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どうしてデザインが重要なのか

【ウジトモコ】既存ユーザーを大切にしながら新規を開拓する戦略

2016/6/9

前回の記事には、予想を上回る多数の貴重なコメントをいただきました。まずはお礼申し上げます。

最終回は、本日刊行となります『生まれ変わるデザイン、持続と継続のためのブランド戦略』(ビー・エヌ・エヌ新社)のメインテーマ「生まれ変わるデザイン」について、前回の記事とそこに寄せられたコメント、さらに本書の冒頭で実例として挙げている福島県会津下郷のまんじゅう屋・笹屋皆川製菓の「デザインリニューアルにおけるフレームワーク」を重ね合わせて、解説したいと思います。

笹屋皆川製菓は、江戸時代の天保年間創業のまんじゅう屋です。老舗であることから、これまでのおまんじゅうを愛する多数のお客さんはいるのですが、「まんじゅう市場」には限界があるため、このままでは事業が縮小してしまうと考えていました。

そこで、新商品の「こだわりプリン」を開発するのですが、新しい市場を攻めるだけでは、企業(ブランド)のUSP(独自性)を守れず、ブランドの価値(エクイティ)を上げることは叶いません。けれども、旧市場に捕らわれていては、思い切った改革が進みません。そこで、老舗のまんじゅう屋がとった「デザイン戦略」とは……という内容です。

実際に起こったエピソードを交えて、老舗の葛藤、選択、リブランディングへの挑戦、そして新規顧客の開拓までを、デザイン導入事例やロジックを交えて紹介していますが、今回はその核心のフレームワークのさわりだけお伝えできればと思います。

まずは、ここで復習しておきたいのですが、連載第1回の「【アートディレクター・ウジトモコ】デザインは誰のものなのか」において、このように書きました。

「人間の五感や直感と「ビジネスの戦略」がとても近づいているのです。そして、これを、つなぐのがデザインです。」

考え方として、そもそも「デザイン」における定義が個人によってあいまいになりがち、という前提を考慮しつつ(デザインとは何か、だけでも連載が組めるくらいなので今回は省略しています)、コメントをいただいた多くのピッカーの方は、「ビジネスとデザインの戦略を切り離して」コメントを書かれています。「デザインだけでは解決できない」のではないだろうか、と。

確かに、皆さんの仰るとおりです。ビジネスの戦略を実行する手段としての「ツール」としてデザインを使わなければ、問題解決としての役割は決して果たすことはないでしょう。そして、これが第1回の「誰のためのデザインなのか」であるのに対して、この第3回目は「何のためにデザインするか」という命題になります。

古いお客さんを守りながら、新しい市場を開くには

せっかくの機会なので、このまんじゅう屋のフレームワークを、NewsPicksの新規顧客獲得における戦略に当てはめて、シミュレーションしてみましょう。

A)まんじゅう市場=今のままが良い、むしろ今のままが良い(NP既存ユーザー)

B)プリン市場=まんじゅうに興味・関心がない、まんじゅうを知らない(NP新規見込みユーザー)

C)笹屋皆川製菓=事業主、メーカー、マスターブランド(NP、ユーザベース)

と置き変えてみます。

ストーリーでは、「まんじゅう(NP既存ユーザー)は守る」設定となっているため、そこには一切手をつけず、「笹屋皆川製菓本体(マスターブランド=NP)」のアイデンティティ・デザインに、未来の姿を重ね合わせて、デザインリニューアルを行います。「このままで良い」というファンの心理を大切にして、ブランドから既存のユーザーを失わないためです。

詳しくはぜひ本書をお読みいただきたいのですが、笹屋皆川製菓は、新・旧の事業戦略やイメージがぶれないようにリニューアルを行い、つなぎ、育て、持続・継続するブランド戦略へと拡張・展開していきました。

もちろん、NPの例でいうと、今はまさに「デザインリサーチの初期段階」ですので、あくまでも仮説の初期、もしくは、問題定義の発端としてしかこの連載では公開できませんが、まんじゅう屋のフレームワークに当てはめて考えたとしたら以下のような仮説・戦略は有効といえます。

