【『火花』対談】なぜ、ネットフリックス×よしもと、なのか(前編)

2016/7/13
映画・ドラマなど映像配信の米ネットフリックスの世界戦略をリポートするこの特集。今回は、日本オリジナルの目玉作品として公開された『火花』について、ネットフリックス日本トップのグレッグ・ピーターズ氏と、よしもと側でプロデューサーを務めたYDクリエイションの山地克明氏に、語ってもらう。2回に分けてご紹介する。
なぜ、芥川賞受賞の国内でも指折りの大作はネットフリックスで独占公開されることになったのか。

自由にやらせてもらえる

──一般的なイメージで言うと、バリバリのインターネット企業であるネットフリックスと、日本で100年以上歴史のあるよしもとが組むというのは、意外でしかありません。なぜ、大作『火花』で両社は組んだのですか。
グレッグ どなたに紹介されたのかは覚えていないのですが、吉本興業のオフィスに出向いて、社長の大﨑洋さんと会って色々提案する中で、お互いの哲学を共有することができました。
我々としては、クリエイターにこだわった作品を制作する機会を与えられるし、グローバルプラットフォームとしても新たなことができる。
グレッグ・ピーターズ
ネットフリックス日本代表取締役社長。2008年にネットフリックスに入社。ネットフリックスの最高ストリーミング&パートナーシップ責任者として、家電メーカー、インターネット・サービス・プロバイダー、多チャンネルビデオ番組配給会社との全世界における提携業務を担い、あらゆるデバイスおよびプラットフォームを介して映画およびTV番組の配信を可能にしている。イェール大学で物理学および天文学の学位を取得。
山地 あれは、『火花』が芥川賞を取るより結構前でしたね。
グレッグさんが言ったように、グローバル(に展開できる)というところと、本当に自由にやらせて頂けるという点と、(原作者である)又吉直樹の好きにやればいいんじゃないか、というお話が大きかった。
大崎と、グレッグさんは、かなり意気投合しましたね。
後は、ビジネス面でも、作った作品の権利が我々として保持できること。他のテレビ局などからも、もちろんオファーは来ていたけれども、初めに理念をお話し頂いて賛同できたのが大きかったです。
──とはいえ、あそこまでの人気作品だと、従来のテレビや映画で、短期的に大ヒットを狙うという作戦を取りそうなものですが。
山地 ただ、うちは元々、チャレンジングな会社なんです。
例えば、劇場が全盛期のころに、所属芸人をテレビに出し始めました。劇場に客が来なくなる心配があったにもかかわらず、テレビというメディアを優先しましたね。
なので、新しいメディアさんとはいち早くご一緒して、それを体験して、きちんと理解するということが、うちの会社の持っている性格というか…、大きかったかもしれませんね。
山地克明
YDクリエイション取締役。1975年、大阪府出身。1997年、吉本興業株式会社入社。現在はよしもとクリエイティブ・エージェンシーにてデジタル部門を担当。2015年10月よりYDクリエイションを兼務。趣味は麻雀。
グレッグ あと、『火花』という純文学的な作品の性質を考えたときに、この魅力を最大限に引き出すなら、この選択肢しかなかったのではないかな、とも思います。
テレビだと、作品の世界に見合うだけの映像化ができなかったかもしれないし、映画にして尺を詰め込むのは、無理だったとも思います。この作品の特性上、自然な流れで、答えが導き出されたんです。
原作のニュアンスを徹底
──にしても、米出身の企業が、日本の中でも、こてこての老舗企業とやるのは、大変ではなかったですか?
グレッグ そんなことは全然なかったですね。
おそらく最初にお互いの哲学というものを共有し、何を成し遂げたいのかを明確に理解していたことも大きかったですし、あとはやはり今回一緒に共同制作して、お互い制作過程の中で学ぶこともたくさんありました。
というのも、自分たちは全く新しいことをしているんです。
これまで、日本の作品を実写化し、それを世界同時配信、しかも4Kで、間もなくHDR(ハイダイナミックレンジ)という超高画質で配信されるわけなんですけど、そういう試みをした初めての共同制作なわけですから、お互い手探りでやってるところはもちろんありました。
──自由にやらせてもらえるということですが、世界でヒットする経験を蓄えているネットフリックス側が、例えば「ここはこうするべき」とか何か指示を出したりとかはしないんですか?
グレッグ 指示という形では、ないです。やはり、クリエイターの持っているビジョンを尊重し大切にしたいですから。
ただ、テクニカルな部分で、やはり4K作品、HDR作品を制作する際の、サポートはさせていただきましたし、自分たちの考える作品はこうだと思うという自分たちなりの感想は、もちろん共有させていただきました。
──よしもと側としては、どれぐらい又吉さんご自身の指示なども含め、どう自由に作っていこうとされたんですか?
山地 又吉からは、そこまで強く「こうしてくれ」というリクエストはなかったんですが、ただ全10話に伸ばすわけなんで、その部分については非常に相談をしました。
出来上がってからも全部確認をして、「もうちょっとこうしたらいいんじゃないですか」といった修正はやりました。また、又吉が仲良くしている、ニュアンスの合う作家さんがいるんですけど、その2人を入れましょうとか。
というふうにして、彼の持っている『火花』の世界観がずれないようにという作業はかなりやらせていただきました。
©2016YDクリエイション

