大企業×ベンチャーで生まれたオープンイノベーションの舞台裏

2016/6/14
大手のブランドと潤沢なリソース、ベンチャーのアイデアとスピード。それを掛け算してイノベーションを起こそうとする動きが目立つ。しかし、成功したケースは少ない。文化や価値観、スピードの違いから結果を残せず終わるケースが大半だ。そんな中、NTTデータとマネーフォワードは、フィンテック分野で過去にはない新たなプラットフォームの提供を果たした。なぜ、このタッグは成功したのか。背景には、不安とリスクを抱えながら進めたビジネスコンテストの存在があった。両社キーパーソンの対談で、オープンイノベーション成功の秘訣を解く。

安全と便利を備えた新基盤

──NTTデータとマネーフォワードは、銀行のネットバンキングと個人向け家計簿アプリなどの金融サービスをつなぐプラットフォームの開発を主導しました。高いセキュリテ確保を最優先とするがゆえに、保守的になりがちな金融サービスに新たな可能性をもたらしたインフラだと思います。
辻庸介(マネーフォワード):あれは、私たちだけでは立ち上げられなかったプロジェクトでした。今回共同開発したサービス(システム)は、銀行のインターネットバンキングのID・パスワードを事前登録せずに、銀行の取引データを自動的に取得して、各ネットサービスに利用できる基盤です。
金融機関、私たちのようなフィンテック関連のサービスを提供する企業、そしてユーザーの3者にとってメリットがあるインフラです。
すでに銀行のシステム開発で多くの実績があり、技術力と運用力で信頼を得ているNTTデータと協業させてもらわなければ、この時期には実現できませんでした。このような出会いがなければ、こういった取り組みが実現するのは5〜10年後くらいだったかもしれません。
辻庸介
マネーフォワード 社長CEO
1976年生まれ。京都大学農学部を卒業後、ソニーに入社。2004年にマネックス証券に移籍し、2009年ペンシルバニア大学ウォートン校にMBA留学。帰国後、COO補佐、マーケティング部長を歴任し、マネーフォワードを創業。代表取締役社長CEOに就任する。マネックスベンチャーズの投資委員会委員、新経済連盟の幹事を兼任する
──両社がつながったきっかけは何だったのでしょうか。
残間光太朗(NTTデータ):私たちがベンチャー企業との協業促進を目的に開催している「オープンイノベーション」(*)のビジネスコンテストです。
*オープンイノベーション=自社技術だけでなく他社が持つ技術やアイデアを組み合わせ、革新的なビジネスモデルや革新的な研究成果につなげる方法(ハーバード大学ビジネススクールのヘンリーチェスブロウ教授が提唱した概念)
辻(マネーフォワード):確か、(前のオフィスの)三田か恵比寿でお会いして、そこから話が進んだように記憶しています。
残間(NTTデータ):そう。マネーフォワードはその頃から金融分野で一目置かれるベンチャーだったので初対面のときは怖かった(笑)。まったく違う世界に生きる異物のように見られるのではないか、と。

新規事業担当の“三重苦”

──NTTデータは新規ビジネスを生むために、今回のプロジェクトに限らず、ベンチャーとの協業に積極的です。売上高は1兆6000億円を超え連結従業員は約7万6000人、一見すると、社内に潤沢なリソースがもう十二分にあるように思えます。「オープンイノベーション」に積極的な理由は何ですか。
残間(NTTデータ):私はNTTデータで約20年、新規ビジネスに携わっています。その経験からすると、新事業担当って「金ない」「人いない」そして「リスク高い」の三重苦です(笑)。
そんな厳しい環境で成果を出すために、まずお金を集めなければならない。社内向けビジネスコンテストに出てアピールしては活動資金を集め、自分のアイデアに賛同してくれる仲間を集めなければならないから、ジプシーのように、各事業部門の担当者に話をしに行ったりもしていました。
辻(マネーフォワード):まるでベンチャーですね。
残間(NTTデータ):本当にそう。とはいえ、革新的なアイデアってなかなか生まれないんです。出てくるものは既存事業の延長線上にあるものだったり、顧客からの改善要求がもとになっていたり……。
なんとかして、革新的な新事業をもっと生み出せるような新たな仕組みをつくりたいって思っていた時、「ローマの市場にて」というオープンイノベーションのイベントで、ベンチャーがむちゃくちゃ面白いアイデアを出していて「これだ」と思ったんです。大企業とベンチャーが融合すれば、異種格闘技のような魅力を出せるな、と。
残間光太朗
NTTデータ イノベーション推進部オープンイノベーション事業創発室室長
1988年北海道大学卒業、NTTデータに入社後、NTTデータ経営研究所にて新規ビジネス企画/マーケティングコンサルを経て、インターネット/モバイルバンキング創成期における決済サービスや官民連携の新機軸サービスなど、長年、新規ビジネス立ち上げに従事。2014年より現職に着任。オープンイノベーションフォーラム「豊洲の港から」やビジネスコンテストを立上げ、3桁億円規模の新規ビジネス創発に向けてビジネスマッチング、コミュニティづくりにまい進している

