時代遅れだったオリックス、デジタル×アナログの観客増加戦略(後編)

2016/7/12
前編ではオリックスの競技成績に影響されない観客数増加の背景として、顧客志向に向けた組織的体質改善があることに触れた。  
後編ではこの下で実施されている、ファンクラブを中心とする戦略的観客増加策をご紹介する。
オリックスのファンクラブ改革は2012年から着手され、2013年から本格稼働し始めた。キーワードは「データによる現状把握の徹底」である。
まず行われたのがCRM(顧客関係管理)システムの導入だ。専務取締役・事業本部長の湊通夫氏や緒方貴弘氏を中心に、他球団ですでに導入されていたCRM型ファンクラブ運営に切り替えるべく準備が進められた。
何を隠そう、それ以前のオリックスでは会員に配られた紙のスタンプ帳が来場履歴の管理に使われていたのだ。
これでは球団側が、来場した会員の数や属性を正確に把握することは極めて難しい。効果的なセグメンテーションや来場促進、そしてその効果測定も実施できなかった。
「CRMシステムを構築するときは、ほぼ全球団にヒアリングに伺いました。内容はファンクラブの考え方やCRMシステム導入の目的が中心でした。各球団の取り組みを把握したうえで、自分たちの目標を設定し、必要とするシステムの要件定義を行いました」(緒方氏)

割引よりポイント付与が好評

ファンクラブの会員証はスタンプ帳から一般的なプラスチックのカードに切り替えられた。
そうして球団は来場ポイントと引き換えに、会員の来場データを取得できるようになった。
その他にもチケット・グッズ・飲食物の各購入履歴も蓄積され、そのデータを基にしたさまざまな施策が試されるようになった。
「たとえば、グッズ販売では2014年のある3連戦を使って、ポイント還元率アップと割引のどちらが会員の皆様に喜ばれるのか試してみました。初日は通常のグッズ購入金額の10%還元のみ、2日目はポイント還元率2倍、3日目は10%還元と購入金額の5%引きというかたちです。私たちは3日目の反応が一番いいだろうと予想していたのですが、意外にも2日目の売上と購入率が一番伸びました」(緒方氏)
この傾向は2016年度も変わっておらず、同様の施策を実施すると、通常3〜4割ほどである会員のグッズ購入率が7割にまで上がるという。
つまり、オリックスではポイントアップがファンクラブ会員に最も効果的であるようだ。
ファンクラブ事務局で会員のデータ管理を担当する大溝幸枝氏もこう語る。
オリックス・バファローズリテール営業部ファンクラブグループの大溝幸枝氏。
「初の取り組みとして今年実施したのは、5月20日からの3連戦での施策です(オリックスの公式HP参照)。レギュラー会員の来場ポイントは通常200ポイントですが、21日か22日のいずれかにお越しいただいたら500ポイント、3日間すべてお越しいただいたら1000ポイントご提供という内容でした」
「5月20日は金曜日でしたが、来場率が普段に比べてだいぶ上がりました。会員の皆様のポイントに対するリアクションを見て『ああ、これってすごいな』って実感できました」

4年でファンクラブ会員数倍増

こうした取り組みの他にも、来場間隔が約1カ月空いた会員だけを抽出して特別ポイントの付与をフックに来場を促したり、平日にはビール1杯無料券を配布したりと、各種の施策が実施されている。
「私の仕事は何か施策を打ったときの会員の皆様の反応を見ながら、その施策の良しあしの判断や、改善・改良策を立案することです。もちろん反応の悪い施策の打ち切りを決断することもあります。そうした一連の意思決定を行うために、データに基づいてPDCAを回転させています」(緒方氏)
下記に示すグラフはこうしたデータ重視型のファンクラブマネジメントの効果を表している。会員数は2013年から4年で2倍を超えた。
グッズ売上も2014年は前年比で33%増加したという。

