プロ球団は地元に何をできるか。Dバックス、カラー変更の深意

2016/5/24
 ランディ・ジョンソンとカート・シリングの2枚看板を擁し、2001年に球団創設からわずか4年でワールドシリーズ優勝を果たした球団を覚えているだろうか。  
そう、アリゾナ・ダイヤモンドバックスである。
今では元楽天の斎藤隆氏(現パドレス・インターン、日本代表投手コーチ)が2012年に在籍したチームとして記憶している方のほうが多いだろう。
このダイヤモンドバックス、ワールドシリーズ制覇時と、斎藤隆氏が在籍したときとではチームカラーが異なっていることにお気づきだろうか。

チームカラーはアイデンティティ

プロスポーツクラブにとって、象徴でもある色の変更は大事件である。
もし、浦和レッズのメインカラーが青になったらサポーターはどのような反応を起こすだろうか。
ちなみに、イングランドでは実際にそのような出来事が起こっている。
2012年、2部リーグのカーディフ・シティ(通称ブルーバーズ)では、マレーシア出身オーナーの就任に伴いクラブカラーが青から赤に変更された。もちろんクラブサポーターの大反対にあい、3年で元の青に戻されたことは記憶に新しい(「Qoly」の記事参照)。
つまり、色はクラブやファンのアイデンティティに直結する大きな要素の一つなのだ。
そんな重要なチームカラーを変更したダイヤモンドバックスを題材に、今回はプロスポーツクラブと地域社会との関係構築についての事例を見ていきたい。
なお、本稿は2013年に筆者が責任者として企画・実行した「新潟経営大学福田ゼミ・アリゾナプロスポーツビジネス研修」での学びに基づいている。
本研修の実施にはMLB(メジャーリーグ)公認選手エージェントとして活躍するアスリーツ・ドリーム・マネジメント社の三原徹氏の全面的な支援をいただいた。ここに記して感謝申し上げる。

「アリゾナの聖地」の色に変更

球団設立から2006年シーズン終了まで、ダイヤモンドバックスはターコイズと紫をチームカラーに採用していた。ターコイズはアリゾナで産出される銅鉱石の色に基づいているが、紫は同じ州のNBAチーム、フェニックス・サンズにちなんで採用されたという。
問題はこの紫にあった。
実は、ダイヤモンドバックスと同じナショナルリーグ西地区のコロラド・ロッキーズのメインカラーとかぶっていたのである。
同じ地区の球団が同じチームカラーを採用していては、双方のファンにとって釈然としないものが生まれる。
なにせロッキーズの本拠地デンバーは平均気温が10度ほどであり、冬には1メートル以上の積雪がある街である。冬でも日中は20度を超えるダイヤモンドバックスの本拠地フェニックスと比べると、あまりに違いが大きいのだ。
また、テレビ映りやグッズビジネスにも良い影響が出にくい。
そのため、MLB機構からダイヤモンドバックスに対し、チームカラーの変更が打診された。
その際、提案されたのがアリゾナの象徴であり、ネイティブ・アメリカンの聖地でもあるセドナ山にちなんだ「セドナ・レッド」であった。
それはもちろん、新興球団であるダイヤモンドバックスが、より地域に根ざし、歴史の一部になるための配慮でもあった。

