「GE Digital Day」パネルディスカッション
「カイゼン×IoT」で生まれるモノづくり再成長プラン
2016/7/21
IoTの活用はもはや必然、賛否を議論する時は過ぎ、IoTをどのように生かしていくか、具体論をディスカッションするフェーズに入った。GEジャパンが開いたイベント「GE Digital Day」にIoTを実践するキープレーヤーとして期待される東芝、NEC、日本IBM、そしてGEデジタルの幹部が集結した。各社のキーパーソンが語ったIoTに、未来のモノづくりのかたちや新たなビジネスモデルのヒントが隠されている。
なぜ「今」なのか
加藤(ユーザベース):企業がIoTにどのように取り組めばいいか、その具体論を考えるフェーズに入ったと思います。その「How To」に迫っていきたいのですが、まずは前提として、なぜ今のタイミングで注目されているのか、みなさんの意見を聞かせてください。
マヨラン(GEデジタル):当社では「インダストリアル・インターネット」と呼んでいますが、いわゆる「IoT」で実現しようとしている世界そのものは、みなさん、だいぶ前からつくりたいと思っていたはずです。それが今現実的になってきた理由は、テクノロジーの進化が大きいと感じています。
コンシューマ向けのネットサービスでは、グーグルの検索だったりアマゾンのEコマースだったり、信じられないような大量のデータをものすごいスピードで処理するシステムが何年も前から存在しています。
こうしたことを実現できるテクノロジーが、産業分野、BtoBの領域にも数多く登場し、制約条件ではなくなったことが理由の一つにあります。
望月(NEC):私たちは、NECのモノづくりのノウハウを製造業のお客様と共有する「NEC ものづくり共創プログラム」という制度を2012年10月に始めて、さまざまな製造業の方々と、IoTの活用方法などについて定期的にディスカッションしています。
スタートしてから会員数は徐々に増えていますが、直近1年の伸び率は実に2倍。それまでは、精密機器・部品といった製造領域を手がける事業者が会員の中心だったのですが、この1年はそれ以外の製造業者が会員になるケースが多いです。
IoTに期待する製造業者の層が広がっている表れだと感じていて、それが今のIoTの盛り上がりにつながっていると思います。
的場(日本IBM):みなさんの意見に一つ付け加えると、背景に「競争の激化」があるでしょう。新たなテクノロジーを活用して競争力を高めなければ、生き残っていけない時代ですから、勝つための武器としてIoTに目を向けることは自然の流れです。
中村(東芝):東芝は半導体やデジタル機器・産業機器、交通・社会インフラなど幅広い製品をつくっている「モノづくり会社」です。これらの製造現場をIoT化していくことが現在の重要なミッションです。
一方、製品の使用面では、エレベータや産業用の空調機器、医用機器など、フィールドに設置されているさまざまな機器を数十万台規模でネットにつなぎ、運転状況の監視や故障・異常の検知などに活用しています。
「Industry 4.0」が注目されていますが、モノづくりやモノそのものが生み出す価値が下がっているわけではありません。ただ、お客様は従来以上に「賢くモノを使う」ことに関心を持つようになっています。そうなると、設備・機器の運転状況などの情報を、いかにきめ細かく収集してお客様に合わせていけるかという新しい付加価値がいま、求められるようになっているのです。
「安定稼働」の先の経営課題に応える
加藤(ユーザベース):「技術進歩」「関心の高まり」「競争激化」。IoTはやはり必然と言えそうですね。では、そうした状況の中でIoTの「競争領域」と「非競争領域」をどのように位置付けるべきですか。
望月(NEC):異なるシステムのデータが自動でやりとりし合い、統合管理されている世界は、口で言うのは簡単ですが実現させるのはかなり難しい。今の段階であれば、こうしたシステムを持つこと自体が競争力につながるでしょう。
ただ、長い目でみると、それもコモディティ化して、いずれは非競争領域になる。では、長期的に見た競争領域はどこか。それは、新たなビジネスを生み出すためにIoTをどう生かすか、ビジネスモデルを変えるためにどう活用するか、その発想力だと思います。
