onishi_ban.001

なぜサッカースタジアムを建てないのか?

オバマ訪問で沸く広島。旧広島市民球場をめぐる「仁義なき戦い」

2016/5/29

ど真ん中の「真空地帯」

5月27日、米オバマ米大統領の訪問で世界の目が集まった広島。午後4時すぎ、安倍晋三首相を乗せて岩国基地を飛び立った自衛隊ヘリは、広島・平和祈願地区の「空き地」に着陸した。

実は地元広島では、この空き地を巡って「仁義なき戦い」が繰り広げられている。

ここにサッカースタジアムを建てたいJリーグ・サンフレッチェ広島と、別の場所に誘導したい広島県と広島市が一歩も譲らぬ構えで対峙しているのだ。

午前10時。筆者は新幹線で広島に着いた。そのまま車で平和記念公園に向かう。広島県警はもとより警視庁、大阪府警など全国から動員された警官で敷地内は物々しい。

道を一本隔てたところに、その「空き地」はあった。

旧広島市民球場跡地。市の真ん中に巨大な空白地

旧広島市民球場跡地。市の真ん中に巨大な空白地

旧広島市民球場跡地。2009年に広島東洋カープの本拠地が現在のマツダスタジアムに移転した後、2010年まではアマチュア野球に使われていたが、2012年に解体され、その後は現在に至るまで更地のまま放置されている。

オバマ大統領の訪問を数時間後に控え、観光客と警官でごった返す平和祈願地区の中で、そこだけが奇妙な静けさを保っていた。120万人都市・広島のど真ん中にある「真空地帯」である。

サンフレッチェ会長の提案

ここに「サッカースタジアムを作りたい」と言っているのが去年のJリーグチャンピオン、サンフレッチェ広島である。

現在、使っている「エディオンスタジアム」は老朽化が進み、トイレの数や屋根の大きさ、照明設備の性能がJリーグの基準を満たしていない。おまけに陸上競技のトラックがあるため、観客席からグラウンドが遠く、サッカーの臨場感が伝わりにくい。

2011年にクラブが新スタジアム構想を打ち上げ、40万人の署名を集めた。

その後、さまざまな議論を経て、候補地は旧広島市民球場と市の中心部から南に7キロほど離れた「広島みなと公園」の二カ所に絞られた。サンフレッチェが希望していたのは、アクセスの良い旧広島市民球場である。

ところが広島県、広島市、広島商工会議所の三者で構成する作業部会は2015年、「広島みなと公園が優位」という結論を出す。

「旧広島市民球場がある平和祈願地区は建物の高さ制限があるため、3万人収容のスタジアムを建てるためには地面の掘り込み作業が必要で、広島みなと公園に比べ建設費用が80億円高くなる」というのが、その理由だった。

待ったをかけたのがサンフレッチェ広島の久保允誉会長。サンフレッチェ広島の筆頭株主になっている家電量販大手、エディオンの社長でもある久保氏は2016年3月、「ヒロシマ・ピース・メモリアル・スタジアム構想」を発表した。

このプランでは収容人数を2万5000人にすることで地面の掘り込みを不要とし、建設費用を140億円に抑える。このうち30億円を久保氏とエディオンが負担、寄付金を30億円、スポーツ振興くじ(toto)などからの助成金35億円を見込み、後の45億円は借り入れで賄う。

アクセスが良く集客力が高まる旧市民球場なら入場料収入のアップなどで年間の収支が4〜5億円改善する。広島みなと公園では客足が遠のき2年で債務超過になる、というのがサンフレッチェ側の試算。このため久保会長は「広島みなと公園にスタジアムができても使用しない」と明言した。

森保監督もファンも反対

現場はどう見ているのか。4年前に就任し、サンフレッチェ広島を三度日本一に導いた名将、森保一監督は言う。

インタビューに答える森保一監督

インタビューに答える森保一監督

「サンフレッチェの監督という立場を離れ、一広島市民として、旧広島市民球場という市内の一等地が空き地になっているのはおかしいと思う。広島にとって有益なことに使うべきだ」