地域とのつながりを強める方策

2007年から新カラーに変更したダイヤモンドバックスは、本拠地チェイス・フィールド内も約4億円かけて塗り直しを実施。新しいチームカラーが定着するよう、徹底した対策を行った。
チケット売り場もセドナ・レッドで統一されている。
また、色以外にも地域とのつながりを強化する工夫が施されている。
中央エントランス床面にはアリゾナ州の地図と州を代表する36の中核都市の位置と名前が、さらに頭上の壁面にはアリゾナ州を代表する歴史・自然遺産の風景が描かれている。
それによって、「本拠地であるフェニックス市だけでなく、アリゾナ州全体を代表するチームである」ことが示されている。
吹き抜けの中央エントランス3階壁面に描かれたアリゾナの自然・歴史遺産。
球場周辺の歩道にも工夫が見られる。
ネオ・クラシックな雰囲気を出すために、赤レンガの埋め込まれたスペースがいくつも設置されているが、足元のレンガはファンに販売され、そのメッセージとともに埋め込まれているのである。
チェイス・フィールド周辺歩道に埋め込まれたレンガ地帯。
ある人は妻や子どもへのメッセージを、ある人は自分自身の名前をと、さまざまなメッセージがあふれている。
レンガには購入した人のメッセージが刻まれている。
球場は街の再開発の目玉でもあるため、そこにメッセージが残せるこの取り組みは、住民のまちづくりに対する参加意欲を高めるとともに、整備費用の調達にもなる一石二鳥の手段であるといえよう。
(なお、この方法はアメリカの球場で数多くみられる手法である。日本で言えば、寺社の勧進を目的とした瓦や灯籠の寄進のようなものだろう)

子どもたちに野球場を寄付

このように、プロスポーツクラブと地域社会が良好な関係を構築するための手法がチェイス・フィールドには散りばめられているが、私が最も興味を持ったのが「ダイヤモンドバックス・ユースフィールドプログラム」である。
端的に言えば、「球団が地域の子どもたちに野球場をプレゼントする取り組み」だ。
2000年からこれまでにかけ、「アリゾナ・ダイヤモンドバックス財団」を通じて野球とソフトボールが楽しめる35もの天然芝の少年野球場が州内に設置されている。電光掲示板や照明、芝生を養生するための灌漑施設なども含まれる実に立派な施設である。
砂漠地帯で子どもたちが野球を楽しむためにはこうした施設が必要不可欠であり、アリゾナらしい活動といえるだろう。
なお、費用はこれまでの合計で1000万ドル以上にのぼり、選手会やスポンサー、ファンからの寄付によって賄われている。
寄付されたスタジアム一覧がチェイス・フィールド内に表示されている。
私はこれまで用具の贈呈や野球教室を実施する光景は数多く見てきたが、グラウンド自体を寄付する活動はこのときに初めて知り、感動を覚えた。
野球離れが進むわが国でも、近年はプロ野球選手会を中心に「キャッチボールプロジェクト」が実施されているが、ボール遊びが禁止されている公園も多く、そもそも野球を楽しめる場が少なくなっている現状がある。
今回、ダイヤモンドバックスを通じて知った活動は、この現状を打破するヒントになりうるだろう。

地域貢献活動の意義

こうした活動は、将来の選手育成やファン開拓以外の重要な意味も持つ。
アメリカでは日本のサッカースタジアム同様、その建設・改修に巨額の税金が投入されることが多い。
江戸川大学教授の小林至氏によれば、2000年から2009年の間にMLBでは12のスタジアムが新設され、平均で費用の50%にあたる4億5000万ドル(約482億円)が自治体の負担であったという(『スポーツの経済学』140-143ページ)。
その際に州や郡、市単位で増税されるケースもあることから、サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地AT&Tパークの行政による建設費負担に関しては住民投票で3度否決され、総工費約3億5700万ドル(約382億円)は球団の負担となった。
したがって、プロスポーツクラブによる地域貢献活動は、教育的・社会的効果を市民に提示することにもつながり、それによってプロスポーツクラブに対する行政支援反対の声を和らげる意味も担っている。

地域との絆が自チームの利益に

こうした効果を最大化するためにも、大切なのは「地域社会のためにプロスポーツクラブに何ができるのか」を考え、実行することである。それができるからこそ地域との絆が深まり、それが巡りめぐって自チームの利益になって返ってくるのである。
もちろん、地域社会が抱える課題は地域によって異なることが多い。そのため、具体的なアクションもプロスポーツクラブごとに異なる。
その点はNewsPicksでも北海道日本ハムファイターズの取り組みが紹介されているので、ぜひご覧になっていただきたい。
つまり、プロスポーツクラブの地域貢献活動も、ロゴやエンブレムのカラーと同様、プロスポーツクラブと地域との関係性を示す重要な「特色」になっているといえるだろう。
(バナー写真:Christian Petersen/Getty Images、文中写真:福田拓哉)