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「CWO」が受け持つ責任とは

【日本交通×FiNC】なぜCWOが必要か。「ウェルネス経営」の戦略論

2016/6/29
従業員の“心と身体の健康”を重要な経営資源として捉え、企業戦略に活用する「ウェルネス経営」。そのためのトータルソリューションを提供しているFiNCの代表取締役副社長CWO・乗松文夫氏と、いち早くウェルネス経営の取り組みを始めた日本交通の代表取締役会長・川鍋一朗氏に、「なぜ企業にはCWO(Chief Wellness Officer)が必要か」を聞いた。
※連載目次
#1 【スライド】「健康」が企業の未来を左右する
#2 なぜCWOが必要か。「ウェルネス経営」の戦略論
#3 データとAIが健康管理の「継続を民主化」する
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従業員の健康はコストから投資へ

──従業員の「健康」をマネジメントすることが企業の成長につながるという発想が注目され始めていますが、日本交通がいち早くウェルネス経営に乗り出した経緯を教えて下さい。

川鍋:現在、日本交通は4500人の組合員を抱える「日本交通健康保険組合」という独自の企業健康保険組合を持っています。昔は国の制度を利用するよりも、自前で健保組合を持っている方がメリットが大きかった。しかし、それは40年前の話です。会社の成長とともに従業員の年齢も上がり、今となっては維持コストの厳しい組織になっています。

弊社のようないわゆるレガシー企業は、自前でやってきたさまざまな社会保障があり、それが経営的に重たい存在になっているケースが少なくありません。

──それでも健保組合を外部に切り離さず、手元に残している理由はなんでしょう?

川鍋:「健康をマネジメントすること」が、弊社にとって重要な経営戦略のひとつだからです。タクシー業界のコスト構造は、直接人件費が約7割。それだけに従業員の健康問題は重要な課題です。また、疲れがたまることで、事故のリスクも上がります。

経営上、「健康」が極めて大切という事実は、経営サイドも従業員もわかっています。これまでも日々の点呼のなかで正しい生活習慣を啓蒙するなど、各種の施策を行っていました。しかし、大切さを強調するあまり「お題目」になっていた。正直なところ、従業員は「今さら健康が大事です、と言われても……」と感じていたと思います。

乗松:タクシー業界は飲食業界などと同じで、就業スタイルの関係上、どうしても生活習慣や食生活が乱れがちになってしまう業界です。一人ひとりに意識があっても、自分の意思だけでは環境を変えにくい職場といえますね。

川鍋:その通りです。以前から多くのコンサルタントに、従業員の健康管理についてアドバイスや提案をされてきました。しかし、「各営業所に保健室を作る」「常勤の保険医を置く」など、ひと昔前の大企業の福利厚生のような提案ばかりで、現代の経営にマッチしていなかった。

乗松:これまで健康指導といえば、お金と手間をかけても結果が不明確で、コストセンターになっていたことは否めません。しかし、これからは大切な人材の健康を守るためにコストをかけるという、「投資」の考え方が求められています。

「従業員の健康」と「企業の成長」の関係性は前回のスライドストーリーに詳しくありますが、健康な組織ほど業績が上がるということが国内外の事例から明らかになっています。日本でも大企業を中心にそうした動きが活発化してきました。

川鍋一朗(かわなべ・いちろう) 日本交通 代表取締役会長。マッキンゼーを経て2000年日本交通に入社。2005年代表取締役社長就任。日本交通グループとして約5000台の国内最大手のハイヤー・タクシー会社を牽引。2013年に全国ハイヤー・タクシー協会の副会長、2014年東京ハイヤー・タクシー協会の会長に就任。2015年より知識賢治を社長に迎え、自身は子会社である「全国タクシー」アプリ運営会社JapanTaxiの社長業に注力している。NewsPicksプロピッカー。

