Bリーグが発信、デジタル時代のスポーツビジネス新モデル
2016/6/28
2016年9月22日、日本のプロスポーツビジネス界に新たな歴史が誕生する。
そう、新プロバスケットボールリーグとして発足するBリーグだ。
2005年にJBL(日本バスケットボールリーグ)からbjリーグ(日本プロバスケットボールリーグ)が独立して以降、長きにわたって国内トップリーグが二つ併存し、協会内部も紛糾し続けたバスケットボール界が川淵三郎前会長のリーダーシップによりわずか半年で劇的な変化を遂げたことは記憶に新しい。
5000人収容のアリーナを必須とするクラブライセンス制度や、ソフトバンクとの4年125億円といわれるネット放映権契約などの画期的な取り組みのニュースが次々と全国を駆け巡っている。
つまり、バスケ界はもちろん、わが国のプロスポーツビジネス界におけるイノベーションが今、Bリーグから巻き起こっているのだ。
2015年9月に行われた新リーグの名称発表記者会見には、川淵三郎前会長(右から3人目)や選手の田臥勇太(右から2人目)だけでなく、堀江貴文氏(左から3人目)も出席。
Bリーグへのソフトバンクの思惑
そのキーワードの一つが「デジタル」だ。
マーケティング部長の安田良平氏は語る。
「日本のプロスポーツビジネスは、歴史的にそれらが生まれた当時の最新のメディアによって支えられてきました。私たちBリーグの時代は、それがまさしくデジタルなんです」
確かに、われわれの現在の生活には「スマホ」と「SNS」が浸透している。
2016年3月時点でわが国のスマホ普及率は67.4%にのぼり、いわゆるガラケーなどスマホ以外普及率64.3%を上回った(日本経済新聞電子版2016年4月8日付記事参照)。
また、国民の30%以上が1年以内にtwitter、facebook、LINEを活用している(総務省・平成27年度版情報通信白書参照)。
これにより、各通信キャリアのスマホ契約者争奪戦も激化している。先述の巨額放映権契約の背景には、Bリーグというわが国の歴史上初めて開始されるコンテンツをフックに、この競争から抜け出そうとするソフトバンクの戦略があるわけだ。
KKD型マネジメントからの脱却
こうした「社会のデジタル化」の波を、Bリーグは競技・運営の両面で戦略的に活用する方針である。
たとえば、リーグと36クラブのウェブサイトの統一や、スマホチケットの採用などが開始される。
前者では、Bリーグと各クラブのウェブサイトは共通フォームの下、同じレイアウトに統一される。
しかし、その中ではリーグ事務局側が効果的なバナーの配置、クリックを誘発するデザイン、そしてアクセス数などを主導的に管理し、マーケティングに活用する。リーグ事務局によりアクセスログの解析や、各クラブの公式サイトを通じたA/Bテストが実施され、ウェブを通じたチケット購入に結びつきやすい表現方法が検討される。
後者はチケットとスマホを一体化することで、単なる「チケット=観戦する権利の証明」を超えたファンへのエンターテインメント性の提供や、顧客情報の取得、チケット購入者とのダイレクトなコミュニケーションの確立を狙って実施される。
これによって、Bリーグはスポーツビジネス界に染み付いた従来型の「KKD(勘・経験・度胸)型マネジメント」から、デジタルに裏付けされた「ファクトベース型マネジメント」への切り替えを発信しようとしている。
統合プラットフォームを整備
今回はこうしたデジタルベースのマネジメントの中でも、マーケティングに直結した顧客管理の面に注目してみたい。
なぜなら、他のリーグや競技団体とはまったく異なる「統合プラットフォーム」の整備が進んでいるからである。
このシステムの特徴は次の2点である。
1つ目は、BリーグがB1・B2加盟36クラブ共通の「観戦者データベース」を整備する点だ。
2つ目は、この「観戦者データベース」が日本バスケットボール協会の「競技者データベース」と一体化することである。
観戦者データベースの統合に関しては、Jリーグのシーズンパス保有者の来場記録を管理する「ワンタッチパス」(非接触型ICカードを用いた対象観戦記録システム)と同じ考え方であるが、Bリーグでは記録される対象がファンクラブ会員となっており、シーズンパス保有者よりも幅広い層のファンの属性や来場記録の管理が可能になっている。
登録者の属性や来場履歴ごとにセグメントが可能であり、各ターゲットの特性に合わせたオファーも行いやすくなる。もちろん、「会員証のスマホ化」も進められる。
ベンチマークの発見、共有に効果
また、記録される内容や運用形態も各クラブ共通のため、どのクラブのマーケティング施策が最も効果的かという「ベンチマーク」の発見と共有においても効果が期待できる。
さらに、多くのプロスポーツ組織で課題になっているのが記録されたデータの分析と利活用であるが、BリーグではNBAのTMBO(チームマーケティング&ビジネスオペレーション)をモデルに、リーグ事務局が各クラブへの助言を行う組織を将来的に構築することも検討中だ。
