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時代を受けて進化する乳幼児の音楽教育

乳幼児がスクラッチ、「赤ちゃんDJ」教室に潜入

2016/5/29

童謡、ロック、ジャズ

R&Bやヒップホップを生み出し、音楽シーンに影響を与え続けてきたNY──。

ここでは、赤ちゃんが聞き、情操を学ぶ音楽も一味違うようです。

赤ちゃんが最初に触れる音楽といえば、お父さんやお母さんが歌う童謡や子守歌が基本です。CDなどで音楽を聞かせる場合には、親の好みもあると思いますが、クラシックなどが一般的でしょうか。

また、ピアノやバイオリンなど楽器の弾けない乳幼児向けの音楽教室といえば、日本の場合は、スイス人の音楽研究家が編み出した「リトミック」が定番です。初めての習い事として水泳と肩を並べるほど人気となり、保育園でもその教育方法が導入され始めています。

一方NYでは、リトミック教室は極めて少数派です。ニューヨーカーのママに人気の育児情報サイトMOMMY POPPINSで音楽教室を検索してみると、ロックやジャズ、ブルース、サルサ等、人種のるつぼと言われるNYらしく個性豊かなものでした。

赤ちゃんの「スクール・オブ・ロック」

ユニークな乳幼児音楽教室の先駆けと言われているのが、1997年、NYイーストビレッジにある地下のレストランで始まった「ツチブタとその他哺乳類のための音楽(Music for Aardvarks and Other Mammals)」です。

今でも童謡といえば「ゆかいな牧場(Old MacDonald Had a Farm)」や「きらきら星」など、動物や自然が題材のものばかり。

しかし、グラムロックミュージシャンのデビッド・ウェインストーンさんは、2歳の息子のために「退屈な童謡を聞かせるのは我慢ができない」と言い、タクシーや地下鉄、ベーグルなどNYらしい身近な題材でオリジナルの歌をつくりました。その歌を教えたのがこの教室の始まりだとのこと。

当時は数多くのメディアで紹介され「ウェインストーンはNYの子ども向け音楽業界を変えた」(タイムアウト NY誌)、「ウェインストーンは規格外だ」(ニューヨークタイムズ紙)などと話題になり、米国の子どもに絶対的に支持されているTV番組“Nick Jr.”などでも彼の歌が使われ、人気となりました。

現在は米国12州のほか、英国に教室を展開。250のオリジナル曲、16枚のCDを発売している。

現在は米国12州のほか、英国に教室を展開。250のオリジナル曲、16枚のCDを発売している。(Music for Aardvarks and Other Mammals

その後、ジャズやオーケストラ、オペラなどの演奏施設が集まるリンカーン・センターで、生後8カ月-5歳を対象にしたウィングやストンプなどジャズのリズムで身体を動かす音楽教室「WeBop」が始まりました。

そして2013年、乳幼児音楽教室のニューウェーブとして、エレクトロリミックスの音楽に、身体を動かすための歌詞を加えた乳幼児DJ教室「Baby DJ School」がブルックリンの古着屋の片隅で小さく産声をあげました。

対象は、生後2カ月から5歳までの子どもです。赤ちゃんとDJいう意外性のある組み合わせが話題となり、ABC放送の国民的番組「グッドモーニング・アメリカ」やタイム誌など数多くのメディアで紹介され、瞬く間に有名になりました。

また情報誌のタイムアウトNYにおいて、「2013年で最も革新的な乳幼児教室」として選出されています。現在はブルックリンの他、マンハッタンなど12ヵ所で教室を展開し、一過性の流行ではなく着実に事業を拡大しているようです。

しかし、実際に赤ちゃんにDJができるか?

そんな疑問をもちながら、設立者であり、現在も先生としてレッスンを行うミュージシャンでDJのナタリー・エリザベス・ウェイスさんにこの教室を始めたきっかけや現在のビジネス状況などを聞いてみました。

これまで約25ヵ国のメディアに取り上げられているそうですが、日本のメディア取材はNewsPicksが初めてということもあり、インタビューを快諾いただき、レッスンにも参加させていただきました。

2013年、ブルックリンの古着とビンテージレコードを扱う店「Cool Pony」でのレッスン風景(提供:Baby DJ School)

2013年、ブルックリンの古着とビンテージレコードを扱う店「Cool Pony」でのレッスン風景(提供:Baby DJ School)

リーダーシップ力が付く?

