【資生堂・原田忠】美のスペシャリストが生み出す、革新的な表現

2016/6/18
異才の思考」第8弾には、ヘア&メーキャップアーティスト・原田忠氏が登場する。原田氏は、資生堂の美容職における最上位の称号を与えられた資生堂トップヘア&メーキャップアーティストとして活躍。美のスペシャリストとして、これまで数々の賞を受賞しているほか、2013年には『ジョジョの奇妙な冒険』とのコラボレーション作品を発表し、国内外で大きな話題を呼んだ。
その後も『テラフォーマーズ』『銀魂』『ルパン三世』などとのコラボレーションを行うほか、ギタリストの布袋寅泰、アイドルグループ・ももいろクローバーZのCDジャケットやMVなどのビジュアルアートワークにおけるヘア&メーキャップ表現にも深い関わりを持つ。美容表現の可能性を追求し続ける、原田氏の思いとは。

二次元を三次元に

──原田さんといえば、2013年に発表した『ジョジョの奇妙な冒険』の三次元化が大きな注目を集めました。なぜ、こうした取り組みを始めようと思ったのでしょうか。
ヘア&メーキャップにおいては、バストアップのビューティーショットの表現が多いのですが、頭からつま先まで、トータルで表現できるモチーフや表現方法を模索していました。さらに、これまで誰も考えつかなかったインパクトあるビジュアルを、美容技術を駆使して表現できないだろうかと考えていました。
そんな中、僕はリアルタイムで第一話から『ジョジョの奇妙な冒険』を読んでいた熱烈なファンだったのですが、作品に登場するキャラクターのヘアスタイルやファッションを具現化し、よりファッショナブルに表現できたら面白いのではないかと思ったんです。
原田忠(はらだ・ただし)
資生堂トップヘア&メーキャップアーティスト
1971年生まれ。群馬県出身。航空自衛隊航空管制官を経て、美容師となる。その後、サロンワーク勤務を経て、1999年にヘアメーキャップスクールSABFAを卒業、2000年に資生堂入社。資生堂の宣伝広告のヘアメークを中心に、NYやパリ、東京コレクションなどでも多岐にわたり活動。2016年4月からは、SABFAの校長も務める。
ジョジョ作品におけるキャラクターのヘアやファッションは、スタイリッシュでクールな印象を与えてくれます。これは、原作者の荒木飛呂彦先生が、ファッションへの造詣(ぞうけい)が深いことも少なからず影響しています。
それならば、美容やファッションを専門とする人間が、ファッション性の高いキャラクターを二次元から三次元化したら、ものすごく革新的なものになるんじゃないかと思ったんです。
漫画と美容の世界では距離感が遠いように見えますが、あえてそれを結びつけることによって、新しい表現が生まれるはずだと思いました。ファッション業界において、漫画というジャンルとコラボした取り組みは、商品などではありましたが、美容表現としてはあまり目にしたことがありませんでした。
原作に対する愛情とリスペクトを人一倍持っている自負もあり、表現するからには、最高のクオリティを目指し、取り組み始めました。
ヘア&メーキャップ表現としてやりがいのあるキャラクターを選出し、そのキャラクターの特徴を徹底的に掘り下げ、撮影スタッフとの綿密な打ち合わせをし、事前準備をしっかりしながら撮影に臨みました。
2010年ごろから年間3~5体ずつ、日々の業務の合間を縫って、断続的に撮影を行っていきました。
「ジョジョの奇妙な冒険」第6部の主人公、空条徐倫
撮影メンバーは、思いを共有でき信頼できるフォトグラファー、スタイリスト、デジタルオペレーターという最小限のチーム。
僕が事前に作ったコンセプトシートを各自に渡し、コアとなるコンセプトを共有したうえで制作に入ったのですが、キャラクターのイメージは共有しながらも、それぞれが持つクリエイティブなフィルターを通し、デフォルメしながら創りあげることをルールとして掲げていました。
原作のキャラクターをそのまま再現するのではなく、ファッション性をさらに昇華するように新たなイマジネーションをプラスした表現には、正直、試行錯誤しましたし、苦労もありました。