先ほどお話をした共創プログラムで製造業の方々と話をすると、現場の責任者は「設備を安定稼働させたい。保守を効率化したい」と直近の課題解決に関する意見が多いです。
一方で、中長期的に見た時や経営陣からは「IoTで新たなビジネスを生みたい、ビジネスモデルの変革に取り組みたい」という声も多く聞きました。「設備が安定稼働してさえいればいいわけでは決してなくて、ビジネスを伸ばすために、IoTを活用したい」と。この感覚を大切にし、具体論に落とし込むことが大事なのです。
現場と経営の視点、この2つを同時にやることが重要で、そのためには目先のことだけでなく「将来、何をしたいのか」を明確にすることです。
マヨラン(GEデジタル):IoTは、製造業のビジネスモデルを変えるポテンシャルがあります。
米国の事例をお話します。あるプラント向けの圧力バルブメーカーがバルブにセンサーを付けて故障検知できる機能を開発したのですが、故障検知をオプションとして提案してもお客様は追加でお金を払ってくれなかったようです。「バルブを買っているのだから、その料金に含まれるべきだろ?」と。
そこでこのメーカーは、バルブを売るのではなく「圧力」を売ることにしたのです。製品の売り切りモデルから、提供期間・圧力の量に応じてお金を定期的にもらうサービスモデルにシフトした。
こうしたことで、故障検知の価値が高まり、お客様と長いお付き合いをできる可能性も高めた。新たなビジネスのかたちを生んだ好例だと思います。
「カイゼンVS IoT」ではない
的場(日本IBM):先日、東京大学ものづくり経営研究センターセンター長の藤本隆宏先生とお話をした際に、「『失われた20年』は、実際には全然失われた時間ではなく、日本の中小企業の生産現場は生産性を上げていた」とおっしゃっておられました。言い換えると『奇跡の20年』だったかもしれないのです。
「日本の中小規模の工場は、この期間にリストラもせず投資もできない中、生産性向上に努めてきました。例えば、中国などでは1人が1台の自動装置を見るのに対し、日本では60台を見るなど高い組織能力を育んできました。
今後、このモノづくりの力が「暗黙知」でとどまるか、それとも「形式知」に変わるのかが、勝負の分かれ目になると思います。
縦軸に付加価値、横軸に事業プロセスをとり、両端が高く、中ほどが低くなる「スマイルカーブ」と呼ばれるかたちになります。日本の製造業の強みを表すと、スマイルカーブの「端と端」、つまり、上流工程の研究開発と下流工程のアフターサービス。
IoTの力でノウハウの形式知化を進め、新興国が端と端に進出することを食いとめることができるはずです。
マヨラン(GEデジタル):日本のモノづくりの強みの一つとして「カイゼン」、つまり、プロセスを見直し続けて徹底的に製造工程を磨き上げる力がありますよね。
その中で製造業のお客様の一部からは、「私たちのモノづくりの現場は、徹底した改善を行っているから、IoTは必要ない」という意見があります。なぜか、「カイゼンVS IoT」と考えられてしまう。
そうではなくて、人間では思いつかない改善を見つけ出したり、人が手がけるよりも効率的なプロセスを生み出したり、IoTはモノづくりをさらに進化させるツールであることをぜひ理解していただきたい。改善力が強ければ強いほど、IoTの利用価値も高いのです。「カイゼン× IoT」と考えれば、日本はもっと強くなるのです。
望月(NEC):日本のモノづくりの現場は、人が支えてきたのは間違いありません。ただ、今後を見据えた時に、人がものづくりの源泉であれば、その人が減少することを把握しておかなければならない。人がつくったモノづくりの強さを「維持」するために、IoTは必要という観点も忘れてはならないでしょう。
中村(東芝):従来取れなかったデータをもとに改善ができるようになったと、最近強く感じています。ミリセカンドレベルのデータは、従来は処理できませんでしたが、今は可能です。きめ細かい分析をやればやるほど、「原因と結果」、そして「対策」が見えてきて、これまでよりも鋭く改善のメスを入れることができるでしょう。
オープンかクローズか
中村(東芝):私が考える競争領域は、やはり固有のノウハウでありデータです。