ナタリーさん は、有名ミュージシャンのライブでDJとしてパフォーマンスをしていた経験を持つプロのDJ。そんな彼女が教室を開いたきっかけは、前出のウェインストーンさんと同じくアーティストならではの自由な発想でした。

「DJとして仕事はあったけれど、それだけでは生活できず、ベビーシッターもしていました。そんなある日、お世話をしていた1歳半の男の子が私の持つDJ機材に興味をもったの。おもちゃと同じで赤ちゃんはボタンを押すのが好きでしょ? そこで、赤ちゃんのためのDJ教室というアイデアが閃きました」

ピアノやギターなど楽器は弾けない赤ちゃんでも、DJミキサーならボタンを押したり、ノブをつまんで音楽で遊ぶことができる──ナタリーさんはそうひらめいたそうです。

「“赤ちゃんDJ”なんて奇妙だけど、誰もやっていないこと。ベビーシッターとDJという背景をもつ私にしかできないこと。それに、昔から歌われている童謡のリズムには、大人も赤ちゃんも聞き飽きたでしょ? ヒップホップやエレクトロなど、新しいリズムが脳にも刺激を与えるはずと考えました」

そう直感的に感じたと言うナタリーさんは、ただの一風変わった教室で終わらないよう乳幼児の脳科学や音楽療法について勉強し、現在のレッスンプログラムを決めていったそうです。

「プログラムには、音楽や運動能力はもちろん、人間性や社会性を向上させる目的も加えました。例えばレッスンは、子どもの年齢を分けず混合です。これにより、年長の子どもが年下の子どもにヘッドフォンやレコードを渡すなど介助することで、リーダーシップ性を促進し、他人を思いやる気持ちを育むことができます」

会場は “フィットネス”クラブ

インタビュー後、ますます興味が出てきたこの教室に、1歳半の娘と共に参加させていただきました。

この日、レッスンが開かれたのは、いわゆるDJが活動する薄暗いクラブではなく、マンハッタン・ミッドウエストにある豪華なフィットネスクラブ「Mercedes Club」。0歳10カ月から1歳10カ月までの赤ちゃん5人が、お母さんまたはベビーシッターと一緒に参加していました。

Mercedes Benzのショールームの隣にあるフィットネスクラブ「Mercedes Club」。さらに隣には高級レジデンス「Mercedes House」もある

Mercedes Benzのショールームの隣にあるフィットネスクラブ「Mercedes Club」。さらに隣には高級レジデンス「Mercedes House」もある

参加者のお母さんの特長としては、ピチピチのヨガパンツにナイキのスニーカーといった流行の“アスレジャー(「アスレチック」と「レジャー」を組み合わせたノームコアに変わるファッション・トレンド)”スタイル。年齢は30代前半から40代くらいで、クラブ通いが好きな若いママだけではないようです。

ナタリーさんによると「参加者は30代後半のお母さんで、流行に敏感な人が多い」とのこと。

時間になりナタリーさんは教室に入ると、早速テンポの速い音楽をかけ、DJ機材の名前を歌いながら紹介し始めました。そして、子どもたちを「DJ Jack」などと名前と呼び、子どもたち(主にお母さんたち)も歌に合わせて「Hello Laptop!」と復唱します。

「日常生活では聞かない新しい言葉を学ぶことは、脳への刺激につながる」という考えから、このようにDJ機材の名前を挙げ、あいさつするそうです。

続いてオリジナル曲「Put Your Hands Up!」に合わせて手をあげたり、足踏みしたり身体を動かしていきます。私たちは賑やかな雰囲気に圧倒されつつも、配られたマラカスを振って応戦しました。

次に、全員にヘッドホンが配られ、順番にDJミキサーにつなぎ、赤ちゃん自身がスイッチのオンオフをしながら、左右の耳で違う音楽を聞いていきます。初めてDJミキサーを触る娘は、大変興味深げにボタンを押して左右の音楽を切り替えたり、音量を上げ下げしていました。

「このレッスンにより、音楽に合わせて全身を動かすことや、ミキサーのボタンをつまむ、押すなどの指先運動などの繰り返しにより、体力や運動スキルを鍛えることができます。また、同じ歌を繰り返し歌うことで、言語能力の向上も期待できます」(ナタリーさん)

DJ風にヘッドホンを耳と肩ではさむ娘。左右から違う音が流れる初めての経験に、不思議そうな顔をしていました。

DJ風にヘッドホンを耳と肩ではさむ娘。左右から違う音が流れる初めての経験に、不思議そうな顔をしていました。

ミキサーのスイッチをオンオフさせる赤ちゃん(提供:Baby DJ School)

ミキサーのスイッチをオンオフさせる赤ちゃん(提供:Baby DJ School)

英語習得にも効果的?

