ネットフリックス 野望の階段(2)独自コンテンツの幕開け

2016/7/16

数百チャンネルのパックは古い  

テレビ業界が現在のような激震を経験するのは、ケーブルテレビが成熟期に入った1970年代後半〜1980年代初め以来のことだ。かつてテレビは、基本的に公共の電波によって送信されていて、主要ネットワーク局は収入の大部分を広告から得ていた。
だが、ケーブルテレビのほうが画質が断然よかったし、ネットワークが拡大するにつれて、チャンネルも増えた。やがて消費者は、以前は無料だったテレビの視聴に、お金を払ってもいいと思うようになった。
これによってケーブルチャンネルは、広告収入に加えて利用者から視聴料という収入を得られるようになった。しかもパッケージに組み込まれることで、そのチャンネルを見ていない人からもお金を取れるようになった。
アメリカでは2000年の時点で、ケーブルテレビの契約世帯数は6850万に達した。契約者は毎月定額料金を払うことで、「バンドル(いわゆるパック)」に組み込まれた数百チャンネルを見ることができた。
ヘイスティングスは、いつかインターネットがバンドルに対抗する存在になると確信していた。ただ、どのようなかたちでそうなるかはわからなかったから、柔軟な態勢をつくっておく必要があった。サランドスによると、ヘイスティングスは当初、ストリーミング配信ではなくダウンロードが主流になると思っていた。