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岡田武史×岡部恭英対談後編

【岡田武史×岡部恭英】日本サッカーはどの道を進むべきか(後編)

2016/7/15
前編はこちら

岡部:ヨーロッパでサッカービジネスを行うわれわれから見て、非常に勉強になるのはアメリカのスポーツだと思っています。

岡田:どうして?

岡部:僕はヨーロッパに住む前、アメリカに住んでいました。アメリカに行って初めて、スポーツマーケティングというビジネスがあることを知ったんです。

世の中には岡田さんのように監督や選手、コーチとして成功していない人がほとんどですが、ステイクホルダーにはファンや、僕のように大学でサッカーをかじった人間もいます。そういう人間がスポーツをビジネスとして舞台裏から支える。アメリカでスポーツに携わる人は「ドリーム・ジョブ」といわれますが、初めてそういう世界に遭遇したんです。

アメリカの強さはそういうプロフェッショナルがうまくブランディングしてストーリーをつくり、世界最大のメディアマーケットである利点をうまく使っていることだと思います。

岡部恭英(おかべ・やすひで) 1972年生まれ。スイス在住。サッカー世界最高峰CLに関わる初のアジア人。UEFAマーケティング代理店、TEAM マーケティングのTV放映権&スポンサーシップ営業 アジア&中東・北アフリカ地区統括責任者。ケンブリッジ大学MBA。慶應義塾大学体育会ソッカー部出身。夢は「日本が2度目のW杯を開催して初優勝すること」。昨年10月からNewsPicksのプロピッカーとして日々コメントを寄せている

岡部恭英(おかべ・やすひで)
1972年生まれ。UEFAマーケティング代理店、TEAM マーケティングのTV放映権&スポンサーシップ営業 アジア&中東・北アフリカ地区統括責任者。昨年10月からNewsPicksのプロピッカーとして日々コメントを寄せている

岡田:そうですね。

岡部:それがヨーロッパの場合、産業革命前から教会、学校、工場をもとにサッカークラブが始まっている歴史があります。コミュニティですよね。FC今治もそうですが、ローカルから始まったものがもとになっています。

一方、日本はトップダウンで来たじゃないですか。日本サッカー協会があり、フランチャイズとしてJリーグのクラブができました。

そういう意味でアメリカもトップダウンで、何もないところから始めてきているので、そういうあり方を勉強したほうがいいと思います。岡田さんのいうようにおカネの問題もあるし、スポーツ道、体育のうまく真ん中というか、世界中からいいとこ取りをするのが必要だと思います。

欧州や米国のマネではダメ

岡田:日本でスポーツマーケティングやスポーツビジネスの話をすると、「アメリカではこうです」「ヨーロッパではこうです」という話をよくされます。でも、俺は違うんじゃないかなと思う。

アメリカはエンターテインメントの国。あくまで「今日これだけのおカネを払ってきたから、この分だけ楽しませてよ」というのを満たすために、いろんなことを考える。

一方、ヨーロッパではスポーツはカルチャー。そこにCLが成功した一つの理由があると思います。

岡部:ヨーロッパのスポーツはある種、宗教的ですよね。

岡田:そうそう。稲本(潤一)がアーセナルに行ったとき、「日本の街中で歩いていたらカシャカシャとみんなにカメラで撮られたり、キャーっといわれたりします。それがヨーロッパでは、リスペクトの目で見られるんですよ」と話していたことがあります。それが文化ですよね。

でもアメリカでは、どっちかというとキャーっとなる。

岡部:そうですね。

岡田:僕が毎年ユベントスに通っていたころ、トリノの街中にカミさんと買い物に行ったら、ジダンが奥さんの後ろで荷物を持って歩いていました。みんなジダンだとわかっているけど、誰も声をかけない。「すげえな。俺、サインもらいたい」と思ったけど(笑)。

岡田武史(おかだ・たけし) 58歳。1998年W杯予選中に日本代表のコーチから監督に昇格して、日本を初めてW杯に導いた。2007年に再び日本代表監督に就任し、2010年W杯ではベスト16に進出。2014年11月、FC今治のオーナーに就任した

岡田武史(おかだ・たけし)
1956年生まれ。1998年W杯予選中に日本代表のコーチから監督に昇格して、日本を初めてW杯に導いた。2007年に再び日本代表監督に就任し、2010年W杯ではベスト16に進出。2014年11月、FC今治のオーナーに就任した