不安もリスクも抱えてのスタート

──NTTデータのビジネスは大企業や官公庁、社会インフラ向けのシステム構築がメインですね。協業相手も大企業が中心の印象で、ベンチャーと出会う機会は少ないように感じます。
残間(NTTデータ):私たちのような超コンサバ(保守的)に見える企業がベンチャーとの協業を求めているなんて、誰も知りませんよね。だから、まずは広くアピールするところから始めました。
そこで、考えたのが、マネーフォワードとの協業のきっかけになった「豊洲の港からPresents オープンイノベーションビジネスコンテスト」。
普通のベンチャーのビジネスコンテストとは違って、当社がこれから育てたいソリューションを具体的に提示し、それとのコラボレーションによるビジネスの提案をしてもらいます。
そして「ベンチャー」×「NTTデータ」×「お客様」がWIN-WIN-WINで実現できる革新的なビジネスプランには事業化を支援して、ともに新規事業を育てていくプロジェクトです。
2年前に初めて開催し、その第1回の最優秀賞がマネーフォワードで、先ほど紹介した協業に至ったわけです。おかげさまで、徐々に実績を積み上げることで社内外に仲間も増えて、半年に1回の頻度で開催できています。今は、第4回の応募者を募っている真っ最中です。

大企業がベンチャーと組む難しさ

──最初に声をかけてもらった時、辻さんは乗り気でしたか。
辻(マネーフォワード):私もマネーフォワードを創業する前にソニーにいたので、大企業の商慣習や文化をわかっているつもりです。
大企業が他社と協業して新規ビジネスを立ち上げることが、どれほど難しいことか……。何重にも重なる決裁の階層をすべてクリアしなければならないし、それなりの規模のビジネスになるプランを当初から描かなければならない。
なので、声をかけてもらった時、正直に言ってNTTデータと一緒にビジネスできるなんて、思ってもみませんでした。
──マネーフォワードがオープンイノベーションの一環で他のビジネスコンテストに参加したことはあったのですか。
辻(マネーフォワード):大企業がベンチャーと組もうとする動きは以前からありましたので、いくつか声をかけてもらったことがあります。
やり方はさまざまですが、中には対等ではなかったり、オープンとはかけ離れていたりする場合もありまして……。何も成果を出せずに終わるケースも少なくありません。
ベンチャーの経営者って、時間がとても貴重といいますか、人もいないしお金もないから時間とアイデアしかない。それなのに、その時間を費やし、アイデアを披露したのに何も得られないのが最も悲惨なんです。
──NTTデータは違っていた、と?
辻(マネーフォワード):実際に協業を進めるうえで現場ではいろいろあるし、事業を進めるスピードは確かに違います。でも、ビジョンとゴールが合致していましたし、目線が合っていた。その点は他社とは違いますね。
たぶん、その協業しやすい空気をつくることができたのは、残間さんが新規事業をずっとやってきて、新しい事業を生むための苦労やノウハウを知っていたからなのでしょうね。
残間(NTTデータ):ビジネスコンテストを企画した時に社外でベンチャーに広く声をかけると同時に、社内でも新しいことやイノベーションに興味を持つ人材とアイデアを募集し、約300人が集い各々10人ほどのワーキング形式で新規ビジネスを検討していました。結果的に、これがスムーズに協業できたポイントのように思います。
優秀なベンチャーがいくら集まってくれても、受け入れる土壌が整備されていないとうまくいくはずがない。そう思って社内に受け皿となる人材を確保できていた点は大きかったと思います。
 