安田氏がこう語る。
「日本のバスケ界はまだまだ小さいですけど、クラブによっては地元の方々に熱く支えられ、有償観戦者を一定以上確保している成功事例もあります。一方、チケッティングで苦労しているクラブもあります」
「当然地域性や他の要因がありますが、やはりそこをリーグとしては底上げしていきたいと思っています。全国的に盛り上げていくのがリーグ事務局の使命ですので、統合プラットフォームから得られるデータを基に成功事例を横展開していきます」
「オールバスケ」の可能性
JBA(日本バスケットボール協会)の「競技者データベース」との統合に関しては、協会とリーグの一体化がなせる業であり、この点はわが国で初めてのケースであろう。
「現在JBA登録選手数は約64万人と、サッカーの約96万人についで多い数字です。小中学生が中心なので、部活を引退すると登録者との接点が持てないのですが、パーミッション(アクセス権)の取り方を工夫することによって競技引退後もBリーグの観戦オファーを出せるようにしていきたいと思っています」
「これとは逆に、観戦者からバスケをやりたいというニーズも出てくるので、そうした方には競技参加を促すオファーを出していこうと思っています。今までは『観る人』と『やる人』を2軸で捉えているケースが多かったと思いますが、データベースの統合を通じて両者を融合し、『オールバスケ』として楽しんでもらえるような構想を描いています」(安田氏)
デジタルとの結合で可能性拡大
こうした考え方を、スマホ中心のデジタルと結合させることで、Bリーグはより大きなビジネス展開を視野に入れている。
安田氏は将来的な展開を次のように語る。
「統合プラットフォームが機能することで、今後はバスケを『する人』が増えてくると思っています。そうすると普段どうやってプレーする場所を確保するかが課題になるはずです。そのため、今後は施設データベースの整備・統合も含め、アリーナの空いている時間帯や草バスケの大会情報を提供することも考えています」
「また、バスケを『する人』が増えてきますと、ケガの問題も出てきますので、その場合は医療系のデータベースに結びついたり、バスケを『もっとうまくなりたい』という方には個人に適した練習プログラム提供といったサービスにも結びついたりすると考えています」
「さらに優秀な選手の過去のデータと比較することで、将来的に伸びる可能性の高い若手選手の発掘にも使えるかもしれませんし、『健康』という軸でデータを予防医療に活用するなど、地域への還元もしていけるのではないかという構想も持っております」
新しい観戦スタイルを提供
統合プラットフォームという武器を、スマホという新たなデジタルメディアと融合して稼働させるBリーグの勝算は極めて高い。
しかし、そのためには各クラブのアリーナが観客で満員となり、バスケファミリーが今以上に増加し、よりアクティブになることが必要である。そうでなければ上記のシステムは十分に機能せず、各種の構想も画餅に帰してしまう。
そうならないためにも、9月に開幕するシーズンをより魅力的で、スマホやテレビはもちろん、何よりアリーナで観戦したくてたまらないコンテンツに仕上げなければならないのだが、そこでもデジタルの力が発揮される。
6月17日に「革新的」「サプライズ」「エキサイティング」という3つの開幕戦演出テーマが発表されたばかりであるが、安田氏によれば、「SNS」の活用がこれらに絡んでくるという(Bリーグ公式サイト参照)。
「開幕戦の詳細はまだいえませんが、まったく新しいスポーツの観戦スタイルを提供し、主体としてお客様も参加できるリーグにしていきたいと思っています。NBAも超えるようなエンターテインメント体験が味わえる場にするつもりです。開幕戦は私たちスタッフもできることなら一人の観客として観戦したいくらいです(笑)」
「今は2020年以降のスポーツを見据え、日本、もしくは世界にBリーグから新しいモデルを発信していかなければならないという義務感をもって準備を進めています」
詳細は今後開幕に向けてBリーグ公式サイトにて順次発表される予定である。
先駆的なデジタルマーケティングに注目することもさることながら、可能であれば開幕戦をアリーナで観戦し、歴史の証人の1人になりたいものだ。
(写真:Yohei Osada/AFLO SPORT)
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京都パーブルサンガ、福岡ソフトバンクホークスマーケティングなどでの勤務を経て、九州産業大学でスポーツマネジメントを専門とする福田拓哉准教授が世界、日本のスポーツ組織を活性化させるビジネスの取り組みについて深堀していく。
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