日本は、機械を現場の状況に合わせてチューニングするのが得意。同じものを海外にもっていくとチューニングはしません。最後の最後、品質向上や生産性向上のためのきめこまかな工夫は、競争力です。
こうしたプロセスがデジタル化されると、データはノウハウそのものであり、競争力の源泉に変わる。
大切なポイントは「どのデータをクローズにして、どのデータをオープンにするか」。
ノウハウの塊であるデータを簡単に外に出せば、すぐに他社にまねされてしまう。とくにデジタルはコピーが容易だから死活問題です。
その一方で、お客様が求める要望が多岐にわたり、スピードも求められる今は、1社単独でのビジネス展開では難しく、協業やそのためのデータ共有は必要になってくるでしょう
クローズな領域と他社とコラボするためにオープンにする領域を、自社で意思を持って使い分けられるようにすべきです。
的場(日本IBM):データのオープン化と共有は、とても大事なポイントだと私も思っています。
歴史を振り返ると、1953年にアメリカンエアラインは自社の予約システムを、1970年代にほかの航空会社にオープンにしました。その結果、座席の利用率は55-60%から現在は85-90%まで上がっている。チケットは半額以下になったのに、航空会社の利益は2倍。オープン化が産業を活性化させた好例だと思います。
データのオープン化を考えた時、データの置くべきところを「PRIVATE(企業)」「INDUSTRY(産業・業界)」「PUBLIC(国家)」という3つの層のどこにすべきかを考える必要があるでしょう。
誰だって貴重な自社データは誰にも出したくない。しかし、データそのものより、データを分析する能力に企業の競争力があることに気づく必要があります。データを分析する能力に独自ノウハウがあれば、データは多いほうがいい。
経験的に、多数の企業が競合している業界はデータを共有しているケースが多く、少数の企業が寡占している業界はデータを共有しない傾向にあります。データの共有を図ることで、業界や国家の競争力が向上し、結果的に自社に大きなメリットが生まれます。
「企画倒れ」が最も不幸
加藤(ユーザベース):最後にIoTに取り組む際に気をつけておかなければならないポイントを教えてください。
中村(東芝):日本の現場力、カイゼンは世界No.1と信じています。ただ、ここがすべてデジタル化されコピーできるようになってしまう、「匠の技」が奪われるようになってしまうと、本当にマズイ。
オープン・クローズをはっきり分け、自社の競争力・コンピタンスのところはクローズドにし、一方、他社とコラボして新たな付加価値を生み出すところは積極的にオープンにし、新たな経済価値を得ていくような「オープン・クローズ戦略」が求められます。
また、いままでつながっていなかったモノがつながるようになると、システム的にはしっかりしたセキュリティ、あるいはとくに産業用・社会インフラ用だと高い信頼性・セーフティが必要で、この点も注意すべきポイントでしょう。
望月(NEC):目的を明確にすること。IoTに取り組んで何がしたいのかをしっかりと事前に定めることです。
的場(日本IBM):望月さんのおっしゃる通りで、トップがIoTに求めることをはっきりさせることです。
IoTを取り入れることが目的になってしまい「とりあえずデータを取っておこう」なんて考えでは、必ず失敗します。
「IoTデバイスから取り込めるデータを蓄積して、それから何をやろうか」ではない。順番が逆です。「こうしたいから、IoTを使おう」と考えることです。
マヨラン(GEデジタル):大上段に構えずに、まずは小さなことでもいいので、取り組んでみるべき。スモールスタートの精神が必要でしょう。
以前に比べて、テクノロジーの進化によって低コストでスピーディに始められることは増えています。「Why」と「What」が明確にあれば、「How」はいくらでも選択肢はありますから。
中村(東芝):製造業のお客様は、モノをつくっていて、本当に現場でモノがどう使われているのかなどを知っている会社と組まないと、単にITシステムを導入して終わりということになりかねません。
システムやプラットフォームは手段であって、これからはそれをどう使っていくか、価値にどうつなげていくかという「使いこなす能力」が、今まで以上に重要になってきます。
(写真:北山宏一)