スタンフォード哲学(第20回)
夏休みの大学有効活用。雇用と収入を生む「キャンプビジネス」
2016/7/10
6月中旬、スタンフォード大学は学期の終了とともに卒業式を迎えた。卒業しない現役の学生たちにとっては、1年で最も長いバケーションシーズンの始まりである。
数日前、学生として喜ぶべきシーズンを目の前にした、1人のフットボールプレーヤーと会話を交わした。
TK (筆者の愛称):元気か? バケーションはどうするんだ?
AT(フットボールプレーヤー):1週間だけ、地元に帰ってファミリーとすごすけど、その後は、サマークラスをとらないと……。
TK :おまえ、成績良いのに、そんなエクストラのクラスをとる必要ないだろ?
AT :いや、プリメッド(医学部に進むための準備コース)に進むか、弁護士のコースに進むか迷っているので、たとえ無駄になっても、とれる単位は今のうちにとっておきたくて。
TK :そうか、良いことだ! 日本のスチューデント・アスリートにも聞かせてやりたいよ。それにしても浮かない顔してるな?
AT:いやー、クラスの履修を決めたのは良いけど、サマーハウジングをどうにかしないといけなくて。
TK :あー、それね。よく聞くわ、めんどくさいらしいな……。
少し説明が必要であろう。サマークラスとは、夏休み中に開講される普通の授業である。
インターン・家族の事情・留学などで、単位取得が遅れている学生や、将来の進路のためにエクストラの単位取得を目指す学生、ただ単に勉強したい学生、その他、多種多様な目的を持った学生のために、学校が夏休みの期間中に提供する授業である。
日本とは違い、アメリカでは3カ月という長い期間の夏休みがあるため、その時間を有効活用するのが一般的だ。
夏休みには寮を追い出される
さて、AT君が悩んでいるサマーハウジングである。
ほとんどのアメリカの4年制の大学には、キャンパス内に寮が併設されている。
1年目、つまり入学からの1年間は、いくつかの例外を除き、学生の全員が入寮を義務付けられる。
なんだか「自由の国」らしからぬ文化でありルールであるが、「It is what it is.」である。
スタンフォードの場合は、シリコンバレーの真ん中というロケーション(地価でいうなら、ニューヨークや都内の中心と同じレベル=キャンパス外に住むと学生が負担できるような家賃ではない)というのもあり、4学年のほとんどの学生がキャンパス内の寮で暮らしている。
他の学校の実情とその詳細はわからないが、スタンフォードでは、夏休みや年末年始の休みなど、学校が長く休みになる期間は、学生たちは寮を追い出されてしまう。
特に夏休み期間中は、自分の寮の部屋に荷物を置いておくことさえ許されない。
つまり、新学期に次の寮の部屋がアサインされるまでは、キャンパス外への“引っ越し”のような扱いになってしまうのだ。
そして、サマークラスをとる学生に対してのハウジング、つまり、寮の部屋の割り当てが、毎年夏休みの直前まで決まらず、ルームメイトの指定も難しく、それが彼らにとっては大きなストレスになっているようだ。
現にこの手の話は、毎年、この時期によく耳にする。
1日半で350万円の収入
この連載を始めてから最長の前置きとなったが、本題である。
学校は、特に寮を管理する部署は、この学生を(寮から)追い出す時期に、何をしているのであろうか。
年末年始や、サンクスギビングウィーク(感謝祭)などの数週間の休みは、職員を休ませたり、建物の補修工事にあてたりしているようだが、3カ月という長い夏休みには、この空いている寮を有効活用している。
掲題の『キャンプビジネス』である。
そのビジネスのターゲットは、子どもである。スタンフォードのキャンパスでは、この時期に5歳から高校卒業直前の17歳までを対象とした、ありとあらゆるキャンプがキャンパスのあらゆる場所で行われている。