全員がミキサーで遊び終わると、オリジナル曲が流れます。その名も「PITCH(音の高低)」。「Today we learn about Pitch~」という歌詞から始まるこの曲をナタリーさんが歌い、子どもたちは音が高くなると手を上にして飛び跳ね、低くなると地面に手を叩きます。

幼児番組で使われる曲が、エレクトロサウンドになり、そのリズムに合わせて体操をしているような感じです。この場の雰囲気に慣れてきた娘は、この曲が大変気に入り、誰よりも元気に動いて楽しんでいました。

その他、人気のキッズソング「Wheels On The Bus(バスの歌)」をオリジナルでリミックスしアップテンポに。「車輪がクールクル、クールクル」と歌いながら手をぐるぐるまわし、歌と身体を動かしていきます。

レッスンはもちろんすべて英語ですが、「Up」「Down」「High」「Low」などの歌詞だけではなく、音程、テンポの高低に連動しているため、まだ英語を理解していない娘でも感覚的に身体を動かすことができました。

ナタリーさんは「このクラスで使われるCDとソングブック(レッスン受講料に含まれています)を家でも繰り返し聞くことで、楽しく英語を学ぶことができます。ノンネイティブの人の英語の習得にも効果的です」と言います。

昨年は、韓国と台湾の幼児教室に招かれて特別授業を行ってきたそうです。英語教育に力を入れているご両親方が多く、語学教育としての興味も高かったのだそうです。

お母さんの補助のもと赤ちゃんがアナログのターンテーブルにレコードを設置し、赤ちゃんがレコードの上に手を置き上下させて“スクラッチ”を試る。年長の男児(1歳10カ月)は一人でキュキュっと立派にスクラッチしてみせた。

お母さんの補助のもと赤ちゃんがアナログのターンテーブルにレコードを設置し、赤ちゃんがレコードの上に手を置き上下させて“スクラッチ”を試る。年長の男児(1歳10カ月)は一人でキュキュっと立派にスクラッチしてみせた。

最後にエンディング曲が流れ「Bye Bye USB!」と機材に別れを告げ、瞬く間に45分間のレッスンが終了しました。

静と動の活動が短い時間で交互に繰り返されるため、赤ちゃんが最後まで飽きず、新しい刺激を受けて好奇心も満たされているようでした。

ちなみに、レッスンは1クール8週間、週1回で200ドル(CD・歌詞本付き)。この日が今クール最後のレッスン。参加していたお母さんのほとんどは、6月から始まる新しいクールに参加するそうです。

昨年からこのクラスに通い、先ほど見事に“スクラッチ”を決めていた男児のお母さんに、この教室に参加した理由について聞いてみました。

「息子が楽しんで参加しているので続けています。他のナーサリーソング(子守唄)では少し退屈そうなので、家でもこの教室のCDをかけて聞いています。私自身、ヒップホップが好きなので、ここにくるのが楽しい」

乳幼児教室だからといって子ども向けにしなければいけないのではなく、子どもと大人がどちらも楽しめるように、“Out of the box”な発想でサービスを提供することが、NYで人気を得る秘訣のようです。

最後にナタリーさんに今後の事業展開について聞いてみました。

「マンハッタンの教室やイベントの依頼も増えてきてビジネスは順調ですが、機材などのコストもあるから、最近になってようやく黒字になったばかり。メディアに取り上げられたおかげで、一時期レッスンへの申し込みが殺到して、それに応えるためにコストを考えず1つ25ドルもするヘッドホンをたくさん購入してしまったの(笑)」

「今後は、NY以外の州や、アメリカ以外の国でも教室を開いていければと思います。2016年秋にはLA、来年にはアトランタでも教室を開設する予定です。もちろん、日本でも赤ちゃんにDJを教えたいという熱意のある人がいたら、私がメソッドを教えるので、ぜひ連絡してほしいですね」

次回以降も、スタートアップが盛んなNYで、ビジネスチャンスを掴もうとしているユニークなサービスや商品を紹介していきたいと思います。