その上で巨額の資金を投じてスタジアムを建てるなら、アクセスの良い旧広島市民球場が最適だ、と主張する。森保監督には苦い経験がある。

「去年の12月5日のチャンピオンシップ決勝には3万7000人のお客さんが、エディオンスタジアム広島に足を運んでくれました。我々はガンバ大阪を破って優勝し、サポーターの声援に応えた。でも、そのあとのことを考えると、あの時スタジアムに来てくれたお客さんのうち、何人が『また来よう』と思ってくれたか」

ゲームそのものは後半76分にエース浅野拓磨がゴールを決めるエキサイティングな内容だった。

だがスタジアムの外にはチケットを買えない客があふれ、スタジアムの中もトイレに長蛇の列。食べ物はすぐ売り切れになり、駐車場もバス停も大混雑で多くのファンが「帰宅難民」と化した。

「みなと公園では、きっと、あの日と同じことが起きる」

選手の時代から広島に住む森保監督は、広島みなと公園のアクセスの悪さを心配する。

市内中心部からの交通手段が路面電車とバスしかなく、駐車場のキャパも少ない。

エディオンスタジアムもアクセスは悪いが、広島みなと公園では、さらに悪化する懸念があるのだ。

広島みなと公園の交通アクセスは悪い

広島みなと公園の交通アクセスは悪い

サポーターも思いは同じである。

過去10年、ホーム、アウェイにかかわらずサンフレッチェ広島の公式戦にはほとんど足を運んでいる内田瑠衣さん(13歳)と母親の美和子さんは言う。

「旧広島市民球場なら子供だけでも応援に行ける。お父さんと子供が試合を見て、お母さんは買い物でもいい。行きと帰りに、ご飯を食べたり、寄り道をしたりするところもたくさんある」と瑠衣さん。

さらに母親の美和子さんはこう付け加える。

「花火大会の時、広島みなと公園が大混雑するのは広島市民ならみんな知っています。今のエディオンスタジアムも不便だけど、広島みなと公園はもっと不便。あそこに決まったら観客動員数は減ると思います」

広島みなと公園はその名の通り広島港に隣接しており、港湾事業者もスタジアム建設に猛反対している。ゲームの度に大渋滞が起きたのでは物流がまひしてしまうからだ。

「今の荷主は時間が読めない港を使わない。そんなものができたら、神戸や小倉に奪われる。死活問題だ」と関係者は憤る。

利権とカネの匂い

それでも湯崎英彦知事と松井一実市長は「(広島みなど公園案は)十分な議論を尽くして決まったこと」と言い、久保氏らサンフレッチェ側との協議には応じない。

民間が金まで用意して「自己責任でやりたい」と言っていることを、県と市はなぜ認めないのか。ここまでかたくなだと、痛くもない腹を探られる。

たとえば、県と市は広島みなと公園のある宇品地区の大規模な再開発を計画している。国際会議場やホテルを建設する予定だが、それだけでは人が集まらない。そこでサッカースタジアムが必要というわけだが、知事や市長が再開発の利権に絡んでいるのではないか、という疑惑。

また現在、旧広島市民球場の跡地では時々、「ビールフェスタ」など地元の有力企業が主宰するイベントが不定期に開かれているが、国有地の使用料が国に支払われている痕跡はないという。ここにも金の匂いがする。

サンフレッチェの構想ではスタンドの一角を削り、グランドから原爆ドームが見える構造にする。海外に放映される国際試合が行われるときには、試合中、画面に原爆ドームが映り込む算段だ。

平和記念公園でセレモニーがあるときは第二会場として使うこともできる。「ピース・メモリアル・スタジアム」という名称が示すように、平和都市広島のシンボルになるスタジアムを目指している。

サッカーは世界共通語。平和祈願地区に国際試合が開けるスタジアムができれば、オバマ大統領訪問で注目を集めた広島は、恒久的な情報発信力を手に入れることになる。不定期のビールフェスタよりずっとまともな土地活用に思えるのだが、どうだろうか。