フットボール、ベースボール、サッカー、バスケットボール、レスリング、そしてスタンフォードに37あるバーシティースポーツ(強化クラブとでも訳すべきか……)のほとんどが、子ども向けのキャンプを開催している。
そのうちの多くが学生寮を使用した「オーバーナイト・キャンプ(宿泊を伴うキャンプ)」を中心としているのだ。
さて、受け入れ側として、多少のリスクが伴うオーバーナイト・キャンプに(わざわざ)する意味は何なのか。
お気づきの読者の方もいらっしゃるだろう。宿泊を伴えば、夏休みで学生がいない寮や、食事をするカフェテリアを有効活用できるのである。
私の理解が正しければ、夏のキャンプビジネスのために、現役の学生を早く追い出す、といったほうが適切な表現かもしれない。
われわれのフットボールキャンプを例にとるなら、全米から集まった約400人のキャンプ参加者のうち、100人以上のフットボールプレーヤーが夏休みで稼働していないはずのカフェテリアでの3食と、1泊の宿泊料金で約350ドルを支払うのである。
それだけでも350万円の収入、しかもたったの1日半でだ。
8歳から18歳の140人が参加
キャンパス内で行われたキャンプビジネスの具体例を、読者の皆さまにシェアしたい。「Athletic Trainer’s Camp」だ。
これは将来、スポーツトレーナーを目指す子どもたち向けのキャンプである。
以下に概要をまとめた。
(1)下は8歳くらいから、上は18歳まで
(2)参加者は約140人
(3)4日間(宿泊は伴わない)
(4)参加費=600ドル
上記のコストが高いのか、安いのかは、判断しかねる。
しかし、キャンプ参加者はスタンフォードで活躍中の現役のアスレチック・トレーナーから、ケガの構造や予防方法、テーピングの方法、ケガの治療方法、救命措置に至るまで、多くを学ぶことができる。
学生がバイト代を得て手伝い
このキャンプの詳細を調査して、驚かされたことをいくつか記したい。
まずは10歳以下の子どもたちが、幼いながらも具体的に「なりたい職業」を思い描いていること。そして、その夢に具体的に触れる機会があることである。
さらに、外野からではあったが、見ていると、教える側の本気度も異様に高い。
また、参加者は全米各地から集まっていて、その中にはヨーロッパから2人、インドから1人の外国人も含まれていた。
果たして、日本で同じような企画、光景を見ることができるであろうか。なかなか胸を張って「Yes!」とは言い難い。
このキャンプ、もう一つ興味深いことがあった。
主催者のトレーナーチームは参加する子どもたちをケアするために、多くの学生インターンを採用していたことであり、そのインターンのほとんどがサマースクールでクラスをとっている合間にこのキャンプの手伝いをしていることだ。
もちろん、学生インターンにはバイト代が支払われている。
大学の企画でスポーツ文化発展へ
長々と書いてきたが、このキャンプビジネス、何かデメリットがあるだろうか。
上記のキャンプを例にとれば、トレーナーを志す子どもに、実際に就業体験するチャンスを与えられるばかりか、(この場合は宿泊を伴わなかったが)夏休み中で使われていない施設を有効活用できる。
また、学校やトレーナーチームへの収入もさることながら、サマースクールで学校に残っている学生に対しての雇用創出までしているのだ。
日本では数年前に国立大学が法人化され、公式に利益を追求できるようになったようだ。
もちろん、「大学」であることを逸脱しないのが前提になるであろうが、もう少し自由な、そして社会の、子どもたちの、このコラムのテーマに沿っていうならスポーツ文化発展のためになるような企画を生み出してほしいものである。
また、アメリカの大学のように合理的かつ革新的なアイデアを用いて利益を生み、それを社会や現役の学生たちに還元できるようなビジネスモデルを創造してほしい。
次回は、キャンプビジネスとそれにまつわる話をもう少しさせていただきたい。
(写真:河田剛)