国内外で大きな反響

──漫画作品を手掛けることになった際、周囲の反応はいかがでしたか。
冷ややかでしたね(笑)。反発があったとかではなく、「業務の合間に何を黙々とやっているの?」という感じだったんです。僕としては「これを実現したらすごいものになるぞ!」と勝手に思っていたんですけど、周りは全然反応がないわけです。理解しているのは、一緒に取り組んでいるメンバーくらいでした(笑)。
おそらく、漫画のキャラクターをこうした形で三次元化することは、想像だにしないことだったんだと思います。
──発表後は大きな反響を呼びました。
いままで自分が取り組んできた作品と、このジョジョキャラクターの集合作品を展示した個展『原田忠 全部!!ver.5.0』を中目黒で開いた時には、3日間で3000人以上もご来場頂きました。
そして、一番大きかったのがウェブでの反響です。ホームページ公開から5日間で300万PVを超えるほどのアクセスがあり、一時、サーバーがダウンしてしまいました。
同時に、ウェブ上にいろんなまとめサイトが立ちあがって、作品が独り歩きをし始めたように感じた瞬間でもありました。時を同じくして海外にもまとめサイトができ、自分の作品が、国を超えて世の中に拡散していくことに、ただただ驚くばかりでした。
熱狂的なジョジョファンの方、ジョジョは知らなくても作品を観てくれた方、今まで美容というジャンルに接点がなかった方など様々な反応がありましたが、「こんな表現があったのか!」「作品を観て原作を読みたくなった!」など、ありがたいことにその多くがポジティブな意見でした。
自分たちが長きにわたり必死に取り組んで、妥協を許さず、徹底的にこだわり抜き、生み出した作品たちが日の目を見たことで、表現の可能性の扉を力強く開けることができ、さらに一歩踏み込めたという達成感を覚えた瞬間でもありました。
ほどなくして、資生堂銀座ビルのこけら落としの際にも、この作品が採用され大きく展示されました。会社としても革新的な美容表現の新しい可能性を認め、評価し、受け入れてくれたんだと思います。
──原作者である荒木先生からの反応はいかがでしたか。
作品をまとめたブックレットを作製し、直接お渡しできる機会がありました。荒木先生は「お会いしたかったです。すごいですね!」とおっしゃってくれました。
良い意味でオリジナル作品として見てくださって、「こんな風になるんですね!」と、新しい美容表現として受け止めていただけたことがとてもうれしかったのを覚えています。

“個人”の枠を超えた表現を模索

──その後も積極的にコラボを手がけています。そこで変化はありましたか。
この作品が話題を呼んだ後に、『テラフォーマーズ』のキャラクターの三次元化を依頼され制作するとなった際は、新たな試みとして異業種のクリエイターの方々と一緒に作品をつくることに挑戦したんです。
一人はCGアーティストの早野海兵さん。早野さんは、ジョジョの作品を観て下さっていて、お互いに意気投合したことがきっかけでお願いすることになりました。
さらに、コスチュームデザイナーの辻沙織さんもチームに参加いただき、ミッシェルというキャラクターをそれぞれの切り口で三次元化させていただきました。
「テラフォーマーズ」の登場キャラクター ミッシェル・K・デイヴス
──ヘア&メーキャップアーティスト個人としての枠を超えた作品になっています。
そうですね。実際、僕自身のヘア&メーキャップ表現の可能性を追求することもそうですが、どうやったらキャラクターのイマジネーションを増幅し表現できるか、それぞれのアーティストの個性を尊重し特徴を引き出しながら、ヘア&メーキャップ作品としてまとめられるかを考えていました。
一人のヘア&メーキャップアーティストではなく、プロジェクトをまとめるリーダーやクリエイティブディレクター的感覚で取り組んでいたかもしれません。
最近もどんどんコラボが増えていますが、そこでも、リーダーシップをとり、それぞれのプロフェッショナルの方々が持つクリエイティブ力を十分発揮できる環境をしっかり整え、おのおのが高いパフォーマンスでお互いよりよいセッションが行えるよう事前準備や調整を図っています。
そうした経験値を積むことも、自分のクリエイティブへの新たな挑戦と、価値を生み出すことにつながると考えます。チームワークあってこそなんです。
「伊勢丹130周年 ISETAN × ルパン三世 LUPINISSIMO IN ISETAN 2016」における作品
──新しい作品を生み続けるモチベーションはどこにありますか。
僕の根底にある仕事の価値は、「美容という仕事を通じて誰かに喜んでもらうこと、目の前のお客さまを美しくすること」にあるんですけれど、正直、一生を通じて出会えるお客さまは限られています。
それならば、こうした作品を通じて誰かを元気づけたり、勇気づけたり、明日から頑張ろうって気持ちになったりしてくれるような作品が創れたらうれしいですよね。そんな反応や声が僕の励みになり、エネルギーの源となって、また新たなことに挑戦しようと思えるんです。
これからも、誰かの心に響く作品創りは常に目指していたいですし、巡り巡って、美容という職業はすてきだなと思ってもらえたら、なおのことうれしいですね。
微力ではありますが美容を通じた活動が、誰かの幸せと豊かな社会をつくる一助となるよう、今後も努力邁進していきたいと思っています。
後編へつづく。
(写真:是枝右恭)