岡田武史×岡部恭英対談前編
【岡田武史×岡部恭英】日本サッカーがCLに学ぶべきブランド力(前編)
2016/7/14
レアル・マドリードが通算11度目のUEFAチャンピオンズリーグ(CL)優勝を果たした翌日の5月29日、日本サッカー発展のために行動する2人が決勝の地・ミラノで語り合った。
元日本代表監督でFC今治のオーナーである岡田武史と、CLの放映権やスポンサーシップ権利を扱うUEFAマーケティングエージェンシーのTEAMに初めてアジア出身者として採用された岡部恭英だ。
レアル対アトレティコの「マドリード対決」となった2015-2016シーズンのCL決勝を見て、日本サッカーをグラウンドからリードする岡田と、ビジネス面から支える岡部は何を感じたのか。
スカパー!の番組企画(7月17日午後9時オンエア予定)で行われた今回の対談は、日本サッカーが今後発展するためのビジョンにも及んだ。同社提供の対談を前後編でお届けする。
岡田武史がCL決勝で受けた衝撃
岡部:今回CLの決勝に来ていただいて、ありがとうございました。
岡田:こんなところでCLに関係して働いている日本人がいるとは思わなくて、最初、外国人かと思いました(笑)。
岡部:私はCLのビジネスに10年関わっています。最初にお聞きしたかったのは、サッカークラブのオーナーである岡田さんがCLをどう思ったかということです。
岡田:実は、バルセロナ対マンチェスター・ユナイテッドなどグループリーグの試合は現地で見たことがあるけど、ファイナルは初めて見ました(スカパー!の現地中継で解説を担当)。準決勝までのホーム&アウェーの試合とは違い、ファイナルではたった1試合のために街全体をデコレーションして、あれだけいろんなミュージシャンを呼んできて、膨大なおカネをかける。
ワールドカップ(W杯)とかEUROのように開催期間が数週間くらいあるならわかるけど、CLのファイナルでは1試合のためにそこまでやる。それに、もう翌日にはセットがないわけでしょ?
岡部:はい。
岡田:これで成り立っていくことが衝撃的でしたね。普通、スポーツビジネスではスポンサーやスタジアムの観客収入などで運営が成り立つけど、CLではそれ以外の要素がものすごく渦巻いていると感じました。その辺について教えてください。
岡部:チームマーケティングというUEFAのマーケティングエージェンシーが1991年にできました。もともと電通とアディダスの合弁会社だったISLで、社長と副社長を務めていたクラウス・ヘンペルとユルゲン・レンツの2人がつくった会社です。
CLの大会概要、商業的なコンセプト、ネーミング、ブランディングプランを考えて、当時のUEFAのヨハンソン会長に提案したのが始まりです。
岡田:最初にCLというアイデアを持っていて会社をつくったのか、それとも、ともかくスポーツマーケティングの会社をつくってその中から考え出したのか。
岡部:ほぼ同時くらいだと思います。というのは、当時のISLを含めて、サッカービジネスはまだ未成熟で……。
岡田:ISLはいろいろ問題があったね。
岡部:はい。そういったところを変えたい、と。さらに、TEAMをつくったレンツはマーケティングについて天才的な人間です。彼は当時、「いまのサッカー界はピッチ上のパフォーマンスはすごくいいけど、サッカーというエンターテインメント、メディアのプロダクトとしてはまだまだ」と考えていたようです。
そこでISLでの自分たちのいい経験、悪い経験をもとに、CLという素晴らしいブランドをつくりたい、と。
岡田:なるほどね。
CLにはストーリーがある
岡部:たとえば「サッカー界でどういうブランドが思い浮かびますか」と聞くと、普通の人はW杯のトロフィーか、CLのいくつかのブランド・アセットくらいしか浮かばないと思うんです。
どういうことかというと、W杯のトロフィーはみんなわかりますよね。CLというと、ビッグイヤーといわれる大きな耳のトロフィー、試合前にかかるアンセム、それとスターボール。「ブランドが重要である」と考え、そういうものを最初からつくったんです。
だからブランドビジネスの観点からいうと、ファイナルの1日のためにローマのドゥオモ(大聖堂)でフェスティバルをやったりするのも非常に有効なんです。
岡田:ブランディングは単にマークをつくればいいとか、試合をすればいいという問題ではなく、そこに物語がないといけないということですよね。
岡部:その通りです。
岡田:ファイナルを見て感じたのは、あれだけのフェスティバルをすることによって、単なるサッカーの1試合ではなくて、社会全体に影響力を及ぼしている。社会アジェンダを打ち出そうという意図を感じました。CLを通じ、「われわれはもっとデカイ社会を変革していく」と。そういうストーリーに持っていけば、日本でも可能性があるんだよなと感じました。
岡部:ブランドビジネスの観点からいくと、スティーブ・ジョブズなどがいっているのが、「いまのブランドビジネスでは最初にストーリーがないといけない」。で、さらに「デザインが来ないといけない」。CLが意識したかどうかはわかりませんが、そうなっています。
