【尾原和啓】IoTとは「おもてなし」である

2016/6/4
京都大学院で人口知能論を研究。マッキンゼー、Google、iモード、楽天執行役員、2回のリクルートなど事業立上げ・投資を歴任。現在12職目 、バリ島をベースに人・事業を紡いでいる。ボランティアでTED日本オーディション、Burning Man Japanに従事するなど、西海岸文化事情にも詳しい。著書「ザ・プラットフォーム」(NHK出版新書)はKindle、有名書店一位。ベストセラー前著「ITビジネスの原理」(NHK出版)も Kindle 年間ランキングで2014年、2015年連続Top10のロングセラー(2014年7位、2015年8位)。韓国語、中国語版にも翻訳されている。

IoTと人工知能は裏表

筆者は現在、バリ島をベースにしながら、産総研人口知能センターのアドバイザーを務めています。いろんな企業さまのご相談を受ける中で思うことは、AIとIoTは裏表の関係だということです。
AIは入力と出力があって最適化するものです。IoTは、センサーやアクチュエーターによって、あらゆるものが情報とつながり「入力」となり、動作・示唆として「出力」されていきます。
つまり、IoTは入力、出力を担い、AIはその間の最適化を担う表裏の関係なのです。
で、AIは最適化を担うとさらりと書きましたが、何を最適化するのでしょうか?
IoTでは体重を最適化したり、ゴルフやスノーボードの上達を最適化したりする例が多いですね。
ただし、実は「何を最適化するか」をちゃんと考えて相談に来られる方は意外と少なく、「IoTやAIでうちの会社が変わるんでしょ?」というぼわっとした質問がほとんどです。
そんな質問をIoTのプロである小笠原治さんと話したときに出てきたのが、「IoTはおもてなしである」という説明です(本記事は小笠原さんの近著「メイカーズ進化論―本当の勝者はIoTで決まる」(NHK出版新書)に寄るところが大きいですので、原本を読まれることをオススメします)。
IoTでよく出る例は「朝起きると勝手にトーストが好みに焼かれて、冷蔵庫で卵がなくなると自動的にオーダーする」というものですね。
おもてなしの定義は、いろいろありますが、私は以下の定義が好きです。
「顧客の無意識に同調し、無意識的な行動に対して先回りした動きをする」
この定義は、結婚式運営からはじまって文化財、歴史的建造物を活用して日本のインバウンドに貢献するバリューマネジメント社の李英俊さんによるものです。
まさに、このIoTの事例は先周りするおもてなしです。
ですので、このおもてなしを考えること、なぜ人がおもてなしにはまり、お金を払うのか、を考えることで、IoTのビジネス化を俯瞰することができるのです。

Google Glassのおもてなし

ITで先回りすることで何が生まれるのでしょうか。それを考える際にわかりやすいのがGoogle Glassのコンセプトビデオです。
このビデオは2012年につくられたコンセプトビデオです。Glass自体は現在、販売停止中で次のサービスが待たれています。ただ、この2分半のビデオには「おもてなしとしてのIoT」のエッセンスが凝縮されています。
まず、一度ビデオを見た後に以下の解説を読んでください。
主人公が朝目覚めます(余談ですがこの手のコンセプトビデオでは時間短縮のためになぜか着替えた後の出で立ちで目覚めます)。壁を見れば、Glassが察して時計とその日の予定を、空を見ればその日の天気を表示します。
友人からの「会おうよ」というメールに対して、食事をしながら会う場所を返信します。
ここからが、おもてなしポイントです。
主人公は友人に会うため地下鉄に乗る地上入口の前で、目的地に向かう地下鉄が止まっていることを先回りで知らされて、その目的地に徒歩で行ける代替ルートの提案を受け、初めての道を歩き始めます。
初めて歩く道でも最短ルートを適宜表示してくれますから、不安がありません。
道端の犬やポスターを見る余裕ができ、ポスターからコンサートを予約して、さらに、ポスターで興味をもったウクレレの本を本屋の楽器本のコーナーをさっと知ってすぐに購入します。
つまり、「ユーザの決まった行為をする負荷を減らすことで、決まっていない新たな偶然を呼び込む」ことができるのです。

