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北海道のマーケティング最前線

「東京一強時代は終わった」地方企業のグローバル戦略

2016/5/23
人口縮小が現実になりつつある地方経済。これからの生き残りをかけて、その視点の先は、「東京」を通り越えグローバルに向かっている。地方企業が世界で勝つ戦略とは何か。北海道を舞台に、地場企業のプロモーションを手掛けてきた広告会社インサイトの代表・浅井一氏と、東北復興支援事業を手掛けるプロピッカー藤沢烈氏。「地方経済」を研究しビジネスの現場でそのノウハウを研さんし続ける両氏に、その展望を聞いた。

公共事業頼みだった経済

藤沢:浅井さんが代表を務めるインサイトは、北海道日本ハムファイターズや北海道庁をはじめ、北海道で40年以上にわたり、地場の企業・組織の広告プロモーションを手掛けている会社だと聞きました。北海道の魅力を世界に発信するアウトバウンドマーケティングも積極的に展開されている。そんな浅井さんは、北海道経済の現状と課題をどのように捉えていますか?

浅井:北海道は、その広大すぎる土地ゆえに、なかなか行政とのリレーションが完全にはうまくいかないなど、独自の課題をたくさん抱えています。北海道といえば農業のイメージが強いかもしれませんが、実は他地域との比較でいえば、建設業が強く、製造業の割合が少ないことが大きな特徴です。

これまで、国の北海道開発予算が年間1兆円前後あったころは、全体の景気も良かったのですが、それが平成9年をピークに減り続け5000億円を切ってしまっている。公共事業頼みだった北海道経済全体が大きな苦境に立たされました。

そこで、現在、官民問わず、成長産業である観光事業への期待が高まっています。インバウンドで外国人観光客が来てくれるのをただ待つのではなく、アウトバウンドでこちらから海外に出向いて北海道の魅力を積極的にPRしている理由には、そういった背景もあります。

日本全体で外国人観光客が増えていることと相まって、北海道を訪れる外国人旅行客は、毎年数十万人単位で増加しており、おそらく2016年度中には200万人を突破するでしょう。

北海道は、特に東アジアや東南アジアにおける人気が高く、中国、台湾、韓国、タイなどから観光客が訪れています。われわれ北海道民が南国リゾートにあこがれるのと同じように、雪国である北海道に魅力を感じるそうです。

例えば、季節が真逆のオーストラリアからは、ニセコ地域に降る雪が「世界一のパウダースノー」だといわれ、世界有数のリゾート地へと成長しています。ニセコ町の山奥の地価が、札幌と変わらないほどに高騰しています。

藤沢烈(ふじさわ・れつ)一般社団法人RCF代表理事。一橋大学卒。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、東日本大震災後、震災復興のための調査団体としてRCFを設立。現在は復興事業の立案・関係者調整を担う「復興・社会事業コーディネーター」として、30の政府機関・自治体、10の大手企業とプロジェクトを推進。著作に『社会のために働く』(講談社)、共著に『ニッポンのジレンマ ぼくらの日本改造論』(朝日新聞出版)、『「統治」を創造する』(春秋社)。

藤沢烈(ふじさわ・れつ)
一般社団法人RCF代表理事。一橋大学卒。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、東日本大震災後、震災復興のための調査団体としてRCFを設立。現在は復興事業の立案・関係者調整を担う「復興・社会事業コーディネーター」として、30の政府機関・自治体、10の大手企業とプロジェクトを推進。著作に『社会のために働く』(講談社)、共著に『ニッポンのジレンマ ぼくらの日本改造論』(朝日新聞出版)、『「統治」を創造する』(春秋社)。

外国人のための情報発信

藤沢:私が復興支援を行っている東北地方も雪国ですが、「東北」は海外における認知が低く、日本全国の中で唯一海外からの旅行客が伸び悩んでいます。これは笑い話のようなエピソードですが、九州の生乳生産者がアジアに牛乳を売り込みに行ったときに、「商品名は『北海道牛乳』にしたい」と言われたそうです。

それだけアジア圏における「北海道」ブランドは強固に確立されている。プロモーション戦略の秘訣(ひけつ)が、何かあるのでしょうか?