4カ月間がっちり拘束

──実際に原作に出てこないような場面に関しても、世界観はそのままにしてもらえたという、又吉さん本人のコメントを拝見しました。
山地 そうですね。だいぶ制作担当が現場に通いましたし。まぁ、そこがずれると、元も子もないですからね。
──あと、インターネット配信ということを考えて、やっぱりテレビとか映画とは違うアプローチがあったのかなと想像するんですけど?
山地 時間はぜいたくに使いましたね。
各監督(『火花』は5人の著名監督が各話を担当している)が好きなように自由にやりましたし、演者さんもずっと撮影してるので、役になりきった状態になっていて、それにスタッフがついていったみたいなところがあると思います。
4カ月ぐらいがっちり拘束してましたからね。しかも、順撮りなんですよ。
──場面の順番に撮っている、と。
山地 だから、本当に最後の解散ライブで、みんなが泣いてかつ笑えるみたいな、あの世界観を作りにいくために、順撮りでいってるんです。先に第9話を撮ってから、第1話を撮るとかは絶対せずに。
また監督も、映画監督の廣木隆一総監督を入れて5人なんです。そういう形にしたのも、自分の制作としては初めてでしたしね。
──監督さんにとっても、グローバルなネット配信用のディレクションって初めての挑戦じゃないですか。オファーするのは大変だった?
山地 もちろんこの作品に携わりたいという形の方が大きかったと聞いています。
けど、最初に廣木さんという総監督をスタッフィングできたところで、大体トンマナ(トーン&マナー)を廣木さんに作っていただいて、あとはちょっと逆に自由にというか、色を出せる監督をということで合わせていったという感覚ですね。

4Kは高い

グレッグ 僕がこの作品で何がすごく気に入っているかというと、もちろん作品としての一貫性、世界観というのがあるんですけど、同時にその1話ごとにそれぞれの監督さんならではのちょっとした味があって、その違いがその作品に深みを与えているというところが非常に気に入っています。
──撮影中は現場に行けたんですか?
グレッグ 残念ながら私は行っていません。ネットフリックスの他のスタッフは何人か行ったんですけど、たまたまタイミングがどうしても合わなくて、非常に後悔しています。
山地 僕はちょいちょい見に行きましたね。でもそんなに長い間いないですけど。差し入れ持って、という感じで、変にロケとか行くとお金がかかっちゃうので(笑)。
──ただ、制作自体にはお金をふんだんに使ってらっしゃいますよね? ケチらずに。
山地 そうですね。
──最初の花火とかも、もっと適当な資料映像とかと思っていたのが、違いました。
山地 あれは、ドローンでね。
──ドローンなんですか。相当なこだわりですね。
山地 11月の頭の熱海の花火大会から始まっているんですよ。4Kで見たらやばいですよね。あれ。4Kは確実にアガりますし、集中して空気感を作るところに、お金がかかっていると思います。
本当は、もうちょっとキャストで毎回著名な人を登場させることも当初は考えていたんですが、「あんまり要らないな」ということになりました。コーヒー店のマスター役もいるし、事務所のスタッフ3人の役もいらっしゃるので、毎回登場することにお金をかけるのはやめました。
──確かに、毎回著名人が出ると、テレビ的な感じがするかもですね。作品感を通底させて、いいものを取っていくために、途中で変えられた、と?
山地 初めにもうその方針になりました。始まる寸前ぐらいです。
──思い切った決断だった?
山地 もちろんお話しさせていただいて。というのと、4Kが思ったより(お金が)かかるんです、日本は。
アメリカは4Kをいっぱい作ってるんで、価格がこなれてきたらしいのですが。
日本のネットフリックスさんの4Kは、4Kの中でも、すごいらしくて。専門的で私もわからないのですが、それを編集するのも、撮影所のスタッフにとっても初めてで…。こんな10話も、初めてのことづくしだった。
──そんなに高いのですか。某日本メーカーのせいですかね(笑)。
山地 多分すごい高品質なので。画質もそうですし。
──じゃあ、そこのテクニカルのディレクションはかなり。
山地 結構やりましたよ。ポストプロダクションっていうんでしたっけ。
グレッグ 4K、HDRという部分では、本国からそのコンテンツプロダクションチームの担当が来ました。彼らは世界中のいろんなパートナーと組んで最高品質のものを追求しているんですが、今やっているHDRのマスタリングも進めています。
──あと、『火花』は、半分近くが海外で見られているというアナウンスに、ニューズピックスでも、予想より大きなリアクションがありましたが、どういうところが一番外国人に受けたと思いますか? 映像美? 漫才? ストーリー?
グレッグ まずひとつは、多様な側面を持つ作品なので、1つの側面だけをプッシュして、そこを皆さん好きになってくださいっていう作品では決してないということですね。色々な側面が、色々な人たちの心に響くんだと思うんです。
例えば、いわゆるアートフィルムのような映像スタイル、映像美というものがすごく好きな人もいれば、主人公がすごく好きなものに情熱を注いでそれをとことん追求し、身を投じるというような、その物語を見るのが好きな人たちだっているわけです。
あとは、お笑い、コメディーの作品が好きで、世界中の色々なコメディーに興味があって、漫才というものに興味を持つ人もいるかもしれない。
©2016YDクリエイション
そういった色々な人たちが、この作品の色々な側面に魅力を感じたと思います。
漫才に関して言うと、先週から「ワッツ漫才」という番組の配信を始め、海外の方にも漫才とは何かを理解してもらえる作品も出しています。
一番大事なことは、やはり素晴らしい物語であり、今回のプロダクションチーム、制作チームの方がものすごく頑張って素晴らしい高品質、クオリティーの高い作品を作ってくださった、ということです。
作品がハイクオリティーであることと、チームのよさがあれば、世界中どこにいる人であろうと見てくれます。
なので、自分たちも今回この作品を通じて、やはりこの先もこの日本の、日本に眠っている素晴らしいコンテンツをより多くの人に伝える、こうした作品がもっともっとできるという手ごたえを感じました。