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マネーフォワード主催イベント 瀧俊雄Fintech研究所長 講演

フィンテック専門家の提言。「幻滅期の後にヒットは生まれる」

2016/5/26
2015年に盛り上がりを見せたフィンテックも、今年に入って落ち着いてきた。一過性の流行言葉として終わったのか、それとも「安定期」を迎えたのか。マネーフォワード主催のイベント「MFクラウド Expo2016」で、同社でFintech研究所長を務める瀧俊雄取締役が講演。フィンテックの勘所を語った。後半に企画された「日経FinTech」の原隆編集長との対談を含め、その内容をリポートする。
瀧俊雄氏 マネーフォワード取締役 Fintech研究所長 2004年、慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。野村資本市場研究所で家計行動、年金制度、金融機関ビジネスモデルなどの研究に従事。2011年、スタンフォード大学経営大学院卒業。2011年より野村ホールディングスCEOオフィスに所属。2012年10月にマネーフォワードに移籍。執筆活動にも精力的で『TechCrunch』や『週刊金融財政事情』などに寄稿。経済産業省の「産業・金融・IT融合に関する研究会」にも参加する

瀧俊雄氏
マネーフォワード取締役 Fintech研究所長
2004年、慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。野村資本市場研究所で家計行動、年金制度、金融機関ビジネスモデルなどの研究に従事。2011年、スタンフォード大学経営大学院卒業。2011年より野村ホールディングスCEOオフィスに所属。2012年10月にマネーフォワードに移籍。執筆活動にも精力的で『TechCrunch』や『週刊金融財政事情』などに寄稿。経済産業省の「産業・金融・IT融合に関する研究会」にも参加する

金融庁が見せた本気

:フィンテックという言葉が示す範囲は広く、人によって定義が異なるので、みなさん全員に的を射た内容になるかはわかりませんが、フィンテックを取り巻く環境や今後について私が感じていることを紹介したいと思います。

フィンテックがキーワードになった時期はいつ頃だったでしょう? 私は今から1年3カ月ほど前、2015年2月の金融審議会がきっかけだったと感じています。

そこから約半年が経過した9月に金融庁が「平成27事務年度 金融行政方針」を発表し、積極的な情報収集と調査に力を注ぐ姿勢を明確に示したことで拍車がかかりました。政府が「フィンテックにこれだけ取り組んでいます」と公言したことの意味は大きかったと思います。

そして、動きが非常にスピーディーな点も見逃せません。1年ほど前なら、実現に5年くらいかかると思われることが10カ月程度で達成されている。そんなスピード感を感じており、政府の「本気」を社会に示したと思います。

参入障壁を下げた要素

フィンテックが注目を集めたのは、3つの背景があると思っています。

1つは技術的トレンドで、クラウドとオープンソースソフトウェア(OSS)、APIの普及。

クラウドによって、それ以前よりも柔軟で安価にITリソースを確保できるようになり、OSSとAPIは、ほかの人が開発した資産を利用しやすくしました。簡単に、そして効率的にプロダクトやサービスを開発できるようになったんです。

当社の例を言えば、現在約150人で7つのプロダクトを提供していますが、以前に同じプロダクトを生み出そうとすれば何倍もの人員が必要だったかもしれません。

スマホ&タブレットという追い風

そして2つ目はスマートフォンとタブレット。開発側のリソースが下がったとほぼ同時期に、新たなデバイスが定着したことが大きかった。エンドユーザーがプロダクトやサービスに簡単にアクセスする環境が一気に充実したわけですから。

マネーフォワードが提供する自動家計簿サービスは、当社よりも先に類似サービスがありました。その中でも私たちがシェアを伸ばすことができているのは、スマホでの利用を意識したユーザー・インターフェース(UI)とサービス設計ができているからだと思います。

たとえ同じ機能や価格でも、スマホやタブレットでの利用を徹底的に分析して実装すれば十分競争力になるんです。

3つ目にあるのが、ユーザーが抱く期待値の上昇。先ほど述べた提供者側と利用者側が新しいITインフラを提供していることで、ユーザーの要求レベルが上がっています。アナログで実現しているサービスレベル以上の品質や機能をデジタルで求められている気がします。

とくに「中立性・利便性・コスト」の3分野への要求レベルは高く、もはや「Want」ではなく「Must」。開発しやすいインフラを手にした一方で、相当サービスレベルを上げなければ評価されないとも言えます。

「幻滅期」後が勝負

今後のフィンテックはどうなるか? 私は、ある技術の今後の動向を占ううえで、成熟度や採用度、適用度などを示す「ハイプ・サイクル」を重視しています。

そのサイクルとは、まずどんなものか注目度が上がる。意味はわからなくてもビッグウェーブに乗り遅れまいと人やお金が集まります。それが第一の波。次に来る第二の波が幻滅期で、一度トーンダウンします。

