インターネットが人びとの暮らし、社会にこれまで以上に入り込むようになり、レガシーな産業に変革が求められている。こうした背景から、大企業とベンチャー企業との間で人材の流動性が高まり、実際に大企業からベンチャーに移って幹部として活躍する人のケースも増えているようだ。ベンチャーで活躍できる大企業出身者の資質とはどのようなものかーー。創業期のベンチャーへの投資、育成に携わるインキュベイトファンドパートナーの二人に話を聞いた。
ネットベンチャーがレガシーな産業を変革中
和田 インキュベイトファンドは、創業期のベンチャー企業への投資、育成に特化した独立系のベンチャーキャピタルです。
多くのベンチャーキャピタルは企業がもつプロダクトや実績を見て投資するかを判断するのに対して、弊社はプロダクトがない、ときには会社もまだ設立されていない「ゼロイチ」のタイミングから起業家とリスクを取って挑戦します。米国では古くからあるスタイルです。
村田 会社組織もプロダクトもない、あるのは起業家の志だけというステージから参画するので、起業家とは同じ目線で議論し、お互いがお互いを見極めるところから始まります。ときには、われわれが考えていた事業アイデアを起業家に託すことも。
成功する起業家に共通するのは、とにかくコミットメントが強く、しぶとく経営できる人物であること。九回裏ツーアウトで負けているときに、「まだ勝つ途中です」と平気で言ってしまえるような。人が辞めたり、顧客が離れていっても、前向きな仮説検証を速くまわし続けるから成功できるんです。
和田 彼らと挑戦する過程で最近感じているのが、大企業のベンチャーとタッグを組むことへのニーズの高まりです。アベノミクスで大企業がオープンイノベーションの取り組みに対して積極的になっていること、新興企業を支援する機運が高まっていることなどが背景にあります。
海外に目を向ければ、電気自動車のTeslaやスマートホームのNestなど、これまでなら大企業が寡占していた産業でインターネットと融合する動きが起こっています。このままだと後手にまわってしまう、そんな危機感が日本の大企業、特にトップに近いところにいる人ほど感じているのだと思います。
村田 これまで大企業にとって、インターネットは顧客とのインターフェースの一つ、プロモーションの場でしかありませんでした。それが、徐々にレガシーかつ大きな産業の根幹に入り込むようになってきているのです。
和田 こうしたことから、ベンチャーが創業初期に大企業から億円単位の出資をしてもらうケースも出始めています。おかげで、ベンチャーとしては初期段階から壮大なビックピクチャーを描いて、優秀なチームを作って挑むことができるようになってきています。
例えば、インキュベイトファンドがベンチャーキャピタリスト兼共同創業者としてハイブリッドに参画したゲーム系ベンチャーのポケラボとセガの取り組み。セガはポケラボに出資、ポケラボはスマホゲームの開発ノウハウをセガに提供し、セガの業績向上と組織変革のきっかけづくりに貢献しました。
村田 セガがポケラボに出資した際、一番はじめにセガにお願いしたのは、「セガの現状や足許のプロダクトに不満をもっている社員を集めてきてください」ということでした。そうして集まった人たちにポケラボに出向してもらい、ポケラボのチームと一体化して好きなようにゲームを企画開発してもらったところ、それが大ヒット。
和田 そうして成功体験を積んだ人たちがまたセガに戻っていき、各事業部や子会社のキーマンとして散らばっていった。セガはそういったきっかけを活かして、新しい収益の柱を作り、さらにスマホゲームに特化した戦略的子会社を設立するなど、時代の変化に柔軟に対応していったのです。
大企業出身者がベンチャーで活躍 求められる人材像は?
和田 セガの事例とは逆に、大企業の人材がベンチャーに求められる機運も高まっています。繰り返しになりますが、自動車、金融などレガシーな産業にベンチャーが挑戦できる環境が整ってきたことで、経験豊富な人材がベンチャーにも欠かせなくなっているからです。
村田 例えば、資産運用をサポートするフィンテック系ベンチャー、ウェルスナビ柴山社長。彼は東大、ハーバード・ロースクール、INSEADを卒業し、日英の財務省を経てマッキンゼーでは10兆円規模のリスク管理と資産運用に携わった人物。
そんな人がなんで起業するんだろうと不思議に思うくらいですが、創業から史上最速で金融商品取引法上の登録(第一種金融商品取引業、投資運用業、投資助言・代理業)を完了させ、国内でいち早くロボット資産運用サービスをリリースするなど、大企業、省庁での経験をダイレクトにベンチャーに活かして活躍しています。
金融機関のシステムの多くは、旧態依然のアルゴリズムに新しい仕組みに覆いかぶせるような対処療法で作られているので、それをイチから作れるというのはベンチャーならではの面白さですよね。日本で初めてAWSのクラウド上に金融機関の仕組みを構築したのも彼なんですよ。
和田 大企業出身の経営幹部の事例だと、三井住友銀行からDeNAに移られ前取締役会長を務められた春田さん、大和証券からミクシィを経て、今はメルカリのCFOを務められている小泉さんなどネットサービスの一時代を支えたロールモデルも存在します。米国ほどではありませんが、人材の流動性は高まっていると思います。
村田 なぜかというと、レガシーな産業に変革をもたらそうとすると、インターネットに詳しく、時代に即したUX(ユーザーエクスペリエンス)の設計に長けた若手も、産業の裏側を知り尽くした大企業のベテランも両方必要だからなんです。
産業の負の構造を知りつつも、なにかボトルネックがありそれをすぐには解決できないともがいている、アントレプレナーシップのある大企業の人こそベンチャーで暴れてほしいです。ベンチャーに行けば裁量権が大きくなるというよりも、むしろ全部自分でやるしかなくなりますから。
和田 ベンチャーですから、事業や資金面での苦境はいくらでもあるわけです。そのときに起業家たちが自分たちの会社のことしか知らないと、とんでもない悲劇が起こっているように感じてしまう。そんなときにも、自分の経験や業界の先行事例を話せる人の存在は大きい。
また、ベンチャーに行くと将来のキャリアパスを思い描きにくくなるという声もありますが、そうでもありません。会社が大きくなっていろんなことに挑戦できるようになるかもしれませんし、そうでなくても活躍していれば他のベンチャーからCXOクラスとして声がかかることも。
村田 気をつけるべきは、ベンチャーには波があるということ。ネットバブル、Web2.0がキーワードだった頃のように、いい波が来ているときは大企業からベンチャーに次々と優秀な方が集まってくる。一方で、そうでないときは、ベンチャーというだけで社会から叩かれることも。
波がよくないときでも自分と会社の成長を同じように捉えられるか、自らの性格を確かめることは大切でしょう。それでも、マンションの一室から始まってどんどんと社員が増え、例えば同じ電車に乗っている人が自分たちのプロダクトを使っているのを見たときの嬉しさはひとしおです。
和田 ベンチャーとあまり交流のない方は、まずはとにかくたくさんのベンチャー、起業家と出会うことが第一歩。話をして、彼らの思いに共感できて、うまくいくかはやってみないとわからないけど、自分なら力になれるかもしれない、一緒に挑戦したい。そう思えることが大事ですね。
(取材・文:岡徳之)