日本ではそういうヨーロッパ的なところと、アメリカのエンターテインメント性を融合させたい。日本でスポーツの文化がないところに、アメリカのものだけを持ってきてもうまくいくのかなと思います。

よくいうんだけど、20年前にプレミアリーグとJリーグができたころ、規模は同じくらいなんですよね。

岡部:Jリーグのほうが、クラブ単位で見ると大きかったくらいです。

岡田:チームでいくとそうですね。ところが、この20年でこれだけの差が出てきた。その理由はどういうことにあるのか。

僕はドイツに住んでいたからわかるけど、昔のヨーロッパでは週末になるとデパートが全部閉まります。だから、やることは散歩くらいしかない。

そうしたところのサッカースタジアムがやがて安全になり、週末に家族で行く選択肢の一つになりました。ほかにやることがないから、たとえば「寒いから早く帰ったらいいのに」と思うような試合でも、みんな最後まで見ている。

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方や、アメリカはあれだけ大きい国。ロサンゼルスやニューヨークという都会を除き、少し田舎から週末ディズニーランドに行こうとしたら、車で5時間飛ばして飛行場に行って、そこから4時間飛行機に乗るような国です。

日本みたいに「週末、あそこに行こう」とパッパッと行けないから、家でテレビを見る率がものすごく高い。だから、アメリカのスポーツビジネスの収入のメインは放映権なんですよ。人口が日本の2.5倍の国なのに、放映権料は10倍以上する。

だから「アメリカはこうです」「ヨーロッパはこうです」とやるのではなく、そういうバックグラウンドの違いなかで日本のスポーツマーケティングをどうするのかを考えないといけない。そこまで真剣に考えている日本人は少ない。岡部さん、日本に帰ってきてやってよ。

岡部:(爆笑)。岡田さんが本気になればできると思います。

岡田:俺には力がない。俺は今治の片隅で細々とやっているから。

Jリーグはいまがチャンス

岡部:岡田さんは「(フットボール界におけるステイクホルダーの関係性について)59歳になって初めて知った」といいましたけど、面白いなと思いました。岡田さんは選手としても日本代表でやって、プロの監督もやって、日本代表をW杯に連れて行った。日本では普通、いままでなら「俺は現場」「ビジネスはビジネス」と両者の行き来がありませんでしたよね。

どんなに素晴らしいタレントがいても、1つの領域に収まっているだけではイノベーションが生まれないと思います。岡田さんはそれを自らやられて、自分をイノベートされてきた。プレイヤー、監督、コーチ、社外取締役、クラブのオーナー、それに中国でも監督をやられています。いままでのサッカー界にはそういう人がいませんでした。

岡田さんみたいな日本サッカーの象徴的な人間であり、さらにはいままで日本サッカーがしていないような経験をされている方が、日本にもっと深いサッカー文化をつくり、商業だけではなく文化をボトムアップでつくるのは、いまが非常にいい機会だと思います。そういう人材が初めて出てきたのではないのかな、と。

岡田:俺?

岡部:はい。

岡田:俺はいいよ。

一同:(爆笑)

岡田:もうちょっとのんびりと暮らさないと、カミさんに怒られちゃうよ(笑)。

岡部:僕が何でこのビジネスに携わっているかというと、死ぬまでに日本が優勝するのを見たいんですよ。岡田さんが1998年に初めて日本をW杯に連れて行ったときに、「ああ、日本もW杯に出られるんだ」って感動したことを覚えています。

僕は関東大学リーグの1部でサッカーをやっていましたけど、当時は「W杯出場が夢」なんて想像できない世界です。さらには日本がW杯の決勝トーナメントに行くなんて、あり得ない話。それを実現させたのは、さっきいっていたように、フットボールで社会に大義をすごく与えたわけじゃないですか。

そういうことを起こせるパワーがサッカーにはあるし、これからの日本の経済は下向きになるので、過去20数年のJリーグの成功体験を1回リセットしてやり直すには非常にいいチャンスだと思います。人材もいることですし。

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日本サッカーには再構築が必要

岡田:僕は今回日本サッカー協会の副会長を引き受けたけど、正直、まったくやるつもりはなかった。いまおっしゃったように、日本サッカー界がつくってきたものは決して悪かったわけではないし、素晴らしかったけど、最初につくったときの心がなくなってきているというか、マニュアル化しちゃっているというか。サッカー界全体がここからワンステップ上がるために、再構築が必要なのではという感覚があったんですよね。