大企業が抱く危機感

──さきほど「時間のムダの場合がある」と大企業との協業プロセスを話していましたが、大企業と手を組むメリットは、何ですか。
辻(マネーフォワード):私は、自分たちがつくりたい世界をどうやって最速で実現するかを常に考えています。ベンチャーは確かにスピードが速いし「とにかく行動してみよう!」的な勢いもある。
ただ、その一方で人やお金、信用が不足しているから、一度にできることに限界がある。広める力や売る力に乏しい面もあります。そうしたマイナス面を埋めてくれるのは、やはり同じベンチャーではなく、大企業のほうでしょう。
──逆に、ベンチャーの力を借りる最大の利点を残間さんはどう考えていますか。
残間(NTTデータ):新規ビジネスに20年かかわってきて思うのは、新事業を生み出す環境が変わったということ。アイデアを商品やサービスに転換して販売するまでの時間が以前よりも縮まり、コストが劇的に下がっています。
以前は、新規事業をやりたいって思っても、できる企業は限られていて、やはりリソースが潤沢な大企業が有利だったと思います。
でも今は違う。ベンチャーや小さな企業でも少ない投資で大企業並みのITリソースを活用することができるし、資金調達の方法も増えました。もはや新規事業を生み出すためのスタート地点は、大企業もベンチャーもほぼ同じ。大企業にとっては危機的状況です。
私たちにはないアイデアとスピード。それが、ベンチャーの最大の魅力です。
数年前に海外の大手企業を視察した時に、R&D(自社研究開発)とほぼ同等の割合でオープンイノベーションを推進している企業がゴロゴロありました。
これからの企業戦略においては、世界中で生まれてくるアイデアやビジネスをいかに早くキャッチし、コラボレーションし組み合わせるかが、革新的でイノベーティブなサービスをスピーディに生み出すための重要なファクターのひとつになると思っています。

世界をともに変える相手

──協業相手として、NTTデータが求めているベンチャーはどこですか。
残間(NTTデータ):参考までに、オープンイノベーションビジネスコンテストの第4回では、募集テーマとしてIoT、ビッグデータ、デジタルマーケティング、フィンテック、エネルギー、インシュアランステック、ディスラプティブイノベーションといった7つのカテゴリとさらにそれをブレークダウンした12の協業候補ソリューションを提示しています。
これが、今NTTデータが力を注ぐ分野であり、私たちにも提供できるアセットがある分野です。
現在、世界中の約250のアクセラレータや政府機関などと連携し、グローバルなベンチャーにもどんどん参加いただいています。さらに、2017年3月の第5回ビジネスコンテストでは、日本に加え、シリコンバレー、ロンドン、トロント、マドリッド、シンガポール、テルアビブ、サンパウロと、世界8カ国での情報発信とアイデア募集を本格的に展開する予定です。
私たちって、他のITのメーカーと違ってプロダクトをもっていないんですね。何を売っているかというと、社会インフラを支える仕組みです。
電電公社の時代から社会のインフラを支えてきた自負はありますし、今でもその遺伝子は当然大切にしています。
ですので、先ほど話した7つのカテゴリで新たな協業ソリューションをつくっていきたいのですが、ビジョンとしてこれからの新しい社会インフラを一緒につくっていこうという熱い思いを持っているベンチャーとぜひ一緒にやりたいです。
私の思いは、オープンイノベーションビジネスコンテストのサブタイトルに掲げている「さあ、ともに世界を変えていこう」。一過性で終わるのではなく、コンテストなどを通じて得た出会いを大切に継続的に協業していき、世界でも類を見ない革新的な新しい社会インフラを築くことです。
辻(マネーフォワード):ビジネスのスピードが日増しに速くなっているのを最近ものすごく実感しています。ユーザーの要求レベルも上がっているし、ますます多様化してきた。その中で1社単独でビジネス展開するのは、難しくなってきていると思います。その観点で大企業とベンチャーの組み合わせは、これからも有効だと感じています。
 
(取材/文:木村剛士、写真:風間仁一郎)

NTTデータが提供する社会インフラなどのソリューションとベンチャーのプロダクトやサービス、アイデアを融合させ、さらにお客様も巻き込んで「WIN-WIN-WIN」を実現するような革新的なイノベーションを生み出すプロジェクト。ベンチャーほか、大企業の新規事業部門など世界中から広く公募しており、プレゼンなどを通じて最優秀賞と優秀賞を選定。最優秀賞には3カ月間(2016年10月~12月)ビジネス化を支援。詳細は こちら