IoTの3つの儲かりどころ

この新たな偶然のことをおもてなしでは、サプライズと言いますね。
おもてなし、サプライズの魅力で有名なのはホテルのリッツカールトンです。 
リッツカールトンでは、おもてなしの魅力に顧客は通常よりはるかに高い宿泊費を喜んで払います。おもてなしに、サプライズに付加価値を感じ、リピートするわけです。
リッツカールトンの秘密の一つに、社員たちが常に持ち歩くクレドがありますが、その中に以下のようなチャートがあります。
エモーショナルエンゲージメント = ミスティーク x 機能的  
ミスティークとは 妖精のイタズラのことで、日本語ではサプライズにあたります。見えなくなるくらい機能的で生まれた余裕に、妖精のようなイタズラが加わると顧客ははまるということです。
つまり、IoTにおいては、3つの儲かり所があることになります。
1. ダイエット、教育などゴールに向かって最適化してくれること
2. 最適化によって、決まった行為をする負荷を最小化される快適さ
3. 2によって生まれた余裕から呼び込まれる新たなサプライズ
特に3はリッツが言うエモーショナルエンゲージメント、顧客との情的なつながりを生みます。それによって、お客さんはリッツにはまり、プレミア価格を払ってくれるようになるのです。
今年のCESではFit Bitなどの健康系IoTウェアラブルのコピー商品にあふれており、「うちは同じ機能を半額でできるよー」というコピーが乱立していました。
今世の中で出ているIoT商品は 1か2が多く、特に1だけで戦っている商品は、コピー商品との価格競争の中ですでに埋もれてきています。
ホテルというコモディティ化しやすい競争の中でリッツが抜け出し、プレミアを享受できたように、IoTの中でも1、2、3を組み合わせていくことが大事になるのです。

「配給型EC」という商機

この1、2、3を組み合わせていくと、儲かり所は最適化サービスだけに留まりません。2の決まった行為をする負荷が最小化されると、人はそこに委ねます。
先ほどの冷蔵庫で卵がなくなると自動的にオーダーするという例ですね。
人は買い物において、商品を買うという物質コスト以外に、買うという行為の時間コスト、そして、「買い忘れた、あちゃー」という不安コストを払っています。特に、忙しい現代では、後者の2つのコストが大きくなってきています。
ですので、この2つが最小化されれば人は少し高くてもモノをそこで買うでしょう。
その事例の一つが、Amazon Dashが洗濯機やプリンターに対応して、なくなりそうな手前で自動発注してくれる機能です。
今後、こういった定型化したタスクを自動化する「配給型EC」は進んでいくでしょうし、ここを握ることによって、自動配給による商流をつかむことができます(このあたりの考察は、こちらの坂本さんのブログが素晴らしいです)。
そして、その先にあるのが3の「余裕があるから呼び込めるサプライズ」です。
人は変化に刺激を感じる生き物です。特にソーシャル時代では、人と違った、今この場でしか楽しめないことがInstagramやFacebookで「いいね!」という承認快楽をもたらすため、人はより変化を求めるようになっています。
Google Glassの例では、新しい道でも安心して歩けることで、ウクレレ歌手のコンサートチケットを買ったり、ウクレレを習う本を買ったりという消費を呼び起こしました。それも彼女に夕日を見せながらウクレレを奏でるという承認欲求に突き動かされてですね。
こういった新しい消費行動のメカニズムを分析すると、1と2があるからユーザはデータを喜んで提供し、そのデータに基づいて、ユーザの不安、行動コストを最小化することで新しい余剰消費を呼び込むわけです。
こういった自動配給型のEC、余裕から生まれる新たな余剰消費が見込めれば、IoTの端末自体は無料で配られる時代が来るかもしれません。つまり、ユーザの行為そのものがお金に変えられる時代になっているわけです。
日本がおもてなしの国であるのであれば、IoT時代における「おもてなしサービス」のユースケースがたくさん日本で考えられるはずです。日本のおもてなし精神とIoTの組み合わせ──そこにきっと大きなビジネスポテンシャルが存在するはずです。