフォーム化を狙うのは、米国一番人気のPandora Radioも同じです。現状では売り上げの8割を広告に頼っている同サービスは、チケット販売会社のTicketflyを買収。ライブイベント分野でも収益を上げようと狙っています。

音楽の作り方が変わった

Spotifyの健闘から、ストリーミングに商機を見いだし、AppleやAmazon、Google(Youtube Music)といった大手企業も、続々と参入し始めました。

Edison Researchの調査によると「現在使っている音楽ストリーミングサービス」として、米国の12歳以上のユーザーがあげたのは、1位がPandora Radio(45%)で、Spotifyは4位(13%)だった。(グラフ:Edison Research発表のデータをもとにStatistaが作成)

Edison Researchの調査によると「現在使っている音楽ストリーミングサービス」として、米国の12歳以上のユーザーがあげたのは、1位がPandora Radio(45%)で、Spotifyは4位(13%)だった。(グラフ:Edison Research発表のデータをもとにStatistaが作成)

こうしたストリーミングサービスの登場によって、音楽の作り方に影響はないのでしょうか?

レコード業界団体IFPIが発表した2016年のレポートでは、ユニバーサルミュージックのマーケティング担当者のコメントを紹介していました。

これまで1〜2年ごとにアルバム収録用に12曲をレコーディングし、そのプロモーションとしてライブツアーに出かける、というのが音楽業界のサイクルでした。

それが、ストリーミング主流になったことで、2〜3曲を作ってはストリーミング上でリリースし、息をつく暇のない目まぐるしさだ、とのこと。さらにレーベルは、ファンがその楽曲をどう視聴したか、常時ウォッチできるようになった、といいます。

それではアーティスト自身は、Spotifyをはじめとするストリーミングサービスの恩恵を、どう感じているのでしょうか?

LA在住のアーティストに聞いてみた

「新しいファンとつながるために、僕らの音楽の世界観を伝えられるストリーミングは、もはや欠かせない存在だよ」。

そう話してくれたのは、SpotifyやPandora Radioを活用しているという、LA在住のアーティスト、Chris Lynchさん。

インディース系バンド「Gardens & Villa」のギタリスト兼ボーカルで、2008年にバンド結成。2010年には米国インディーロックを代表するレーベルSecretly Canadianと契約し、これまでにアルバムを3枚出しています。

Chrisさんはレーベルの担当者と相談しながら、どんなサービスを活用するか決めている、とのこと。「米国のアーティストは、音楽を作るだけでなく、ビジネスの仕組み、特に楽曲の流通について、考えざるをえなくなってきている」と話していました。

ストリーミングサービスの課題と展望

「Spotifyはサービスの操作性も良いし、年々ユーザーが増えているのを実感している。Pandora RadioやSound Cloud、YouTubeなども使っているけど、一番パワーを感じるのはSpotifyだね」と話すChrisさん。

Spotifyを通じてバンドを知ったと、ライブで声をかけられることも増えたのだとか。

課題はないですか、と尋ねると、少し口ごもってから、

「最近のニュースで、Spotifyの社員の平均年収が168,747ドル(約1790万円)だと書かれていた。Spotifyの社員と同じだけ稼ぐためには、ソングライターの場合だと、制作した楽曲が2.8億回も再生されないと達しないらしい。そういうのを聞くと、ちょっとガックリくるよね」

プラットフォームと一緒に、ビジネスの仕組みを改善していく他ないし、今は過渡期だと信じたい、と繰り返すChrisさん。実感としても、Spotifyは他と比べて、ロイヤリティの支払いの透明性が高い方だといいます。

「ストリーミングから得られる売り上げだけで、活動が続けられるようになるといいよね。今どきのアーティストは、音楽を本業にしようと思ったら、ツアーし続けないと生活できない。お金を稼ぐために音楽をやっているつもりはないけど、今のストリーミングから入ってくる金額は、その再生回数から考えると、ずいぶん安いもんだなあ……と思ってしまうんだ」

Spotifyはアーティストを救えるか?

縮小が止まらなかった音楽市場の売上規模は、2014年を境にプラスに転じました。

しかしながら、ピークだった1999年から半分程度の水準まで急速に減少し、元に戻ることがあるのかもわかりません。

その最大の要因は、曲単位でダウンロード購入できるようになり、CDやLPといったフィジカルな商品が売れなくなり、まとまった売上が確保しにくくなったことにあります。

Spotifyはアーティスト向けの特設サイトで、「米国の成人が音楽にかける年間費用は、平均で25ドルといわれている。それに対して、Spotifyの有料会員が支払うのは年間120ドル。無料会員も含めた全会員の平均でも、41ドルも回収できている」と解説。音楽市場の活性化に貢献していることをアピールしています。

Spotifyの成功が、アーティストに還元され、新たな音楽の創作につながる好循環を生み出すことができるのかそれが分かるのは、まだ先になりそうですが、期待せずにはいられません。