川鍋一朗(かわなべ・いちろう)
日本交通 代表取締役会長。マッキンゼーを経て2000年日本交通に入社。2005年代表取締役社長就任。日本交通グループとして約5000台の国内最大手のハイヤー・タクシー会社を牽引。2013年に全国ハイヤー・タクシー協会の副会長、2014年東京ハイヤー・タクシー協会の会長に就任。2015年より知識賢治を社長に迎え、自身は子会社である「全国タクシー」アプリ運営会社JapanTaxiの社長業に注力している。NewsPicksプロピッカー。

「継続できる」健康施策とは

──具体的に、日本交通では「ウェルネス経営」をどんな施策で実施しているのでしょうか?

川鍋:まず最初に手がけたのは、FiNCさんが提供している「ウェルネスサーベイ」を一部の従業員に実施し、組織としての健康状態を測定することでした。続いて、全従業員に対して食事指導をしたり、朝礼に「日交体操」と称してウェルネス体操を導入したりなど、すぐ実践できる範囲で生活習慣を改善する行動を浸透させるところからスタートしました。

昨年の秋には、肥満と認定され、成人病リスクの高い従業員30人にパイロットテストとして「ウェルネス家庭教師」というサービスを利用してもらい、2カ月間の生活改善指導を実施しました。これが非常に良い結果が出て、平均約6kg、最大10kgの減量に成功した人もいました。

実は、私は個人的にこの家庭教師サービス(「FiNCダイエット家庭教師」)を利用していた経験者なので、その効果は知っていました。長年の生活習慣を急に変えるのは難しいことですが、これはスマホアプリを通じて、専門のトレーナーがマンツーマンで食事・運動・生活習慣を指導してくれる。ローコストで導入できて、費用対効果が抜群に高いと判断しました。

乗松:「健康診断」や「人間ドック」では、その時点での肉体を測定することで健康状態を診断します。しかし、その場では「お酒の飲み過ぎは控えましょう」「低カロリーな食事をしましょう」などと助言できても、その後のサポートはできず、本人任せになります。

「ウェルネス家庭教師」は、例えばここのコンビニで食べるならこのメニューがいい、ファストフード店ならこれというようにお店に応じた商品名も提案します。本人の生活パターンに応じて、専門家が具体的に毎日の行動を提案してサポートしてくれる。自分専属の専門家が常にそばにいる感覚で「継続を支援する」ことが、従来の健康施策との大きな違いです。

ウェルネス家庭教師以外にも、企業の従業員の健康管理から生活習慣改善ソリューションの提案まで行う「FiNCプラス」や、福利厚生サービス、企業の経営陣および人事部門などが従業員の健康状態を可視化し管理できる「FiNCインサイト」などが加わった、法人向けウェルネスオールインワンパッケージサービスがあります。従業員の家族なら追加費用無料で利用できるため、家族そろって健康増進に取り組めて、さらに継続しやすくなっています。

乗松文夫(のりまつ・ふみお) FiNC 代表取締役副社長CWO。日本興業銀行にて多くの部門を経験後、みずほフィナンシャルグループの発足とともにみずほ銀行営業部門担当常務を務める。2003年協和発酵工業に転じ、協和発酵フーズ社長、協和発酵キリン常務を歴任。2009年ミヤコ化学社長、2012年社会システムデザイン副社長に就任し津波後の東北にて、産業振興、医療ICT連携などのプロジェクトに従事した後、2015年より現職。

乗松文夫(のりまつ・ふみお)
FiNC 代表取締役副社長CWO。日本興業銀行にて多くの部門を経験後、みずほフィナンシャルグループの発足とともにみずほ銀行営業部門担当常務を務める。2003年協和発酵工業に転じ、協和発酵フーズ社長、協和発酵キリン常務を歴任。2009年ミヤコ化学社長、2012年社会システムデザイン副社長に就任し津波後の東北にて、産業振興、医療ICT連携などのプロジェクトに従事した後、2015年より現職。

ウェルネス経営がもたらすリターン

──それらの施策の先に、どんな“投資効果”を想定しているのでしょうか?