そのために、日本サッカー協会の意識を変えていくことが第一歩かなと思って今回引き受けました。でも、ちょっと力不足だな。

岡部:いえいえ。すごく期待しています。最後に改めて、今回CL決勝をご覧になって感じたことを教えてください。

岡田:俺はもともと現場でやっていたから、まずサッカーという観点から見ると、ますますヨーロッパのトップクラブは進んできているな、と。当たり前の話で、世界中のナショナルチームのいい選手を集めているわけだから。

そういう意味で日本のクラブは、あくまで日本の選手中心。ヨーロッパでもベルギーやオランダのいい選手はみんなイングランドやスペイン、イタリア、ドイツに行ってしまいます。じゃあ日本は今後、どういう位置付けで行けばいいのか。

たとえば「日本もリーガ・エスパニョーラになるんだ」「プレミアリーグになるんだ」というのは、本当にそれがビジネス的に可能なのか。その可能性があるなら最高だと思うけど、その辺をしっかり決めないといけない。

岡部さんはヨーロッパで仕事をしていて、可能性として日本のサッカーリーグはどういうところを目指していけばいいと思いますか。

岡部:サッカーはグローバルであり、かつリージョナル(地域的)ですよね。それがヨーロッパならヨーロッパ、南米なら南米とある。でも、アジアや日本におけるサッカーカルチャーはまだ成熟していない。やっと出てきたばかりじゃないですか。岡田さんのころはまだプロではないし、僕が大学サッカーにいたころにやっとプロができたから、これからだと思うんですね。

そういう意味では、Jリーグの観点としては日本オンリーで見ていると思うんですよ。なんでアジアには世界最大の経済圏があるのに、それを見ないのか。CLってまさにそうじゃないですか。CLはドメスティックの各国リーグをベースに、リージョナルに見ています。

アジアにもアジアチャンピオンズリーグ(ACL)がありますよね。商業的にはうまくいっていませんが、なんで日本がこれをリードしていかないのかなと疑問に思います。

キーワードは「Re-invention」

岡田:今回みたいな対談では、「CL素晴らしいですね。ぜひアジアでもやりたいですね」と最後にいえばいいんだろうけど、本当にそうなのか。それができれば最高のストーリーですよ。

でも、いまのACLをCLのレベルまで持ってこられるのか。それを「不可能だ」といってしまえば終わりです。その辺を本当にやるなら、やってみたい。

岡部:そう思います。昨日のCLでは、初めてアリシア・キーズが出てきて歌いました。賛否両論あったんです。「スーパーボウルじゃないんだから、なんでそんなことをするのか。CLでは必要ない」という人もいるわけです。

ただ、「若い人をもっと引きつけるにはエンターテイメントが必要であり、伝統的な国のパフォーマンスとは異なるものも必要だ」という声もあってトライしたわけです。

キーワードでいうと、岡田さんが話しているときに思ったのが、「Re-invention」。つまり、つねに自分をinvent(発明)し続ける。僕はこの20年、アングロサクソンがメインの世界で仕事をしていますけど、英語でいうと「Change is always good」というくらい変えるんですね。

たとえばUEFAカップという割と成功していたものをフォーマットからブランディングまで全部変えて、ヨーロッパリーグにしました。ヨーロッパの人はつねに何か新しいものを考えていて、ブランディングも変わるし、メッセージも変わる。ストーリーは変わらないですけどね。

そういった意味では、さっき岡田さんがいったようにこの20年、日本のサッカー、Jリーグが成功したのは間違いない。でも、もっと「Re-invent」できるんじゃないかなと思います。

岡田:そうすると、来年のCLはまた何か変化がある?

岡部:そこまでいえるかはわかりませんが、毎回視察に来てください(笑)。

岡田:また来年もスカパー!が呼んでくれるかな(笑)。

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(構成:中島大輔、写真:スカパー!)

この対談の模様は、スカパー!の下記番組で見られます。
特別番組「岡田武史が見たUEFAチャンピオンズリーグ決勝」
【放送日/チャンネル】
7/17(日)後9:00~9:30 /スカチャン0 ※再放送あり
【番組ホームページ】
こちら