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産業のエコシステムづくりに成功したユニークな都市

ロボットの主要産業化で注目を集める「アンデルセンの町」

2016/06/30

ロボットを町の主要産業にしようという動きが日本にもあるが、一歩先に成功している小さな町がデンマークにある。オデンセという場所だ。

オデンセは「童話作家アンデルセンが生まれた町」として一部には知られているが、その他にはこれといった観光名所もない。ところが、ロボット業界では産業のエコシステムづくりに成功を収めつつあるユニークな都市として注目を集めているのである。

オデンセは、コペンハーゲンから西へ車で2時間ほど走った位置にある。フュン島という同国を構成するいくつかの島のひとつにあり、人口は19万4000人足らずとこぢんまりしている。

ここでロボット産業が栄えた理由は、歴史だ。海に近いオデンセでは、20世紀初頭から造船産業が栄えていた。もっとさかのぼれば、ここはバイキングにもゆかりのある海の町である。

造船産業は数年前に韓国を含む国際競争に負けて閉鎖されたのだが、すでに造船の溶接などに用いられるロボット産業がここに根を下ろしていた。造船産業がなくなった後、軸足がそのロボット産業に移ったのである。

機械産業の遺産があるうえに、地元の南デンマーク大学での研究や教育から数々の成果と卒業生が出ている。国立技術研究所のロボット部もここに位置しており、自動化技術やロボットの人的な集積ができている。それが、オデンセの技術と人的資産だ。

私は6月初頭にこの町を訪問したのだが、日本でいえば中規模の都市にすぎないオデンセで、多面的にロボット産業を育成するしくみができ上がっているのに驚いた。

同市では「オデンセ・ロボティクス」というブランドを掲げている。上述した技術と人的な資産のうえに、さらにスタートアップや既存のロボット企業、投資関係者などからなるエコシステムの強化に努めているのだ。

「世界で唯一、所有権を要求しないアクセラレーター」

オデンセ・ロボティクスのしくみのひとつは、起業家を育成するスタートアップ・ハブだ。大きな倉庫のような場所に10社ほどのスタートアップが在籍して、開発を行う。

シリコンバレーではスタートアップ育成は投資の一環、あるいはすでに育成する代わりに料金を徴収するビジネスになっている。だが、オデンセのスタートアップ・ハブは「世界で唯一、所有権を要求しないアクセラレーター」とうたっている。純粋にオデンセのエコシステムに貢献する有望なスタートアップを育成することを目的にしているためだ。

また、シリコンバレーのアクセラレーターは3カ月や4カ月の期間で加速的に開発をすることを求められるが、ここはもっと長期的な成長を基本としている。最初は1年間の滞在を許され、その後必要に応じて延長することも許される。その間、地元やデンマーク国内の企業との提携を推進しながら、スタートアップの足腰を鍛えていく。

たとえば、スタートアップ・ハブが創設されて最初に入居したあるパッケージング・ロボット・システムの開発会社は昨年末、国立技術研究所と菓子メーカーとともにシステムをテストするプロジェクトを立ち上げている。

ほかにも重要な要素がある。地元ですでに成功を収めているロボットのスタートアップの存在だ。

昨年、アメリカの計測器メーカーのテラダインに2億8500万ドルで買収されたユニバーサル・ロボッツは、新しいタイプの産業用小型ロボットアームを開発し、人間の傍らで作業が可能なコーロボットの先駆者となった。同社は2005年に創設された若い会社だが、早くからBMWなどの工場で製品が利用されるようになっていた。

同社以外にも、配送センターの自動倉庫システムや自走カートを開発する会社などが成功の道に乗っている。こうした会社が、オデンセ・ロボティクスの周辺に位置して、アドバイスを与えるなどロボット産業の育成に一役買っている。

地域の技術や人的資産の深い分析がカギ

既存型のロボット会社も、ここに拠点を持っている。たとえば、日本のファナックやスイスのABBなどがその一部だ。ロボット要素技術の開発会社も数多くある。こうした企業もオデンセ・ロボティクスの一員として数えられており、新旧のロボット会社が共存しているのだ。

ドローンをテストする飛行場もある。ドローン関連のスタートアップが拠点を構えられるようなスペースがあり、情報交換ができるように考えられているのだ。また、南デンマーク大学のキャンパスには同大学や周辺の大学などからのスピンアウトが借りられるようなオフィススペースも設けられている。

エコシステムの重要な要素として加えておきたいのは、地元の病院だ。介護やリハビリ用のロボットは、現場でテストを行うことが必要だが、オデンセにはこうした新しいロボット技術にオープンな病院があり、積極的に実験場になっている。

日本で開発されたアザラシ型ロボットのパロも、ここを入り口にしてヨーロッパ各地へ広まっていったと聞く。まさに町をあげて、ロボットへ理解を示す姿勢ができ上がっているといえる。

オデンセ・ロボティクスは、オデンセ市とフュン島開発局から資金を得て運営されている。そのネットワークはロボット関連会社80社、総従業員2200人以上、30以上の関連高等教育プログラム、10以上の関連研究所に広がっている。

長々とその説明をしてきたところで感じるのは、地元の技術や人的資産を深く分析することで、地域にあった方法でロボット産業を育成していくことができるという点だ。

今はシリコンバレーへの注目度がかなり高く、その成功モデルを同じように実現できないかと考えるところもあるだろう。だが、シリコンバレーもその歴史のうえに成り立っている事例だ。独自の方法で新しいロボット・ハブになろうとしているオデンセには、多くの学ぶ点があると思うのである。

*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。

(文・写真:瀧口範子)