川鍋:健康のマネジメントによって従業員のコンディションが良好になることは、タクシー事業にとってもっとも大きなテーマである「安全」にも好影響があります。実際、事故が起きれば大変ですし、それが原因で離職する従業員も少なくありません。

従業員の高齢化が進むなかで、腕の良い従業員は貴重な存在です。健康増進の効果によって彼らの運転の安全性がより高まり、また離職率が少しでも減れば、それは大きな投資効果といえます。

乗松:会社として従業員の健康問題にしっかり取り組んでいるかどうかは、従業員のロイヤルティにも大きな影響があります。「うちの会社はここまで社員のことを考えてくれている」というのと、「個人任せでほったらかし」というのでは、あきらかに差が生じるでしょう。

川鍋:そうですね。従業員の離職理由には、「同業他社へ移る」というケースもあります。「同業他社よりも従業員を大切にする会社」という印象を持ってもらえれば、それが企業ブランディングとなり、結果的に離職率を下げることにも通じるはずです。
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CWOが健康に関わるすべてを統括

──ただ、一般的に健康増進に関する施策は、当事者である従業員があまり興味を持ってくれない、という大きな課題があるようです。

乗松:確かにその通りです。そこでわれわれは、企業内にCWO(チーフ・ウェルネス・オフィサー)という役職を置くことを提唱しています。ある程度ポジションの高い人材が、責任を持って従業員の健康を戦略として考え、社内外に発信したり、組織を変えたりすることで、本当のウェルネス経営を実現することを狙っています。

川鍋:経営者にとっても、「従業員の健康」は非常に大事な半面、シビアな経営判断のなかでは緊急性が低い領域でもあります。業績が傾けば、まっさきにコスト削減の対象に入ってきてしまう。また、先ほども言ったように「お題目」になってしまうと、名だけあって実がない施策になることも大いにあり得ます。

経営戦略の一環に取り入れる以上は、本当に実効性があるものにしなければいけない。日本交通では、タクシーとハイヤーの両部門で、それぞれに責任を持つ2人のCWOを置いています。

社員に対するアピールはもちろん、社外の人から「CWOって何をするんですか?」とよく聞かれていますが(笑)、それが自身へのリマインドになっているようです。「自分がウェルネス経営戦略をリーダーとして推し進めていく」というリマインドです。これが大きな推進力になります。
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規模や業種に関わらず企業が集う場

──最後に、ウェルネス経営によって目指している将来のビジョンを教えて下さい。

乗松:弊社や日本交通さんが発起人企業として参加している「ウェルネス経営協議会」は、昨年12月のスタートから約半年で80社にまで会員企業が増えました。大企業から地方の観光協会まで規模や業種がさまざまな企業が参加して、従業員の健康に関する知見を出し合う異業種交流会のような場です。

こうした活動を通じてウェルネス経営の理念とノウハウを広めることで、FiNCとしての将来というより、日本社会全体にメリットがあることを目指しています。

川鍋:私の場合は、自分の経営方針として「競合よりも半歩でいいから先に行く」ということをすごく大事にしています。ウェルネス経営は、そのための一つの戦略になっていることは確かですね。

正直なところ、短期的な数字にとらわれると続けるのが難しくなる施策でもあります。だからこそ、続ける方法を考えることに価値があり、具体的な戦略が大切になってきます。

例えるならオフィス環境を整えることに似ていて、数字で表せられないメリットが多分にある。社員の働く意欲はもちろん、経営活動に関わるあらゆる要素が、全体として底上げされていくと思っています。

(聞き手・編集:呉 琢磨、構成:工藤千秋、撮影:岡村大輔)

ウェルネス経営で、働く「ヒト」と「日本」を元気に。FiNCのウェルネスオールインワンパッケージについてはこちらから

※本記事のトップ写真は日本交通オフィス内のタクシーオブジェにて撮影。