勝てなくても観客増。ファンをつかむオリックスの「顧客志向」(前編)

2016/7/5
チームの状況に関わりなく、いかにファンをスタジアムに集めるか──。  
プロスポーツビジネスの世界でマーケターが最も苦心する点である。
NPB(日本野球機構=プロ野球)では、2015年までの過去3年でBクラスに甘んじたことが2回以上あるにもかかわらず、この間の観客数を120%以上に押し上げた球団は3つしかない。
それは、DeNA(134%)、楽天(133%)、オリックス(128%)である(広島も133%を記録しているが、この間Aクラス入りが2回ある)。
2016年も6月末までの実績を見ると、上記の3球団ともに過去3年を上回る平均観客数を記録している。
このうち、DeNA楽天のマーケティングに関しては、それぞれがNewsPicksのオリジナルコンテンツとしてシリーズ化されている。
そのため、前者2球団はそちらに任せることとして、今回はオリックスを取り上げることとする。

組織内外の不利な環境を克服

しかし、今回のケースは決して消去法で決めたわけではない。
単なるマーケティング上の戦略を超えた顧客志向型経営への組織的体質改善に関する極めて優れた事例から、われわれが多くを学べるという判断から執筆したものである。
というのも、オリックス球団は、2012年にTBSから球団を譲渡されたDeNAや、2005年に新規参入を果たした楽天とは異なり、近鉄球団との合併が2005年にあったものの1989年から球団を経営している野球界の伝統を引き継ぐ球団である。
また、同じ関西には阪神タイガースが存在する。
つまり、野球界のしがらみに染まった球団が、球界のトップブランドと同じ市場にありながら改革を内側から実行し、結果を出しているのだ。
そこには、組織内外の不利な条件を自らの手で変えるためのヒントが詰まっているはずである。オリックスの事例はNPBの他球団のみならず、他のプロスポーツ組織や一般企業の参考になる可能性を大いに秘めているといえよう。
そこで本稿では、「顧客志向への組織変革」をキーワードに、オリックスにおける成功要因をひもといていく。
前編となるこの回ではファンの声を球団経営に取り入れるための組織変革について触れ、後編となる次回ではファンクラブを中心とするCRMの運用と成果についての具体例を扱うこととする。

ファンの声が聞こえない体制

「顧客志向」という言葉がわが国のプロスポーツ界にも定着して久しい。
しかし、それを実践できているか否かは別の問題である。問い合わせ電話や球場での対応に不満を抱えるファンも少なくはない。
また、ファンが球団にクレームや改善要望を伝えても、それが聞き入れられたと実感できる機会も多くはない。
「今、振り返ると結果としてファンの声を軽視していた部分がありまして」──。
オリックス・バファローズで複数の企画運営系の責任者を兼務する緒方貴弘氏は語り始めた。
「球団への問い合わせが一番多いのはコールセンターですが、2014年までコールセンターは外部の会社に委託していました。効率性や経済合理性からそのような運営形態にしておりましたが、自分たちの事務所ではない遠いところにおいていたため、非常にお恥ずかしい話、結果的にファンの声が聞こえてこない体制となっておりました」
「コールセンターでは判断ができないときだけわれわれにエスカレーションされ、球団スタッフが対応するという形式でしたので、日常的な対応などについては、コールセンター側に顧客対応の判断を任せてしまうことが散見されていましたし、結果的にファンの声もエスカレーションされてこない状況でした」
オリックス・バファローズ企画事業部企画グループ長兼ファンクラブグループ長兼宣伝グループ兼企画広報グループ兼イベント・運営グループ課長代理を務める緒方貴弘氏。2010年3月にオリックス本社から球団へ入社。球団の事業・企画関係の最前線でリーダーとして活躍している。