浅井:気を付けているのは「日本人の目線」だけにならないことです。当社では、台湾人や中国人など、外国人も複数名雇用していますが、それ以外でも「外国人の生の声」が聞きたいときには、北海道大学の留学生にも協力してもらっています(*編注:北海道大学では、2015年度、245の国と地域から1570人の留学生を受け入れている。留学生受け入れ数は、日本で12番目に多い)。

弊社が運営している、外国人に向けて北海道の魅力を海外に伝える情報発信サイト「World Loves Hokkaido」では、外国人スタッフがネイティブ言語で北海道の魅力をPRする動画を作成しています。
 

冬の北海道は、どんな景色なのか。レストランでどんな食事が出てくるのか。コンビニエンスストアにはどんな商品が並んでいるのか。観光地は、どんな雰囲気なのか。こういった内容は、写真と文字情報でも伝えることはできますが、実際に体験している風景を動画で切り取ってつなげるほうが、数倍のインパクトがあります。それも日本人が出演する動画を外国語に訳すのではなく、例えば中国人が中国語、ロシア人がロシア語で紹介するほうが、やはり反響が大きいのです。

さらに、台湾でも同じように多言語で現地の魅力を紹介する観光サイトの立ち上げ準備をしており、将来的には「アジアチャンネル」として、アジア各地の情報を、それぞれの国の言語で紹介する仕組みを目指しています。

藤沢:外国人の目で、自分たちの魅力を捉えなおして、その魅力を発信する。それは非常に重要なポイントですね。

浅井:おっしゃるとおりです。北海道は、そのままで十分においしい食材があり、自然豊かで美しい風景があるので、これまで特にPR方法を考えなくても、十分に戦うことができました。日本国内でも、各地の北海道物産展は絶大な人気を誇っている。

ゆえに、「PR下手」というのが、実は北海道の弱みでもあるのです。例えば、「おいしい生ウニが食べたい」と期待している観光客は、やはり多いです。通常ウニの保存に使用されるミョウバンは、少し薬品臭があって、場合によって苦さを感じてしまうんですが、北海道ではミョウバンを使用していない、かつ塩漬けでもない、本当に甘くておいしいウニが食べられるんですね。

ただ、せっかくそれだけおいしい生ウニを出している店でも、メニューや看板ではそれが分からない。鮮度が悪くミョウバンの味が強いウニを出す店のほうが、「北海道で採れたてのウニ」などとPRしていると、そちらのほうがおいしそうに見えてしまう。もったいないことです。

おそらく、長年、北海道の魅力をリサーチしているわれわれでさえ、気がついていないことはまだまだあると思います。そういう意味で、北海道のPRは国内向け国外向けにかかわらず、「外から見た北海道」の視点で捉えなおすことが非常に重要なことだと考えています。

浅井一(あさい・はじめ) 株式会社インサイト代表取締役。高校卒業後、建築会社での勤務を経て、父が経営する株式会社インサイトの前身会社に転職。印刷会社での現場職、制作プロダクションでの営業職などで経験を積んだ後、31歳で代表取締役に就任。2008年には、札幌証券取引所アンビシャス市場へ上場。広告プロモーションの企画だけでなく、自社メディアやマーケティングシステムを駆使した効果の高いソリューションにより、北海道・東北地方における広告プロモーション案件において圧倒的な存在感を誇っている。

浅井一(あさい・はじめ)
株式会社インサイト代表取締役。高校卒業後、建築会社での勤務を経て、父が経営する株式会社インサイトの前身会社に転職。印刷会社での現場職、制作プロダクションでの営業職などで経験を積んだ後、31歳で代表取締役に就任。2008年には、札幌証券取引所アンビシャス市場へ上場。広告プロモーションの企画だけでなく、自社メディアやマーケティングシステムを駆使した効果の高いソリューションにより、北海道・東北地方における広告プロモーション案件において圧倒的な存在感を誇っている。

ニーズに応じて手法を変える

藤沢:観光業では日本人同士でさえ、「相手が求めているもの」を理解して提供することが難しいことを、まず認識する必要がありそうです。それが、さらに「外国人が求めているもの」だと、根本から考え方を変える必要があるかもしれないですよね。

