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NewsPicks編集部

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たまには毒を吐いてみると、すごく後出しジャンケン。そして、見放された日本で商売をしている以上、批評だけではなく、提言で締めてもらえるよう期待します。
たまに思いますが、そんなに日本がイケてないなら、海外で暮らせば、と思ってしまいますし、日本で踏ん張っている方々もいる。日本人もそれほど卑屈になっているつもりではない。
そして私は日本の技術や通信はまだ可能性を秘めていると信じてがんばるのみ、です。
2005年は日本にとって分水嶺になった年。当時、IT業界の担当をしていましたが、時代が揺り動く気配がありました。ちなみに、2005年の流行語大賞は、「小泉劇場」と「想定内 (外)」です。
この連載を読んでると、日本は島国で、ビジネスがどこまでいっても国内のシェアをどう取るか、に向かっているから、オープンな世界になった時に世界を取れるチャンスを逸するような市場の状況になっているんだろう、と読んでいて感じました。iモード、FeliCaなど。2005年から10年経った今、どこまで変わっているんでしょうか。本当に世界で戦う視点になれているのか、自問自答を迫られる内容でした。
省電力方向への転換ができなかった、遅れた企業のターニングポイントが2005年なのだと思います
今回もとても面白い。確かに日本には各業界に殿様が居て未だに威張っているけど、LINEですらフェイスブックの100分の1位しか時価総額つかないように、世界から見たら日本語圏なんてどうしようもなくマイナーになっていて、今後もその傾向強まっていくから若い人は殿様的存在に文句言う暇あったら海外に思い切って出ればイイと思う。閉塞感ないだけでも大分生きやすくなる。
たしかに、2005年は分水嶺。セルサイドアナリストをして、吠えていてもアカンと思って、ファンド、株主の立場から、電機業界を変えようと思った。
IB部門やコンサルという選択肢もあったが、しょせん、お客が電機メーカーだと強いことはういえない、お客の会社をコンサルしていて、社長、アンタ辞めなはれ、とはいえない。最初はヘッジファンドからいこうとして、そこで、今でいう友好的アクティビスト的な発想を考えていた。
のに、ホリエモンや、村上が、安易に暴走したので、そういうことができなかうなった。私だけでなく、多くの志ある人間が、慎重に、計画したが、ホリエモンや村上ファンド一連の事件だダメになった。

もう一つの分水嶺は99年だ。アジア危機のあとで、日本はチャンスだったのに、ITバブルに乗りおくれ、方向を見誤った。FPDでも、PDPなんかに投資したし。対アジアという意味では、重要な転換点。
出井さんの指摘を受けて改めて見直してみましたが、時価総額トップテンの半数を未だ元官営ビジネス(NTT、ドコモ、JT、郵政、ゆうちょ銀行)が占めているってのはすごいですね。
2005年、そのちょっと前に当時私の勤務先の隣に新しいビルが出来て、どんな会社が入るのだろうと思ったらソニー・エリクソンだった。ビルの一階にスターバックスがあって、出入りする社員も若くて華やかで、まさに時代を切り開いている雰囲気が漲っていた。隣にある私の勤務先は服装も雰囲気も地味で、隣のスタバに出入りするたびに、我彼の雰囲気の差を実感したものです。

しかし10年後の今、ソニーエリクソンは会社自体が別の会社に変わり、私の勤務先はより成長している。

私の勤務先もその業界も世界から見放されてなどいない。むしろより世界での存在感を増している。

ソニーや電機メーカーが勝手に脱落しただけではないのでしょうか?それを「世界が」と他者を主語に語るような発想だから、脱落したのでしょう。
やはり出井さんからみても2005年は転換点だったですね。僕たちインターネット業界からすると流れが変わった実感はもちろんあったけど、それは大企業からみてもやはりそうだったんですね。
ガラパゴス化の要因がどこにあるのだろうかとずっと考えてましたが、IT分野においては主要キャリアの権力が強いことが影響してるのだと学習しました。

権力構造により生まれているバイアスを壊す発想こそ、日本がガラパゴス化から脱して世界で戦うために必要なことなのだと思います。
この連載について
日本のIT史において重要な企業であるソニーとライブドア。そのトップだった出井伸之氏、堀江貴文氏が、1995年、2005年、2015年、そして2025年の未来を語り尽くす。