事務所内にコールセンター設置

誤解のないようにいえば、コールセンターを外部に委託することは一般的である。チケット購入方法や試合日程等の比較的単純な問い合わせへの対応には、外部に対応を任せたほうが明らかに効率的である。
しかし、より高度な顧客の悩みには専門的な対応が必要であり、そうした場合は外部に委託しているがゆえに、迅速な判断や顧客が抱える課題の解決が難しくなる場合も多い。
「お問い合わせ」の行間に潜む、顧客の貴重な意見や傾向を見逃してしまうことも起こりうる。
「コールセンターで十分な対応ができず、お客さんからすれば何も聞いてくれない、何も反映してくれない、そんなに声を出しても何も届かなくて何の反応もない球団だったとたぶん思うんですよ。これはいけないということで、2014年11月にコールセンターを球団事務所内に移転しました。現在は大阪シティドーム社(京セラドーム大阪)の社長であり、球団の専務でもある湊の机の目の前にコールセンターがあるんです」(緒方氏)
なんと、オリックスでは専務取締役事業本部長である湊通夫氏の目の前にコールセンターが移設され、ファンの声が日常業務の中に「自然と」聞こえてくるかたちにしてしまったのである。
奥にいてピンクのシャツを着ているのが湊氏、手前がコールセンター。(写真提供:オリックス・バファローズ)
これによって、球団スタッフからの説明が必要なファンからの質問に対しては、その場で返答することが可能になった。
迅速な対応はもちろん、ファンは以前よりも「声が届く球団」になったという印象を受けているかもしれない。
緒方氏によれば、以前よりもコールセンターへのお問い合わせ件数は急激に増えているという。

問題解決する体制づくり

コールセンターの球団事務所内への移設に関しては社内でも賛否が分かれていた。また、賛成の中でもコールセンターだけ個室化し、他の部署と別の空間にしようという考え方もあり、いったんはその方向で決まりかけたという。
しかし、専務の湊氏や緒方氏が周囲を説得し、実現させた。
さらに場所を変えただけでなく、その内容を球団内部に取り入れる体制づくりにも着手した。現在、コールセンターへのコール内容は次のように球団内で共有されている。
まずはコールセンター責任者である花木氏、リテール部門の事業副本部長の菅氏、そして緒方氏の3名が毎週ミーティングを実施し、件数や内容を鑑みたうえで球団内の課題抽出を行う。
翌日には、ファンクラブ、グッズ、イベントなどの6部門・12名程度のスタッフに共有され、課題解決方法が話し合われる。
最後にこれら一連の内容や、そこから読み取れる傾向と課題が毎月経営陣にリポートされるのである。
これによって、事業部スタッフによる問い合わせへの迅速な対応が可能になったばかりか、球団内に直接ファンの声が届くようになった。
つまり、オリックスの観客動員向上の裏側には、お題目であった「顧客志向」が球団内部の運営システムへと切り替えられ、組織の体質改善が図られていた事実があったのである。

「ファンのため」に球団運営

顧客志向の実践はコールセンターにとどまらない。後編でお伝えするファンクラブを核とするCRMや、質・量両面の調査などを通じてファンの声が集められ、球団のビジネス戦略に反映されている。
2016年度は6000サンプルに及ぶアンケートの結果から、エリアごとのチケット価格が見直された。スタジアムでもファンの声に耳を傾け、2時間も話しあったり、そこで得られたことをもとにサービス内容を見直したりもしたという。
「現在のわれわれの軸は『ファンのため』が基本です。ファンの人の意見を聞いて、それを経営陣に報告して、変えるべきところは変えていくというかたちです。だから本当にわかりやすいですよね」と緒方氏は語るが、頭でわかっていてもなかなか実践できるものではない。
また、そうした風土や文化の無かった組織を変えるには相当の痛みも伴うはずだ。
なにせ数年前までのオリックスでは、ファンクラブ会員のグッズ購入履歴はおろか、来場履歴の量的把握ができない状態であり、経験や勘によるサービス内容の設計が伝統的に行われてきていたのだから。
そこで後編では、オリックスにおけるファンクラブ運営の実際を通して、顧客志向の実践に向けたデジタルとアナログの融合と、組織変革におけるリーダーシップのあり方を見ていく。
(撮影:福田拓哉)