大切なのはその後。一度下がった中で、必ず「当たり筋」といえる企業やサービスが出てきます。今はまだこの時期に到達していないと思っていて、勝負はこれからでしょう。

【対談】「日経FinTech」編集長 原隆氏× マネーフォワード瀧俊雄氏

原 隆 日経BP社 「日経FinTech」編集長 早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。日経BP社入社後、「日経パソコン」「日経ネットマーケティング」「日経ビジネス」「日経コンピュータ」編集部を経て「日経FinTech」の編集長に就任

原 隆
日経BP社 「日経FinTech」編集長
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。日経BP社入社後、「日経パソコン」「日経ネットマーケティング」「日経ビジネス」「日経コンピュータ」編集部を経て「日経FinTech」の編集長に就任(写真左)

先行する海外に危機感

:後半は、「日経FinTech」の原編集長との対談でフィンテックを深堀りしたいと思います。

:いくつか質問させてください。まずここまで国が積極的な理由を教えてください。

:そもそも、麻生太郎財務大臣が2015年の自民党政務調査会での提言を作成しようと思ったのは、2014年の夏。「金融×IT」がにわかに注目された時期です。

背景にあるのは、海外でメガバンクなどがフィンテックに対して非常に大きな投資を始めたことだと思います。それに対する強い危機感があった。

メガバンクのIT戦略はこれまで、“ディフェンス”(保守や運用向け投資)が中心。しかし、“オフェンス”(戦略的新規IT投資)を強化しないと負けるという危機感が出てきていました。

:このままでは日本の金融機関は世界の後塵を拝すという意味でしょうか。

:フィンテックには2つの軸があります。

まずグーグルやアップルなどと決済サービスで争うといった世界規模の競争。もう一つは、各国の特徴に合わせた個別国でのサービス競争。世界と各国で分ける必要があります。

世界展開を考えるうえで、まずは自国で強いサービスをつくらないとそもそも海外に出ることもできない。以前の自動車や電機業界のように、世界で戦える力を自国でつけたいという側面があるでしょう。

高まる「API連携」の機運

:昨年は、金融機関の方と話すと「APIの公開はセキュリティの確保が大変」「そもそもAPIを公開する理由はどこにあるんだ」といった消極的な声が聞かれました。今年に入って変わりましたか。

:非常に大きな出来事は、NTTデータがAPIの連携サービスなどに動いたことです。

マネーフォワードは、住信SBIネット銀行と提携していますが、(住信SBIネット銀行は)革新的な銀行で新たなトレンドにすごく積極的でした。一方、日本の地方銀行はそれと比べると比較的消極的。その地銀のITインフラの開発・運用を担っているNTTデータが、API連携サービスを開始したことの意味は非常に大きいです。

注目すべきポイントは、APIではアクセスするサーバーを限定することができますので、セキュリティを高めることができます。APIを活用してサービスの輪を広げても、セキュリティレベルが下がらないことをしっかりと伝えることで、消極的な金融機関の考えが変わると思っています。
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関連本ヒットの裏に関心の高さ確信

:昨年『FinTech革命~テクノロジーが溶かす金融の常識~』(日経BP社)というムックを出版したのですが、売れ行きが非常に良かった。金融関係者以外の方にも興味を持ってもらえたことが要因と分析しています。

:金融サービスは、いわばお金の取り引きを終了させることですから、すべてのビジネスに関係があります。

この観点で言えば、タクシー会社のアプリもフィンテックです。ユーザーは、アプリではタクシーを呼ぶツールだけのように感じているかもしれませんが、裏では乗車料金の支払い処理をユーザーの知らぬ間に済ませている。

意識させずに金融サービスを提供しているのがフィンテック。決して他人事の取り組みではないことにみなさんが気づいたんだと思います。

:『FinTech入門』(日経BP社)という本が4月に出ましたね。金融業界だけの閉じた言葉から、より広げようとする意思を感じましたが、執筆の背景を教えてください。

:フィンテックとは「IT革命」と同じくらい広い言葉です。タイトルと内容を絞ったほうが良かったのかもしれませんが、今はまだ黎明期だけに全体像を俯瞰する必要がある。

金融機関でいえば、過去15〜20年くらいディフェンス一辺倒でやらなければならなかったので、フィンテックというオフェンシブな投資を促進させるためにも全体像の紹介は欠かせないと思いました。

:最近、取材先で「うちにはこういうデータがあるがフィンテックで何かできないか」という相談が増えたように思えます。

:金融業関係者だけでなく、ぜひそれ以外の方々にもフィンテックの可能性を検討していただきたいです。多くの人がさまざまなサービスとフィンテックの掛け算を考えるようになれば、まずます日本の金融サービスは面白くなります。

(構成:阿部祐子、写真:是枝右恭)