岡田:そうですよね。僕はスポーツのいいところは、国境というくくりを越えていくところだと思う。たとえば、サッカー仲間とかね。それを如実にストーリーの中に落とし込んで、実現しているのがCLのように見えました。
いい試合をするだけでは続かない
岡田:僕らもFC今治でそういうことを実現しようとして、たとえば少年育成の国際大会を開いています。
でもCLがああやってドーンとやって、僕らを何億倍も越えていき、完全に国境をなくしてしまう。これはすごいことですよね。国連だってできないし、ものすごく平和に貢献していると思いました。
これからの日本では、スポーツでいい試合をして、頑張って、勝っていくだけでいいのか。俺は昔からそれでいいと思っていたけど、それでは単にサッカーをやっているだけですよね。フットボール界=世界全体を見るといろんなステイクホルダーがいるので、それがうまく回っていかないといけない。
はっきりいうと、いままで日本でスポンサーさんを探すために行われていたのは「タニマチ探し」。「サッカーをやっているのでお願いします」と頼んで、サッカー好きな社長がいたら「やってやろうか」となる。それでは絶対に続かない。
岡部:そうですね。
岡田:そういう意味で今回ヨーロッパに来る前、Jリーグの村井満チェアマンに「Jリーグも『サッカーで社会に貢献するんです。そのためにこうブランディングして、こうやっていく』と謳ったほうがいい」という話をしました。
それで実際にミラノに来てみたら、「ええっ? CLはこうなっているんだ」って感じましたね。僕が今治でやっているバリカップという育成の国際カップと似たようなストーリーだと思ったけど、同時にCLの決勝はそのレベルが違った。
岡部:ブランディングや社会貢献では、国民やファンにメッセージを伝えないといけません。だから、CLではすべてをブランディングしています。CLの試合では普段のスタジアムにあるスポンサーなどのブランドを全部消して、CLのブランドを表に出す。
「そこまでするの?」という考えもあると思うんですけど、岡田さんのいわれたようにスポーツには社会を変えるような力があるとすると、メッセージはクリアでなければいけない。さらにストーリーがないといけない。そういう意味では、ブランディングが重要です。
岡田が59歳で初めて知ったこと
岡部:僕は世界のいろんな国に住んで20年が経つんですけど、日本企業があまり上手にやってこなかったのがブランディングだと思います。ご存じの通り、ヨーロッパはデザインやブランディングを重要だと考えてきました。
日本が1980年から1990年にバーンと伸びたころ、「ヨーロッパはダメ」といわれたけど、まだ底力的に伸びているのはストーリー、デザインが人々の生活に自然と落とし込まれているからだと思います。日本でも、サッカーを超えたところでそれをもっとやっていく必要があると思いますね。
岡田:日本でブランディングというとマークのデザインをどうするかなどの方向に行って、ストーリーがないんですよ。FC今治という僕のやっているクラブでは最初のブランディングが大事だと思って、ブランディングのプロと組んで最初にストーリーをつくりました。
今治は村上水軍の町です。もともと海賊がいて、水軍の町。だから、水軍の末裔(まつえい)が大海原から世界に出ていくというストーリーから入ろう、と。クラブの色もそれに合わせて海の群青、船の汽笛の白を1割、希望の光である太陽の黄色を1割と考えた。
さっきいったバリカップでは、「僕らが世界に行く拠点になるから、港町の国を呼ぼう」とか、そういうストーリーから始めました。その辺をこれから日本もやっていかなければいけないと思います。
これは日本のいいところでもあり、悪いところでもあるんだけど、スポーツは「××道」とか体育とか、精神的にも人間的にも商業とは別になっている。武士と一緒ですよね。「武士は食わねど高楊枝」というように、儲かるからやるとか、カネのためではなく、純粋なものがいいんだという意識が残っている。
僕もそういう感じで、日本代表の監督をやっているときには「面白いサッカーをして、勝てば文句ないだろ?」と思っていたけど、実際チームを経営して、そうではないんだ、と。見に来てくれるお客さん、おカネを出してくれるスポンサーさん、放送してくれるメディアの人、そういうステイクホルダーがあって、初めてフットボールなんだ、と。
サッカーは俺たちだけでできる。でも、フットボールはその全体がないとできない。それを59歳にして初めて知りました。そんなことを言ったら、「いまごろ何を言っているんですか」ってボロクソにいわれましたけどね(笑)。
でも、俺がそれくらいだから、まだまだ日本のスポーツ界にはそういう感覚が残っていると思う。一方では「おカネ、おカネ」という人がいて、その逆には「おカネなんか関係ないんだ」と二極がある。そこをうまくして、中央になるようにしないといけない。それもブランディングだと思うんですよね。
(構成:中島大輔、写真:スカパー!)
*続きは明日掲載予定です。