1) 既存ユーザー(A)の「ブランド(C)に対する愛」は大切に受け止める

2) 新規ユーザー(B)獲得問題に対しては「ブランド(C)の強み(=デザイン含む)」を生かす戦略を選択する

3) 二つの異なる方向性(「コメントが好き(A)」な層と「コメントがうざい(B)」というターゲット層)に対してストレスない機能選択(=デザイン)を実装すれば確実に新規ユーザーは増えるといえる

4) 既存ユーザー(A)向けと新規ユーザー(B)向けのインターフェースにはシナジーや一貫性があることがブランド(C)の成長につながる

また、ここからは、NP編集部やユーザベースの経営企画室を取材していないのであくまでも個人の推論で書きますが、とても多かった意見に「女性はそもそも、経済の記事に興味がない」というものがありました。

ただ、現在NPには経済の比較的難しい記事についても、わかりやすく、またとてもユニークな視点からコメントをしてくださるピッカーさんが多数います。

そのため、NPをきっかけに「女性が経済ニュースに目覚める」ことで「女性らしさを活かした職業やセンスが経済を知ることでより社会の活性化に繋がる」「もともと優秀な女性の更なる活躍の場を拡げる」といった国を挙げての課題解決にも、NPが率先して貢献できる未来も想定可能です。そして、ここでもデザインはお手伝いができます。

これは、女性だけでなく、次世代の人材育成と考えていただいてももちろん結構です。

既存ユーザーからは見えない解決の鍵

まんじゅう屋のストーリーでも何度か登場するのですが、既存ユーザーを大切にしながら、新規見込みユーザーを開拓する戦略には、「移行期」における導入などで、難しいかじ取りが求められます。

NPを気に入っている「既存ユーザー(市場)」にとっては、そもそもデザイン面や機能面で比較的不満がないのです。

その一方で、日頃から筆者が実務で関わっているUX,UI関係のデザイナー、グラフィックデザインやDTP事業者、また「NPのデザインが気に入らないから登録していない」人たちは、デザインを変えればユーザーになる可能性の高い「新規見込みユーザー(市場)」であり、「不満がある」という印象を持つ方もいるのではないかと思います。

戦略においては、新規見込みユーザーの意見をむやみに取り入れると、これまでの価値を損ねてしまいます。しかし、既存ユーザーに影響されすぎてもいけません。これは、NPに限らず、多くのサービスが抱える課題です。

たとえば、テレビの視聴率調査などは顕著な例ですが、現在テレビを視聴している既存ユーザーに「今のテレビ番組に不満はありますか?」「どんなテレビ番組が好ましいですか?」とアンケートをとっても、そもそも「現状のテレビが好きで見ている人たち」なわけですから、問題解決の鍵となる決定的な答えは、そこからは現れません。

NPにおいても、既存ユーザーのコメントからは「まんじゅう市場」は見えても、「プリン市場」は見えにくく、同様の課題があると言えるのです。

「デザイン」は一発屋の戦略?

本書で言う「生まれ変わるデザイン」とはつまり、既存ユーザー(市場)を守りながら新しい未来を拓くための持続と継続のためのブランド戦略です。

これらの戦略を実装するにあたり、ブランド醸成における「時間的な誤差を埋めるかじ取り」や「ブランドの一貫性」を保つルールとして拡張可能なデザインガイドラインをあげています。

デザインについての誤解として「デザインを紙一枚での価値」や「一度きりのキャンペーン」と捉える方は少なくありません。「ブランドのデザイン」は、そのブランドらしさを長きにわたって、つなぎ、育てることが何よりも有効であるにもかかわらず、です。

それに関する国の施策として、アメリカ合衆国では「デザインガイドライン」を掲げ、「U.S. Web Design Standards」というスタイルガイドを公開しています。

では、私たちは、国の法令として「デザインガイドラインを導入しよう」と決まる日が来るまで、指をくわえて黙って待つしかないのでしょうか。そんなことはありません。本書では、自治体レベルで実際の導入に成功した山口県防府市における「拡張できるデザインガイドライン導入」における取り組みも紹介しています。

「問題解決とデザイン」「ビジネスの戦略とデザイン」については、まだまだぴんとこない、と言う方も多数いらっしゃると思います。ですが、今回の連載で何かひとつでも「気になった」ところがあれば、ぜひ、この機会に本書を手にとっていただければ幸いです。

全3回にわたってお読みいただき、ありがとうございました。
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