要望を聞き、一気にシステム導入

このように書くと、オリックスにおけるデータ重視型組織への変革はスムーズに行われたかのように思えるが、実際はそうではない。
2012年時点の社内には旧来のスタンプ帳方式でも顧客の反応は十分に理解できるという声が大きかったからだ。
組織文化の変革に関して緒方氏はこう語る。
「ポイントプログラムを導入することは社内の文化が大きく変わることなので、会議がまとまらないことも多々ありました。『いつも来てくれている会員さんはスタンプで満足しているんだから、そのままでいいと思うんだよ』という定性的な意見も社内に多かったですけど、やはり定量的に何かを決断することが非常に重要だと私は考えていました」
「ですので、旧来の考え方も尊重しながら課題を一つずつ解決したうえで、一気にシステムを導入しました。もちろん、意見が食い違うこともありましたが、各部署からの要望や懸念はきめ細かく聞いて対応したつもりです」

どうすればファンがより喜ぶか

デジタルとアナログを融合させていることも忘れてはいけない。
「たとえば、現在の会員種別と来場回数を比較して、ワンランク上の種別を選択したほうがお得になる会員さんを抽出します。そうした方々にハガキを送ったり、お電話を差し上げたりしながらランクアップの営業を徹底しています」
「また、2時間ほどかけて厳しいご意見をちょうだいしたファンの方と直接向き合ったり、球場でファンクラブ会員の方々とコミュニケーションを取ったりしながら改善点を発見したり、新しいサービスへの反応を探ったりしています」
「新規会員獲得に関しては、球場でインターンの学生たちの力を借りながら直接お客様へ入会のご案内を行っているんですよ。キーワードは『どうすればファンの皆さんがより喜んでくれるか』。球場で直接コミュニケーションを取りながら探っています」(緒方氏)
試合後、ファンと会話する緒方氏。(提供:オリックス・バファローズ)

オリックスから学べる3点

前編を含め、オリックスの事例からの学びは以下の3点である。
1点目は、「顧客志向」という聞き慣れたキーワードを組織で実現するためには、組織的なコミットメントとそれに基づく制度の構築が必要不可欠であることだ。
コールセンターの社内移設に関連して「お問い合わせ」への対応を変化させたことと、社内的な情報共有や改善策の立案・実施に向けた会議の実施は、その象徴であるといってもいいだろう。
また、そうした改革には社内的な反発に耐えながら、一気に組織を変革するリーダーシップも必要不可欠である。

数字が施策、やる気につながる

2点目は、デジタルを活用して行う顧客データに基づくマネジメントは、マーケティングと従業員に良い影響を与えることである。
CRMは万能の道具ではないが、顧客の属性や行動、施策に対する評価をデータとして示してくれる。
一般的にCRMでは顧客とのワン・トゥ・ワンでの関係構築が理想とされているものの、実際にはファン全体の大まかな傾向をつかむことのほうが重要である。
それによって球団側が自らのファンや活動を「俯瞰(ふかん)」できるようになり、大胆な施策を試しながら、それを数字で検証することが可能になるからだ。
これは緒方氏がデータに基づきPDCAサイクルを回し続けながらマーケティングの精度を高めていることからも理解できる。
また、今回の取材を通じてデータ重視の組織文化が従業員にも大きな影響を与えることもわかった。
「自分たちの施策の効果が数字になって表れるのを見て『幸せだな』って思いました。ワクワクするし、去年の成果を振り返って検証したり、次の施策の効果を予測したりできるんです。自分のやる気にもつながっているんだと思います」という大溝氏のコメントは特に印象的であった。
施策の成果をデータで検証する大溝氏。(提供:オリックス・バファローズ)

デジタルとアナログが土台に

3点目は、デジタルとアナログの融合である。
デジタルで絞り込んだターゲットに対し、最後はアナログな手法でファンと向き合うことがオリックスにおけるファンクラブ会員と観客動員増加の土台になっていると私は感じた。
アナログな手法に関しては、一見非効率的で非常に時間もかかることから、現場の担当者が面倒がって徹底できていない組織も多く見られる。
そうした中で泥臭くファンと向き合うオリックスの姿は、この連載でも取り扱ったボルシア・ドルトムントの事例と共通している。
スポーツビジネスがかたちのない、人の心に訴えかけるものである以上、ビジネスの成功は上記の3点が徹底できるかが鍵になるといえよう。
人の心をつかもうとする哲学、組織、文化、そして人材が、一本につながっていなくてはならないのである。
(撮影:福田拓哉)