海外の事例で、観光業ではありませんが、ノルウェーのサーモン養殖の取り組みは秀逸だと思います。ノルウェーでは、それこそ「相手が求めているもの」に合わせてサーモンを養殖しているんですよ。

例えば、日本向けならすしに合うように、中国向けなら「赤」が縁起のいい色で人気があるので、切り身がより赤くなるように、それぞれエサの配合を変えて養殖し輸出している。

「いまあるもの」を、ただ輸出するのではなく、より相手国で求められるレベルに合わせて販売することで、高い世界シェアだけでなく、それに見合う利益もしっかり得ている。

ノルウェーでは、水産業従事者の平均年収は900万円台です。一方、取れるものをそのまま売っている日本の水産業では平均年収は200万円台です。「相手が求める品質に育てる・加工する」という違いで、これだけの差がついているのならば、東北をはじめ日本の水産業には、まだまだ大いに飛躍するチャンスがあると考えています。

ちなみに、ノルウェーでは、国の主導で各国のマーケティング調査を行ってきたそうです。

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「海外の声」をどう集めるか

浅井:海外マーケティングといえば、一昔前は、直接現地に行くか、WEBアンケートや電話アンケートしか手段はありませんでしたから、莫大な費用がかかるうえに、「北海道に興味がある人」といったリサーチしたいターゲットにすら、なかなかたどり着かない手法です。

民間の一企業が、気軽に調査を行うのは非常にハードルが高かった。それが、昨年、すごい技術が出てきたと感じるプロジェクトがありました。

当社と札幌市、北海道大学などが産学官共同で観光ガイド『札幌でしかできない50 のこと』を作成したとき、日本オラクルの「オラクルソーシャルクラウド」を使用させてもらいました。

これは、SNS上に投稿された情報のうち、特定のキーワードを含むものを国別・言語別に収集することができるクラウドサービスです。

検索キーワードの設定など、まだまだ手探りの部分もありますが、実際に北海道に来た外国人の生の声を抽出できたのは初めてのケースでした。

今後、こういった声をどんどん蓄積できれば、これまでわれわれが気づかなかった新しい北海道の魅力を再発見できるかもしれませんし、よりターゲットを意識したPDCAを回すこともできます。

こういったシステムを独自に開発しようとすると、莫大なコストがかかりますが、クラウドソリューションなら、必要なときに必要なだけ利用ができる。社員数50人に満たない、地方の中堅企業であるわれわれでも、そういうことが簡単にできる、すばらしい時代だと思います。

藤沢:「生の声」であることがいいですね。きれいにまとめられた2次情報、3次情報だと、どうしてもまとめた人間の思い込みも入りがちです。

本当に求められているものが何かを調査・分析するときには、そういった整理整頓されていない「生の声」が非常に貴重だと思います。

“求められているから”と、九州の牛乳を「北海道牛乳」として販売してはいけませんが、ピンクのサーモンを赤く変えるぐらいの発想の転換がどんどん生まれてくると面白そうですよね。
 

インサイトによる「Oracle Social Cloud」を利用したInbound Needs分析パッケージは、北海道を訪れる外国人観光客のニーズをクラウドが分析し提示する。

地方が世界に出るのは当然

藤沢:さらに言えば、東京にある企業は「東京でいかにビジネスを行うか」なんて考えませんよね。東京以外の企業だけが「その地域にあるもの限定」で勝負する必要は、本来はないはず。それぐらい柔軟な発想を持っていたいです。

浅井:クラウドを利用することで、これだけのビジネス環境が低コストで整いますから。東京だけが圧倒的有利だった時代ではなくなっています。北海道でも、これまで「外」といえば東京を指していましたが、それよりもはるかに大きいビジネスチャンスが海外に広がっている時代です。

北海道に限らず、地方都市は今後、人口減少の社会になることは避けられません。既存の仕組みにとどまっていては、緩やかに消滅するのを待つだけになってしまう。

地方でも経営者たちの目が、海外に向くのは自然な流れです。むしろ、地方都市が生き残るためには、グローバルへの挑戦が不可欠ではないでしょうか。

(編集:呉 琢磨、構成:玉寄麻衣、撮影:兼成純一)